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73、カナエの戸締り


『其方の力は規模は違えど本質は創造神さまと同じ。人が持つには大きすぎる力だ』

 精霊王の言葉に私も静かに頷く。


そう、こんな力は欲望の塊である人が持ってはならない。


『その他』の項目を作ってくれたように精霊王も創造神の眷属だけあって似たような力が使えるらしい。

けれど欲を持たない精霊という存在ゆえにその力は脅威には成り得ない。


だが私は人だ。

今までは名の力のことを明確に認知していなかった。

だが知ってしまった以上、この力を使わないとういう訳には行かない。

生きている限り、人は望みを持つのだから。


他人より少しばかり魔法に長けただけのエイトが自らの欲望のままに起こしたのがあの事件だ。

おかげで多くの者がその所為で不幸になった。


その遥か上を行く力など、それ以上の不幸をもたらす未来しか見えない。



「で、私はどう処分されます?ヨゴレが居た空間と共に消滅するつもりだったんですが…出来たらあまり痛くない方法を希望します」

 そう言った途端、アンが決死の形相で私を庇うように前に進み出た。


『でしたら私も共に』

 いや、本当に健気だな。

私のような者から生まれ出たとは思えないくらい良い子に育ってくれて感無量だ。


だからアンには辛いだろうが私が言うことは一つだ。


「アンには残って欲しい」

 そう言ったら思った通りアンの顔が悲痛に歪む。


『何故です?私はずっと御主人様と…』

「うん、その気持ちは凄く有難いし嬉しいよ」

 アンの言葉を遮って紡がれた言。

それを受けてならば何故とばかりにアンが身を乗り出す。


「でもアンには私が消えた後の事を頼みたい」

『後の事…』

 そのまま黙り込んでしまったアンにさらに言葉をかける。


「私が居なくなったら誰がリシュー君たちに御飯を作る?」

 その問いにアンは泣き笑いを浮かべた。


『そうですね。御主人さまの味を再現できるのは私だけでしょう』

 誕生してからずっとアンは私が料理を作る様を見て記録してきた。

今のアンならば寸分の違いなく作ることが出来るだろう。


『でも…狡いです』

 小さく呟かれた言葉に、ごめんと微苦笑を浮かべて謝る。


確かに卑怯な申し出だ。

こう言われたらアンは残らざるを得ないだろう。

まあ、そう見越して言い出したのだが。



『覚悟を決めたところを悪いが…処分などしないぞ』

「はい?」

 怪訝な顔で聞き返す私に精霊王が少しばかり呆れた様子で言葉を紡ぐ。

 

