60、ガイアドラゴン
「ねぇ、貴女」
まずはと適当な宿を探して(過ごすのはアンのところだが)街中を歩いていたら、ちょっとスレた感じのお姉さんに声をかけられた。
「はい、何でしょう?」
首を傾げて見返すと近付いて来て小声で囁く。
「病に凄く良く効く水が欲しくない?」
無言になる私に彼女はさらに言葉を紡ぐ。
「警戒するのは仕方ないわね。でも私は嘘は言って無いわよ」
ニッコリ笑う相手にオズオズと問いかけてみる。
「…どうしたら手に入りますか?」
「貴女の運が良ければ簡単よ」
そう言うと私の耳元である場所と時間を口にする。
「助けたい人がいるのでしょう。後悔しないようにね」
意味ありげに笑うと彼女はスッと私の側から離れて行った。
「どうやらギルドも一枚噛んでるみたいだね」
私が『奇跡の水』を欲しがっているという情報はギルドでしか得られないのだから。
『そのようね。着いて早々この街の腐った部分に遭遇するなんて…やっぱりカナエちゃんだわぁ』
私の肩の上で何故か楽しそうなメネ。
けど『やっぱり』とはどういうことなのか。
私をトラブルメーカーのように言うのは止めてもらいたい。
『無自覚ってのが一番厄介よねぇ』
そんなことをメネが呟いていたら。
「カナエっ」
少し離れたところで見守ってくれていたリシュー君たちが私の下へと集まって来る。
「随分と早い御登場だったな」
「働き者なのは良いことだけどね」
ターリク君に苦笑を返す私に、でっ?とエルデ君が聞いてきた。
「どうするんだ?」
ワクワクを隠しもせずに聞いてくるので少し考えてから言葉を継ぐ。
「まずは泉に行こう。周囲の様子を見てクソの手先がいないかの確認しておきたい」
「確かにそうだな」
頷くターリク君の横で、えーっとつまらなそうな顔をするエルデ君。
「何だ、叩きのめしに行くんじゃないのかよ」
「此処に来た目的を果たさないとね。…まあ、その後で何をするかは自由だし」
私の言葉に途端にエルデ君が瞳を輝かせる。
「おしっ、ならさっさと行こうぜっ」
元気よく歩き出したエルデ君を先頭に私たちは『癒しの泉』を目指して出発した。
「綺麗なところだね」
感心したようなリシュー君の言に誰もが頷く。
魔の森を北に向かって転移した先に件の泉はあった。
遠目だが周りには白樺に似た木が茂り、薄く靄が立ち込めているさまが神秘的な雰囲気を醸し出している。
「で、ガイアドラゴンってのは何処だ?」
首を傾げたエルデ君に呆れ顔を浮かべなからメネが口を開く。
『何言ってるのよ。あそこにいるじゃない』
「へ?」
不思議そうにしたエルデ君だったが、泉近くの赤茶色の石垣が動いたことで気付いたようだ。
「あ、あれって…」
泉の周囲に聳える円状の石垣がゆっくりと動いて、その顔が此方を向いた。
それは石垣ではなく…体長50mを超えるドラゴンだった。
「どう見ても…怪獣だな」
3分間戦う宇宙人の相手となっても何の遜色もない大きさと迫力だ。
「グ〇ードンにそっくりだね」
「あいつか、ムチャクチャ強くてゲットするの苦労したんだよな」
「でもカイ〇ーガの方が強いんだよね」
「だな、強さが平等じゃないのは酷いよな。どっちもパッケージになってるのに」
嬉々としてポケットサイズのモンスターの話をするリシュー君とエルデ君。
そんなことをしていたら…。
反対側の丘の向こうから黒い塊が姿を見せた。
それはいろいろな魔物が混ぜ合わさった…かなり歪な形をしたキメラだった。
そのキメラが奇声を上げてガイアドラゴンに迫る。
しかし…。
「は?」
「え?」
「何だとっ」
『嘘ぉ』
「これは…」
唖然となる私たち。
何故ならガイアドラゴンがキメラを視界に収めた途端、その身がボロボロと崩れ始めたのだ。
やがてキメラは何も出来ないまま土塊へと還って行った。
「あれって…ドレインのスキル?」
『ええ、しかも効果範囲は視界内みたいね』
リシュー君の問いにため息混じりにメネが答える。
見ただけで相手の生命エネルギーを(今回の場合は製作者であるクソの神気だが)吸い取ってしまうなんて正しく化け物だな。
良く見れば泉から少し離れたところに似たような土塊が幾つも存在している。
どうやら何度かクソから攻撃を受けたが、さっきの調子で全部撃退してきたようだ。
