こぼれ話 『質疑応答』
『ちょっとぉ、ちょっと、ちょっと』
いつもの調子で声をかけながらメネがテーブルの上に降り立った。
「何かあった?」
メネの新作衣装を縫っていた手を止めて針を針山へと戻しながら聞き返す。
『モル村の学校にね。ちょっと変わった子が入ったそうよぉ』
「変わった子?」
小首を傾げて聞き返すとメネが詳細を教えてくれた。
何でも村に立ち寄った行商人の親が病に倒れ、そのまましばらく養生の為に逗留することになった。
せっかくなのでとその子は滞在中は村の学校に通うことになったのだそうだ。
『で、授業の後でユナさんにいろいろ質問するんだけど』
軽く肩を竦めているメネに問いかける。
「学習意欲があるのは良いことじゃない」
私の言葉にメネは、そうなんだけどねぇと大きく息を吐いた。
『村の子たちと違って他所で見聞きすることが多かったからかしら。子供らしくない質問が多くてユナさんも困ってるみたい』
「つまり空はどうして青いの…みたいな可愛いものじゃ無いってこと?」
私の問いに、ええと頷いてからメネが言葉を継ぐ。
『サフィール国で一番大きな商会の会頭が問題を起こして騒ぎになったことあったでしょ。その終結の仕方が気に入らなかったらしくてね。「普通、国家反逆罪クラスの罪って貴族でもお家取り潰しとかだよね?何で、たかだか一商会に対する罰がトップの隠居だけで済んでるの?」ですって』
「ああ、確かにそれは即答しかねるかな」
その様を思い描きながら苦笑を浮かべる。
「勧善懲悪を求めるのは子供らしいとも言えるけどね。確かに貴族が不祥事を起こした場合はお家取り潰しも有りだけど商会となるとそうは行かないから」
貴族の場合はその家が無くなっても何の問題も無い。
領地があっても別の家がやって来て決められた法に添って治めれば良いだけで、代わりはいくらでもいるのだから。
だが商会となるとそうは行かない。
貴族と違い、簡単に代わりが見つからないからだ。
そもそも国一の豪商と言われるくらいの規模の商家が無くなった場合、その影響は甚大だ。
まず商会に携わっていた者…従業員とその家族が路頭に迷う。
下請け業者や輸送などの関連業者も大きく減収となるので、下手をすれば潰れるところも出る。
すぐに次の仕事が見つかれば良いが、そうならない者も多いだろう。
無職の者が増えれば税収は下がるし、治安も悪くなる。
世情不安となれば他国が付け入る隙を与えることにもなるので国としても良いことは一つもない。
なのでトップに責を取らせて商会は維持というのが一番の良策だろう。
「で、ユナさんの対応は?」
『それが凄いのよぉ』
感心した様子でメネがその時のことを口にする。
『私もよく分からないからどうしてそうなったのか一緒に考えましょうって言ってたわ』
「さすがだね」
分からないことは分からないと認め、共に考えることを促す。
質問するだけで終わりではなく、その答えを自分なりに考えてみることは大事だ。
聞いただけで得た答えはすぐに忘れて身にならないが、自らが考えて得たものはずっと忘れず同じような状況になった時に答えを出す助けになる。
それを踏まえてそう答えたユナさんは優秀な教育者だな。
『学校と言えばリシューちゃんが通ってる学園でも事件があったわね』
「魔物との戦闘訓練の授業でね」
大きく頷くと前にリシュー君から聞いた話を思い返す。
周囲が止めるのも聞かず、生徒の一人が魅了魔法で魔物を使役しようとして失敗。
逆にその魔物に喰いつかれて左腕を失った子の友人が担当教諭に向けて声高に叫んだそうだ。
「『魅了』って相手を魅惑して自分の願い通りに動かす術ですよね。魔物を魅了したら、その魔物が自分を食べる・傷つけるなどの行動をやめるはずなのに、魅了したら魅了した相手から死ぬような暴力を振るわれましたでは筋が通らない」
