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74、終わりの始まり


「到着っと」

 精霊王に送られたのは、前に精霊界に行った時に入口だった魔王城近くの林だった。


「何だか懐かしいな」

 まだそう時間は経っていないはずだが感慨深く辺りを見回す。


『あの…ありがとうね』

「へ?」

 肩にいたメネからの唐突な礼に驚いて其方を見やる。


『誠之助たちの魂が元の世界に還れるように望んでくれて』

 メネの言葉に、そう言えばと思い当たる。


「な」を失くす代償に向こうから連れて来られた者たちの魂が故郷に帰れるよう望んだ。

カナエの名で望んだことは必ず叶うから。


『きっと今頃は黄泉の国で奥方と再会してると思うのよ』

 しみじみと言葉を綴るとメネは宙に浮かんで私の正面へとやって来た。


『本当にありがとう。えっと…カエちゃん』

 照れた顔で新たな名を口にするとメネはクルリと反転した。


『カエちゃんが帰って来たってみんなに知らせて来るわねぇ』

 言うが早いかメネが嬉々として城に向かって飛んで行く。


今まで掟に縛られて私について何も言えなかったことが余程心苦しかったのだろう。

その反動か目にも止まらぬ速さで素っ飛んで行った。


「張り切ってるねぇ」

『また御主人さまと居られるようになって嬉しいのでしょう』

 そう言って笑うアンも実に幸せそうだ。

そのさまに自然と私の唇にも笑みが浮かんだ。



「ん?あれは…」

 アンと並んで歩き出した途端、王城から高く土煙が此方に向かって来るのが見えた。


良く見るとそれは人で、全速力で走っている。


「リシュー君?」

 涙とついでに鼻水が凄い状態ですっかり人相が変わってしまっているが間違いないだろう。


私たちの前までやって来るとピタリとその足が止まる。


「か、カ…エだよね?」

 精霊王との誓約で当人も意識しないまま新たな名が紡がれるようになっている。


恐る恐る聞いてきたリシュー君に満面の笑顔で頷いて見せる。


「そうだよ。あ、ちゃんと足はあるから安心して」

 ちょっとお道化て答えると、ぶわっとリシュー君の眼から新たな涙が溢れた。


「間違いなくカエだっ。良かったぁぁっ」

「おっと」

 泣きながらしがみ付いてきたリシュー君を慌て抱き留める。


「死んだって聞かされて…信じたくなかったけど、でもカエは帰って来ないし。どうしたらいいか分からなくて」

 グスグスと鼻を鳴らして言葉を綴るリシュー君にハンカチを渡しながら深く頭を下げる。


「心配かけて本当にごめんね」

「いいよ、こうして帰って来てくれたから。でも…」

 笑顔で頷くもその顔はすぐに曇ってしまう。


「守るって約束したのに…守れなかった」

 その言葉を聞いてやっぱりかと小さく嘆息する。

私が消えていた間、ずっとそのことを後悔し続けていたんだろう。


「あのね、リシュー君。それは…」

「だからねっ」

 もうその約束は忘れてと言いかけるが、それを遮ってリシュー君が真剣な表情で私を見る。


「僕、もっともっと強くなるっ。剣だけじゃなくて勉強もいっぱいして、世界一強い男になって、もう二度とカエを危ない目に合わせないからっ」

 決意も新たに宣言するリシュー君をどうしたものかと見つめるが…。


「うん、期待してるよ」

 そこまで背負わなくともとの思いはあるが、それが当人のモチベーションになるなら応援しよう。


もっと大人になればリシュー君の目的も変わるだろう。

保護者の私でなく真に愛する人を得て守れるようになるならそれでいい。


『…御主人さまは』

「ん?」

 何かを言いかけてそのまま口を噤んでしまったアンを見やると、何故か大きなため息を吐かれた。


