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ダイイングメッセージ『スタート』

 (おと)(かわ)(かず)(のり)は茅森桃への事情聴取を終え、上司の(はら)(しょう)()警部に報告する。


被害者(マルガイ)の娘さんの話を聞いてきました。桃ちゃんというのですが、とてもいい子で……」


「お母さんが亡くなったのに、ちゃんと質問に答えられたのか?」


「生前の美智代さんの教育が行き届いていた証拠でしょう。不安で不安でしょうがないでしょうが、私の質問には真摯に答えようとしてくれました。こちらまで涙が出そうになるほどに。捜査が捗ることを切に願います」


「同感だな。迷宮入りになんて絶対にさせない」


 原警部はこぶしを固め、続けて尋ねてきた。


「それで、彼女の話した内容というのを聞かせてくれるか?」


 乙川は、遺体発見当日の桃の行動を説明した。朝起きて被害者と一緒にグラタンを作るところから、救急と警察への通報までだ。


 母親が亡くなっているのを発見し、向かいの家に助けを求めたという。およそ小学1年生の行動とは思えない。普通なら動揺して何もできないだろう。


 原警部は静かに聞いていたが、乙川の話が終わると、


「ふむ……。何も不自然なところはないようだ。現場の状況はどうだった?」


 と尋ねてきた。ついでにタバコを取り出して吸い始める。乙川は訝しげに問い返した。


「捜査報告書に書いてありますが……」


「もちろんあとで読む。が、乙川の印象が聞きたい。一度口で説明してくれないか」


 そういうことか。乙川は趣旨を理解し、説明を始めた。


「被害者は茅森()()()、29歳。家族は娘の桃、ただ一人。元パートナーであり桃の父親である(はぎ)(ぬま)(せい)()は、被害者が妊娠したと分かった途端に彼女の前から姿を消しました。警察は萩沼の居場所を突き止め、別途話を聞いています」


「なるほど。遺体の状況は?」


「前頭部に打撲創がありました。何らかの凶器で殴りつけられたものと思われます。ハンマーや石といった凶器の類いは見つかりませんでした。現場の血痕や指紋の検査は進行中です」


「そちらは順調そうか」


「はい。それでですね……」


 乙川は少し言葉を切った。どう説明したものか。原警部が怪訝そうな顔をする。


「どうした?」


「実は、被害者が奇妙なものを体の横に抱えていたのです」


「ほう」


「キッチンには様々な物が置かれていたため、桃ちゃんや向かいの老人の富山さんは最初気づかなかったそうなんですが。桃ちゃんのオモチャの中に、カタカナパネルというものがありまして」


「というと? アからンまでのカタカナの形をしたパネルか?」


「はい。それをいろいろと並べかえてカタカナ語を作るものだそうです」


「それが?」


「桃ちゃんがキッチンに置きっぱなしにしていたらしいんですが。そのうちの『ス』と『タ』と『ー』と『ト』を抱えて亡くなっていたそうです」


「カタカナパネルには『ー』もあるんだな」


「あ、そうです。アからン、濁音のついた文字、半濁音のついた文字、『ャ』『ュ』『ョ』『ッ』『ー』がそれぞれ1つずつあります」


「ほほう。それで、『スタート』に関係しそうな人物を洗い出したりは?」


 乙川は胸を張って答えた。


「もちろん着々と進んでおります。まず、茅森一家の隣に住んでいる()(よし)(とも)()さん。陸上が得意だそうで、特にスタートダッシュに自信があると。それから――」


 原警部はそこでかぶりを振った。乙川は話を中断されて少しムッとする。


「何ですか」


「いやね、『スタート』という概念に関わるものを調べているわけか?」


「まあ、はい」


「それ以外は何も調べていない?」


「他に上がった説として、『ー』をマイナスと読み、『マイナス』『ト』『タ』『ス』で『±』を表して数学者を示すんじゃないかとかはありました。でもさすがに無理があるでしょうね。なお、そもそもこの4文字に意味なんかないと考えている捜査員も多いです」


「俺が聞きたいのは、捜査員の多数派ではなく乙川自身の印象だ」


「私は……これはやはり被害者のダイイングメッセージというやつなのではないかと。犯人を遠回しに示しているのではないでしょうか」


 原警部は大きくうなずいた。


「その解釈は悪くないだろう。だが、俺の推測するところでは、これは『スタート』という意味ではない」


「え、もう何を表しているか分かったのですか?」


「無論被害者が死に際に何を考えていたかなんて、俺には分かりっこない。ただ、こうすれば理屈が成り立つというだけだ。犯人を特定する手がかりにもなるだろう」



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