確かに魅了に掛かった者を発動者は思いのままに操ることが出来るが、それにはとんでもなく高いレベルが要求される。
他の意志を抑え込んで自分を良く思わせる価値観を無理やり植え付けるのだからそれも致し方無い。
高い知能を持たない魔物が相手だと支配するのはさらに難しくなる。
ロザリーちゃんの場合も同じだ。
彼女も魅了持ちだったがレベル1だったので『相手に好印象を与える』くらいの力しか無かった。
なのにヨゴレは魅了についての説明はせず、わざわざゴブリンの縄張りの中に彼女を転生させた。
自らの力を過信していた彼女がゴブリンの魅了に失敗し、苗床にされることが分かっていたからだろう。
とことんクソだな。
奴の非道な仕打ちに今更ながら怒りが湧いてくる。
その後、魅了のことを詳しく教えられた生徒たちは反省したようだが…。
失くした腕はエリクサーで復元できたが魔物に対する恐怖心は消えず、結局その生徒は戦闘科を離れて生産科に移ったそうだ。
生兵法は大怪我の基というのは本当だな。
『そうそう、私もカエちゃんに聞きたい事があったんだわ』
ポンと手を打ってからメネが言葉を継ぐ。
『こっちに来て早々、キンググレートスネークの首を結界で落としたって聞いたけど。他の魔物もその時みたいに結界でスパン!とは出来ないの?』
その方が結界で囲むよりお手軽じゃない?と問うメネに小さく嘆息してから答えを紡ぐ。
「それが出来たら苦労しないんだけど」
『出来ないの?』
小首を傾げるメネの前で大きく頷く。
「最初の時は本当に偶然の賜物だったからね。私を食べようと襲い掛かった蛇の動きと結界を張るタイミングが絶妙にマッチしていたから出来たことだから」
分かり易い例だと、停まっているボールをフルスイングしても飛ぶ距離は高が知れているが此方に向けて投げられたものを打った場合、その飛距離は軽く倍化する。
投球時にボールに与えられた力と打つために振られたバットに加えられた力がぶつかり合ってさらに大きな力となるからだ。
つまりメネの言うことを遣るなら、此方に向かって来る魔物の勢いを殺すことなくその急所となる部位を瞬時に結界で囲むということが必要になる。
それは素人が場外ホームランを打つくらい難しい。
だったら魔物の周囲を結界で囲んで酸素を収納した方が絶対的に効率がいい。
まあ、それなりに訓練を積めば出来るようにはなるだろうが…わざわざそんなことをするのは面倒臭いしね。
『なるほどねぇ』
私の説明に納得の頷きをしてからメネは、もう一つとさらなる質問をしてきた。
『カエちゃんが持ってるコピー袋だけど』
「それがどうかした?」
小首を傾げる私の前でメネがちょっとだけ悪い顔で言葉を継ぐ。
『大きな魔石やレアモノが採れたらコピーしたらいいのに。何でしないの?』
「ああ、それね」
メネの前で肩を竦めてから答えを口にする。
「それは私も考えたけど…止めにした」
『何で?』
不思議そうなメネに逆に聞いてみる。
「魔石やレアなドロップ品を買い取るのは何処でしょうか?」
『…ギルドだけど』
「買い取った後は?」
『大抵の場合はオークションにかけられて』
そこまで言ってメネは質問の意味に気付いたようだ。
『オークション品は必ずその前に鑑定が掛けられるわね』
メネの言う通りオークションに出品される物は色や大きさ、品質などを記録されて正式な鑑定書が付けられる。
コピーした物をそう言った場所に出した場合、一つとして同じ物が存在しないはずなのにまったく同一品が出たとなると、どちらかは偽物…希少ではあるが複製魔法が使える者がいるのでは…となる。
となれば出品者は瞬時に犯罪者にジョブチェンジだ。
まあ、それがヨゴレの狙いだったんだろう。
コピー袋の元の持ち主は商人志望だったから、何も知らずに高額商品をコピーして犯罪奴隷に落ちることを画策したようだ。