『いえ、メネさんが言っていた通り当人に自覚がない限り「馬の耳に念仏」ですので』

 謎の言葉を紡ぐアンを不思議そうに見ていたら新たな土煙が此方に向かって来るのに気付く。


エルデ君とリンさんを先頭にセド君を担いだターリク君、アレクセイ君、ヴォロド君。

それにガオガイズ当主と宰相さん、料理長にその部下さんたち、メイド長に顔なじみのメイドさんたちまでいる。


魔王様がいない…いや、一国の王がこんなところには来ないかと思ったら。


「遅いぞ」

 超高速で空を飛んで私の近くに降り立った。


「それは相済みません。遅くなりましたがこうして帰還しました」

 魔国では『なんちゃってお世話係』を拝しているので一応は上司だからそう報告すると。


「うむ、大儀である」

 満足げに頷くと、それで?と私の顔を覗き込んで来た。


「精霊王に助けられたとのことだが…」

「差し障りのない程度でしたら後で顛末をご報告しますよ」

 名付けの真相を話すことは出来ないがヨゴレとの遣り取りを教えるくらいなら大丈夫だろう。


「だがその前にお前の飯が食いたい。早々に作れっ」

 うん、相変わらず潔いほどマイペースだな魔王様。  


「あー、それは僕も」

 それを受けておずおずとリシュー君も手を上げる。


「カエのじゃないと食べてもお腹がいっぱいになった気がしないんだ。あ、でも疲れてるのなら後でいいけど」

 横でふんぞり返っている魔王さまとは違って、リシュー君は気遣いの出来る良い子だな。

そのことに笑みを浮かべつつ大きく頷く。


「大丈夫、久しぶりに腕を振るいたいから楽しみにしていて」

「やったーっ」

 諸手を上げて喜ぶリシュー君を押し退けるようにして魔王様が前に出た。


「我は豆腐ハンバーグとふわとろオムライスを所望するぞ。デザートはフォンダンショコラがよい」

「はいはい」

 そんな会話をしていたらメネに先導された出迎え第二陣が到着した。


「カ…エっ」

「無事かっ」

 同時に声をかけて来たエルデ君とターリク君に笑顔で頷いた途端。


「わっ」

 他のメンバーに取り囲まれ、そのまま持ち上げられた。


「ちょっ」

 抵抗する間もなく人生初の胴上げを経験することになった。


次々と宙を舞いながら下にいる全員を見渡す。

誰もが身体全体で喜びを表しているさまに自然と私にも笑顔が浮かぶ。


此処に帰ることが出来て良かったと心から思った。

そう思える自分が少しだけ…好きになった。




「いらっしゃいませ。お二人様ですか」

「ああ、まずはいつものを頼むぜ」

 暖簾をくぐって来た常連さんがそう声をかけて来た。

すると傍らにいたアンがすぐさま空いた席へと案内する。


『どうぞ此方へ』

 椅子に座った2人の前にキンキンに冷えたエールを並べる。


「くぅ~、やっぱり仕事終わりはこれに限るぜ」

「まったくだ」

 喉を鳴らしてエールを堪能すると常連さん達が聞いてきた。


「今日のお勧めは何だい?」

 出されたお通し…緑と白のコントラストが美しいオクラとシラスの和え物を口にしながらの問いかけに。


『そうですね、良い牡蠣が入りました「焼き」「蒸し」「フライ」から選べますが』

 アンの答えに少し考えてからお客さん達はフライを選択した。


「牡蠣フライですね。少々お持ちください」

 笑顔でそう言うと私は手早く油の鍋に火を点けた。



早いものでカエになって一年が経とうとしている。


周囲の協力もあり、3ヶ月前に念願の小料理屋を魔国でオープンすることが出来た。

おかげさまで固定客も付き、そこそこ繁盛している。


「邪魔するぜ」

 牡蠣フライを盛り付けていたら見知った顔が店へと入って来た。


「これはガイさん。お久しぶりです」

「おう、お前さんも達者で何よりだ」

 そう言い返すとガイさんは目の前のカウンター席へと着いた。