ふと見ると泉の端から細く水が流れ出している場所があったが、その先が盛り上がった土塊の所為で完全に塞き止められてしまっている。
どうやらあれが水場が枯れてしまった原因のようだ。
だが近くにガイアドラゴンがいる以上、土塊を排除して元に戻すことは…不可能だろう。
「…取り敢えず大丈夫そうだね」
無敵と言って良いその姿に安堵の息を吐く。
『ええ、さすがの奴もガイアドラゴン相手では分が悪いわよ』
メネの言葉に誰もが頷いた。
ということで私たちはソロソロと撤退を始めた。
物理も魔法も効かない上にあんなとんでもスキルを持った相手と戦うなんてことはしたくないからね。
「…凄かったね」
素直なリシュー君の感想に皆して同意の声を上げる。
「あれはグラ〇ドン以上に卑怯だろ」
「攻略法がまったく思いつかないしな」
「触らぬ神に祟りなしだよ。此処は完全スルーで」
『それが一番だわね』
結論が出たところで一旦街に戻ることにする。
「ですからギルドも新たな水場の捜索に力を入れております。『奇跡の水』を必要とされる方は多いので」
「そんなことを聞きたいんじゃないっ。販売がいつ再開されるかを聞いているっ」
「だいたい新たな水場があるならとっくの昔に見つかってるだろうっ」
ギルドの前を通りかかったら中から言い争う声が聞こえて来た。
「販売停止になってけっこう時間が経ったからね。苦情が出るのも仕方ないか」
『だからさっきの輩みたいのが出没し始めたのね』
私の言葉を受けてメネがやれやれとばかりに首を振る。
娼館のお姉さんたちと別れてすぐにメネが集めてくれた話だけでも奴らの非道さが分かった。
正規の方法で手に入らなくなった今、本当に『奇跡の水』を必要としている者たちは藁にも縋る思いで連中の誘いに乗るが…。
しかし博打場に足を踏み入れたら最後、有り金残らず巻き上げられて最後は借金返済のために奴隷落ちという結末が待っている。
以前からそう言ったことは行われていたようだが、このまま『奇跡の水』が手に入らなくなったら奴隷を確保できなくなる。
なので今のうちに搔き集めておこうと多少強引な手段に出ているようだ。
「だいたい人の弱みに付け込むって遣り方が気に入らねぇ」
「…確かにな」
エルデ君の言にため息混じりにターリク君も呟く。
「まあ、知ってしまったからには放置ってのも目覚めが悪いからね」
私の言葉に誰もが瞳を輝かせて近くに寄って来る。
『どうするのぉ?』
「まずは誘いに乗ってみるよ」
「おう、腕がなるぜ」
「カナエのことは僕が守るから」
意気込むエルデ君とリシュー君の横で、ならとターリク君が口を開く。
「俺は賭博場を運営している奴らについて調べよう」
その辺りは裏組織の工作員だったターリク君の得意分野なのでお任せする。
「来たわね」
指定された場所に時間通りに訪れると声をかけて来た女性が待っていた。
「…そっちは?」
私の後にいるフードを深く被った人影に視線が送られる。
「兄と弟です」
「ふーん、弟さんはともかくお兄さんはイイ体をしてるわね」
値踏みするようにエルデ君を見やると彼女はニッコリと笑みを浮かべた。
「此処には闘技場もあるの。良かったら参加してみる?優勝したら水をタダで貰えるわよ」
「おう、いいぜ」
すぐさま承諾するエルデ君に彼女は楽し気に頷いた。
『エルデちゃんは戦闘奴隷。カナエちゃんとリシューちゃんは見目が良いから愛玩奴隷にちょうどいいとか思ってるわよぉ』
お姉さんの頭の中を覗いたメネが憤慨した様子で言葉を綴る。
「こっちよ」
先に立って歩き出した彼女の後をついて行くと町外れにある廃墟に案内される。
「此処が?」
「ええ、見掛けはボロいけどね」
そう笑うと廃墟の扉を開けて中へと入って行く。
『この家の周りに危なそうな奴が何人も隠れてこっちを見てるわよぉ』
どうやら警備は厳重なので此処が闇賭博場で間違いないようだ。
続いて家の中に入ると、すぐに地下に通じる階段が見えた。
そこを彼女が迷うことなく下りて行くので付いて行くと。
「わっ?」
「こいつは…」
リシュー君とエルデ君が驚くのも無理はない。
階段を下りた先にあったのは外の様子からは思いも付かない煌びやかな会場だった。
明るい室内は豪華な調度品が置かれ、中央には大きなカード用テーブル。
