25話「大賢者と幼い魔女は村を発つ」
「では最後の確認をしてくる。アナスタシア達はこの場で待機していてくれ」
「はい、分かりました」
ハウル村の早朝にてジェラード達がスーリヤの家を静かに出て行くと、彼は隣に立っている彼女に声を掛けてそのまま浮遊魔術を発動して浮かび始める。
それは偏に村の復興作業が全て終わっていて抜かりがないかの見直しである。
「大賢者と自らを豪語しておいて、これで漏れがあったら情けないからな。しっかりと村の復興が出来ているか確認しなければ」
ある程度の上空へと浮かぶとジェラードは独り言のように呟き、ハウル村の全体を自分の視界に収める。そして一箇所ずつ無事に復興が出来ているか指差し確認を行っていくと、彼の中にはふと昨晩の出来事が思い起こされた。
「にしても、まさか昨晩のスーリヤとの一件がアナスタシアに筒抜けだったとはな……。まったく、いつのまに盗聴系の魔法を覚えたんだ? 俺は教えた覚えはないのだが……」
片手で頭を抱えながらジェラードは気が重くなっていくと、昨晩の出来事が鮮明に思い起こされていく。それはスーリヤが布一枚の裸同然の姿で去って行ったあと、彼も直ぐに魔法で生成した服に身を包み何事も無かったかのようにその後は過ごそうとしたのだ。
……しかしアナスタシアは変な所で勘が働くのか風呂上がりのジェラードを見るなり、口元を緩ませつつ右手を自らの頬に添えながらこう言ってきたのだ。
『意外とスーリヤさんって大胆ですよね~? ああ、私としては先生が何処でナニをしようと一切干渉する気はないので安心して事に及んで良いですよぉ』
それの発言はまさしくスーリヤと自分の一件を知っていなければ絶対的に言わないであろう言葉の数々であり、ジェラードはそこで彼女が魔法を使って盗聴していたことを知ったのだ。
しかも事前にアナスタシアが盗聴魔法を扱える者だと分かっていれば、いくらでも対策は出来たのだが……それは大賢者も予想外の事であったのだ。そして、その日は寝る時までアナスタシアが永遠と隣で妙な小言を言ってきたのは言うまでもないだろう。
「はぁ……っといかんいかん。ついアナスタシアを魔法で縛り上げて、触手の魔物が生息する谷に落とそうと考えてしまったな」
ジェラードは昨晩の事を振り返って彼女に少しだけ苛立ちという感情が沸くと、どうやって仕返しと言う名のお仕置きをするべきかと不意に考えてしまっていた。
「取り敢えず……ざっと見た感じではハウル村の復興は完璧だな。うむ、やはり俺に不可能はないと言うことだ」
色々な事を考えて本来の目的を見失いそうになっていたジェラードだが、頭を左右に振って改めて村を見渡すと自身の完璧具合に大きく頷いてから地上へと下降して行く。
「それで、どうでした先生?」
地面に足を着けると同時にアナスタシアが声を掛けながら近寄ってくる。
「ああ、完璧に復興は終えているな。これならもう俺達の手は必要ないだろう」
ジェラードは視線だけ合わせて予定通りハウル村を発つ事を告げた。
するとアナスタシアは帽子のつばを握り締めながら一瞬だけ寂しそうな表情を見せた。
「……先生行きましょう。このまま村の人達と顔を合わせたら私は……きっと――」
彼女が顔を俯かせたまま杖を振りかざして箒を出現させて手に持つと、
「ふっ、そうだな。しかしこの村の人達はお前をしっかりと見送りたいらしいぞ?」
ジェラードはアナスタシアの背後から大勢のハウル村の住人が駆け寄って来る姿を視界に捉えた。その大勢の中には子供達やスーリヤ、更にはリアスの姿も見える。
「えっ?」
彼の言葉を耳にしてアナスタシアは帽子から手を離すと顔を上げて振り返る。
「「「アナスタシアさん! ジェラード様!」」」
村人達は自分達の名を叫びながらジェラードの目の前にまで近づくと、皆一様に息を切らして肩で息をしていたがリアスだけは呼吸を乱していないようである。
「魔術師様……いえ、ジェラード様。私の剣は既に貴方に捧げました。ゆえに私も貴方方の旅路に加えて欲しいです」
