第2話:ここは異世界
「……っ」
明るい。なんだ?
「青空……?」
目を開けると目の前には青空が広がっていた。
死後の世界ってことか?
仰向けの状態からゆっくりと体を起こすと、夢ごこちのまま体を弄る。
刺されたはずの痛みはない、そもそも傷すら無くなっている。
相変わらずのスーツ姿だが、包丁で開いたはずの穴はなく、新品のようだ。
「少なくとも地獄ではないな」
爽やかな風がどこまでも続くような草原を駆けている。
夢ではないとどこか直感的にわかる。
あまりにもこう、リアルだ。
「ふう……」
この異様な状況に驚きはあるが、あっけない人生だったその事実が今になって襲ってきた。
ぼーっとしたい。
その気持ちが勝ってしまう。
もう一度仰向けに草原へと倒れ込む。
子供の頃に嗅いだ草の香りが心地よい。
今はとにかく考えることがただ気だるくて、この後どうしようとか、そんなことは取り敢えず後回しに目を閉じた。
――どれくらいの時間が経っただろう、遠くから足音が聞こえた。
流石に見ず知らずの世界で、足音が聞こえるのは怖すぎるので体を起こして後ろを振り向く。
「うわあ! い、生きてたんですか⁈ びっくりした……」
「自分が一番驚いているけどな」
深緑のローブを身につけた小さな少年が、本を握りしめて後ずさる。
「その、大丈夫かなって……あまりにも動かないから」
「ぼーっとしてただけだ。いや、心配かけたな。すまない」
重い腰を上げて立ち上がると、体についた芝生を払う。
「それならよかったです! それにしても変な服着てますね、もしかして冒険者だったりします?」
「あー……おそらく違うな。そうか、ここには冒険という文化があるのか」
「へ?」
「いや、こっちの話だ。ここが天国だと思ってたもんでな」
「あの、悩みなら聞きますよ……? ここが天国だなんて、相当お疲れなんですね……」
憐れんだ目で背伸びをしながら肩を叩かれる。
普通に失礼じゃないか?
「疲れてはいるが……そうだな君の名前は? 俺の名前は此先 癒月。君に色々と聞きたいことがあるんだ」
「僕でよければいいですよ! エルド・キータって言います。キータで良いですよ! 珍しい名前ですねコノサキさんって呼びます」
「まあ好きに呼んでくれ」
こうして人当たりの良さそうな人物に出会えたのはラッキーだ。
そろそろこの世界について真面目に考えよう。
まず、ここは天国じゃない。
そして冒険者という単語に、この少年の格好。
中世かと言われるとそうでもなく、いわばRPGの登場キャラクターのような風貌だ。
ただ顔立ちは日本人と大差はなく、当たり前のように日本語を喋っている。
……これらはよく知っている、きっと異世界転生ってやつだろう。
というかそうじゃないと説明がつかない。
……だとしたら俺は異世界に来てまでスーツ姿なのか……。
「まず質問というと少し違うが、いいか?」
「はい」
「俺が別の世界から転生してきたって言ったら信じるか?」
「……え⁈ 今転生って言いました⁈ 今! 転生って!」
腕を掴まれ体を揺さぶられる。
「おぉ、なんだなんだいきなり……! 自分も確信っ、はしてないが、多分そっなんだろうと思っ、揺らすのを一旦、止め……!」
「あ、すみませんつい……」
「……よし。とにかく俺は多分転生してきたんだと思う。起きたらここにいた」
「本当にいたんだ……! 転生者……! 都市伝説だと思ってました」
揺らすのを止めると、キータは目を輝かせてコチラの服装をジロジロと見る。
「都市伝説?」
「はい! 変な格好をした者がたまに現れて、凄い力を持ってなんかするんです」
「なんかってなんだ?」
「なんかはなんかです。人によって違うらしくて、ある地域では温泉を一晩のうちで作り出したとか、別の地域だと魔物から三日三晩村を守って颯爽と去っていったとか」
「結構バラバラだな」
「でもですよ! どの噂もチキュウ? ってところから来たというところだけは一致するんです」
いきなり聞き馴染みのある言葉が出てきた。
「もしかして、コノサキさんもそうだったりします?」
「するな」
「やっぱり!」
ということは、転生者は他にもいるってことか。
でもそれなら、なんで都市伝説なんてものに……?
