第6話:異世界夕食事象
異世界の食事ってどんな感じなんでしょうね。個人的には、色が綺麗だと嬉しかったりします。ショッキングピンクとかは勘弁ですが。
「いただきまーす!」
出来上がった料理を囲んで、手を合わせる。早めの夕食だ。
にしても、卓上に並べられたスプーンにフォーク、コップにトング……調理の手伝いの時から見ていたが、その食器の完成度が地球に劣らないことが驚きだ。
ただ、文句があるとすれば……。
「ほら早く食べないと、こんじりが反っちまう」
「……あ、あぁ」
「あとロンビョンだけは早め食べておくれ、飛びあがっちゃうからね。おっと危ない」
「今日のトコモチ、活きがいいね、美味しいや!」
なんで全体的にほんのり生命力に溢れてるんだ?
キータが食べてる団子みたいなやつはいきなり転がり出すし、ロンビョンっていう肉は時間と共に膨れて浮かび上がるし、こんじりって刺身だよな……うわ、本当に反り始めた……。
「あんたもしかして、ここらの料理食べるのは初めてかい? 他の地域に比べて活きがいいのが特徴でね、あんまり流通に向いてないんだ」
「これ、調理後……だよな……?」
「あぁ、そうだね」
「なんで動くんだ?」
「さぁ」
「気合いだそうですよ」
「気合いみたいだね」
「そうか……」
やめよう、頭使うの。
「聞きたかったんですが、コノサキさんがいた世界の食事ってどんな感じだったんですか?」
「確かにあんたの地域じゃどんなもん食べてたのか気になるねぇ」
呆けている自分に、二人から質問が入る。
「俺の地域か……有名なのは寿司っていう、この反り始めてるこんじりみたいな刺身を少量のご飯の上に乗っけて食べる料理とかあるな」
「へぇ! それはうまそうだね。携帯もできそうだ」
「携帯には向いてないけど、気軽に食べれるサイズで人気だったよ」
ど定番だからな、とりあえず寿司は。
料理を口に運びながら、他にはないかと考える。
「そうだな、あとは俺が好きだったもんじゃって言う料理があって、色々な食材をなんかぐちゃぐちゃに混ぜ合わせて鉄板の上で焼くんだが」
「なんか不味そうですね!」
無慈悲なキータの言葉が飛ぶ。
「いや……! ちがくて、うまいんだ……! でもそうだよな、この説明だと……うーん、野菜とかスナック菓子とか混ぜて潰して……いやこれもなんか」
「なんか不味そうですね!」
「2回も言わなくていい……!」
この世界の料理にも同じことが言えるだろと思ったが、見た目は案外食欲をそそるものばかりで味も申し分ないため、あまりとよかく言えなかった。
いや、字面にするとひどいな、もっといい言語化ができたらよかったんだが、いち一般人にはこれが限界だった。
「にしても、調理場とかあれってどう言う原理で動いてるんだ? 特に炒め物とか火なんて使ってなかったよな? ただ鍋の柄を掴んでただけなのにちゃんと焼けてるし」
俺の話を聞いて、こんじりを使い寿司を作り出しているキータを横目に、もんじゃのことはひとまず置いておいて、こちらも気になったことを質問する。
「魔法具のことかい? あれは道具自体に特殊な術式が組み込まれていてね、握って魔力を流し込むと勝手にそれぞれの用途の魔法に変換してくれる代物なんだ。あの鍋には火の術式が組み込まれているってわけさ」
なるほど、便利だ。
キータが言っていた、魔法を撃つ形を道具の中で完結させてるってわけか……。
「術式って文字なのか?」
「いや、希少な魔鉱石を砂状にすりつぶして、使いたい魔法に合わせてブレンドしたものを規則正しく配置して固めるんだ。文字というよりかは記号に近いね」
シータがそう言って、手を擦り合わせるジェスチャーをする。
「希少な鉱石か。高そうだな……」
「そうだね、べらぼうに高いわけじゃないがそこそこの金額はするからねぇ。それにいくら術式が組み込まれているからって言っても、魔法の基本ができていないと使うこともできないから、火を起こした方が早いって意見が多いね。ま、使えたら食材との調和率が高いから、料理が美味しくできるのがメリットさ」
「調和……通りで料理がどれも美味いわけだ」
地球である程度贅沢な食事を体験したことはあるが、それに劣らない……どころかそれよりも美味しいのはそういった理由だったのか。
高い買い物だったからねぇ、と。どこか嬉しそうにシータが続けた。
「そういやあんたも調理の手伝いに慣れていたみたいだけど」
「僕より手際良くてびっくりしましたよ! ちょこちょこ驚いてる姿は面白かったですけどね」
「元々は一人暮らしだったからな、基本的なことはこなせる自信はある。ただ、食材が微妙に動いたり、色が変わったりして驚くのはしょうがないと思うんだが」
「かのトウキョウからきたから慣れてるもんだとてっきり……あ、そうだ! そう言えばサムルイとかの話の続き聞いてませんでした!」
思い出したと、キータが顔をずいと寄せて。
「僕もチャンコっていうのを食べて、すごい強くなってみたいんですよ! あとはサムルイの剣技とか!」