大勢の村人の中からリアスが一歩前に出て何度目かの旅の一員に加えて欲しいと懇願してくる。
「はぁ……。前にも言ったが旅の人数を増やす気はない」
ジェラードもこれまた何度目かの断りの言葉を丁寧に述べる。
だがしかしなぜ彼女は自分の名前を知っているのだろうかとジェラードは疑問であった。
「ッ……ですがそこをな「まあまて、慌てるなリアスよ」……っ?」
あっさりと断られるとリアスは諦めきれないと言った感じを出しながら表情を険しくさせて小さく拳を握りながら口を開くが、それはジェラードの不意な言葉によって遮られた。
「あー、そうだな。俺の出す課題を無事に突破する事が出来れば、その時は考えてやってもいい」
ジェラードはこのままでは無理やりにでもリアスが旅に同行してくると思っていて、昨晩寝ながら考えていた適当な案を彼女にそれっぽく伝えて難を逃れようとしているのだ。
「なんと……それは本当ですかジェラード様! それで課題とは一体なんでしょうか!」
今の彼女は瞳の光を失っていた頃と違って、その二つ碧眼には確かな光を宿らせながら顔を近づけてきた。その際に微かな風に乗って彼女から香る、果物のような甘い匂いがジェラードの鼻腔を突き抜けていく。
「顔が近いぞリアス。……んんっ、それで課題の方だがお前には西の谷を住処とする”炎龍の討伐”を課題として与える。いいな?」
鼻先が触れそうなほどに近づいてきた彼女をジェラードは人差し指を使って押し退けると寝ながら考えた即席の条件を突きつけた。
「はい、何も問題はありません。例え相手が龍だろうとクラーケンだろうと、その尽くを私の剣で屠って見せましょう」
するとリアスは自信に満ち溢れたような顔付きと声色で返事をしてきて、その反応は彼の予想していたものとは違っていた。
ずばりジェラードが予想していた反応とは、この自信に満ち溢れたようなものとは真逆で恐怖に満ち溢れたものだったのだ。
龍を討伐して来いと言えば、その余りの無理難題に彼女は潔く諦めてくれるだろうと。
……そう、ジェラードは先程まで思っていたのだ。
「そ、そうか。では早速、西の谷へと向かうといいぞ」
彼女の反応に呆気に取られながらも彼は自らが放った言葉の責任を理解し、リアスに炎龍討伐へと向かうように言う。
「承知致しました。では次会う時に私が成長した姿を、存分にジェラード様に見て頂けるように頑張って参ります」
リアスはジェラードからの言葉を胸に刻み込むかの如く握り拳を心臓の位置へと当てながら頭を下げた。そして彼女は龍を討伐するとなると武器と装備が必要とのことで、中立国アヴァロンへと向かうべくハウル村を後にした。
余談だが彼女の傍にいつも居た側近らしき二人の騎士は、ハウル村の被害などを報告するべく一足先に村を出てアヴァロンへと向かって行ったのだ。
「あ、あの……」
ジェラードが村を出て行くリアスを見届けると、彼の背後からスーリヤが恐る恐ると言った風に声を掛けてきた。
「どうしました? スーリヤさん?」
アナスタシアは首を傾げながら彼女に視線を向ける。
「そ、その……ジェラード様とは”ある約束”を交わしたので……それを果たして貰えないと……私は今ここでジェラード様を押し倒して既成事実を作って村に監禁するしか……」
ジェラードもアナスタシアにつられて視線をスーリヤへと向けると彼女は何処か頬を赤く染めながら手をもじもじとさせて落ち着きない様子で、大勢の子供が居る前で言うべきではない言葉の数々を言い放った。
「か、監禁!? それにき、既成事実!? ちょっと先生! 昨晩あなたは本当にナニをしたんですか!? ……あ、もしかしてあの時の私の言葉を間に受けたんですか! この変態大賢者! あれはちょっとした私の悪巫山戯なんですけども!?」
アナスタシアはスーリヤから発せられた言葉を耳にして全身を石像のように固まらせると振り返ると、目を見開いた状態で一目散にジェラードのもとへと駆け寄って肩をしっかりと両手で掴むと揺さぶり始めた。