「聞いたぜ。派手にやらかしたそうじゃないか」

「はて、何のことやら」

 小首を傾げる私に、しらばっくれるなよとガイさんは呆れたように言葉を継ぐ。


「俺もさっき使ったがいいものだな、あのトイレってのは」

 ガイさんの言葉に静かに相槌を打つ。


それはエルデ君やターリク君からの熱烈な要望で、私の説明を元にアレクセイ君が中心となって開発した『水洗式トイレ』&『ウォシュレット』だ。


開発仲間の技師さんの発案で浄化槽にスライムを入れたところ後処理も問題なく、自然に優しいトイレとなった。


まずは王城で使ってもらったら大好評で、すぐに各貴族家に設置されるようになり。

次いで役所や図書館、劇場や宿屋などにも置かれるようになった。


徐々にだが庶民の間にも広がりを見せている中、ついにエルフ国への輸出が始まったそうだ。

宰相さんが笑いが止まらない様子だったので、これを皮切りに各国にガンガン売りに出すだろうな。

そのうち世界中に広がって行くだろう。


「湯屋ってのも楽しかったしな」

「おや、行ってみたんですか?」

 私の問いに、ああとガイさんが笑顔で頷く。


湯屋…つまり公衆浴場だ。

風呂だけでなく、来客相手の商店や大休憩場には舞台もあって日替わりで演劇や歌謡ショーが行われているので大盛況と聞いている。


トイレと同時開発した『風呂』は、此方には浄化の魔法があるので湯を沸かして入るという行為は馴染みが薄かったが、一度体験してみると凄く良いと評判になった。


特に夫人が冷え性のガオガイズ家当主の喰いつきは凄かったな。

すぐに屋敷に設置し、時には夫婦一緒に入ったりしてたそうだ。


その甲斐あってか先月夫人が玉のような男の子を無事出産。

一族を上げての大フィーバーとなった。


話を聞きつけた後継に悩んでいる貴族家もそれに倣った(一緒に夫人から私が教えた妊娠法もきっちり伝授)ところ次々と妊娠したので、風呂=子宝 みたいになっている。


これについてはカナエだった頃に、ちらっと魔族の出生率がもっと上がるといいとか思ったことが影響しているのかもしれないが…まあ、些末なことだ。


しかしトイレや風呂の開発に携わったことを『やらかした』と言われる筋合いは無いのだが。


そんな私の思いを感じ取ったのかガイさんが片眼を瞑りながら口を開く。


「古老大樹の精霊と遣り合ったそうじゃないか」

 言われてそんなこともあったなと思い出す。



あれはカエになって…1ヶ月くらい経った時だ。


『ちょっとぉ、ちょっとちょっとぉ』

 相変わらずの言い回しでメネが此方に飛んで来た。


『カエちゃんに告訴状が出されたわよぅ』

「告訴状?」

 首を傾げた私にメネが事の経緯を教えてくれた。


曰く、現世の者が精霊王さまより直々に力を下賜されることは掟に触れる。

精霊王さまにそんなことをさせた者には厳罰を与えるべきである…だそうだ。


まあ、簡単に言うと『取るに足らない人族のくせに精霊王に贔屓にされて狡い』ってことでいろいろと難癖をつけて来たわけだ。


「だったらもう必要は無いから『渡りのブレスレット』を返還するよ」

「うん、僕も自分の力で強くなりたいし『精霊剣』は返すね」

 リシュー君と揃って剣と腕輪を差し出すとメネが面白いくらいにキョドる。


『ほ、本当にいいのっ?』

 そう何度も確認するので、構わないと軽く手を振った。


で、メネが2つを持って精霊界に飛んで行き精霊王に返したのだけど…それがまた問題を引き起こした。


相手側もまさか下賜された物を返してくるとは思ってなかったらしく、どういうことかと精霊王に詰問されるし。


さらに『一度渡したものを返させる、それが自分たちの王の顔に泥を塗る行為だと気付かぬとは…精霊とは馬鹿揃いなのだな』という魔王様の言葉が小精霊たちからの報告で精霊中に広まってしまった。


