66、謎解き
「こっちで合ってるのか?」
「うん、羅針盤は左の方を指してるから」
頷くリシュアンに、そうかとエルデが頷き返す。
「けどリシューが転移の羅針盤を持っていてくれて助かったな」
『そうねぇ、でなかったら合流にはもっと時間がかかったもの』
続けられたターリクとメネがそんなことを言い合う。
「でも最深部に近付いたら使えなくなっちゃったけど」
少しばかり肩を落とすリシュアン。
エルデと出会うことが出来た後で最深部を目指して2人ずつに分けて転移したら、すぐに使用不能となってしまった。
「ま、それだけ目的地に近付いたってことだろ」
ポンとその肩を叩いてターリクが慰める。
「ところで本当にカナエはこっちにいるんだな?」
『たぶんだけどねぇ。さすがの精霊王様も結界の中までは見通せないし』
エルデの問いにため息混じりにメネが答える。
「大丈夫だよ。カナエは最深部に向かってるから」
「だな、あいつなら結界を解除して羅針盤を使えるようにしようとするはずだ」
断言するリシュアンに大きく頷きながらターリクも同意する。
「なら急ぐとするか」
言うなりスピードを上げるエルデに慌てて3人が声をかける。
「いきなり走るなっ、馬鹿っ」
『そうよ、付いて行く私たちの身にもなりなさいっ』
「それよりあんまり音を立てると…」
しかしリシュアンの忠告は少しばかり遅かった。
『ほらぁっ、出ちゃったじゃないっ』
悲鳴混じりの声を上げるメネの前には4体の大型魔物の姿が。
「チッ、仕方ねぇ。一人一体だ」
「うん、分かった」
エルデの言葉に頷くとリシュアンは精霊剣に風魔法を纏わせ、恐れることなく熊に似た3m級の魔物に向かって行く。
「じゃあ、俺はこっちだな」
言うなりターリクは木の上から此方を伺う指先に吸盤の付いたヤモリ型の魔物を見やる。
一抱えもある黒光する胴体とチロチロと蠢く赤い舌が不気味だ。
「おう、行くぜっ」
腰にある『魔剣ダーインスレイヴ』を引き抜くとエルデは巨大な白虎に剣先を定めた。
『もう、嫌になるわねっ』
ブーブーと文句を言いながらメネはその頭上に氷の塊を出現させ、紫と緑色のカマキリに似た魔物に狙いを定める。
森の中での火魔法は御法度なので氷魔法を選択したようだ。
『行くわよぉっ』
氷の塊が爆散する音と共に3つの斬撃が放たれる。
風魔法を纏った刃は熊の魔物の身体を斜めに両断し、魔剣は咆哮を上げた白虎の首を綺麗に切り落とす。
「魔法剣の使い方が上手くなったじゃねぇか。俺もうかうかしてられねぇな」
手放しで褒めてくれるエルデに、はにかんだ笑みを返しながらリシュアンが口を開く。
「エルデのおかげだよ」
「それもあるが、お前が頑張った結果だ。だから胸を張れっ」
ターリクにポンと背を押され、うんとリシュアンが嬉しそうに頷く。
『そう言うあんただって腕を上げたじゃない』
感心した様子でメネはターリクの足元に転がる四肢を失って絶命したヤモリの魔物を見やった。
「お前もな」
そう笑ってターリクは氷漬けにされたカマキリの魔物を指さす。
最初は精霊魔法の制御に苦労していたメネだが、今では自在に扱えるようになっている。
しばしの後、倒された4体の魔物は黒い煙を上げながら消え去った。
『これにて終了よぉっ』
得意げに宣言するメネの前でターリクがせっせとドロップされた魔石や毛皮、牙等を回収して行く。
「リシュー、頼む」
「うん、マジック袋に入れておくね」
街で売り払えばかなりの高額になることは間違いないだろう。
それを置いて行く気はさらさら無い。
「それじゃあ、行くか」
『ええ、くれぐれも静かにねっ』
念を押すメネに、分かったとバツが悪そうにエルデが頷く。
そんな会話をしながら一行は最深部を目指して移動を再開した。
「よし、こんなものかな」
準備が整ったので出立すべくドアに手をかける。
『いってらっしゃいませ』
「後をよろしく」
アンにそう言葉を返すと魔の森へと足を踏み出す。
見慣れた鬱蒼とした森が続く景色にうんざりするが、ため息をついてから歩き出した。
「暇だから謎解きしながら行くか」
歩きながらの考え事は脳が活性化して、じっとしている時より優良な結果が出やすいのだとか。
ネットでそんな記事を読んだ気がする。
なので今までにあった事柄を吟味して推理を巡らせて行く。
謎その1…何故、深淵の水晶が意志を持ちクソが生まれたのか?
