8 モルナの街
「次っ」
門の近くの列に並んでいたら思ったよりも早く順番が回ってきた。
「ステータスカードを」
門番の兵に、すみませんと頭を下げる。
「これから作るところです」
言いながら書類を差し出すと、それにざっと目を通してから後ろにいた兵に合図を送る。
するとその兵は木札を持って戻ってきた。
「これは仮の許可票だ。門を入って真っすぐ進んだ先に役場の出張所がある。そこでカードを作ってもらえ」
「はい、ありがとうございます」
私のようなカード未発行者は多いのか、その処理は実にスムーズだ。
他の人と一緒に門を通ると、そこは石造りの街だった。
道も建物も全部が白っぽい石で出来ていて、昔に見たギリシャの街並みによく似ている。
行き交う人の多くは人族だが、たまに獣人族やドワーフも見受けられる。
道沿いには多くの店舗が軒を連ねていて、さすが交易の街と言われるだけはある。
「あのー」
「はい、カード申請の人はこっち」
出張所とおぼしき建物に入るとすぐに職員らしき女の人にカウンターへと連れて行かれる。
「仮許可票と書類を出して。カード申請料は20エルンよ」
エルンとはこの大陸で流通している通貨で、1エルンがおおよそ千円くらいの価値がある。
その下の位はルンと呼ばれていて百ルンが1エルンとなる。
つまり
鉄貨 10ルン
銅貨 100ルン
銀貨 1エルン
金貨 10エルン
黒金貨 100エルン
白金貨 1,000エルン
となる。
「お願いします」
言われた通りに申請料と書類を提出する。
すると素早く内容をチェックし、すぐに後ろから淡く光る球が乗った機械を持ってきた。
「この上に手を置いて」
言われるまま球に手を乗せると、一瞬強く光ってから下の機械から薄い名刺サイズの金属板のカードが出て来た。
「これが貴女のステータスカードよ。ステータスの更新や数値が知りたい時はこのカードを持って来て。その時の手数料は10エルンよ」
つまりステータスを調べるには1回1万円がかかることになる。
なかなかに良いお値段だ。
こっそりカードに鑑定をかけるとエルフの里で見た偽装された数値が現れていた。
「紛失した場合、再発行に30エルンを徴収するので気を付けてね」
「はい、ありがとうございました」
勢い良く頭を下げると、それとと職員さんが言葉を継ぐ。
「仕事探しなら此処から南に4軒先が商業ギルドだから、そこに行くといいわ」
どうやら私のことを田舎から出て来たばかりと判断したらしく、親切にそんなことを言ってくれる。
「お世話になりました。行ってみます」
「ええ、頑張ってね」
職員さんに再度頭を下げてから出張所を後にする。
教えられた商業ギルドに入り、多くの人で賑わう様子を眺めていたらダンディなおじさんに声をかけられた。
「本ギルドに何か御用でしょうか?」
「あの…仕事の紹介をお願いしたいのですが」
まずはこの世界のことを知る必要がある。
『異世界常識』だけでは分からないことも多く、実地で情報収集をしたい。
「では此方へ」
「はい、お願いします」
軽く頭を下げた後、案内されるまま衝立で仕切られたボックス席へと向かう。
「まずはステータスカードをこちらに置いてください」
「あ、はい」
言われた通りにタブレットに似た板の上にカードを乗せると、空中に私のステータス(偽装済)が浮かび上がった。
神殿や各ギルドにあるステータス表示装置とはこれのことかと少しばかり感動しながら空中の数値を眺める。
「ふむ…」
それをしばらく見つめてからおじさんが聞いてきた。
「スキルにアイテムボックスとありますが具体的には?」
「容量は小さいですが…台車分くらいの荷物を運べます」
私の答えに頷くと次の質問に移る。
「カードの発行日が本日となっていますが、お住まいは?」
「先程モルナに着きましたのでまだ決めていません」
少し考えこんでからおじさんは新たに問うてきた。
