62、謎のディラー
「確かにこの勝負はイカサマだ」
そう言って男は台から降りると意識を失っているブルームを肩に担ぎ上げて戻って来た。
その巨体を軽々と担いだまま台の中央にやって来ると床へと下ろす。
次いで屈み込んでブルームの腕にあるリングを外すと…。
たちまちその姿が人族から竜人へと変わった。
「りゅ、竜人だとっ!?」
「なら誰も勝てるわけがねぇ!」
「本当にイカサマじゃねぇかっ」
騒然となる場内。
「お、おい。ガイっ」
そんな中、怒りも露わに支配人が男の名を呼ぶ。
「前に言ったはずだ。俺が望むものは『真剣勝負』故にイカサマはせんと」
どうやら彼はディーラーとしての自分に誇りを持っているようだ。
その矜持を曲げさせるような行いは許せないらしく冷徹な目で支配人を見つめている。
「この勝負は無効。金は戻す。いいな」
支配人と客の両方にそう宣言する。
入るはずだったお金が入らない。
この決定に揉めるかと思いきや…誰もが素直に頷いている。
『それはそうよぉ、あんな威圧を浴びせられたら誰だって黙るわ』
呆れ顔のメネの言に、それもそうかと納得する。
どうも魔王様の近くに居過ぎた所為か威圧に免疫が出来てしまった私たちと違い、普通はビビって声も出ないか。
「まあ、賭け金は返ってくるわけだし。ここら辺りが落としどころだね」
メネとそんな会話をしていたらガイと呼ばれたディーラーの視線が此方へと向けられる。
「待たせたな、勝負の続きと行こう」
どうやら今度の相手は彼のようだ。
「ええ、喜んで」
そう笑みを返すとカードゲーム用のテーブルに戻る。
「カナエ、大丈夫?」
心配そうに後をついてきたリシュー君に軽く肩を竦めながら答える。
「強敵ぽいけど負ける気は無いよ」
『さすがはカナエちゃんだわぁ』
「うん、頑張って」
応援してくれるリシュー君に笑みを返してから真ん中の席へと腰を下ろした。
場に居るのは座っている私とその正面に立つディーラーのみ。
どうやら他の者は観客に徹するようだ。
「まずはこれを渡しておく」
私の前にさっきの勝負で得たメダル…千枚が積み上げられる。
「こいつを賭けてあんたと俺の差しの勝負だ」
「受けて立ちましょう」
小さく頷くと収納にあったメダルを取り出して上乗せする。
メダルが成す山を前にして、さすがにこの量だと迫力があるなと見やる私の前に2枚のカードが配られた。
「いいか、ガイ。絶対に負けるなよっ。分かっているかっ」
ディーラーの後で支配人が必死の形相で喚いている。
確かに私が勝ったら渡すのは倍の三千枚になる。
この調子で勝ち続けられたら大損害だからな。
ディーラーの前にも同じように2枚のカードが置かれた。
それを手に取り互いに内容を確認する。
「始める前に言っておくが、俺が望むのは『真剣勝負』だ」
「ええ、存じてます」
「ならそっちもそうして貰おう。いいな、おチビさん」
その視線は間違いなくメネに向けられていた。
『あらヤダ、アタシの事が見えてるのぉ』
驚くメネだが厳しい視線にさらされて大きく息を吐いてから両手を上げた。
『分かったわ。勝負に水を差すような野暮な真似はしないわ』
そう言うと宙を飛んでリシュー君の肩へと腰を下ろした。
『頑張ってねっ』
そうエールを送るメネに視線だけで応えるとディーラーへと向き直る。
「勝負だ」
「いいですよ」
周囲にいる誰もが息を飲み、私たちの動きに注目する。
「オープン」
声と共に同時に引っくり返されるカード。
相手の前にあるのは風と水の12。
そして私は…。
「…土と火の12か」
少しばかり目を見開いてディーラーがテーブルの上にある4枚のカードを見つめる。
「ひ、引き分けだっ」
「此処でその手が来るのかよっ」
シンと静まり返っていた周囲から驚愕の声が飛び交う。
確かに12が同時に揃う確率は信じられないほどに僅かなものだろう。
しかしこれは間違いなくイカサマ無しの結果だ。
「今一度、勝負だ」
「ええ、受けて立ちます」
微笑む私の前で念入りにシャッフルされたカードが配られる。
新たなカードを手に取り静かに中を確認する。
「これは…」
その内容に少しばかり驚くが…嘆息と共にテーブルへと戻した。
「どうする?」
ディーラーの問いかけに笑みと共に答えを返す。
「続行で」
「分かった」
小さく頷くとディーラーは自らのカードに手をかけた。
「オープン」
手慣れた動きで捲られるカード。
同時に私も手札を晒す。
「ば、馬鹿なっ!」
「こんなことが…」
「天の悪戯か?」
一斉に響く場内。
テーブルの上にあるカードは火と水の12に土と風の12。
