こぼれ話 『約束』
いいね、感想、レビュー、誤字報告、誠にありがとうございます。
カイルさんのこととカエとリシュー君のその後を書いてみました。
拙いお話ですが楽しんでいただけましたら幸いです。
「久しぶりだ」
なだらかな山並みに囲まれた村を見下ろして感慨深げに呟く。
「うん、そうだね」
隣にいるリシュー君からも似たような感想が漏れ出た。
「此処でメネさんと出会ったんだよね」
リシュー君の言に、そうよぉとメネが大きく頷く。
『懐かしいわぁ』
村の外れにある社を見やりながらメネも嬉しそうに辺りを飛び回る。
カエになって2か月が過ぎ、私たちは王都から帰って来るカイルさんとの約束を果たすべくモル村にやって来ていた。
「師匠、元気かな?」
何気に呟かれた言葉にメネが笑いながら答える。
『物凄~く元気よぉ。こっちに向かってる最中だから昼過ぎには村に着くんじゃないかしら』
何故か意味ありげな笑みを浮かべてるメネ。
しかし相変わらず精霊ネットワークは便利だな。
こっちが知りたい情報を正確に教えてくれる。
「そう言えば良かったのメネ。小精霊に降格で」
精霊で思い出したので聞いてみたら、もちろんよぉと胸を張ってみせた。
私とリシュー君が『渡りのブレスレット』と『精霊剣』を返還したのに合わせてメネも中精霊の位を下りて元の小精霊になった。
『急に出世したからってグチャグチャ文句を言ってた連中もこれで大人しくなるでしょ。元々中精霊なんて今のアタシには荷が重いもの』
そう言ってから、でもとメネはリシュー君を見やった。
『リシューちゃんこそ良かったの?剣を渡してしまって』
「うん、僕にはガルドさんが作ったのがあるからね」
言いながらリシュー君は腰にある片刃刀の柄に手をやった。
アンのところにあったペットボトルの水…超神聖水をかけたら『聖剣』になってしまったのでお蔵入りになっていたが、柄に隠蔽の魔法陣を刻んでもらったので普段使いが出来るようになった。
今は魔国の学園に通いながらエルデ君の弟分として2人して魔王さまに扱かれる毎日を送っていて、聖剣とは前の精霊剣より相性が良かったようで一番強い男になると宣言した通りにリシュー君のレベルはメキメキと上がっている。
「このまま成長すれば我の良い好敵手となろう」
そんなことを言って魔王様がワクテカしているくらいだ。
レベルと言えば私の方もと思い返しながら腕にあるブレスレットに目をやる。
ミアーハさんから貰った『隠蔽の腕輪』は精霊王に渡してしまったので、今あるのはリシュー君のをコピーさせてもらった物だ。
最初は『異世界人』の称号も無くなり、レベルも1に戻ったので必要ないと思ったが…。
「レベル1だと赤子も同然、うっかり死なれたら困るのでな。最低でも40まで上げよ」
との魔王様の命により半強制的に魔国にあるダンジョンに連れて行かれ魔物を嗾けられたのは良い思い出だ。
おかげで今の私のレベルは42となり、人族の小娘には相応しくない数値になったのでまた隠蔽することになった。
「おやまあ、カエちゃんとリシューちゃんじゃないか」
「お久しぶりです」
村の入口で最初に出会ったおばちゃんが懐かし気に目を細める。
「お父さんのことは分かったのかい?」
面識のない父親の消息を聞く為に親戚の下へ行くと村を出たので、おばちゃんが心配そうに聞いてきた。
「はい、残念ながらもう亡くなっていました。けど親戚の方たちがとても良くしてくれましたから」
死んでたと聞いたおばちゃんの顔が曇ったので、すぐに言葉を足すと安堵しした様子で頷く。
「それは良かったねぇ。ところで学び舎なんだけど完成したんだよ」
得意げに示された建物は村立の学校だ。
レッサードラゴンの襲撃で得た高額の売上金をどうするか…騒動が落ち着いたところでそんな議題が村の会合に上った。
最初は村民で分けるという意見が圧倒的だったのだが、私が言った事で流れが大きく変わってしまった。
