第7話:戦闘コング
昔ゲームセンターにちゃぶ台返しができる機体ありませんでしたっけ。令和版とか出ないんですかね?
「あ? 見ねえ顔だな。お前誰だ」
キータが扉を開けると、真っ先に矛先が自分へと向く。
「客人だ。今日だけ泊まらせてもらってる」
特徴的な吊り目がこちらを睨む。
「客人ね。おいキータ。豪華なもん食ってんじゃねーか……そんなチンケな客人もてなしてる余裕があったら借金返済にあてた方がいいんじゃねぇか?」
ハリックがこちら側に近づくと、まだ料理が並ぶ机に足をかけて。
「『べギル』」
思いっきり蹴り飛ばした。
「ちょっと!」
聞き馴染みのある魔法を発したハリックによって、大人二人分もあろうかの長机が上に乗った料理と共に宿の奥へと吹っ飛んだ。
「ちょっと……なんだ?」
鳥肌が背中から伝う。
今持っているフォークでなんとかなる相手じゃない。
一気にピリピリとした空気が漂う。
「い、いえ……なんでもないです」
「そうだよな? ただ惜しい」
「ウッ……!」
ハリックがキータの頬をつまむ。
「謝罪が足りないんじゃないか? ほら、借金返済なんか呆けて、こんな豪華な食事食べてごめんなさいってな!」
「ご、めん、なさい!」
「おせぇよ」
捻り上げたような声で謝罪をするキータに対し、ハリックは摘んだ手を離し、その手を深く握り込んで。
「待て!」
腹部へと拳を入れ込もうとする瞬間に、咄嗟に声がでた。
ハリックはその静止に対し静かに拳を緩め、無言のままこちらに詰め寄ってくる。
沈黙が一秒。二秒。三秒。
「おい。要件を決めてからにしろよ」
「ケフ……ッ!」
「コノサキさん!」
先ほどの拳が、こちらのみぞおち目掛けて入り込んだ。
「カハ……ッ、カハッ……!ヒュー……ヒュー……!」
間一髪なんとか腕で拳を防いだが、それでも息が押し出され、腕が痺れて動かない。
「……なんだお前……。まあいい、そこで大人しくしとけ」
「コノサキさん大丈夫ですか!」
キータが吹っ飛ばされた自分に駆け寄ってくる。
「あぁ、ごめんなさい……!」
「あ、やまらなくて……いい……。大丈夫だ」
キータに肩を貸してもらい、乱れた息を少しづつ整えて近くの壁にもたれかかる。
「おい、シータはどうした」
「母は、今浴場です」
「早く呼んでこい」
「わかりました……」
焦ったようにキータが宿の奥へと走り去る。
――数分後、キータがシータをつれて戻ってきた。
現状はくる途中に説明されたのだろう、目の前の惨状を一瞥すると口を開いた。
「あんた、借金の返済日は明日って言ったろう……なんで今日なんだい」
「遠征の帰り道だから。ただそれだけだ。無駄なことは嫌いなんだよ」
「お金は用意できてる。渡すから早く帰っておくれ」
そう言ってシータが奥の鍵付きの戸棚から皮袋を取り出す。
「……よし、しっかり入ってるな。それじゃあ撤収……といきたいところだが、だめだ」
皮袋の中身を確認し終えたハリックが、散乱した食器と料理、そして自分のことを順繰りに指差す。
「随分と礼儀ってのが、なってねぇのな。お前らは金を借りてる分際で、おいそれと豪華な食事をして、挙句のはてに客人まで突っかかってきやがる。どうなってんだ?」
静かな一括に、この場が凍りつく。
「もう三十バル用意しろ」
「そんな……! 生活できなくなっちまうよ!」
「だったらいい、新しい労働力をその代わりに連れてくだけだ。客人だがなんだかしらねぇがお前もだ」
そう視線を送ってくる。
「コノサキさんは関係ないじゃないですか!」
「だったら三十バル用意できるよな?」
「そ、そんな大金今すぐ用意なんてできやしないよ……!」
「だったらその不幸を悔め。なんなら家族総出で働くか? テメェは下手な男性より労働力になるからなぁ」
どうしようもない理不尽、だからといって何かができるわけじゃないことはさっき証明されてる。
俺の人生、いっつもこんなもんだ。
誰かに搾取されて終わる。
しょせん誰かのコマでしかないんだ。
「……ハリック頼むからキータとこの客人だけは助けてやってくれ……! ここの宿にある魔道具も全部持っていって構わない!」
「いいんだシータ。俺の精一杯の恩返しはこれしかないんだ。ハリック、俺が死ぬまで働いてやる、だからキータだけは勘弁してくれないか」
これが俺の役割だったのかもしれない。
この世界にきたのも、単なる気まぐれなんだろうな。
生前もそうだった。
