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71、世界の理


「何を言ってるんだい、深淵の水晶がある限り僕が死ぬことは無い。そして水晶を破壊することは生み出した創造神でもない限り不可能だ」

 バカなことをとばかりに此方を見るヨゴレ。


「そうとも言えまい」

 ニッと笑いを返すと崩れかけているその身を見つめる。


「言っとくけど、これは仮の身にすぎないから消えたところでどうってことない」

 私の視線を受けてヨゴレがそんなことを言う。


確かにその身体は精霊の分身体と同じで本体が無くならない限り何度でも復活可能なんだろう。

その事に胡坐をかいて自らが不死…いや、不変であると信じ切っている。


ならばその固定観念を今から打ち砕いてやろう。

奴に(もてあそ)ばれ、命を落とした者、リンさんを始めとする奴の所為で必要の無い苦労を背負わされた者や不幸になった者たちの無念の想いを込めて。



「ところで不思議に思わないか?」

「何がだい」

 唐突な私の問いにヨゴレは小首を傾げた。


「私にこれだげ罵詈雑言を浴びせられ貶められているのに何でお前は私を殺そうとしない?それどころかこうして一々返事をしている。普通なら激高して魔法の一つも撃ち込んでいるんじゃないのか」

 私の言にヨゴレは虚を突かれたような顔をした。


「…確かに、何故?」

 訳が分からないといった様子で狼狽えるヨゴレにその理由を教えてやる。


「オリジナルの探求心…いや、好奇心だな。それに引き摺られているからさ。次に何を言われるのかという興味が先に立って私を殺せない」

 そう言われてヨゴレは納得したように頷く。


「ああ、そうだな…今まで君のような口達者な者に遭遇したことは無かったからね。でも」

 ニヤリと笑うとヨゴレは此方に向かって手を伸ばした。


「けどもう終わりだ。これ以上、君の話を聞く気はない」

 言いながら私を拘束すべく空中に魔法陣を描き出す。


「必要なのは子宮と卵子だけだから、上半身はいらないな」

 とんでもないことを言うとヨゴレは魔法を発動させた。


途端に空中に蜘蛛の巣のようなものが現われ、私を絡め捕ろうと迫って来る。


しかし…。


「え?」

 信じられないとばかりに此方を見るヨゴレ。


それはそうだろう。

何しろせっかく発動した捕縛の魔法が私に触れる寸前で綺麗さっぱり消えてしまったのだから。


「な、何をしたっ!?」

「何もしていないさ。…今はな」

 クスリと笑う私をヨゴレが睨みつける。


「また護符か何かかっ」

「そんな便利な物があったらとっくに使ってる」

 そう返されてヨゴレの顔に困惑が広がって行く。


「僕の魔法は完璧だ。簡単に無効化される事なんて…」

 ブツブツとそんなことを呟くヨゴレに問いかける。


「お前はこの世界についてどう思う?」

「ど、どうって」

 戸惑うヨゴレにさらに聞いて行く。


「この世界の(ことわり)ってヤツさ。私たちがいた世界とは違う縛りが数多くある。その中でも名付けのルール、それはとんでもなく厄介だ」

「…どういうことさ」

 じっと此方を見るヨゴレ。


「私がいた世界では名前は個を特定し、他と区別するもの…それだけでしかない。だがこの世界では名は付けられた者の資質を決め、支配する」


この世界に生まれ育った者には当たり前で疑問に思ったこともないのだろう。

だが異世界から来た私からしたらそれはルールというより呪縛だ。


「私が前に住んでいた国には2種類の文字があったんだが、それが何か知っているか?」

「知る訳ないだろっ」

 やけくそのように言い返すヨゴレを前に私は正解を口にする。


「表音文字と表意文字だ。表音文字はひらがなやカタカナといった一つの文字で音素または音節を表す文字体系の事で、表意文字はそれぞれが個別の意味を持ち音節に対応している形態素だ」