無茶なお願いをしてくる。
「一体どこからの情報だか知らないが、相当な量のちゃんこと相当な量の鍛錬を積まなきゃただ太るだけだぞ? あと絶対にキータの方が強い」
「えぇ⁈ うそ⁈ 僕まだ鉄壁の防御力なんて持ってませんよ⁈」
「お相撲さんをなんだと思ってるんだよ……! そりゃ一般人よりかは強いけど、そもそもお相撲さんはキータが思ってるような戦闘なんてしないからな?」
見るからにシュンと落ち込む。
「じゃあ、サムルイの剣技とか、ニンジャンのニンジャツは!」
「侍と忍者な。確かに昔には実際にいたが、俺がいた時代にはいなかったからな。剣技も忍術も教えられない。それに、そんなこと覚えなくても多分キータの方が強い」
俺からしたら、刀を使われたり、手裏剣を飛ばされたりしたらひとたまりもないが、キータみたいに魔法が使えるとなれば話は別だ。
良くて五分五分、基本はリーチの関係でどうしようもないだろうな。
「えぇ……僕の方が強いだなんて……人間兵器国家ニホンって聞いてたのに……」
「んな、物騒な……至って普通だぞ。そりゃ少し血気盛んな時代があったこともあるけども」
この反応を見ると、魔法の実験の前に日本出身なんて言わなくてよかったとしみじみ思う。
かのトウキョウ出身だからもっといけますよね? とか言って、もっと強力な魔法をぶち込んできそうだ。
「でも僕、ニホンも魔法が使えるって聞いてたんですが。使える人って限られてるんですか?」
「ん? 日本で魔法なんて聞いたことないけどな……どんな魔法なんだ?」
「確か『性別湾曲魔法ニョ・タイカー』とかいう、どんなものも女性に変えてしまう魔法だった気がします。恐ろしいですよね……」
「う、うーん……そうだな、魔法ではないが実際にあった技術というかなんというか……」
もーめんどくせぇな日本!
さっきから所々あっているからこそ、説明がややこしい。
「じゃあ魔法じゃなくても、本当にあった技術なんですね! 恐ろしい……」
「待ってくれ、別にそれは現実に作用するわけじゃなくて、絵として女体化されるんだ」
「……! え、絵に取り込まれるってことですか⁈ 絵に取り込んで無力化、それに加えて女体化による男の尊厳の喪失……考えるだけで鳥肌が立ちますね」
「ああ、そうだ。もうそれでいい」
海外に伝わった日本が、たまにとんでもない解釈をされていることがあるが、それが世界ごと違ったらそりゃこうなる。
夢を壊さない、そう正当化して諦めることにした。
「ほらほらあんたら、話に花を咲かせるのもいいが食事も忘れないでおくれよ。私は先に浴場の準備をしてくるから席を外すが、何かあったら呼んでおくれ」
「浴場があるのか……! 結構設備が揃ってるんだな」
「どこの宿にも浴場は必ず付いてるよ。湯船に浸かる、それが一日の節目になるっていう風習があるからね。それじゃ、食べ終わったら調理場に皿を持って行っといてくれ」
「分かった」
そう言ってシータが入り口から出て行った。
「至れり尽くせりって感じだな」
「僕も久しぶりに宿食を食べれて楽しいですよ!」
「それにしてもお前結構食べるのな、びっくりだよ」
目の前に転がってきたとこもちを口に運びながら、横でモリモリと食べ続けるキータに話しかける。
「美味しいので! それにお腹が空いてたら、やる気が出ないじゃないですか。このあともコノサキさんの力の解明をしなきゃなんですからね。今のうちに蓄えときます」
「なんの蓄えだよ……」
自分の力……。
夕食前に、キータに言われた言葉を思い出す。
今までは意気揚々としているキータに連れられて、とんとん拍子に物事が進んでいた。
こんな現実離れした世界の中で思考が浮ついたままでいたが、なんの力もない、金も、あてもこの世界の常識すら知らない。
本当はもっとこの事態を重く見るべきなんだろう。
キータのため……だよな。
しばらく食事を続けた後、やっと決心がついた。
「……あのな、キータ。話があるんだが」
「はい、どうしました?」
「悪いが、俺は」
――ドンドン。
「お――い、いるだろー? 開けろー」
話を続けようとしたところに乱雑なドアのノック音と、ガラの悪そうな男の声が入る。
なんかさっきもこんな展開を見たことがあるような気がしたが、なんなんだ。
この世界の住人は人の話にノックして割り込む習性があるのか?
知り合いかとキータに顔を向けると、キータは額に皺を寄せてゆっくりと立ち上がった。
「ハリック……!」
……ハリック?
ハリック……ハリック⁈
今絶対に聞こえてはいけない名前が聞こえてしまった。
ハリックって借金取りのハリックだよな⁈
そんな慌てている自分なんてお構いなしに、神妙な面持ちでキータが続けた。
「いいですかコノサキさん、準備を」
「そんな、いきなり……!」
ともかく自分も、何もしないわけには行かないので、一応フォークを持って立ち上がった――。
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