俺の命で救えるのはやはり一人が限界なんだ。
「言い方は気に食わないが……いいぜ。聞いたよなキータ、お前のせいでこの客人とシータは戻ってこない、もちろん父親もな。感謝して毎日眠れよ?」
ハリックがそう言ってシータの腕を引く。
と、その時。
「あります」
か細い声でキータが話すと、待ってくださいと言って急いで階段を駆け上がる。
戻ってきたキータは分厚めの本を抱えており。
「それは……! デザイア・ブックじゃねーか!」
「これを三十バルの代わりにしてください。だから母さんとコノサキさんを返して!」
本を握りしめるキータは、涙を必死に堪えていて。
「キ、キータ! あんたそれ、父さんからもらってまだ開いてなかったのかい! ダメさ! あんたは私たちと違ってオリジン魔法を持ってるんだ! それを使って」
「うるせぇなおばさん! おい! これがあるなら早く言えよ……よし分かった。これで手を打ってやるよ」
突き飛ばされたシータが床に転がる。
ハリックはそんなことをお構いなしにデザイアブックを手に取ると。
「こりゃ大手柄だ、いやぁこんなもの隠し持ってたとはなぁ……!」
顔をにやけさせ、偽物じゃないよなと吟味する。
俺はそんな中、ただ見守ることしかできなかった。
……宿に小さな泣き声がひとつ響く。
キータが服の裾を握りしめて、感情を押し殺して、心配させまいと涙を飲み込んでいる。
大人びた行動に気を取られていたが、まだまだ子供だ。到底耐えられる出来事ではない。
きっとこの様子だと昔から我慢してきたのだろう。
この本も絶対に手放したくはないのだろう。
それをなんだ、大人の俺は自分を犠牲にしてそれで満足か。
またこの子に重荷を背負わせるのか。
分かってるだろ、望みはあることを……!
「おい、ハリック」
「ん? なんだよあんまり刺激しない方がいいぜ、今俺は上機嫌なんだ。話しかける暇があったらさっさと立ち去れ」
「お前に決闘を申し込む」
「……は?」
一か八かだ。
一人だけじゃない、全員助ける。
「お前何様のつもりだ? この俺に? 決闘⁈ 調子乗るのもいい加減にしろよ」
こちらにハリックが詰め寄る。
俺は息を整えて立ち上がると。
「逃げんのか?」
喧嘩腰にそう返した。
「いいぜ……二度と立てねえようにしてやるよ。表にでろ、ここじゃ存分に痛ぶれねぇ」
ハリックがそういって先に外に出ると手招きで出てこいと煽ってくる。
「こ、コノサキさん! 無茶です! だってまだ何も力の解明できてないじゃないですか!」
「……あんた! 血迷ったのかい! このままじゃ死ぬだけだよ!」
二人があわてて止めにかかる。
「いいんだ、俺も馬鹿じゃない。負けたらどうなるかぐらい分かってるさ」
覚悟は決まっている。
あとは信じるだけだ。
思い出せ、冷静に。
ハリックに続いて外へと出ると、先ほどキータと魔法の実験をした野原に出る。
いつの間にか日が沈んでいたようだ。地球と違って月明かりが随分と明るい。
「……いいか、決闘のルールはどちらかが参ったと言うまで、だ。スタートはお前の好きにしろ、せめてのハンデだ」
「分かった」
余裕ぶったハリックが、適当な形で拳を構えた。
俺もスーツのネクタイを少し緩めると、目を閉じて深呼吸をする。
後ろではシータとキータが不安げな顔で見守っている。
……魔法は想像力。今まで見たことのあるものはコンロの火のように想像力が固まってるせいで、出力した際に残念なことになってしまう。
だったら。
「『べギル』!」
「⁈」
地球で見たことのないもの、新しく見たものをそのままイメージするまでだ。
身体の内側から力がボコッと噴き出し、それに包まれている感覚だ。
魔法が正常に働いたことを確認すると、地面を踏み込み前へと駆け出す。
草ごと地面を抉る脚力に魔法の力の絶大さを思い知らされる。
「フッ――!」
勢いそのままハリックに対し飛び蹴りをかまそうと地面を大きく踏み込む。
そうしようとした瞬間。
「『制約』《魔法を禁ずる》」
その言葉が発せられると共に全身から力がスッと抜け、バランスを崩した足はよろけた足取りでハリックの前へと体を運んだ。
「よお」
ふざけたような挨拶の後に、ハリックからの強烈な右フックが顔面に入る。
「ッ――」
眼球が揺れると、意識がどこかへ吹っ飛ばされるのを感じ、その場にぶっ倒れた――。
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