右にはダーツやダイスを使用する場が設けられていて、多くの者が賭け事に興じている。
その間をキワドイ衣装を来たお姉さんたちが飲み物を乗せたトレイを持って泳ぐように移動しているさまはネットで見たラスベガスのカジノを思い起こさせる。
不意に左の方から大きな歓声が聞こえた。
何かと思えば其方は階下に通ずる吹き抜け空間で、下はすり鉢状に客席が設置された闘技場だった。
「あそこでは武器の使用は禁止。互いの拳だけでの勝負よ。自ら負けを認めるか、闘技台から落ちたら終わりってルールよ。それと戦うのは同じ種族同士というのが決まりなの。だから参加してるのは人族と獣人族だけね」
確かに魔族や竜人族は強い魔物を狩れば大金が手に入るので、小金目当てにこんな処で戦う必要は無い。
お姉さんの説明に分かったぜと頷くとエルデ君が目深に被っていたフードを跳ね上げる。
現れたのは赤毛のリーゼントをばっちり決めたヤンキー。
事前にメネが聞き込んでくれた話に闘技トーナメントへの参加資格についてがあった。
このままだとエルデ君は出場できない。
そこで取り出したのが…。
「はい、思い描いた姿に自身を変えられる『変わり身の金環』だよ」
「…こいつは元の持ち主に返したんじゃないのか?」
怪訝な顔をするターリク君に種明かしを。
「本物は返したよ。これはコピー袋で作り出したものだから」
「何でわざわざ?」
不思議そうなエルデ君に肩を竦めながらその経緯を教える。
「魔王様からの依頼だよ。これがあれば姿を変えて好きに遊びに行けると思ったらしくてね」
前にこれで人族に化けて思い切り暴れられたことに味を占めたようだ。
『でもそれがここに在るってことは…』
どうやら真相に気付いたメネがため息混じりに聞いてきた。
「渡す前に宰相さんにバレて山ほど叱られてた。で、これは私が預かることになったんだ」
「…何やってんだ、師匠」
深いため息を吐くエルデ君に『変わり身の金環』を渡す。
「これで人族に化ければトーナメントに参加できるよ」
「おう」
受け取って耳に嵌めた途端、エルデ君の姿が変わった。
「もしかしてその姿って…」
「こっちに来る前の俺だな。ステゴロじゃあ負け無しだったんだぜ。見てろ、絶対ぇ優勝してみせるっ」
そう意気込むエルデ君。
「対戦相手がちょっと可哀想かな」
小声で呟くリシュー君に全面同意。
姿は人族になってもその戦闘能力は竜人のままだからね。
しかも魔王様のしごきによってさらに力を増している。
人死にが出ないように気を付けて頑張って欲しいものだ。
「じゃあ、こっちに」
階下の闘技場へとエルデ君を案内するお姉さんが私たちの方に顔を向ける。
「奥のカウンターで換金出来るわ。水がもらえるよう頑張って」
そう笑うとエルデ君を伴って階段を降りて行く。
「さて、荒稼ぎさせてもらいますか」
『任せなさい』
ムンと胸を張るメネに笑みを向けつつリシュー君を見やる。
「打ち合わせ通りにやればいいんだよね」
「よろしく」
軽く拳を打ち合わせると私とリシュー君は左右へと別れた。
この賭博場では最初は適度に勝たせて良い気分にさせたところで、頃合いを見て大きな勝負に誘うというのが連中の手管だ。
勝てば水が手に入ると言われ、賭ける金額が多くても勝負に臨んでしまうように仕向けるところがえげつない。
当然、その時は必ず負けるように細工がされている。
そして手持ちを失った相手に言葉巧みに金を借りることを勧め、渋れば『勝てばいいだけ』と煽てて最終的には多額の借金を背負わせて奴隷に落とす。
彼らの所為で『奇跡の水』を得ることが出来ず、奴隷にされ故郷に帰ることも出来なくなってしまった者は数知れない。
こういった輩は完膚なきまでに叩き潰した方が世の為だろう。
魔王様も『やるなら徹底的に。禍の芽は完膚なきまでに潰せ』と言ってるしね。
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ですが大変申し訳ありません。
いよいよストックが無くなって来ました。
焦って書いて納得が行かないものを読んでいただくのは心苦しいので
投稿は週2では無く毎週金曜日にしたいと思います。
次回は「61話 闇賭博場」です。よろしくお願いいたしますm(_ _)m