「読み書きや計算などは?」
「一通り出来ます。帳簿付けもした経験があります」
その辺りは『言語理解』とバイト先での事務仕事のおかげで習得済みだ。
「勤め先に何か希望はありますか?」
「給金は普通でいいので出来たら接客業をお願いしたいです。故郷でも店の手伝いをしてましたから」
情報を得るには多くの人と接するのが一番だ。
スーパーの他にファミレスやバラエティーストアでのバイト経験があるのでそれを生かせるはずだ。
「分かりました。では此方などいかがでしょう。どれも従業員寮が有りますから家を探す手間が省けます」
脇にあったファイルから取り出された用紙には店名と雇用条件が記されている。
種類別だと宿屋が3件とレストランが2件、それと商店が5件。
どれも高級店らしく条件が凄く良い。
「他にはどんなものがありますか?」
「…そうですね。少々お待ち下さい」
席を立つと、すぐに紙束を持って戻ってきた。
「先程より条件は落ちますが」
確かに広げられた用紙に記されているのは待遇や仕事内容がさっきより悪い。
「此方でお願いします」
私が指さした店の名におじさんは驚いた顔をした。
「本当に良いのですか?失礼ながらスキルに『一般教養・礼節』を持ち、言葉遣いや仕草にも品がある貴方ならもっと…」
私への対応が丁重だと思ったら、そういったところをしっかり審査して合格判定されたからのようだ。
「いえ、是非このお店でお願いします」
笑顔の私に何か言いかけたが…一つ息をつくとおじさんは一枚の用紙を取り上げた。
「デボン武具店ですね。貴族地区より離れた庶民向けの店です。週給30エルン、従業員用の住居はありませんから通いになります」
おじさんの説明に大きく頷く。
「一度お店に行ってみます。決めるのはそれからでも構いませんか?」
「ええ、熟考されることをお勧めします」
そう言って笑うおじさんにお礼を述べて商業ギルドを出る。
武具店を選んだのは客筋が冒険者だからだ。
冒険者は依頼によって様々な場所へ行くので、そこで見聞きすることも多いはずだ。
最初は酒場か食堂を考えたのだが…そこだと働いているうちにうっかり異世界の料理知識を披露してしまう危険があるので候補から外した。
それに不特定多数のお客の相手をするより身元がはっきりしている冒険者の方が情報の信頼性が高いと踏んだのだ。
「此処か…」
ギルドで貰った書類を頼りにデボン武具店の前へとやって来た。
いかにも武器や防具を扱ってますと言った重厚な店構えで、ドアの横に鉄板を打ち出した看板が掛かっている。
「…ごめん下さい」
分厚いドアを開けて中へ入ると2畳程のスペースの奥にカウンターが在り、右の壁には剣やショートソードやナイフが、左壁には様々な防具と弓矢が並んでいる。
「何が入用だい?」
物珍し気に周囲を見回していたら店の奥から声がかかった。
出て来たのは綺麗な赤い髪を束ねた年配の女の人で、多少薹は立っているが今も目を引く美人さんだ。
「ナイフを見せてもらっていいですか」
武器らしい物を何も持っていなかったので丁度良いと聞いてみる。
「予算は?」
「10エルンくらいでお願いします」
私の答えに、そうさねと考え込んでからカンターの下を覗き込む。
「それだったらこの辺りかね」
言いながら3本のナイフをカウンターに並べた。
「手にしても?」
「ああ、好きにしていい。だが扱いには気をおつけ、切れ味がいいからね」
その言葉に頷きながら右端の物を手に取って…こっそり鑑定をかける。
他のもかけてみたがどれも品質はA判定で、これだけの物なら値段も相応以上といっていいだろう。
一見客だというのに良品を勧め、ぼったくりもしない経営方針には好感が持てる。
有り体に言って信用のおける良い店だ。
「それじゃあ、これにします」
鑑定した中で一番良品のナイフを手に取ると感心した様子で言葉が返る。
