64、振り出しに戻る
「宝珠も泉に戻ったし、後は…」
小川を塞き止めている土の山へと目を遣る。
「リシュー君、お願い」
「うん」
大きく頷いて土魔法を発動させたリシュー君だったが。
「あれ?」
すぐに怪訝な顔で首を傾げる。
「どうかしたのか?」
ターリク君の問いに困り顔で言葉を返す。
「魔法が効かないんだ」
「はい?」
『どういうことぉ』
困惑顔になる一同の前でガイさんがやれやれとばかりに首を振った。
「土塊になってもスキルは残るようだな」
ガイさんが倒したケンタウロス風の怪物もそうだったが、その前に倒した奴にもアンチマジックのスキルが付与されていたとは。
「ってことは…」
次にくる答えが分かってうんざりする。
「魔法が効かないんだ。なら物理だな」
「ですよねー」
これは人力であの土の山を掘り返して移動させるしかないか。
「仕方ない。やるか~」
はあと派手なため息をつく私にリシュー君が声をかけて来た。
「大丈夫、僕がいっぱい運ぶよ」
「おう、力仕事なら任せておけ」
「ま、地道に頑張ろうぜ」
続けられたエルデ君とターリク君の言に苦笑と共に頷く。
「それじゃあ…」
まずはとみんなして土塊の端に足を乗せた時だった。
「え?」
『な、何よこれぇぇっ!?』
突然、足の下が光った。
「チッ、トラップかっ」
「カナエっ!」
ガイさんの言葉とリシュー君の叫びを最後に私の意識は暗転した。
「いっ…たぁ」
ズキズキと痛む頭を押さえながら周囲を見回すと、そこは鬱蒼とした森の中だった。
「リシュー君、メネ」
名を呼んでみるが答えは返らない。
「エルデ君、ターリク君」
此方も同じ…。
「どうやら独りみたいだね」
ふうと大きく息を吐くと、よっこらしょと立ち上がる。
「こんな時は『鑑定』っと」
足元の地面に向けて鑑定をかけると。
『魔の森…ハウター大陸中央部にある大森林地帯。魔素が濃いためS、A級の魔物が跋扈する危険地域』
何とも懐かしい結果となった。
どうやらさっきの光は転移トラップのようだ。
狙いは私たちでは無く宝珠の守護者であるガイアドラゴンだろう。
勝ったと油断したところを転移トラップで何処かに飛ばしてその隙に宝珠を奪うつもりだったか。
「で、そのとばっちりで飛ばされたのか…あのクソがっ」
振り出しに戻る、ではないが最初の時のように一人で魔の森に放り出されたわけだ。
「こんな時は…転移の羅針盤~っ」
某青タヌキの口調を真似て収納から羅針盤を取り出す。
まずは魔の森を出ようと操作するが…何も起こらない。
どうやら魔道具が発動しない何かが此処らにはあるようだ。
その事に派手なため息が漏れ出る。
しかしただ突っ立ていても仕方ないので一旦アンのところに戻ることにした。
呼び出すとちゃんと見慣れたドアが現れたのでホッとする。
「ただいま」
『お帰りなさいませ』
いつもの声に安堵の思いが広がる。
「今の状況が分かる?」
私の問いに、はいと頼もしい答えが返って来た。
『ご主人様が訪れた場所の周囲はすべて記録してあります。それを元に算出した結果、此処は魔の森の最深部から北西に15kmロの地点です』
「随分と飛ばされたね。リシュー君たちはどうなったかな」
私の呟きに律儀にアンが言葉を返す。
『10km圏内にどなたの存在も認められません』
どうやら全員バラバラの地点に飛ばされたようだ。
まあ、みんな強いから余程の事が無い限り大丈夫だろう。
『なお一番近い人里は西に320km先となります』
「そっかー、転移が使えないから歩きでとなると難儀だな」
ため息混じりの言にアンから意外な言葉が放たれる。
『最深部より広範囲に結界が張られております。徒歩での移動より結界を排除し転移機能を回復する方法を推奨します』
「結界?…いったい誰が」
『残念ながら不明です』
申し訳なさげなアンに、いいよと笑みを浮かべる。
「それは自分で調べるから。取り敢えずお腹が空いたから何か食べよう」
言いながら冷蔵庫を開けて中の食材を吟味する。
「簡単に食べられるものでいいか」
という訳で前に作っておいた焼きおにぎり(醤油と味噌の2種類)を取り出し、野菜いっぱいの具だくさん味噌汁と出汁巻き玉子をちゃっちゃと作って行く。
最後にエルフの都で手に入れた糠を使った漬物を出して切り揃えたら和食ランチの完成だ。
「いただきます」
軽く手を合わせてから、まずはと味噌汁に口を付ける。