「何だよ…それ」

 始めて知る新しい事柄にヨゴレが興味深そうに私を見る。


「こっちには表音文字しかないからな、知らないのも無理はない。だが此処で重要なのはこの世界に存在しない表意文字…漢字だ」

 そう言い放つと私は指で宙に自らの名を書いてみせる。


『叶恵』と…。


「私の名には『叶』と『恵』という漢字が使われている。『叶』の意味は『望み通りになる。成しうる』で『恵』は『めぐむ。施す。さとい。賢い』だ」

 私の解説に瞬時にヨゴレの顔色が悪くなった。


「ま、まさか…」

 さすがに天才と呼ばれた男のコピーだな。

私の名がもたらす力に気付いたようだ。


「さっき好奇心から私に攻撃しないと言ったが、確かにそれも大きな要因だろう。だがそうしなかった最大の理由は…私が望んだからだ」


文字化けして読めなかった称号だが、やっと判るようになった。

正解は…『名の望叶者』


ガイさんに言われた『つまらない生き方』とはこういう事だ。


思い返せばこっちに来てから大きなトラブルも無く、何でも思い通りに事が運んだ。


あの広大な魔の森で都合よくミアーハさんたちが居たエルフの里に辿り着いた。

それも彼らが移動を開始する3日前に。


ムルカ村では普通なら入手困難なステータスカードを簡単に手に入れることが出来た。


モルナの街で思惑通りにデボン武具店へ就職出来て、この世界で生きて行くのに必要な知識を得た。


東と西のダンジョンでは望んだ魔道具…『転移の羅針盤』と『探索の瞳』がドロップした。


他にも数え上げればキリがない。


最初は『ラッキーが続くな』くらいにしか感じなかったが、だんだんとおかしいことに気付いた。


決定的になったのはガイさんとのカード勝負だ。

いくらなんでもあそこまで手札が揃うなんてことは有り得ない。


つまり程度の差はあるが…この世界では私が望んだことは叶う。

叶ってしまうのだ。


確かにこんなつまらない生き方は無い。


もっとも望むだけですべてが叶うという訳では無い。

望んだ結果を得るにはそうなるだけの行動を起こさないといけない。


「そ、そんな力…僕は認めないっ」

 大きく首を振って否定するヨゴレだが、その言葉を容赦なく打ち砕いてやる。


「お前が認めようが認めまいがこれは厳然たる事実だ」

 そう言い切ると分かり易く説明してやる。


「私がお前の消滅を望んだとしよう。しかしさすがに望んだだけでは事は成就しない。結果を導くための手順を踏まないとな」

「…導く手順?」

 怪訝な表情を浮かべるヨゴレの前で、そうだと大きく頷いて見せる。


「そろそろ効いてきたんじゃないか?」

 私の言葉に此方を不安そうに見るヨゴレ。


「もう一度、魔法を使ってみろ」

 言われて何事かを呟くが…さっきと同じで魔法が発動することは無かった。


「ど、どうして…僕に何をしたっ」

 激しく動揺する様を眺めながら唇に笑みを刷いたまま言葉を継ぐ。


「お前の正体は『深淵の水晶』に付いたエイトというエルフの欲望の残滓。精霊たちがそうであるように長い年月を経て単なる汚れが自我を持った」


やがてメネのように本体とは別に分身体を作り出せるようになった。


そんな時に偶然2つの世界が接触し、繋がる道が生まれた。

それを知ったヨゴレはこれ幸いと別世界の住人…誠之助さんたちをこの世界に連れ込んだ。


この狭間の空間を根城に、彼らを使いエイトが目指した不変の存在…完全体を作り出そうとした。

しかしヤツが思うような結果は得られなかった。


そこでまた異世界の住人を攫って来ようとしたが…時間の経過と共に道が狭まり、魂しか通れなくなってしまった。


なので仕方なく異世界の魂を掠め取って来て身体とスキル、ついでにギフトを与えて魔の森に置き去りにした。

けれど生き残ったのはオリバーさんだけで、その彼も観察中に殺されてしまう。


そして3度目に連れて来られたのが私たちという訳だ。


その経過の中で奴にも変化があった。


それまで本体から離れて分身体で動いていたが、小精霊との接触がきっかけで『深淵の水晶』を取り込むことに成功する。

つまり今まで以上に耐久性に優れ魔法も発動しやすい新たな身体を得たのだ。


だがその所為で数多くの小精霊が犠牲になり、神気や魔力を求めたことにより多大な被害が出てしまったが。


「最初はお前の本体が『深淵の水晶』だと思ってたからな。それを破壊すればいいと考えたが…」

 私の言にヨゴレに驚愕が広がって行く。


「何をバカなっ、水晶が壊れる…それはこの世界の終わりを意味するんだぞ。そんなことになったら創造神は世界を一度無にし新たな世界を造ると言われている。全て無くなってしまうんだっ」