素性をあまり晒してないのかもしれないな。
そんなことを考えていると、キータがスーツの裾を掴んでくる。
「コノサキさんよかったら僕が住んでる街に来ませんか? 贅沢はできませんが、おもてなししますよ!」
「いいのか……?」
「はい! それに母親にも会って欲しいので!」
魔物とかいう存在がいる中、こんな初期装備もいいような状態で野宿なんてしたら、もう一度死を体験することになるだろうから助かる。
「よしそれじゃ行きましょう! あの森を越えたらすぐです」
「助かるよ。そういえばキータは何をしてたんだ? こんなだだっ広い草原で」
「あれ? 草きのこに会いませんでしたか?」
「きのこ……に会う?」
「ちょっと待ってくださいね」
そういうとキータは背中に背負った籠から緑色のキノコを取り出した。
「これですこれ。草きのこって言って、これを食べると軽い傷なら直ぐ治るんですよ。元々足が生えてるんですが、収穫すると足が引っ込んでこうなるんです」
「ツッコミどころが多いな。歩くのかこれ」
「地面から出てきて歩きます」
「マジか」
キータから渡された草きのこを眺めた。
これが良い値で売れるらしい。
持った感じ感触はキノコだが、香りはどことなくハーブを連想させる。
「本当にこの世界のこと知らないんですね……!」
「マジでそうだから、頼むから騙さないでくれよ……?」
「そこには自信がありますから!」
「確かに思ったこと全部口に出してそうだしな」
「よく言われます」
「否定が欲しかったな」
母親にそれよく言われますと、キータが笑う。
「そういえば、コノサキさんって自分のデザイア・ブックって持ってますか?」
「デザイア・ブック?」
「別名、想書物といって、自分の力の詳細やその使い方などが載ってる本です」
「あいにく持ち合わせてないな」
「ですよね……じゃあ代わりに何か特別な力を感じるようなこととかは? 例えば頭に声が響くとか、目の前に言葉が表示されるとか」
「今のところないな」
「うーん……何か特殊な条件下でしか働かないとかかもしれませんね」
「そうだといいんだけどな……」
今のところ本当に何か特別な力は感じない。
身体の傷が勝手に消えていたぐらいだが、それがもしかしたら自分の力なのか……?
でもそれが授かる能力としてカウントされたら、トラックでひかれた異世界転生者なんて全身複雑骨折から始まる悲惨なストーリーになるしな……。
「まあコノサキさんもデザイア・ブックを持ったらわかるようになるので大丈夫ですよ!」
「それは一体どこで出に入れるんだ?」
「ギルドとかで買えます、ただ高価なんですよね……」
キータ曰く、デザイア・ブックは職人が手作業で作る代物らしく、素材も希少な木から取れるものを使うためどうしても高くなってしまうそう。
「あー……そうだよなぁ……そういえばキータは何か能力とかってあるのか?」
「僕ですか? 僕は魔法が使えます! これは能力というか才能ですが。あと人の善悪がわかります」
「魔法か……いいな」
「結構な人が使えますが、中には全く使えない人もいますね。コノサキさんももしかしたら才能あるかもしれないですよ? 後で試してみます?」
「やってみたいな。魔法には憧れというか、自分の世界ではそれこそフィクションの世界の産物だったからな……あと気になったんだが、人の善悪がわかるってのは?」
魔法がない世界という言葉に驚きながらもキータが話を続ける。
「そのままの意味で、人を注意深く見るとその人のオーラで善悪が分かるんですよ。ちなみにコノサキさんは青と赤が混ざった珍しいオーラでした……」
「善悪ってそれだけでわかるもんなのか?」
「色はその人自身のことを表しているらしくて、善悪は直感的に伝わってきます」
「便利だな」
「結構便利ですよ」
詐欺とかに引っ掛からなさそうだ。自分の色は青と赤か。
なんでそんな両極端なんだ……。
「あ、そろそろ見えてきます。んー、あれです! あれ僕の村です!」
「おー……! 結構しっかりしてるな……」
森が開けるとそこには、煉瓦造りの家が並んだ街並みが見えた。
キータが小走りで自分の前へと走ると、バッと手を広げる。
そんな街の入り口には門が構えられており、かかっている看板にはこんな言葉が書かれていた。
「月の街、ゲルタへようこそ!」
ピザ。