「なかなかの目利きじゃないか。良くそれを選んだね」
「お世辞抜きに良い品ですから」
そう言って笑うと相手も相好を崩す。
「判ってもらえて嬉しいよ。そいつは私の旦那が作ったやつでいい品だからね」
言葉や表情から夫への愛情が見え隠れしている様は何とも微笑ましい。
「御夫婦仲がいいんですね」
そう言うと、どうだろねと肩を竦めてみせる。
「毎日喧嘩が絶えないがね」
「遠慮なしに好きに言い合える仲って素敵だと思いますよ」
「そ、そうかね」
私の言葉に頬を染める様子に凄く可愛い人だなぁと笑みが浮かぶ。
「おいっ、ドーラっ」
その時、派手な音と共にドアが開いて大柄な若い男の人が店に入ってきた。
「何だい、ラルフ」
「昨日修理してもらったばかりの剣がもう刃こぼれしたじゃねぇかっ。どうしてくれるっ」
どうやらクレームのようだ。
こういった苦情にどう対処するかでその店の裁量が分かるので、隅に寄って見学させてもらうことにする。
「見せてごらん」
差し出された手の上に剣が置かれると素早く鞘から抜き放たれた。
剣先を上空に向けたままドーラという女性がまじまじと刃先を検分する。
「剣身にもかなりのダメージがあるね。何を切った?」
その問いにラルフと呼ばれた男はバツが悪そうに視線を反らせた。
「…フォレストウルフだ」
「ふーん、ウルフに襲われて牙を防ごうと無茶をしたってとこかね」
『異世界常識』だとウルフ系の魔物の牙は硬く、剣すらも嚙み砕くとある。
「そんな使い方をしたらミスリル製でもなきゃ刃こぼれするね」
おお、出たミスリル。
異世界転生物では有名だけど、この世界にもあるんだ。
感心している私の前で、あのなっとラルフ君が文句を言う。
「Eランクの俺にそんな御大層なもんを買う金なんてねぇに決まってるだろっ」
『異世界常識』によると冒険者には実力に見合ったランクが存在する。
F・見習い、E・駆け出し、D・一人前、C・中堅、B・ベテラン、A・超人となっている。
S・レジェンドというのもあるが、そう言った者は滅多にいない。
「だったらもっと剣を大事に使う工夫をしなっ。力任せに振り回すばかりが能じゃないだろ」
もっともな言葉にラルフ君はぐうの音も出ない。
「とは言ってもこのままじゃ困るね。ちょいとガルドっ」
そう店の奥に声をかけると、ずんぐりとした影が此方にやって来た。
「何だ、うるせぇ」
ぼりぼりと頭を搔きながら現れたのは見事な髭のドワーフ。
頑固そうな眉間の縦皺が印象的だ。
「ラルフの剣がこの通りさ」
差し出された剣を受け取ると真剣な表情で見分を始める。
「下手をしたもんだな。剣身に僅かだが歪みが出ている…このままだと修理しても直に折れるぞ」
「そ、そんなっ」
愕然となるラルフ君を前に2人して解決策を話し合う。
「こいつを下取りに出したらどれくらいになるかね」
「歪んじまってるからなぁ…12エルンがいいとこだろう」
「そうなると…買えるのはショートソードくらいかね」
「無いよりマシだが…大振りしかしないこいつには向いてねぇだろ」
うーんと考え込むドーラさんとその御主人らしいガルドさん。
「取り敢えず残りの支払いはつけにしてやる」
「この中から選んで持ってきな」
息もピッタリにそう言うとドーラさんがカウンターに3振りの剣を並べる。
「い、いいのか」
驚くラルフ君に、仕方ねぇだろとガルドさんが言い返す。
「仕事道具が無きゃ話にならんだろ」
「ああ、恩義に感じるならしっかり稼いで残りを支払っておくれ」
苦笑いを浮かべながらそんなことを言う2人。
「パーフェクト」
その様子に小さく呟く。
会社で教えられたクレーム対応のセオリーを見事にこなしている。
1.クレームの内容を聞いて相手に確認する。
2.お客の立場になって真摯に相談にのる。
3.解決策を提示する。
此処は本当に良い店だと思わず笑みが浮かんだ。