「また引き分けとはな」
呆れたように此方を見るディーラーがポツリと呟く。
「あんたも俺と同じで『つまらない生き方』をしてるな」
憐みに似た眼差しで私を見ていたが、不意にその視線が入口の方へと向けられる。
「どうやら団体客のようだ」
その言葉が終わらぬうちに扉が大きな音と共に開け放たれ、次いで鎧を着こんだ騎士団が突入してきた。
「全員、動くなっ」
隊長らしい大柄な騎士が声を張り上げる。
同時に現れた騎士たちが連携良く場内に散開して逃げようとした者たちを取り押さえて行く。
「ご苦労さま」
「おう」
最後尾で軽く手を上げたのはターリク君。
計画通りに私たちが関係者たちの気を引いて時間稼ぎをしている間に、彼が調べ上げた結果を此処の代官に持ち込んで騎士団を動かしてくれたようだ。
「代官は同じ穴の狢では無かったみたいだね」
「さてな、一枚くらいは噛んでたかもしれないが…コイツを見たらさすがに動かざるを得なかったんだろう」
そう言って示したのは彼の襟元に着いた将校章。
魔国の国旗と同じ黒い炎をバックに剣と杖が交差した意匠、その下に隠密班を現わす黒鳥がいる。
「きちんと後始末が出来るなら今回に限り見逃してやると言ったら血相変えて騎士団を招集したからな」
確かに闇賭博で奴隷狩りをしていたことが世に知れ渡ったら…此処の領主どころの騒ぎでは無く、それを見過ごしていたアエナ国の落ち度となり各国に糾弾されるのは目に見えている。
ターリク君の口を封じたところで、そのバックに居るのは魔国だ。
この世界でも1、2を争う強国を敵に回したらどうなるかは自明の理だろう。
「まあ、それなら素直に言うことを聞くしかないね」
どんどん賭博場の者を捕縛し、客も関係者ということで外に連れ出している様を見ていて気付く。
「あのディーラーがいない」
『あら、本当だわぁ』
出入り口を封鎖されているのにまったく姿が見えない。
「隠し通路から逃げたとか?」
小首を傾げるリシュー君の前で、いやっとエルデ君が首を振った。
「そんなもんがあったら真っ先に支配人が逃げ出してるだろ」
「確かにな」
エルデ君の言にターリク君が賛同する。
「謎の多い人だね」
そう呟いていたら私たちの方へと隊長らしき人が近付いて来た。
「ご協力感謝いたします。つきましては代官様がお会いしたいと…」
「いえ、結構です」
即座にその申し出を断る。
これ以上、この件に関わる気は無いからね。
「私どもは居なかった。そうした方がお互いの為では?」
意味深な笑みを浮かべて見返せば、何故か怯えた顔でピンと背筋を伸ばす。
「そ、そうですな」
ブンブンと何度も首を縦に振る隊長さんにもう一度笑みを向けてから私は踵を返した。
その後をリシュー君にたちが続く。
『そう言えばあの竜人だけど』
外に出たところでメネが思い出したように口を開いた。
『意識を失う前に頭の中が覗けたのよ』
魔族や竜人族はガードが固いので普通は断片的な情報しか得られないが、あの時はダメージが大きかったのでマルっとスリっと見通せたのだとか。
メネの話によると元はそこそこ名の知れた冒険者で、それなりの稼ぎがあった。
だがそれで賭博場の連中に目を付けられ言葉巧みに賭け事に引き込まれてしまい、気付けば簡単に返し切れない借金を背負うことになった。
たぶんそれも正当なものでなくイカサマだろうな。
で、借金を返し終わるまでという条件で奴隷落ち。
その後は闘技場で相手を負かして奴隷にする手伝いをさせられていた。
『当人は心苦しかったみたいだけど『隷属の首輪』があるから逆らえなくて奴らに従っていたみたいよぉ』
「自業自得だが、ある意味ここで捕まって良かったな」
「うん、もう遣りたくもないことをせずに済むもの」
「そうだな」
ターリク君とリシュー君の言葉にエルデ君も大きく頷く。
「まあ、良く言うじゃない『賭け事で蔵を失くした奴は山ほどいるが、建てた者は一人もいない』って。嗜むくらいならいいけど、のめり込んだら身の破滅だよ」
ため息混じりにそう言うと、その体現者を見たばかりだからだろう。
誰もが神妙な顔で頷いた。
「おはよう、アン」
『おはようございます』
昨夜は闇賭博場を壊滅させた後、そのままアンのところに戻って来た。
こんな私でも慣れない賭博にそれなりに緊張していたらしい。
ベッドに入ったら秒で眠りに落ちた。
だがぐっすり眠ったおかげで今朝は気分爽快だ。
「今日は卵とハチミツと砂糖とミルクで作った甘い卵液に浸したフレンチトーストと角切り野菜のココットにコンソメスープと蟹身たっぷりのマカロニサラダに木苺を添えたプレーンヨーグルトにしよう」
