56、邪神の企み
「メネはこう言ってたよね『あれでも創造神の直属の部下なのよ』って」
『そうだけど』
「その情報の出所は何処?」
『ど、何処って…』
困惑するメネに自分の考えを伝える。
「私が知る限り博学で歴史に詳しいエルフ族でさえクソ邪神のことを知る者はいなかった。だとしたらその存在を知っていたのは誰だってなる」
『言われてみたらそうね。…あれは確か…アタシが精霊になったばかりの頃よ。誠之助をこっちに呼び込んだ奴の事が知りたくて聞いて回ったら神殿に居た精霊がそう教えてくれたんだわ』
だが分かったからと言って当時のメネは精霊に成りたてで奉納場所から動くことが出来なかった。
しかも相手は神の眷属。
自分ではどうすることも出来ないと諦め、早々にクソ邪神のことは記憶の片隅に追いやってしまったのだそう。
「神殿ね…ということはリーク先は奴と同じような存在。この世界の神である12神の内の誰かか。やっぱり神ってのはクソだな」
『ちょっ、不敬にも程があるわよっ』
私の言い草にメネが顔を青くして諫める。
「クソをクソと言って何が悪い。メネが精霊に成ったのは10年くらい前でしょ」
『そうだけど』
「つまり神殿の精霊にクソ邪神のことを教えたか、たまたま知られてしまったかは分からないけど少なくともその頃にはリーク先はその存在を認識していたってこと」
ふうと息を吐いてから怒りも露わに言葉を継ぐ。
「存在を知っていたならクソ邪神がしていたこと…異世界の人間や魂を攫って来ては自分の娯楽として使っていたことも分かっていたはず。なのにそれを止めるどころか放置して傍観を決め込んでいた。これのどこがクソじゃないって?」
「確かにな」
「この世界は結構好きだが…神だけはハズレのようだ」
「うん、僕もカナエの意見に全面的に賛成だな」
メネとの話を聞いていたエルデ君たちもそう言って嫌悪を露わにする。
『それは…そうだけど』
さすがに反論できずメネも肩を落としながら頷く。
「つまり敵はクソ邪神だけでなく、この世界の神たちもってことだよ。…どうする?」
『ど、どうって』
「この世界の神たちと戦う覚悟はある?無いなら早く去った方がいいと思うよ」
そう言いながらメネだけでなくリシュー君たちの顔を見回す。
「僕は何があってもカナエと一緒だよ」
一番にリシュー君が笑顔で手を上げる。
「やってやんよ!。相手が神だろうと知った事かっ」
ヤンキー気質爆発で意気込むエルデ君と。
「遣られっ放しでは気が済まないからな」
その隣でニヤリと笑ってターリク君が頷く。
『あ、アタシだって帰る気なんて無いわよっ。誠之助がどんなに無念だったかをそいつらに教えてやるわっ』
負けじとメネも参戦を表明する。
「本当にいいの?もう後戻りは出来ないよ」
私の問いに誰もが覚悟を決めた目で此方を見返して来る。
「それにさ」
クスリと笑いながらリシュー君が口を開いた。
「僕らが付いていないとカナエは何を仕出かすか分からないからね」
「そいつは言えるな」
「野放しなんてそっちの方が神と戦うより恐ろしい」
『ホントよねー』
えらい言われようだが、此処は大人しくスルーしておく。
でないと話が進まない。
「それじゃあ、これからもよろしくってことで。この先の方針を決めるよ」
パンと手を打って仕切り直すと皆が私の周りに寄って来た。
「まずは『創造神眷属の使徒』って怪物の捜索とその目的を調べよう」
私の言に、そうだなとターリク君が頷く。
「奴の仲間がまだいる可能性は高いからな」
『そうねぇ。この短い間にあの一体だけで三百を超える精霊を喰らうのは無理があるもの』
メネの話に誰もが同意する。
「だけど何が目的で精霊を食べてたんだろ? 精霊って他と比べ物にならないくらい美味しいのかな」
小首を傾げるリシュー君に、やめてよーとメネが悲鳴に近い声で抗議する。
『私たちは神気の塊みたいなものなの。味なんかしないわよぉ』
ごめんごめんと謝るリシュー君の横で、もしかしてとエルデ君が真剣な顔で口を開く。
「使徒ってことは奴の舎弟みたいなもんだろ。舎弟なら上へ何かを納めるってのが決まりだ」
実体験らしい言に皆して考え込む。
「あの怪物が奴の為に精霊を喰ってたとしたら、その目的は…ターゲットの排除か」