 焦りの色を浮かべ言葉を綴るヨゴレに、それがどうした?と聞き返す。


「私には関係のないことだ。いっそのこと何も無くなった方が清々する」

 言い切ってやれば怖気に満ちた目が此方に向けられる。


この世界の消滅。

そこの住人ならばこれ以上の恐怖は無いだろう。


それを平気で口にし、しかも本当に実行しかねない存在。

今のヨゴレには私が恐怖の大王…いや、世界の破壊者に見えているのだろうな。


実際、こっちに来たばかりの頃…ヨゴレの通信を受け取った時は本気でそう思った。


奴に遣り返すためならこの世界がどうなろうと、それこそ消えて無くなろうと構わないと。

まあ、今にして思うと当時は私も誰とも会わず先の見えない生活に相当やさぐれていたんだな。



「何故だっ。そんなことをしたら自分も死ぬのに」

 見開かれた目に畏れの色を宿すヨゴレに向かい、その理由を口にする。


「言ったろう。私には関係の無いことで興味もない。お前が異世界から攫って来た者たちが死んで元の世界に戻れたか知ろうともしなかったのと同じだ」

 私の言葉にヨゴレは愕然とした表情を浮かべた。


今のヨゴレは自分がしたことがすべて還って来ている気分なのだろうな。

だがこれくらいで終わりだと思うな。


そう意気込むと私はさらなる言葉を紡いだ。


「私が怖いか?だが私のような異世界の者はこの世界の常識やタブーを知らない。だから簡単にそれを犯すし、罪悪感も無い。そんな異物を紛れ込ませるとどうなるか、これでお前も思い知っただろう」

 

そもそも世界の成り立ちから(ことわり)まで、まったく違う世界に属していたのだ。

そんな者が何かやらかさない方がおかしい。

異物の混入はそれだけ危険をはらんだ行為という事だ。


そう指摘してやればヨゴレは顔を歪めてフルフルと首を振った。

そんなつもりじゃ無かったとか現実逃避なこと言ったらブチのめしてやろうかと思ったが…残念ながらヨゴレは怯えた顔でこっちを見るばかりだ。


さて、そろそろ仕上げと行こうか。


「だが安心しろ。お前が水晶に付いた汚れと分かった時点で攻略方法を変えた。さっき浴びせた液体…それが私の切り札だ」

 私の言に訝し気な顔をしたヨゴレだったが自らの変化に気付いて驚愕する。


「身体が…消えている」

 さっきまでのように崩れるのではなく徐々にだがその存在が消滅しているのだ。


「バカなっ…」

 信じられないとばかりに自らの身体を見回してからヨゴレは此方へと視線を向ける。


「かけたのがお前にとって致命的なものだからさ。いや、少し違うな。お前という存在を完全に消し去るといった方が良いだろう」

「いったい何を…」

 呻くように問うヨゴレの前であっさりとその答えを紡ぐ。


「掃除時の味方、マジッ〇リンさ」

 アンのところにあった効力が千倍になった掃除用洗剤の名を口にし薄く笑ってやる。


『汚れを浮かせて強力分解!しっかり落とします』という謳い文句通り、いい仕事をしてくれたようだ。


「まさか…だからかっ」

 大きく目を見開くヨゴレの前で私は深く頷いた。


「気付いたか。そう、だからお前に『ヨゴレ』の名を与えた」

 私の話にヨゴレは頭を抱えたまま大きく首を振った。


「そんなふざけた物でこの僕が…」

 まあ、当人にしたら我慢できないことだろう。


創造神の眷属を名乗り好き勝手をしても誰にも咎められず、自由気ままな高位の存在だと思っていたのに、それが掃除用洗剤で消えるのだから。


なので心からの言葉を送ってやろう。


「ざまぁ」


満足げに頷く私に向かいヨゴレが悲痛な顔で声をかけてきた。



「ぼ、僕が消えたらこの空間も消える。そうなれば君だって…」

 縋るようにこっちを見るヨゴレに、にべもなく言い返す。


「そんなことは想定済だ」

 私が命惜しさにお前を助けるとでも。

そう思ったのなら底抜けの愚か者だ。


「望んだことがすべて叶ってしまう。そんなつまらない人生など真っ平御免だ。だから此処で消える覚悟は出来てる」

 毅然と宣言して姿が透けてしまったヨゴレに笑みを向けた。


「感謝しろ。一人では寂しいだろうから一緒に消えてやる」

 だがヨゴレは狂ったように身を捩りながら否定の叫び声を上げた。


「死ぬことが恐ろしくないのかっ…そんな存在がいるはずが」

 自らの死を何より恐れていたエイトのコピーらしい言葉を吐くヨゴレ。


だがそんなヨゴレをせせら笑いながら言葉を継ぐ。


「世の中にはそう考える者が居るってことだ。本当にお前は偏った知識しか持っていないんだな、天才が聞いて呆れる」

「う…」

 言葉を交わす度に己のプライドがメッコメコに粉砕されるようで、ついにヨゴレは黙り込んだ。


その姿はゆっくりと、だが確実に消えて行っている。

この空間が消滅するのも時間の問題だな。


「さて、そろそろ死ぬか」

 小さく笑うと私は静かに目を閉じる。


『…さま』

 そんな私の耳に小さな声が届いた。


評価&ブックマークをありがとうございます。

次回「72話 アンと私と…」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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