冷蔵庫の中を覗き込んで朝食の献立を決める。
「いっただきまーす」
満面の笑みで朝食を口に運ぶリシュー君。
「お代わりだッ」
「俺もっ」
その隣で争うようにして食べてるエルデ君とターリク君。
すっかりお馴染みになった光景を眺めつつ、早々に食べ終わった私はゆっくりと食後のお茶に口を付けた。
『えっ!?…嘘ぉっ』
突然のメネの叫びに危うく口の中のお茶を噴射しかける。
「な、何事?」
けほけほと咳込みながら其方に顔を向けると、メネが蒼白になって宙を右往左往している。
『泉の神気がいきなり乱れたのっ。何かあった証だわっ』
メネの言葉にその場にいる全員の顔色が変わる。
「泉に行ってみよう」
言うなり羅針盤を取り出した私の姿にフレンチトーストを口に咥えたままのエルデ君と残りのココットを掻き込んだターリク君、スープを急いで飲み干したリシュー君が立ち上がる。
「到着っ」
泉から少し離れた場所に転移すると、目の前に広がる光景に息を飲む。
何とガイアドラゴンに背に6本の銛のようなものが突き刺さり、そこから夥しい血が流れ出ている。
痛みに呻くガイヤドラゴンの前に立つのは体高が7m程、ケンタウロスそっくりの上半身が人で下半身が馬の怪物。
その手には巨大な弓が握られている。
鑑定してみたら思った通りに『創造神眷属の使徒』と『クレイフィギュリン』があった。
しかも『アンチマジック』のスキルまで有している。
「あれって」
リシュー君が指さす先にあるのは新たな土くれの山。
「時間差攻撃か。第一陣が気を引いている隙に奴がガイアドラゴンにあの銛を撃ち込んだみたいだね」
銛を鑑定すると『スキルクラッシャー』の効果ありと出た。
あれで『ドレイン』のスキルを封じたのか。
クソのくせに知恵が回るじゃないか。
苦しむガイアドラゴンには目もくれず、怪物は泉の中へと手を突っ込む。
次いで引き上げられた手にはバレーボール大の光り輝く宝珠があった。
それを手に怪物が此方に背を向ける。
このまま『光の宝珠』を奪って行くつもりだ。
「みんな、宝珠のことをお願いっ。アンチマジックスキル持ちだから気を付けてっ」
そう声をかけると。
「おうっ」
「任せてっ」
「俺が奴の気を引く。その隙に宝珠を奪い返してくれっ」
最年長のターリク君の声に頷くとエルデ君とリシュー君が剣を抜いて駆け出す。
別方向から油断なくターリク君も怪物に向かって行く。
「さて、私はこっちだね」
反対方向に走り出した私の後をメネが付いてくる。
『どうするの?』
「私たちだけで倒すのは難しそうだからね。ガイアドラゴンに復活してもらうよ」
その近くに走り寄ると片手を上げて叫ぶ。
「収納っ」
声と共にその背から6本の銛が消えた。
「で、次は…」
収納からありったけのエリクサー(痛み止め)を取り出してムカデ退治の時に用意した大量の『超神聖水』で溶かすと、結界を傾けて傷に向かってぶちまける。
見る見るうちに傷が塞がって行き、次いで吠え声と共にガイアドラゴンが起き上がった。
「いやー、後ろ足で立ち上がると迫力がダンチだね」
『ホントだわぁ。しかも凄く怒ってるから敵の死亡確定だわね』
うんうんと頷くメネと私が見守る中、ガイアドラゴンの雄姿に気を取られた怪物の手からエルデ君が隙をついて宝珠を奪還する。
「取ったどーっ!」
得意げに右手を上げたエルデ君だったが、ガイアドラゴンがその口を大きく開いたのを見て思いっきり焦る。
「ブレスが来るぞっ」
「退避だっ」
「分かったっ」
エルデ君の叫びにターリク君とリシュー君が回避動作に入る。
3人が怪物から離れると、それを待っていたようにガイアドラゴンから真っ赤な光…ブレスが放たれた。
「わっ!」
『ぎゃぁっ』
次に響き渡った破壊の大音響。
咄嗟に結界で防いで事無きを得たが、あのままだったら私もメネも吹き飛ばされていただろう。
「ふうっ」
息を吐いて改めて周囲を伺ったが、怪物がいた辺りには何も…塵一つ残ってはいなかった。
それで満足したのか、ガイアドラゴンは最初に見たのと同じように泉の周りに身を伸べて目を閉じた。
「カナエぇ」
泉の反対側でリシュー君たちが手を振っているのが見えた。
どうやら全員無事のようで何より。
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次回「63話 神と精霊」は金曜日に投稿予定です。
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