「もしくは食った分を奴に渡してたか」
「え?」
ターリク君の言葉に弾かれたように顔を上げる。
「いや、鳥とかがそうだろ。胃の中にある獲物を吐き戻して雛に喰わせて大きくさせ…」
「それだっ!」
ターリク君が言い終わる前に思わず叫ぶ。
「精霊が邪魔で排除したいなら倒せばいい。わざわざ幻を見せて誘い込んで喰らうなんて面倒な真似をする必要は無い。あるとしたら精霊そのものが入用だったからだよ」
「どういうこと?」
不思議そうな顔のリシュー君だったが、次の私の言葉に真顔になる。
「さっきメネが言ったよね、精霊は神気の塊みたいなものだって」
「うん」
「クソ邪神が自分をパワーアップさせるための養分としてるんだと思う」
今まではスマホを使って異世界から連れて来た者たちを観察して楽しんでいたが、すべてのスマホは私の結界によって破壊された。
それで諦めて大人しくしていれば良いものを、どうやらクソ邪神は精霊を糧にして力を付け現世に干渉することにしたようだ。
コルルナ山周辺の魔物が姿を消したのも、彼らが神気を嫌うから。
神気を放つクソ邪神が動き出したのを感じ取り、早々にその場から逃走したからだろう。
『成る程ねぇ。そう言われてみれば平仄が合うわ』
感心するメネの横で、だったらとリシュー君が口を開く。
「さっきの怪物の標的はメネさんで、僕らはそのおまけだったってこと?」
リシュー君の問いに、たぶんねと頷く。
「必要なのは神気だけだろうから。私らはそのついでだね」
『あら、そうでも無いわよ』
「え?」
怪訝な顔をする私に、気付いてなかったの?とちょっと驚いたようにメネが聞き返す。
『あんた達は創造神の眷属たるアイツの創造の力でこの世界に顕現した訳でしょ。だからその身にはアイツの力が残留してるのよ』
「てっことは…」
『ええ、僅かだけどあんた達からはアイツの神気を感じるわ』
メネの話に思わず怖気が立つ。
「き…」
「ん?」
「気色悪ぅぅっ!」
私の渾身の叫びに誰もが驚きと同情が混ざった目を向ける。
言われてみればその通りなのだが、この身がクソに作られたと思うと気持ち悪くて仕方がない。
『追撃するみたいで悪いけど』
気の毒そうにメネが言葉を紡ぐ。
「…まだ何か?」
『ギフトであるアンもそうだけど、あんたの空間魔法もリシューちゃんたちみたいに元々あったのを模倣したものと違ってアイツの神力で作られたオリジナル魔法だから。カナエちゃんは他の誰よりアイツに近い存在になるのよ』
その言葉に思いっきり頭を抱える。
確かにその通りだが…。
私があのクソ邪神に最も似通った者だなんて嫌すぎる。
けどそう言われて腑に落ちたこともある。
自分でも不思議だったのだ。
どうしてこんなにもクソ邪神にこだわるのか。
奴の事が許せないと意気込み、遣り返すことに執着するのか。
その答えは…同族嫌悪だ。
自分とよく似た相手を嫌う。
はっきり言って、私は私という人間が好きじゃない。
だから私に似ているクソ邪神を嫌悪する。
「カナエ、大丈夫?」
心配そうに此方を覗き込むリシュー君に少しばかり引き攣った笑みを返しながら頷く。
「メチャクチャ気分は悪いけど…仕方ないと割り切るよ。で、これからだけど」
「うん、捜索を再開するんだよね」
『そうね、精霊たちは避難してるから無事だけど。神気を宿してるのは精霊だけじゃないもの』
続けられたメネの言葉に誰もがその顔を見つめる。
「精霊だけじゃない?」
『ええ、徳の高い神官や聖人は他の者に比べて神格が高いのよ』
「つまりクソ邪神に狙われる可能性も高い…」
そこまで言って気付く。
「この近くで徳の高い神官がいる場所と言ったら…シュスワルの都っ」
あそこには世界樹を崇める神官たちが数多く暮らしている。
私の言に誰もがその顔に焦りの色を浮かべる。
「ま、不味くねぇか」
「うん、そうだね。お祭りで見た神官さんや巫女さんたちは凄く神聖な感じがしたもの」
「確かにそれなら狙われてもおかしくは無いな」
エルデ君に続いてリシュー君とターリク君もそう言って私を見る。
「取り敢えずシュスワルの都に行ってみよう。何も無かったらそれで良し。危険性を伝えるだけでも彼らの助けになるだろうから」
『賛成だわ』
私の肩に腰を下ろしながらメネが頷く。