謎その2…クソの目的、私と会って何がしたいのか?
その1に関しては何となくだが答えが見えている。
私の予想通りならアンのところで用意したものが有効なはずだ。
その2については…皆目分からないが、もしかしてという考えなら一つある。
私という存在がクソには必要ということだ。
ガイさんに言われたように、どうやら私は『つまらない生き方』しか出来ないらしい。
クソがその事に気付いているのなら、この上なく利用価値は高いだろう。
「…そろそろ覚悟を決めるか」
嘆息と共に呟くと、足を止めて収納からテーブルと椅子を取り出して地面に置く。
考えながら結構な時間を歩いていたので此処らで休憩しよう。
「さてっと、今日は何にするかな」
お茶のセットを出してから手持ちのラインナップを確認する。
「抹茶のシフォンケーキに生クリームと小倉あんを添えますか」
リシュー君たちと離れてから独り言が増えたなと苦笑しつつ自作のケーキを口に入れる。
「ん、美味しい」
ほろ苦い抹茶パウダーを入れた香り高いふわふわ食感のシフォンケーキは、甘さを控えめにして軽く仕上げてある。
これには小倉あんがよく合うのでたっぷりと乗せると、また違った味わいになって楽しい。
「…甘い匂い。カナエだっ!」
鼻をヒクヒクと動かしたかと思ったら、いきなりエルデがそう叫ぶ。
「え?」
『ホントなの?』
驚くリシュアンと慌てて聞き返すメネに、間違いねぇとエルデが請け負う。
「この先から菓子の匂いがするっ」
「…確かにカナエしかいないな」
エルデの鼻の良さに感心しつつターリクも頷いた。
こんな魔の森の奥地でのんびりと菓子を食べるような事が出来るのは、彼が知る限りカナエしかいない。
『行くわよっ』
言うなり飛び立ったメネの後を3人も急いで追って行く。
「カナエっ!」
「リシュー君?」
藪の向こうから飛び出して来た姿に驚きの声を上げる。
「メネにエルデ君、ターリク君も」
見たところケガもしていないようだし、みんな無事で何より。
『会えて良かったわぁ』
安堵の表情でメネが私の肩へと座る。
「でもよく私の居場所が分かったね」
アメリカ大陸並みに広い魔の森だ。
簡単には見つけられないだろう。
『ああ、それはね』
肩に座ったままメネが精霊王が力添えをしてくれたことを話す。
「後はエルデの鼻だな」
「はい?」
半ば呆れた様子でターリク君が此処に来た経緯を教えてくれた。
「それは…また」
思わず感心しきった眼差しを向けてしまう。
私の結界は敵対するものや害のあるものを弾くよう設定してある。
なのでガスや毒はシャットアウトするが空気は通る…でないとこっちが結界内で酸欠になってしまうからね。
しかし結界内から漏れた僅かな菓子の匂いを嗅ぎつけるとは…さすがとしか言いようが無い。
「なあ、これ食ってもいいか?」
その当人は嬉々とした様子を隠すことなくシフォンケーキを見つめている。
「これだけじゃ足りないから他のも出すね」
苦笑を浮かべながら収納からチーズの旨みとコクを活かしたニューヨークチーズケーキと色鮮やかな果物が山になっているフルーツタルトを取り出し、ついでに人数分のカップを揃える。
「やったぜっ」
「わあっ、フルーツタルト好きなんだ」
「…美味そうだな」
追加の椅子を出すとすぐに腰を下ろしてケーキに手を伸ばす3人。
見慣れた光景に思わす笑みが浮かぶ。
『ホント、あんた達って』
そのさまに呆れ返った様子のメネ。
まあ、暢気にお茶している場合では無いことは分かっている。
けどこれが私たちの日常なのだ。
「で、今後の事なんだけど」
テーブルの上のケーキが綺麗に無くなったところで口を開く。