「うん、我ながら良い出来」
自賛しつつ食べ続けるが…しばらくして箸を止める。
「…美味しくないや」
リシュー君と出会ってからワイワイ言い合いながら食べていたからか、久しぶりの一人飯はやはり味気なく感じてしまう。
そう言えばリシュー君のマジック袋には念のためにと日持ちする携帯食やサバイバルキットを入れておいたが、エルデ君とターリク君には何も渡してなかったことに気付く。
「お腹、空かせてないといいけど」
ぼんやりそんなことを思って天井を見つめた。
「クソっ、どこだ此処はっ」
悪態を吐きながらエルデは周囲を見回した。
しかし目に映るのは鬱蒼とした木々ばかりだ。
「カナエ達の姿が無ぇってことは…此処には俺だけか」
それでも近くに居るのではと周囲を探して回る。
しばらく辺りを歩いていたが、前方に立っている樹に気付いて足を止めた。
その枝には黄色く熟した実がたわわに生っている。
「この実、見覚えがあるぜ」
それは魔の森を彷徨っていた時に口にして酷い目に遭ったものと同じだった。
「食ったら苦いわ、後で腹を下すわで大変だったんだよな」
『鑑定』を選ばなかった自分のミスではあるが、その時のことを思い出して辟易となる。
エルデは知らないが、この実は一口食べたら死ぬ猛毒を含んでいる。
頑健な竜人である彼だったから腹下し程度で済んだのだ。
「ってことは…此処は魔の森か?」
至った考えに派手なため息をついたエルデだったが。
「何だ?」
僅かな気配を感じ取ってすぐさま剣に手をかける。
次の瞬間、横の藪から4本腕の熊の魔物が襲い掛かって来た。
「このっ!」
いとも簡単に太い腕の攻撃を躱すと、その勢いのまま剣を振り抜く。
切り裂く音と共に魔物の首が高く宙を飛んだ。
地響きを立てて倒れ込んだ巨体は、しばらくすると黒い煙を放って姿を消した。
後に残ったのは…濃い茶色の魔石と肉の塊。
「やっぱり魔の森か」
見慣れた光景に、この世界に来た頃のことを思い出してガックリとその肩が落ちた。
「そう言えば…こんな風に森ん中を歩き回っていた時にリンと出会ったんだよな」
グ族の村を見つけた時のことを思い出し、その顔に笑みが浮かぶ。
「食うものはねぇし、誰にも会えねぇしで…結構切羽詰まってたんだよな」
そんな中でやっと見つけた人里。
夢中で駆け寄ったが、それがいけなかった。
剣を片手に猛然と走って来る決死の形相の竜人。
これでは敵対者と思われても仕方が無い。
襲い掛かって来た村の自警団を軽くいなしていたら、目に前に現れた鮮やかな紅鎧を纏った戦士。
剣を交わしてみたら意外と腕が立つ。
おもしろくなってついつい本気で遣り合うことになった。
だが竜人と魔族では基礎体力が大きく違う。
だんだんと防戦一方になる紅戦士が焦ったようにエルデに攻撃を仕掛けて来た。
その一撃を弾き返した拍子に相手の兜が後ろに脱げ落ちる。
現れたのは…魔族特有の尖った耳をした絶世の美女。
「お、女!?」
驚くエルデに美女が言い返す。
「くっ、殺せっ」
悔し気に歪められた顔がまた美しく、澄んだ瞳が怒りに染まるさまに見惚れた。
それで一気に恋に落ちた。
「今頃どうしってかな、リンのヤツ」
出発の際にもらったアミュレットを懐から取り出して思わず呟く。
心配に満ちた瞳とその時に言われたこと…『ちゃんと帰って来なかったら地獄だろうと追いかけて説教だからな』を思い出しブルリと身を震わせる。
彼女なら本気で遣るだろうからだ。
「必ず帰るから心配すんなって」
リンに返した言葉をもう一度声に出して呟く。
「さて、こうしちゃいられねぇ」
気合を入れ直すとエルデは落ちている肉を拾い上げる。
「取り敢えずコイツを昼飯にするか」
腹の虫が鳴き出したので剣で薄く切って焼こうとするが。
だが此処ではたと気付く。
火や水は魔法で何とかなるが、調味料の類は何も持っていないことに。
「まずは塩探しだな…けどカナエの飯を食い慣れてる身としちゃキツイぜ」
自分の料理スキルの無さが分かっているだけに絶望しか感じない。
「こんなことなら朝飯をもっと食っておくんだったぜ」
朝に食べた絶品フレンチトーストを思い出す。
表面はパリパリけれどたっぷりと卵液を含んだ中はしっとりふわふわ、甘さも丁度良くて幾つでも食べられた。
「早く合流しないとマジで死ぬな」
体はともかく美味い飯が食えないと心の方が死ぬ。
それだけ食は大切だと身をもって知っているので、その思いは切実だ。
