67、対面不識
「うーん、たぶんこの辺りが最深部のはずだけど」
羅針盤を頼りに進みながらクソが指定してきた場所を探す。
「お、あれかな」
しばらく進むとポッカリ空いた洞穴があった。
奥は漆黒の闇に包まれていてまったく見通せない。
「こんな時は…ハンドライト~っ」
某青タヌキの口調を真似て収納から小型ライトを取り出した。
これもアンの進化に伴い高性能化しているので、点けた途端に洞穴の中が昼間のように明るくなる。
サクサクと奥に進んで行くと少し開けた場所に出た。
大きめな体育館くらいの広さがある場所。
その奥に何かが均等に並べられている。
「…これって」
用心しながら近寄り、並んでいるものの正体に気付く。
それは百近い…数多くの死体だった。
殆どは魔物だが、中にはちらほらとエルフや人族の姿も見られる。
だが皆まるでミイラのように干乾びていて、体がおかしな風に捻じ曲がってしまっている。
その表情はまさしく苦悶。
死ぬまで相当苦しんだようだ。
「…何だ?」
よく見ると死体たちの頭には一本の管のようなものが刺さっていて、それが長く伸びて一か所で束になっていた。
その束は天井を這うようにしてさらなる奥へと向かっている。
「…魔力を吸い取られてクソのエネルギー源にでもされたか」
そう呟くと管を追うように奥へと向かう。
そのまま進んでいたら白い石造りの門のような物が現れた。
扉も同じ材質の白い石で両開き仕様、けれど取っ手のようなものは見られない。
「押せば開くか?」
そう呟いてから右の方の扉を押してみるが…ビクともしない。
「よし、帰ろう」
無駄なことはしたくないのでクルリと身を反転させる。
「待った、待った。何でそう簡単に諦めるかなぁ」
聞き覚えのある声が響いたと思ったら音も無く扉が開いた。
「開かないのならさっさと帰るしか無いでしょう」
そう答えたら奥の方からため息混じりの声が返って来た。
「そこは開ける努力をしようよ」
「時間は有効に使いたいので」
しれっと言い返すとさっきよりも大きなため息が聞こえた。
「ホントに君って…飽きないよね」
「それはどうも」
軽く肩を竦めながら奥へと進む。
進んだ先にはホールのような空間があり、その中央にある白い石で出来た椅子に一人の青年が腰を下ろしていた。
「やあ!直接会うのは初めてだね」
愛想良く手を振って見せるが、その顔に張り付いている笑みは相変わらず胡散臭いことこの上ない。
「で、私を呼びつけた訳は?」
5mくらいまで近付いてから問いかけると。
「君に興味があってさ。僕の計画を尽く邪魔してくれたその才に敬意を表してってのもあるかな」
ニコニコと笑うクソに、ならと私は言葉を返した。
「敬意というなら私の質問に答えてもらえるか?」
するとクソはちょっと考える素振りをしてから大仰に頷いて見せた。
「いいよ、何かな」
言質を取ったのでまずは一番聞きたかったことを尋ねる。
「何故、別世界の私たちを巻き込んだ?」
その問いにクソは実にイイ笑顔を浮かべて口を開く。
「それはもちろん…楽しい遊び」
「では無いだろう」
すぐに返した言葉にクソはちょっと面食らったような顔になるが、すぐに元の笑みを浮かべた。
「僕の言うことを信じてくれないなんて悲しいなぁ」
わざとらしく泣き真似をする様を冷たい目で見据える。
「遊びなら他にいくらでもあるのにわざわざ異世界から魂を攫って来て転生させ、スキルとギフトを与えるなんて七面倒臭いことをする必要が何処に?」
「それはホラ、僕の趣味だから」
返された言を、フンと私は鼻で嗤う。
「クソらしい趣味だな。だがそれだけじゃ無いだろう…本当は確たる目的があってこんなことを仕出かした。例えば…新たな身体を作る為とか」
そう言ってやると、スッとその表情がおチャラけたものから真顔に変わる。
「何だ分かってるんじゃないか」
呆れたようにこっちを見るので、やはりかと秘かに嘆息する。
「エルフの都で聞いた。三百年前エイトという名のバカがやらかした事件のことを。そのバカは自分勝手な理由から深淵の水晶を手にし多くの犠牲を出した挙句に自滅したと」
「バカって…」
不服そうなクソの前に当然だとばかりに言葉を継ぐ。
「創造神が残した遺物を人の分際で良いように扱おうとして竹箆返しを喰らったんだ。バカとしか言いようが無いだろう。賢者とか周囲から持ち上げられて調子こくからこんなことになる」
にべもなく言い放つ私にクソは少しばかり傷ついたような顔になった。
「そんな顔をするってことは、お前の正体は…エイトか」
映像では髪に隠れて分からなかったが、その耳はエルフ特有の長い形状を有している。
そう言われてクソの眼が大きく見開かれる。