「皆で分けるのも良いですが、頭に貯めたらどうでしょう」
その言葉に誰もが首を傾げるので詳しい説明を足す。
「無料で学ぶ場所を作って誰もが知識や技術を得られるようにするんです。お金は使ったら終わりですし盗まれる可能性もあります。でも頭の中に入れたものは絶対に無くならないし盗むことも出来ません」
読み書きや計算が出来るようになれば就職の幅も広がるし、騙されることも減るだろう。
そう話したら誰もが納得し、すぐに学び舎建設が決定した。
実はそんな提案したのはメネから聞かされた似たような村の状況があったからだ。
其処も希少な魔物が共有の罠にかかり、そのドロップ品が売れて村に大金が入って来た。
それを村人で分けたのだが…何の苦労も無く一気に手にしたお金の所為でその村は破滅した。
彼らが持つ金を求めて良からぬ輩が村に集まったのだ。
賭博に誘われ身を持ち崩し、それでも味わった高揚感が忘れられず借金をして奴隷に落ちた者。
詐欺に引っ掛かり身ぐるみ剥がされて失望のあまり自死した者。
貯め込んでいた金目当てに強盗に入られて一家全員殺された者。
挙句に失った金をまた得ようと盗賊の真似事をし捕らえられ処刑された者も出た。
長閑で穏やかだった村は見る影もなく荒廃し、しばらくして廃村になった。
身の丈に合わぬ金は身を滅ぼす。
このモル村がそうならない為には公共事業に突っ込むのが最善と思ったからだ。
「来月には開校さ。先生も決まったしね」
読み書き計算だけでなく初級魔法も教えられる優秀な人だと我が事のように自慢げに話してくれた。
「それに冒険者ギルドも協力してくれることになってねぇ」
剣術を教えてくれる者が常駐することになったそうだ。
「それは何よりです」
剣術を習えれば護身になるし、魔法の適性があるならそれを伸ばすことも出来る。
将来の展望が大きく開かれるようになったのは良い事だ。
それから完成したばかりの学校内を見学させてもらったり、前にお世話になった村の人達に手土産を渡したりしていたらすぐに昼になった。
「あ、師匠~っ」
遠くに見えた人影にリシュー君が元気よく手を振る。
それに応えるようにカイルさんが片手を上げた。
「…隣に居るのは」
カイルさんの傍らに濃いグリーンのドレスを纏った女性がいる。
栗色の髪に焦げ茶の瞳、優しい雰囲気の美人さんだ。
彼女を気遣いながら歩くカイルさんの表情は穏やかで、此処からでも大切に思っているのが伝わって来る。
「あの人が先生になってくれるんだよ」
私の横にいたおばちゃんが楽し気に教えてくれた。
何でも御領主さまのところでお嬢様付きメイドをしていた人で、淑女教育を共に受けていたので読み書き計算はもちろん礼儀作法も完璧に教えられる人材だとか。
「よくそんな方が先生になって下さいましたね」
私の疑問に、まあねぇとおばちゃんが意味有りげな笑みを浮かべた。
その笑みがさっきのメネとそっくりだったので聞いてみる。
「で、真相は?」
『うふふ、それは本人たちから聞いた方がいいわね』
それきり黙ってしまったのでメネの言う通り当人たちの到着を待つことにする。
「お帰りなさい。師匠」
笑顔で駆け寄るリシュー君に、ああとカイルさんが笑みを浮かべて頷く。
「随分と腕を上げたな。身のこなしに隙が無い」
少し驚いた様子でカイルさんがリシュー君を見返す。
「はい、師匠に言われたことは毎日してました。それに魔国でいろいろと教えてもらったので」
リシュー君の言に、そうかと頷いてからカイルさんは居住まいを正した。
「もう俺がお前に教えることは無い。これからは自分で自分を鍛え上げて行け。教わるより遥かに難しいことだがリシューなら出来ると信じている」
卒業を言い渡すカイルさんに、はいとリシュー君が元気よく返事をする。
「師匠の教えを守りながら世界一強い男になるよう頑張ります」
「ああ、お前なら出来る」
愛し気に目を細めるとカイルさんはリシュー君と握手を交わした。