「こいつを食ったら…高い樹に登って現在地を見極めねぇとな」
そう一人呟くとエルデは近くに生えていた葉で包んだ肉を片手に歩き出した。
「…此処って」
一瞬で変わってしまった景色にリシュアンは困惑した様子で立ち上がった。
「そうだっ、カナエっ」
慌てて周囲を見回すが、残念ながらその姿は無い。
「やっぱり違うところに転移させられちゃったのか」
魔法に長けた魔族である彼はさっきの光が転移の罠であったことに気付いた。
それも対象者をてんでに飛ばすよう作られたものだと。
「だとしたら…近くにはいないよね」
深く息を吐いてからリシュアンはゆっくりと歩き出した。
「早く探さないと。カナエを守るって約束したんだ」
そう呟いた彼の眼が前方に聳える小高い岩山を捕らえた。
「あの岩山…思いっきり見覚えがあるんだけど」
魔の森を彷徨っていた時に、少しの間だが岩山にあった穴を家の代わりにしていたことを思い出す。
「ってことは此処は魔の森なんだ」
さすがに良い思い出が無い場所に知らず顔が顰められる。
岩山に近付くと、そこには記憶通りにしばらく暮らした裂け目があった。
覗き込めば奥には寝床代わりに敷かれた大きな葉や手前の石を積んだカマドの跡が残っていて、懐かしさが溢れた。
「此処にいた時は…寂しかったな」
思わず転び出た呟き。
絶え間なく襲って来る魔物の所為で食料を探すのも大変で、安心して眠れもしない。
それも辛かったが家に帰れない…家族と会えないことが何より辛くて苦しかった。
毎日が不安で、寂しくて…夜になると独りで声を殺して泣いていた。
「でもカナエが来てくれた」
そんな絶望しかない日々を一人の少女が終わらせてくれた。
自分のことを気にかけて助けに来てくれたのだ。
それがどんなに嬉しかったか。
もう独りじゃない。
いつだって側にいて、美味しいご飯と安心できる場所を与えてくれた。
「だから絶対に守るって決めたんだ」
決意も新たに拳を握り締めたリシュアンだったが、此方に近付く気配を感じて剣の柄に手を添えた。
ガサリと近くの藪が左右に分かれて人影が現れた。
瞬時に身構えたリシュアンの眼が大きく見開かれる。
「よう、リシュー」
軽く手を上げたのは見知った顔だった。
「ターリク?…どうして此処に?」
不思議そうな顔をするリシュアンにターリクは笑いながら種明かしをする。
「あの光を見た時にヤバイと思ってな。咄嗟にお前の服の裾を掴んだのさ」
途中で手が離れたので同地点に飛ばされることは無かったが、近距離に現れることが出来たとターリクは笑った。
「何にせよ近くに居てくれて助かった」
安堵の表情を浮かべてからターリクが問いかける。
「此処は魔の森か?」
「うん、そこに前に僕が過ごした跡があるから間違いないよ」
岩の割れ目を指さすリシュアンに、なるほどと頷いてからターリクは深い息を吐いた。
「またサバイバル生活に逆戻りか」
アレクセイたち5人で暮らしていた頃のことを思い返してその顔が思い切り曇る。
あの頃はドロップされた肉を手に入れても、まずは調理器具を作らないと塩を振って直火で焼いた…黒く焦げたものしか食べられなかった。
野菜もそこらに生えている奴を千切って食べるという野生動物のような食事だった。
「大丈夫だよ」
そんなターリクにリシュアンが笑みを向けて腰にあるマジック袋を差し出す。
「カナエがいろいろ持たせてくれてたから。取り敢えず何か食べる?」
言いながら袋からカナエ作の携帯食品を取り出す。
「ドライフルーツ入りのクッキーやチョコバーに野菜スープの素とか。後はコピー袋で増やしたレトルト御飯や缶詰めだね。それと平鍋と小型フライパンに調味料セット。他にもいっぱいあるよ、でも…」
マジック袋には時間停止機能は無いので生鮮食料品は入れられなかったと済まなそうに言葉を継いだ。
「いや、これだけあれば十分だ。さすがはカナエだな」
感心しながらターリクは差し出されたクッキーの包みを手に取った。
「飯を食ったら行動開始だな。カナエはアンがあるから心配ないがエルデの奴は…」
「うん、お腹を空かせてると思う」
迷いなく頷くリシュアンに、だなとターリクは苦笑を浮かべた。
読んでいただきありがとうございます。
次回「65話 魔の森の結界」は金曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