だがすぐにそれは不敵な笑みに変わった。
「こういった会話が出来る相手が現われるとは思わなかったな」
何処か嬉し気にそう言うとクソが笑んだまま口を開く。
「君の答えは正解だが正解じゃない」
禅問答のようなことを言ってからクソは言葉を紡いでゆく。
「エイトというエルフ…彼には感謝しているよ。あの一件がきっかけで僕が生まれた訳だから」
楽し気に話をするクソの内容を要約すると…。
ほんの僅かな時間だがエイトと深淵の水晶は融合した。
しかしすぐにエイトの自我は膨大な力に呑み込まれ、跡形もなく消えてしまう。
だがその時に初めて物でしかなかった水晶は我欲というものを知った。
事件の後、エルフたちにコルルナ山に戻されて張られた結界の中にいたが…。
それから百年が過ぎた頃、気付けば自我が生まれていた。
「つまりお前はエイト本人では無く、そのコピーという訳か。しかし随分と歪でクソな性格を受け継いだものだな。そこは同情する」
おそらく長い歳月を経てメネのように精霊化が始まったんだろう。
けれどエイトの影響か、クソは知識を求める欲が強かったのでガイさんのように精霊化は途中で止まり今に至るという訳だ。
私の言にクソは複雑な顔で口を開く。
「えらい言われようだね。でも僕としては彼の探求心…知らないことを知りたい。その欲求は良いことだと思うよ」
つまりエイトのコピーであるクソはオリジナル同様に知識欲という欲望の赴くまま、世界に干渉し始めたのか。
「けど実体が無いと出来ることが限られるんだよ。精霊を吸収しただけのこの身体は不安定でさ。力を使う度に消えそうになるんだ」
「やはり小精霊たちを喰らったのはお前か」
キッと睨み付けると、クソはやれやれとばかりに両手を上げて首を振る。
「そんな目で見ないで欲しいなぁ。先にちょっかいをかけて来たのはチビ精霊の方なんだから」
いけしゃあしゃあとクソが語ったことによると。
コルルナ山麓の村の子供が山頂の光を目撃した夜のこと。
興味津々といった様子で一人の小精霊が結界をすり抜けて水晶に近付いた。
やはり随分と前に張られたものだったので効力が失われていたようだ。
しばらく眺めた後で手を伸ばして水晶に触れた途端、その身は悲鳴を上げる間もなく吸い込まれるようにして消えてしまう。
「無遠慮に触りに来た方が悪いんだよ。だから遠慮なく僕の糧になってもらったのさ」
まさに『好奇心は猫を殺す』だな。
元はイギリスの諺で、古くからイギリスでは猫に九生あり「Cat has nine lives」という表現がある。
その猫でさえ好奇心が強すぎると身を滅ぼすことになりかねない、人間であれば更に危険であるという意味で使われる。
その言葉通りにその小精霊は消滅し、今回の騒動の原因となったのか。
「それに味をしめて近隣の小精霊たちを喰らい続けたんだな」
私の言にクソが肯定の頷きを返す。
「ああ、みんな僕の良い栄養になってくれたよ。最初のチビの声を真似て『面白い物があるよ』って言ったら何の疑いも無くわらわらと集まって来たからね。おかげで実体を持てたし傀儡を作ることも出来た」
「けれど精霊たちもすぐ消滅に気付いてに自衛手段を取った」
続けられた私の言葉に、そうなんだよねぇとクソが取って付けたような困り顔を浮かべる。
「まさか全員が精霊界に引き籠るとは思わなかったよ。おかげで別の手を考えなくちゃならなくなった」
それで土偶を使って神気を強奪することにしたようだ。
「けどそれも君に邪魔されて結果は捗々しく無かったし」
「だから代わりに魔力を集めたのか」
此処に来る前に見た光景の事を口にする私に、うんと無邪気な仕草でクソが頷く。
「仕方なしだったけど、これが予想外に良くてね。魔物だけだと上手く使えないけど、これに人族やエルフの魔力を混ぜるといいって判ったからね。それで森の近くに居た冒険者を攫って来たんだよ」
偉いでしょとばかりにクソが胸を張ってみせる。
「冒険者にしたらいい迷惑だな」
小さく嘆息するとクソに向き直る。
「新たな体を作るためには異世界の者の魂が必要だった。けれど単に異世界者だけなら誰でもいいという訳じゃない」
私の推理を披露すると、クソは良く出来ましたとばかりに軽く拍手をしてきた。
「正解だよ。どんな苦難にもめげない芯を持った強い魂でないと僕との融合に絶えられないんだよ。それでこっちに呼び込んだ者たちに試練を与えてみたんだけど…ダメだねぇ、みんなすぐに死んじゃってさぁ。残っても生きた屍みたいに無気力になったり、僕への復讐心で魂が歪んだりして使い物にならないし」
つまらなそうに口を尖らせるクソに向かい小さく呟く。
「…ふざけるなっ」