それで立場が悪くなった告訴状を出させた張本人である古木の中精霊が、私が神敵であるという神託を出し亡き者にしようと画策し出した。


因みに神託は勝手に出すことは禁じられていて、必ず合議の上で出される。


なので自分寄りの精霊を集めて強引に事を進めようとしたが、それを事前に聞き込んだメネが私に報告してくれた。


「それで…どうするの?」

 何故かワクワクした様子で聞いてきたリシュー君に苦笑を返しながら言葉を紡ぐ。


「二度とそんな気を起こさないようにするだけだよ」

 ニッと笑って見せると、メネは怯え切った顔をしリシュー君は憧れに似た目でこっちを見る。



「しかしまあ、思い切ったことをしたな」

 呆れ声のガイさんに、そうですかとすまし顔で言葉を返す。


「すっきりしたし、害虫駆除にもなって良かったと思いますよ」

「…確かに切り倒されなかっただけマシだな」

 

私がしたことなど可愛いものだ。

本体である古木はある地方で『御神体』として崇められていた。

その守人たちにこう言ってやっただけだ。


「枝がこれでもかと伸び放題ですね。ただ見守っているだけでなくきちんと剪定して管理した方が良いですよ。このままだと最悪、枯れてしまうかもしれません」


私の言葉に大いに慌てた守人たちは協議の結果、樹木剪定人を呼んで無駄な枝を切り落とすことにした。

大切な『御神体』だが枯れてしまっては元も子もないからだ。


で、始まった大伐採。

当の中精霊は何とか阻止しようとしたらしいが、人が善意ですることに干渉するのは精霊の掟に触れるとかで指を咥えてみているしかなかった。


おかげで長く豊かな緑の髪が自慢だった中精霊はベリーショートなヘアスタイルに変わった。


当初は私に対していろいろ悪態を吐いていたようだが『丸坊主にした方が良かったですか』とメネ経由で返したら黙った。


ヨゴレにも言ったがこっちは異世界育ちで、この世界のタブーも知らなければ精霊を敬うことも畏怖することもしない。


これ以上何かしたら周囲の者たちを言い包めて本当に坊主にされるか、最悪切り倒されるかもとメネに言われ、それが恐ろしかったのか今は絶賛引き籠り中とか。



「名が変わってもお前さんはお前さんのままだな」

 どこか安心した様子で言葉を紡ぐガイさんに、ええと笑顔で頷く。


「ただいま、カエ。お腹空いた」

「俺もだ」

「僕もー」

 そこへリシュー君を先頭にセド君を抱えたターリクといつもの面子が店に入って来た。


「おう、大盛りで頼むぜ」

「私はポテトサラダを多めに頼む」

 仲良く手を繋いでの御入場はエルデ君とリンさん。

10日前に式を挙げたばかりの正真正銘の新婚さんだ。


「珍しく魔王様がいないね」

『さっき大量の書類を持った宰相と御当主ちゃんに捕まってたわよー』

 私の肩に腰を下ろしながらメネが教えてくれた。


とは言っても直に来るだろう。

たぶん宰相さんと当主も一緒に。


『そうそう、近いうちにエルフ一行がこっちに来るわよぉ』

「ミアーハさんたちが?」

『ええ、カエちゃんの新作料理が楽しみだって』

「ならエルフさん達が好きそうなものを用意しておくよ」

 そう笑うと私にリシュー君から声がかかる。


「カエ~、早く」

「はいはい、今作るから」

 腹ペコ軍団を前に気合を入れ直すと愛用の包丁を手に取った。



こっちに連れて来たのがヨゴレだというのは癪に障るが…。

来て良かったと思う。


此処では私が私らしく在れる。

そのことには素直に感謝したい。


だから私は此処で生きて行く。

大切な仲間たちと共に。


目指せ、幸せになって何の憂いもなく大往生!


                            Fin


昨年末より書き始めた拙い作品を読んでいただきありがとうございます。

これにて終了となりますが、機会がありましたらいくつか番外編を書きたいと思ってます。

その時はどうぞよろしくお願いいたします m(*ᴗˬᴗ)m



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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。
[良い点] 素敵な作品をありがとうございました。
[良い点] 完結までお疲れ様でした。ありがとうございます。 本当、名前が変わっても自分らしく生きていく様子。 楽しそうで幸せそうで、充実していてそうで良かったです。
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