「それにちゃんと『これ以上はいけない』って一線を引いておかないと、人は堕落する生き物だから『これくらい』って自分を誤魔化してすぐに悪い方に行ってしまうからね」
そうなったらもう歯止めは効かない。
どんどんエスカレートして行って、最後は取り返しのつかない事態へと陥ってしまう。
「バイト先のバラエティーストアで良くあったな。最初は小物を盗むくらいだったけどそのうち高額商品に手を出すようになって、結局バレて警察沙汰になるんだよ」
逮捕されたら示談で済んでも警察に記録は残るし、何より人の口には戸が立てられない。
噂でも万引きしたことが有るという人物が側に居たら、また同じことをするんじゃないかと周囲は距離を置くし信用されることも無くなる。
当人もいつ周りに知られるんじゃないかと怯えは消えない。
ずっと後ろ指を指される人生というのはなかなかにハードだろう。
「ま、一線を越えてしまうと後はどんどんハードルが低くなって最後に待つのは身の破滅だからね。悪いことはするもんじゃ無い」
『確かにそうねぇ』
納得した顔で頷いてから、そう言えばとメネが何気ない調子で聞いてきた。
『前世の話で出てくるのはバイトの事ばっかりだけど、何で?』
不思議そうなメネに、それはと少しばかり困った顔を向ける。
「就職先は研究所だったからね」
『どういうこと?』
バイト先は接客業種ばかりで、そうなると老若男女、不特定多数の人間の相手をすることになる。
起こる事柄も様々なうえに誰一人として同じ対応にはならず、話題に事欠かない環境だった。
しかし研究所は、顔を合わせるのは同じ面子ばかり。
そのうえ職場の同僚たちは研究対象を詳細に検討し分析することしか頭になかった。
何しろ年一の忘年会すら『職場の人間と集まって酒を飲む時間が有ったら自分の好きな研究に使いたい』という理由で欠席者が続出したために開催不可となったくらいだ。
当の私もその頃はマイルドな人嫌いだったのでその例に漏れず、依頼された料理をひたすら作っては終業時間が来たらそのまま直帰という生活を送っていた。
よって職場の人間関係は極薄で、何年も一緒の現場に居ても名前を覚えてもらえていないこともままあった。
唯一の例外は井崎ちゃんに半強制的に連れて行かれた合コンくらいだが、それだって暇つぶし感覚での参加だったので、これと言った成果はない。
何度でも同じ味を再現できるという特技のおかげで、残業ナシしかも高給という好条件で雇ってもらえたので感謝はしているが、面白みは皆無な職場だった。
なので話のタネになるようなことがほとんど無いのだ。
『それなら仕方ないわねぇ』
呆れを含んだ視線を送ってから、でもとメネは笑顔を浮かべた。
『だったら今は楽しいでしょ。気の置けない仲間がたくさんいるもの』
「まあね、それにカナエの時は望みがすべて叶うなんてチートな力のおかげで御都合主義連発でつまらない思いをしたけど。でももうそんなことも無くなったからね」
今の私はただの人族の小娘・カエだ。
他の人達と同じように望みを叶えるには、それに見合った努力をしないとならない。
努力を重ねても望みが叶わないことの方が多いだろう。
けどそれがいい。
特別な力なんて無い方がずっと生きていて楽しい。
これに関しては精霊王に感謝だ。
「ただいま、カエ。お腹空いた」
「お帰り、リシュー君」
いつものように空腹を訴えるリシュー君に笑顔を返す。
「今日は何を作ろうか」
職場では作業でしかなかったけど、今は作ることを心から楽しめている。
やはり料理は食べて喜んでくれる人が居てこそだな。
こんな日々が続くことを祈りながら私はキッチンへ向かった。
Fin
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