『其方はこの世界の歪みを正してくれた恩人、その相手に非道な真似など出来なかろう』

「えっと…」

 さっき私の力は脅威とはっきり言っていたのに…どういうことだ?。


訳が分からず混乱する私に精霊王が苦笑と共に口を開く。


『其方が望めば叶う。ならばその力の根源たる「な」を失くすよう望めば良い』

「ああ、なるほど」

 精霊王の言葉に納得の頷きを返す。


『叶恵』という名前が無くなれば、それがもたらす力も無くなる。


簡単すぎてまったく思い浮かばなかったな。


『で、ですがそうなると御主人さまの身が…』

 焦った様子でアンが言葉を綴る。


名を失くす…それはこの世界では存在が認められなくなるということ。


もちろん名無しでも生きては行けるが、酷く不安定な立ち位置になるので精霊や半精霊ならともかくその生存率は一気に下がる。

下手をすると不意にその存在が消滅してしまうこともあるらしい。


「けどこの世界が守れるならそれもありだな」

『良いのですか?』

 私の言葉にアンが不安そうに聞いてきた。


「構わないよ。此処には好きな人がたくさん居るからね」

 微笑みながらこっちに来てからの事を思い返す。


そう言えば何処かで聞いたな。



本当に孤独を感じるのは

『一人でいる時』よりも『他と一緒にいるのに自分の居場所がない時』と。



幼い時から家ではずっとこんな感じだった。

両親は病弱だった兄に構い、私は常に二の次。


成長して丈夫になっても何事も不器用な兄の心配ばかりで、何でもそつなくこなす私は放置されていた。


だからだろうか。

愛されない自分が嫌いで、そんな私を好きになってくれる人などいないと思い込んでいた。


なので向こうでは上辺だけの付き合いばかりで誰とも真剣に向き合おうとはしなかった。


けれどこちらの世界では違った。



こっちに来て出会った人々。


ミアーハさんとミララさん親子にキリカさん。


見ず知らずの私を道で拾ってくれたヨハンのおっちゃんやムルカ村のミリーさん。


モルナの街のドーラさん一家。


モル村の村人たちにリシュー君の師匠であるカイルさん。


魔国のガオガイズ夫妻に魔王様や宰相さん。


ガイアドラゴンのガイさん。


そして大切な仲間…エルデ君とリンさん、ターリク君やセド君、アレクセイ君、ヴォロド君。


眼鏡の精霊であるメネ。


何よりこんな私を打算なく真摯に慕ってくれたリシュー君。


誰もが私という存在を認め、真剣に向き合ってくれた。

そのことを思うと自然と感謝の想いが溢れる。


それに此処には新たな人生を歩み出したロザリー…いや、今はハンナちゃんか。

なんちゃって聖女となったミオリちゃんが居る。


何より旅で巡った街に暮らす人たち…その誰もが懸命に日々を生きている。


そんな彼らの明日を守れるなら私の名が無くなるなど些末なことだ。



『消える「な」と引き換えに、彷徨う異界の魂たちが故郷に戻れるよう望むと良い』

「ああ、それはいいですね」

 精霊王の提案に文句なしに賛同する。


この世界も守れて、同胞たちの魂も地球世界に還れる。

まさに一石二鳥だな。


『ならば手を伸べよ』

 言われるまま右手を差し出すと精霊王がその上に自らの手を乗せた。


『では行くぞ』

 どうやら精霊王も私の望み達成のために力を貸してくれるようだ。



アンが見守る中、精霊王と私の身体が光り出す。


ゆっくりと私の中から何かが抜けて行く感覚。

凄く心細くて…何故か目から涙が溢れた。


そうか、これが名を失くすということか。


そのことに妙に納得しながら…私は意識を手放した。




一緒にいて

楽しい人ではなく


離れていて

寂しいと思う人を選びなさい


いつも一緒にいると

当たり前に思い何も感じない


でも離れて初めて

わかることがある


あの人がいないと寂しい

それがあなたの本当に大切な人



「…どこで見たんだったかな」

 不意に頭に浮かんだ文字の羅列。

その内容に懐かしさを覚えつつ私は身を起こした。


寝ていたのは馴染み深い私の寝室。


「痛っ」

 動いた途端に身体がバキバキいう。

どうやら随分と長いこと眠っていたようだ。



「しかし離れて寂しいと思う大切な人…か」

 そう感じる相手が私にいるだろうかと考えて…浮かんだ一つの顔。


「…それは…無いな」

 私が相手の事をそう思っても向こうにそんな気持ちがあるとは思えない。


「面倒だから色恋沙汰は嫌いなんだが」

 どうやら面倒臭がりなところは名を失くしても変わらないようだ。



『御主人さまっ』

 そんなことをつらつら考えていたらドアが開いてアンが駆け寄って来た。


『ご気分は如何です?どこか痛いところはございますか?』

 心配そうに問いかけるアンに、大丈夫と笑って見せる。


「あれからどうなった?」

 私の問いにアンは居住まいを正してから口を開いた。


『御主人さまがお倒れになって5日が経過しております』

「そんなにか」

 アンの答えに呆れ顔で呟く。

5日も寝たきりだったのなら身体が痛いはずだ。


『はい、精霊王さまがおっしゃるには「な」が消えたことによりその身に大きな負担がかかったからだそうです』

「そういうことか」

 頷きながら、よっこらせとベッドから抜け出す。


しかし動いてみて分かったが何故か身体が凄く重い…というか妙な倦怠感がある。

前はもう少し機敏に動けたはずなんだが。


『それでしたら…ステータスを御確認下さい』

 身体の変調をアンに伝えたら笑顔でそんな言が返ってきた。


なので自らに鑑定をかけてみる。

すると…。


「何じゃこりゃあ!」

 思わずそう叫んだのも無理はない。

何しろ現れた画面に表示されていたのは驚くべき内容だったのだから。



〈 カエ(ユズキ) 〉


 16歳

 Lv. 3 (1)


 HP 150 (100)/150 (100)

 МP 120 (100)/120 (100)


 攻撃力 100 (50)

 防御力 130 (100)


〈スキル〉

 『アイテムボックス』『一般教養・礼節』『家事』

 (『空間魔法』『異世界常識』『鑑定』)


〈称号〉

 無し(『料理研究者』『報復者』『精霊の友』『毒使い』『策略家』『人たらし』『自己否定者』)



〈ギフト〉

 無し (『家』(進化可能物件・精霊化))