それが終わるとカイルさんは此方へと視線を向ける。
「父親には会えたのか?」
「いえ、残念ながらもう亡くなっていました。でも親類の方々には会えましたし親切にしていただきました」
魔国に向かったことはギルマス経由で知らせておいたのでカイルさんは安心した様子で言葉を継ぐ。
「そうか、良かったな」
「ところでそちらの方は?」
私の問いに後ろに控えていた女性の手を取って横に並ばせると、少しばかり顔を赤くして紹介してくれた。
「妻のユナだ。その…先月、王都で式を挙げた」
「はい?」
「師匠、結婚したの?」
驚く私たちの前で、ああと照れた顔で大きく頷く。
「ユナ…さんですか。もしかして亡くなったお弟子さんの」
聞き覚えのある名にそう問いかけると並ぶ二人の顔に一瞬だが暗い影が刺した。
「初めまして。ユナと申します」
スッと背筋を伸ばすとユナさんは綺麗な礼をしてから口を開いた。
「弟が死んだ後で一度は離れましたが、王都で再会した時にやはり私はカイルが好きだと気付きました。それで…」
「いや、その先は俺に言わせてくれ」
ユナさんの言葉を遮るとカイルさんが此方に向き直る。
「あいつのことは今も悔やんでいるが、君が言ってくれただろう『後悔するのは自分を見つめ直すために必要なことでしょう。でもそれに囚われて無為な時間を過ごすのはもったいとは思いますね』と」
「確かにそう言いましたね」
頷く私に、だからとカイルさんは笑って言葉を継いだ。
「またユナに会えて…それで考えた。このままでは誰も幸せにはならないと。だから思い切って変わらずユナを愛していることを告げたんだ」
カイルさんの言葉を受けてユナさんも大きく頷きながら口を開く。
「ええ、私もいつまでも弟のことで思い煩っていてはダメだと。それに弟もそんなことは望まないはずです」
2人が付き合っていた頃『さっさと一緒になっちまえよ。先生のことを兄貴って呼びたいからさ』と急かされていたとユナさんが懐かしげに教えてくれた。
一瞬だが暗い表情になったので未だ2人の中でお弟子さんのことは吹っ切れていないのだろう。
それでも前を向いて手を取り合ったカイルさんとユナさんは素敵だと思う。
なので心からの言葉を紡ぐ。
「ご結婚おめでとうございます。末長くお幸せに」
「うん、おめでとう。師匠」
リシュー君と揃って祝福すれば、ありがとうと頬を染めて2人が頷く。
その様は実に幸せそうで私とリシュー君も笑みを浮かべた。
で、後からメネに聞いた話によると。
2人が再会したのは偶然では無く、そうなるよう御領主の息子さんが図ったのだそうだ。
何でも前にお忍びで街に出かけた時に暴漢に襲われていたところをカイルさんに助けられ、それが縁で親しく付き合っていたのだとか。
父親である御領主もカイルさんの剣の腕と真っすぐな心根を気に入り懇意にしてくれていた。
そんな時に起こった弟子の事件。
恋仲だったカイルさんとユナさんは別れ、カイルさんは故郷の村に引っ込んでしまい。
ユナさんもモルナの街から去ってしまった。
あんなに仲の良い恋人同士だったのにと残念がった御子息は一計を案じた。
それを実現させるべく両親に自分の考えを伝えて協力を仰いだ。
まずはユナさんを妹君の側付メイドとして雇い、それからカイルさんに社交シーズン中の護衛を依頼した。
2人の仲がどうなるかは分からなかったが一度ちゃんと向き合ってから結論を出した方が良いと家族で話し合って決め、計画に賛同したそうだ。
いや、本当に良い御子息だし、その意を受けて協力してくれた御家族も素晴らしいな。
彼らが治めている限りこの領は安泰だろう。
顔を合わせた2人は最初はぎこちなかったそうだが、ずっと一緒にいるうちに少しずつ歩み寄るようになった。
お互い嫌いになって別れた訳では無かったのもあって、やがて共にある事を望むようになったそうだ。
それで御領主の勧めもあって王都で式を挙げた。