憤懣やるかたないと言った様子で睨めば、まあまあと宥めるようにクソが手を振る。
「人に試練を与えるのは神たちの専売特許じゃないか。僕はちょっとその真似をしただけさ」
クソの話に引っ掛かりを覚えて聞き返す。
「神たち…誰の事だ?」
私の問いに、嫌だなぁとクソは大げさに肩を竦めてみせた。
「この世界にいる創造神を始めとした12神だよ。彼らだって神託を使って人を試すような事をしてるじゃないか」
確かに精霊たちは人々に試練を与える。
しかしその目的は神という存在に依存し、自らの足で前に進むことを放棄させない為だ。
メネやこの世界の者たちから聞いた神託はそう言ったものが多い。
「…なるほどな」
クソの話を聞いて確信する。
奴はこの世界の神の正体が精霊王を中心とした大精霊たちだという事を知らない。
だからまだこの世界に創造神が居ると思い、神罰を恐れてバレないように異世界の魂を少しずつ搔っ攫っていたのだ。
神が不在と知っていたら、もっと大々的に事を起こしていただろう。
それだけは不幸中の幸いか。
同時にクソは精霊界とまったくコンタクトを取っていないことも判明した。
奴が欲している知識はあくまで人界でのことのみ。
世界の成り立ちや精霊には興味が無い。
それはオリジナルのエイトがそうだったからだろう。
ならば遣り様がある。
「で、私がその新しい身体とやらの『核』に選ばれた訳か」
そう言うとクソが満足げに大きく頷く。
「本当に話が早いね。ってことで『おめでとうございます。あなたは選ばれました』拍手~っ」
わざとらしく盛大に手を叩いて見せるクソに冷たく言い返す。
「何処のフィッシング詐欺だ。真っ平御免被る」
きっちり断りを入れると、クソは楽し気な笑みを浮かべた。
「それで僕が諦めるとでも?」
「無いだろうね。だから精一杯抵抗させてもらうさ。結界っ」
私の周囲を最高強度の結界で覆う。
「無駄無駄無駄ぁっ」
愉快そうに笑いながらクソが大きく手を振り上げる。
すると…。
「結界が消えた?」
唇を噛む私の前でクソがゆっくりと立てた指を左右に振ってみせる。
「そう『マジックキャンセル』で君の結界魔法を無効にしたんだよ。これで分かったろう、君では僕に勝てない」
「確かにな…だが」
大きく息を吐いてから私は収納からある物を取り出す。
「勝てはしないが、負けもしないさ」
言うなりクソの周囲に6本の銛が突き立てられる。
「忘れ物を届けに来てやったんだ。感謝しろ」
その言葉が終わる前に銛が共鳴し合い『スキルクラッシャー』の効果が発動する。
これで『マジックキャンセル』のスキルは使えない。
「やってくれるねぇ、さすがは僕が見込んだ素材だ」
感心しきりな様子のクソが、でもと顔を上げた。
「空間魔法しか使えない君では僕を倒せないだろう」
「ああ、だから倒すのは私じゃない」
言うなり私の傍らに現れたのはコンクリート製の長方形の箱。
そこには見慣れたマンションの扉がある。
「カナエっ」
「此処は任せろっ」
「やられたことは倍にして返す」
開いた扉からリシュー君、エルデ君、ターリク君が姿を現わし、最後にメネが飛んで来た。
『あんたに人生を狂わされた誠之助の無念、ここで晴らさせてもらうわよぉっ』
意気込むさまに、おやおやとクソが大げさに腕を広げた。
「異空間から登場とは恐れ入る。さすがの僕も気付かなかったよ」
「単にマヌケなだけだろう」
空かさずそうツッコミを入れると、酷いなぁとクソが嘆いてみせるがすぐに不敵な笑みを見せた。
「いい機会だから君たちの力を見せてもらおう。出来が良ければスペアとして取っておいてあげるよ」
クソの言にリシュー君たちに怒りの色が浮かぶ。
「だが断るっ」
「カナエをお前の好きにはさせないからっ」
「ああ、今日がお前の命日だ」
『往生せいやっ』
最後にドスの利いた声を上げるメネだったが、その目が大きく見開かれる。
「まずはこいつらと戦ってみせてよ」
笑うクソの背後に土の塊が盛り上がり、次いでエルフの都で見たのと同じムカデに怪物が姿を現わした。
サイズは洞窟の中ということを考慮してだいぶ小さめだが。
「いいだろう、相手してやるぜっ」
言うなりエルデ君が魔剣を構えて右端の土偶に向かって行く。
「俺らも行くぞっ」
「うんっ」
『カナエちゃんは下がってて』
続いてターリク君、リシュー君、メネが飛び出した。
果たして戦いの行方は?
To be continued
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次回「68話 君の名は」は金曜日に投稿予定です。
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