「…「な」を失くすってこういうことかよっ」

 思わず悪態を吐いてしまった私は悪くない。


カナエから「な」が消えてカエになっている。

自らの消滅も覚悟して挑んだのに…あの時の想いを返せっと叫びたい。


それに称号から『名の望叶者』が消えているのは分かる。

だが『異世界人』まで無くなっているのは何故だ?。


おまけに100だったレベルが1になっている。

改竄している数値の方が高くなってしまっているところには笑いが漏れたが。


これはあれか、名が変わったことでロザリーちゃんの時のように別な存在になってしまったからか。


本当に「カナエ」は消えて「カエ」になったのだなと実感する。


けど記憶や『空間魔法』を始めとしたスキルがそのままなのは正直助かる。

この辺りは精霊王が手を加えてくれたのだろう。


まあ、身体が思うように動かなくなった原因がはっきりしたのは良かった。

本当に1からのやり直しだが、それはそれでレベルを上げる楽しみがあるというものだ。



「それでリシュー君たちにはどうしてる?」

 パジャマからいつものチェニック姿に着替えながら問いかけたら、アンは困ったように目を泳がせた。


『御主人さまは表向きヨゴレと共に消えたことになっております』

 続けてアンが語ってくれた話によると。


新たな名に変わり、私がこうして生きていることを知っているのは精霊たちのみ。


この世界の理である名づけのルール。

その真相は精霊が神の代わりをしているのと同じくらいのトップシークレットだそうで。


まあ、確かに私のような名を付けるだけで創造神に近い力が使えるなんてことが知れ渡ったら…第二第三のエイトのような者が生まれてしまうだろう。


なのでそれを知る私のことも秘匿中なのだとか。


よってメネも精霊の掟によりリシュー君たちには何も教えられなかった。

それが心苦しくて今は精霊界に引き籠っているとのことだ。


リシュー君も私の死が相当ショックだったようで魔国王宮の一室で同じように引き籠りとなり。


エルデ君やターリク君は表面上は前と変わりない生活を送ってはいるが…いつもの元気が無くリンさんやセド君たちも心配しているのだそう。


で、魔王様だが。

『あやつがそう簡単に死ぬものか。必ず戻って来る』と豪語しているとか。

何だか魔王様らしくてそれを聞いて思わず笑ってしまう。


その時だった。


『気付いたか』

 唐突に部屋の中に誠之助さん姿の精霊王が現れた。


「いろいろと便宜を図っていただきありがとうございます」

 軽く頭を下げて記憶やスキルを残しておいてくれたことに礼を言うと、いやっと精霊王は緩く首を振った。


『礼の必要は無い。其方がした事への正当な対価だ』

 そう言うと精霊王はじっと此方を見つめる。


『これから如何する?』

 その問いに、そうですね少し考えてから答えを紡ぐ。


「まずは仲間たちに無事を知らせたいと思います。何かとややこしい事になっているようなので。ですがそれ以前に私は解放してもらえるので?」

 質問に質問で返すと精霊王は真摯な顔で頷いた。


『其方は名が持つ力の真実を知っておる。出来るならこのままこの精霊界に留め置きたいが…それを其方は望まぬであろう』


「そうですね。私としては今までのように自由に生きたいと思います」

 私の望みを伝えると、やはりなと精霊王は微苦笑を浮かべた。


『ならば名付けの事を秘するよう誓約を交わそう』

 精霊王の提案に私も文句なく頷く。


もともと『名の呪縛』については何も言う気は無い。

口にすれば厄介事に巻き込まれるのは必定だ。

そんな面倒臭いことは真っ平御免被る。


どうやら私の頭の中を覗き、それが本心と分かったのだろう。

苦笑を浮かべたまま精霊王は大きく頷いた。


『ならば秘匿の誓約を』

 差し出された手を取ると淡い光が溢れ、しばらくして消えて行った。


ステータスを確認すると『精霊との誓約者』という称号が増えている。


『これで其方は自由だ。心の赴くままに生きるが良い』

 精霊王の言葉が終わるなり部屋の向こうから泣き声混じりの声が上がった。


『良かったわぁぁっ』

 泣き叫びながらメネがドアの隙間から此方に飛んで来た。


『一時はどうなる事かと思ったけど。丸く収まって本当に良かったわぁ』

 ベソベソと泣きながらベッドの縁へと降り立つ。


『下手をしたらこのまま精霊界に幽閉ってことになったかもしれないのよぉ』

 続けられたメネの言葉に精霊王を見やると…。

バツが悪そうに明後日の方向に目を逸らせた。


『そういう意見もあったというだけだ。しかし誓約を結んだ以上そんなことにはならぬ』

 少しばかり焦った様子で精霊王が言い訳をする。


まあ、精霊界といえど一枚岩ではないだろうからそう言った意見も出るだろう。


「構いませんよ。ただそんなことを言い出した輩がおかしな真似をしないよう、しっかりと手綱は取っておいてください。でないと…」

『…何をする気?』

 恐る恐る聞いてきたメネの前で良い笑顔で答えを紡ぐ。


「生きてることを後悔するようにしてやるだけだよ」

『ちょっとぉ、それって完全に悪役のセリフよぉぉ』

 両手で顔を挟んで絶叫を上げるメネ。


私なら遣りかねないと思ったのか、精霊王も僅かにビビった様子で右手を上げた。


『で、ではこれより人界へと送る。達者で暮らせ』

 言うが早いか周囲が光に包まれて行く。

完全な厄介払いだが、此方としても望むところだ。


「じゃあ、帰ろうか」

『はい、御主人さま』

『私も一緒に行くわよーっ』

 頷くアンと肩に腰を下ろすメネと共に私たちは仲間たちの下へと転移した。



評価&ブックマークをありがとうございます。

次回「74話 終わりの始まり」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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