「実はクソから呼び出しを受けたんだよね」
『はい?』
「ど、どういうこと?」
ポカン顔のメネとキョドるリシュー君。
その横のエルデ君とターリク君は難しい顔で黙り込む。
「見てもらった方が早いね」
言いながら収納からテレビを引っ張り出しクソからの通信を再生する。
それを見てしばし固まっていたリシュー君たちだったが、解凍した途端に矢継ぎ早に声をかけて来た。
「何でカナエに会いたいなんてっ」
「おう、ふざけやがってっ」
怒りも露わなリシュー君にエルデ君も同意する。
「カナエが奴の計画を潰し捲った意趣返しか?」
『その可能性は高いわよねぇ』
考え込むメネとターリク君の前で、それよりと最初に感じた疑問を口にする。
「腐っても神の眷属だよ。その気になれば人族の小娘なんてすぐに抹殺出来るはず。なのにわざわざ会おうとする意図が分からないんだよね」
私の言に誰も答えを返すことが出来ず黙り込む。
『単なる気まぐれ…とか?』
小首を傾げながら言葉を綴るメネに、いやっとターリク君が否定の声を上げる。
「今までの奴の行いを見る限りその可能性は低いと思う。何か目的があっての事と考えた方がいい」
「だとしたら何で?」
同じように首を傾げるリシュー君の前で、ガアァと頭を掻き毟りながらエルデ君が口を開く。
「此処でうだうだ考えても何も始まらねぇ。さっさとヤツんところに行くぞっ」
言うなり立ち上がったエルデ君に、あんたねぇとメネが呆れ顔を向けた。
『ホントにもう、考えるより行動なタイプなんだから。此処は慎重に相手の出方を…』
「エルデ君の言う通りだね」
メネの言葉を遮ってそう言うと誰もが驚きに満ちた顔を向けて来た。
「か、カナエ…」
「…それは」
『もう、あんたまで』
「いいのか?」
何故か言い出したエルデ君まで此方を気遣う様子を見せるので、思わず笑ってしまう。
「確かに此処で考え込んでいても答えは出ないからね」
そう言って徐に立ち上がる。
「それなら僕らも…」
言いながら立ち上がったリシュー君にストップをかける。
「リシュー君たちは留守番ね」
言った途端、物凄い抗議の声が。
「ええっ!」
「マジかっ!?」
『馬鹿言ってるんじゃないわよぉっ』
「そうだぞ、一人でなんて死に行くようなものだぞっ」
勢い良く言葉を綴る彼らの気持ちは嬉しいが、私の答えは一つだ。
「クソが指定してきたのは私一人でって事だからね。これは譲れないよ」
きっぱり言い切ると、でもとリシュー君が泣きそうな顔で食い下がる。
「カナエを守るって約束したっ。だから僕も行くっ」
そんなリシュー君を見ながら困り笑顔のまま口を開く。
「その気持ちは凄く嬉しいよ。でも今回は一緒だとクソの真意が分からないままになりそうだからね」
「真意?」
小首を傾げるリシュー君の前で、そうと大きく頷く。
「私一人なら油断してペラペラ話すだろうし。いかにも口が軽そうだもの」
『確かにそうねぇ』
私の言にメネがため息混じりに同意する。
「それに留守番と言ってもね」
笑いながら言葉を継ぐと誰もが呆気に取られた顔になる。
「カナエ…」
『あんたって子はもう』
「すげぇっ、よくそんなこと考えつくぜ」
「味方で良かったな」
全員が感心と呆れが混ざった顔でフルフルと頭を振るさまに、失礼なとちょっと口を尖らせる。
そんなこんながありつつ私はリシュー君たちと別れ、一人で魔の森最深部を目指して歩き出した。
漸くクソと御対面だな、待ってろ。
拙いお話を読んでいただきありがとうございます。
次回「67話 対面不識」は金曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