「忘れ物は無い?」
「おう」
「うん、大丈夫」
「無いぜ」
良いお返事か帰って来たので収納から私とリシュー君の分の羅針盤を取り出す。
探索の時と同じ面子で私とターリク君とメネ、リシュー君とエルデ君という組み合わせだ。
「ところでよ、その都ってのはどんなんだ?」
「ああ、それは俺も知りたい」
ほぼ同時に声を上げたエルデ君とターリク君。
そう言えば2人とも魔の森と魔国の王城近辺しか行ったことが無かったな。
「世界樹っていう凄く大きな樹があって、その下に広がってる街だよ。美味しいものがたくさんあるんだ」
リシュー君らしい説明に苦笑しつつ、もう少し説明を足す。
「美意識が高いエルフらしくセンスの良い綺麗な都だよ。政は選挙で選ばれた元老会によって運営されていて、主な産業は狩猟と農業、手工業って聞いてる。エルフは手先が器用で気が長い所為か繊細な細工を施した木工や布製品が有名だね。あとドワーフ程ではないけどお酒造りも盛んかな」
「強ぇ奴とかはいるのか?」
エルデ君の問いに、そうだねとちょっと考えてから言葉を紡ぐ。
「エルフ族は魔法を得意としてるんで魔法は威力バツグンかな。後はお約束通りに弓での遠距離攻撃ってとこだね。エルデ君たちみたいに剣での接近戦は不得手みたい」
「なんだ」
ちょっとつまらなそうに口を尖らすエルデ君。
前からかもしれないが、魔王様の弟子になってからバトルジャンキー化が進んでないか?。
「宰相のおっさん並みの腹黒はいるか?」
こちらはターリク君の問い。
「いるというか…上層部はそんなのしかいない感じだね。長命種だけあって無駄に年は取っていないってことだよ」
「…なるほどな、心しとく」
私の答えに嘆息してからターリク君は力強く頷いた。
「到着っと」
転移の羅針盤を使い、半日をかけてシュスワルの都へ着いた。
「ステータスカードを」
「はい、お願いします」
いつもの遣り取りをして都へと入る。
前に来たことが有る私やリシュー君はもちろん、魔国でカードを作っておいたエルデ君やターリク君も何の支障なく入国できた。
「此処がエルフの都か」
「確かにデカい木だな」
感慨深げに街を見回すターリク君とエルデ君。
夕暮れに染まる町並みは美しいが、それに見惚れる暇もなく…。
「…お腹空いた」
リシュー君の腹の虫が盛大に鳴き出す。
昼は移動中に軽食を口にしただけだからね。
これは仕方ない。
「取り敢えず食事にしようか。ミアーハさんに会うのはそれからで」
私の言に誰もが文句なく頷く。
「わぁっ」
「おおっ!」
「すげぇなっ」
街中を進んですぐに前に来た時とはまったく違う光景に出くわした。
道沿いに並ぶのはすべてラーメン店だ。
私が渡したレシピ通りのものが主流だが、中にはオリジナルな改良を加えた店もあって実にバラエティー豊かだ。
スープの良い香りが辺りに漂い空きっ腹を大いに刺激して来る。
しかし私がこの街でラーメンを紹介してまだそんなに日が経っていないというのにこの有り様とは。
レシピを買い取ったソドン氏の手腕もあるのだろうが、何よりエルフの人達がラーメンという料理を随分と気に入ってくれたようだ。
「ねぇカナエ、僕あの七色鳥のラーメンが食べてみたい」
「俺はレッドボアチャーシュー麺がいい」
早速、看板を指さして希望を口にするシュー君とエルデ君。
「俺は…出来るなら全部だ」
無謀なことを言うのはターリク君。
「了解、次の時の鐘が鳴るまで自由行動にするから好きに食べておいで」
そう言うと3人は頷くなり嬉々としてお目当ての店に駆け込んで行く。
『さすが食べ盛りねぇ』
呆れとも感心とも取れる声で言ってメネが軽く肩を竦める。
「まあ、みんなラーメンが大好きだからね。でも…」
『何か気になる事でも?』
「この状況を魔王様が知ったらと思うと」
『あー、何を置いても此処に来るわね』
そのさまが簡単に思い描けて私とメネは同時に苦笑を漏らしたのだった。
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次回「57話 シュスワルの都」は火曜日に投稿予定です。
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