「ええい、うるさいヤツだな。別に俺は何もしていないぞ。……ったく、ちょっと待ってろスーリヤ」
なにやら焦りと困惑の表情を見せながら唸っているアナスタシアを見て、彼はこのまま放置しておくと話が面倒になると思い彼女を無理やり引き離すと落ち着くように精神魔法を施した。
そしてアナスタシアが魔法の効力で呆けながら空を眺めている間にジェラードは事を済ませようと村人達の前へと二、三歩近づいて足を止めた。
「我が名は大賢者クリストフェル・ジェラード。その名を用いてハウル村に繁栄の加護を授けん」
空気を深く吸って声に魔力と覇気を乗せて自らの名を村人達に公言すると、ジェラードはそのまま人差し指を動かして空中に小さい魔法陣を書き上げた。
その陣は暫く緑色の発光を伴っていたが風が吹くと共に消えていった。
「ふむ、これで暫くは問題ないだろう」
それは加護の陣であり特定の場所にそれを付与することで、その場所はジェラードの加護を受けると共に彼が認めた場所となるのだ。即ちまたハウル村が襲われるような事があれば、それはジェラード本人も敵に回すことになるのだ。
「最後は……ああ、そうだったな。人で不足の方だったな」
ジェラードはその場に屈むと右手のひらを地面へと当てて魔力を流し込む。
すると彼の周囲の地面は突如として盛り上がって、そこから突き破るようにして三メートルほどの身長を持つ全身を土で構成されたゴーレムが現れた。
「えっ!? せ、先生これは?」
ゴーレムが地面を突き破って現れた際に微量ながらもアナスタシアは魔力干渉を受けたのか、正気に戻ると目を丸くさせてジェラードにゴーレムの事を尋ねていた。
「なんだ、ゴーレムを知らんのか? これは俺の魔力と土を混ぜて作った人形だ」
彼女が正気に戻ったことに少し驚くジェラードだが、これは丁度良いと思い村人とアナスタシアに短くゴーレムの説明を行った。
「ほえぇ……初めて見ました。生ゴーレム」
口を大き開けてアナスタシアはゴーレムへと視線を釘付けにさせる。
「お前は本当にどうでもいい事だけ覚えて、そういう所は無知なんだな」
肩を竦めながら彼は変わった魔女だと心の中で呟いた。
「ジェ、ジェラード様……」
アナスタシアの事を考えているとスーリヤがゴーレムを見ながら彼に声を掛ける。
「おっとすまないなスーリヤ。このゴーレム達はお前の言うことなら、なんでも従うようにしておいた。それに俺の魔力が尽きない限り、コイツは無限に動き続ける事が可能だからな。その辺は案ずるな」
概要だけ話して中身の説明をしていなかった事に気が付くと、ジェラードは近くのゴーレムを手でばしばしと叩きながら彼女を含めて村人達にも再び説明を行った。
「本当にあ、ありがとうございます……大賢者ジェラード様! これでハウル村はなんとか存続できそうです……ッ」
中身のある説明を聞くとスーリヤは瞳に涙を溜めて端から数滴流していくと共にお礼の言葉を口にした。
「ああ、また茶葉でも貰いに立ち寄ることもあるだろう。その時まで栄えていてくれ。……それじゃ、用も終わったことだし俺達は発つとするか」
スーリヤの泣きながら笑う顔を見てジェラードはまた来ると言う言葉を残すと、先程まで興味深そうにゴーレムを触っていたアナスタシアの方へと顔を向けた。
「はい先生! 私の準備は既に整っていますよ!」
彼女は既に愛用の箒に跨っていて確かに準備万端の様子である。
「「「ジェラード様! アナスタシアさん! ありがとうございました!」」」
その様子を見て村人達は別れを確信したのか誰にも言われるまでもなく全員が一斉に同じ言葉を口にする。
「またね! アナスタシアお姉ちゃん!」
最後に遅れて一人の少年が笑顔でアナスタシアに手を振っていた。
「ふふっ、またね!」
アナスタシアも微笑みながら少年に手を振り返すと箒を浮かせて、ジェラードと共にハウル村を飛び立つのであった。
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