折よくカイルさんの故郷の村に学び舎が出来ることが決まったのでユナさんは教師に、カイルさんは剣術の講師として村に居を構えることになったのだとか。
「幸せそうで良かったよ」
「うん、そうだね」
村を上げての歓迎の宴で代わる代わる祝福の言葉をかける村人たちと、それに応えながら最高の笑顔を浮かべているカイルさんとユナさん。
そんな2人の姿を見つめながら秘かに嘆息する。
まだカナエだった頃、カイルさんの憂いが晴れる日が来るといいと思った記憶がある。
その結果が今の状況だとするなら…相手の幸せを望んだからいいが、これが不幸だったらどうなっていたか。
望みがすべて叶う力の凄さ、というか影響力に我ながら怖くなる。
本当に「な」を捨てて良かったと心底思う。
考え込んでいたら大きな歓声が上がり、見れば周囲に囃し立てられたカイルさんがユナさんの頬に唇を寄せていた。
その姿を微笑ましく思いながら小さく呟く。
「…リア充が、もげろっ」
『ちょっとぉ。何、呪いの言葉を吐いてるのよ』
「いや、単なるお一人様の僻みだよ。ここはスルー推奨で」
私の言葉にやれやれとばかりに大きく首を振るメネの横で、それまで宴会料理を忙しなく口に運んでいたリシュー君が此方へと向き直る。
「カエには僕がいるよ」
そう笑うとギュッと私の手を掴んで来た。
愛おし気に此方を見る眼差し。
その視線に年甲斐も無く心臓が跳ねた。
『いい加減に目を反らすのは止めなさいな。リシューちゃんは本気よぉ』
呆れたような笑みを浮かべてメネが耳元で囁く。
「いや、だけど13歳はヤバいでしょ。ショタは犯罪だよ」
小声で反論する私にメネが事も無げに言い返す。
『何言ってるの。肉体年齢なら25と16なんだから問題無いじゃない』
「…それはそうだけど」
煮え切らない私にメネが強い口調で言い放つ。
『素直になりなさい。リシューちゃんのことが好きなんでしょ』
確かにメネの言葉を否定できない自分がいる。
悶々とする私に向かいリシュー君がとんでもない爆弾を投げて来た。
「13じゃないよ、この前14になったから」
「へ?…いつの間に」
「カエの行方が分からなかった時だからそれどころじゃなくて」
言われて凄く申し訳ない気持ちになる。
「ゴメン、もっと早く無事を知らせていたら…」
「いいんだ。こうしてカエはちゃんと帰って来てくれたんだから」
ねっと微笑むとリシュー君がさらに言い募る。
「此処では15で成人だから来年になったら僕のお嫁さんになってよ」
正々堂々のプロポーズ、キター!
「えっと…」
「ダメ?」
だから私より背が高いのに上目遣いはやめいっ。
けれどその眼差しには何の迷いも無く、真摯に私を慕う想いに溢れている。
そんな瞳を前にして自分を偽ることは出来ないなと…覚悟を決める。
「分かった。リシュー君が飽きるまで一緒にいるよ」
『そこは素直に「はい」って言いなさいよ。ホントに難儀な子よね』
ため息混じりにメネがそんなことを言うが…。
仕方ない、これが私なのだから。
しかしそんな私の答えでもリシュー君は嬉しそうに笑った。
「飽きることなんて絶対に無いよ。それに約束したでしょ『ずっと一緒にいる』って」
「そうだったね」
苦笑と共に頷くと私は握られたままのリシュー君の手を引いて立ち上がる。
「ってことで大分遅くなったけど魔国に帰ってリシュー君の誕生パーティーを開くよ」
「だったらアッシ・パルマンティエとコック・オゥ・ヴァンが食べたいっ」
初めて彼の為に作ってあげた料理名を笑顔で口にするリシュー君。
そんな彼の前でポンと胸を叩いて請け負う。
「任せなさい。美味しいのを作るね」
「うん」
心からの笑みを浮かべて繋いだ手を強く握るリシュー君に私も笑顔を返す。
面倒臭いと逃げず、この想いを育てて行こう。
常に隣にいるリシュー君と共に。
繋いだ手を離すことなく私たちは歩き出した。
未来に向かって。
Fin




