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55、夢幻の友


「お早う、アン」

『はい、お早うございます』

 爽快な目覚めを迎えてアンに挨拶すると嬉し気な声が帰って来る。


「みんなは?」

『まだお休み中です』

 ベッド脇の時計を見ると6時を半分過ぎたところだった。


昨夜はリシュー君の部屋にあるゲームで盛り上がっていたしね。

一応『ゲームは2時間まで』と釘を刺しておいたが…守られて無いだろうな。


仕方ないかと肩を竦めてからベッドから降り立つ。


昨日はこれといった成果は得られなかったが、今日は何か手掛かりを掴みたい。

そう意気込みながら朝食の準備に取り掛かる。


さすがに朝からカレーやラーメンは勘弁願いたいので、ごく普通の和朝食にする。

定番の出汁巻き卵に鮭に似た魚のみりん醤油焼き、リボン状にスライスしたにんじんと大葉の和え物、青菜と豆腐と油揚げの御味噌汁を作って行く。


けどエルフの都で豆腐のそっくりさんを見つけた時は嬉しかったな。


帰ってからいろいろ作っていたら王城の料理長が興味を示したので豆腐料理を教えたら凄く喜んでくれた。


特に魔王様が豆腐ハンバーグを甚く気に入り何度も強請って来たので、エルフ国との交易が始まったら率先して仕入れてくれることになったので良かったよ。


私が届けた親書は無事に元老会に承認され、秋になったら本格的に国交が開始されることになったのでその他の食材も簡単に手に入れることが出来るだろう。

何よりだ。


「はい、出来上がりっと。アン、みんなを起こしてくれる」

『承知いたしました』

 言うが早いか2階から悲鳴に似た声が上がる。


「何したの?」

『エアコンからマイナス40度の風を送っただけです』

 しれっとそんな返事をするアン。

確かにそれなら起きざるを得ないね。


しかし最近とみにアンに感情が出て来たというか…。

『カナエちゃんそっくりになって来たわねぇ』

 やれやれとばかりに近付いて来たメネが首を振る。


それは無い…と言い切れないのが辛いところだ。



「久しぶりの和食は美味かったぜ」

「うん、カナエの料理はみんな美味しいから好きだな」

 探索開始前にエルデ君とリシュー君がそんなことを言い合う。


「しかしあの『家』は反則だな。シャワー付きの風呂とかウォシュレットトイレとか。あれを味わったらもうこっちの風呂や便所は使いたくなくなる」

 ため息混じりなターリク君の言には他の2人も大きく頷く。


まあ、その気持ちは分かる。

こっちは場所によっては風呂は贅沢品だしシャワーは無いし、トイレは王城であってもボットンだしね。


その辺りはおいおい改善したいとは思っている。

近いうちに宰相さん(魔王様はこの手の件では役立たずなので)に相談を持ち掛けてみようか。



「このっ」

『相変わらず凄い数ねぇ』

 進み始めてすぐに襲って来たカエルと魚の魔物を撃退しているエルデ君の姿を見ながらメネがため息を吐く。


さほど強くは無いが数が多いのと、頻繁に襲い掛かって来るのが鬱陶しい。

何とか平原の半分近くの範囲まで探索が進んだがこの調子だと本当に先が思いやられる。


「此処らは異常なしだな」

「うん、探査魔法にも怪しいところは無いよ」

 ターリク君とリシュー君の言に頷くと次の地点へと転移するべく2人して羅針盤を取り出す。


「ん?」

 その時、視線の先に陽炎のような揺らぎが見えた。


「何あれ…」

 歪んだ空間は見る間に広がって行き、その奥に別の景色が現れる。


「…東京?」

 出現した高層ビル群の間を縫うように走る車に、その横の歩道を歩く人々。


見覚えのある景色…それは間違いなく私の職場がある街の姿だ。


「柚木、何してんの。遅刻するよ」

 笑顔で手招きするのは…職場の同僚で一番仲の良かった井崎ちゃんだ。


その声に誘われるように前へと足を踏み出す。


「仕事終わりに合コン行くよっ」

「…また?」

「そうだよ。私らだってもうひと花咲かせなきゃ」

 気合十分に力説するが、合コンの後で反省会という名の愚痴合戦が始まるのはお約束だ。

そう簡単に理想の男が捕まる訳は無いのだから。


それでもめげずに挑戦を続ける彼女をある意味尊敬していた。


「ほら、早く。遅刻すると主任がうるさいよ」

 確かに主任の説教はグダグダと長く、当人は良いかもしれないが聞かされる方はたまったものでは無かったな。


「…行こう」

 笑みと共に差し出された手を取ろうとして…我に返る。


健康そうな生気に満ちた手。

だけど最後に握った彼女の手は…痩せて枯れ木のように細かった。


「井崎ちゃんは…もういない」

 もうひと花咲かせるが口癖だった彼女は…病気であっと言う間に逝ってしまった。

まるで一気に咲いてすぐに散ってしまう桜の花のように。


「合コンばっかじゃなくて他にもっといろんなことをしとけば良かった。結局、イイ男は捕まえられなかったしね。無駄な時間を過ごしただけだったよ」

 死の床でそう嗤った井崎ちゃんにその時は何の言葉も返せなかった。

けど…今は違う。


「井崎ちゃんの何があっても諦めないで挑戦し続ける姿はカッコ良かった。一緒に飲むお酒は凄く楽しかった。ありがとう、こんな私と友達でいてくれて。…大好きだよっ」


もう一度、彼女に会えたら伝えたかったことを口にする。

これで満足だ。


「だから…消えていい」


そう呟いた途端、目の前の光景がグニャリと歪んで元の平原へと戻る。

しかもそれだけでなく眼前に得体のしれないものが居た。


「…イソギンチャク?」

 そいつの姿は海辺で見かけるイソギンチャクによく似ていた。


腐った沼色の身体に黒い無数の触手がウゾウゾと蠢いているさまは食虫植物のようにも見える。


しかもよく見るとエルデ君、ターリク君、リシュー君とメネがその触手に絡み取られていた。

それだけでなく全員が今にも中央にある巨大な口に呑み込まれそうになっている。


これだと結界に閉じ込めて酸素を抜くいつもの攻撃は使えない。

リシュー君たちも巻き添えにしてしまうからね。


けどだからと言って何もしない訳には行かない。


「だったらこっちだっ」

 手早く収納からクローゼットに入れておいた除湿剤を取り出す。


「くらえっ!」

 アンの進化に伴い効力が千倍になった除湿乾燥剤だ。

イソギンチャクぼい怪物には有効だろうと思い切り良く口の中に投げ込む。


「グガァァッ!」

 すぐに怪物から苦悶の叫びが上がり大きく身悶え出した。


見る間に水分を失くしてヒビ割れて行く本体と触手。

やがてバシャンと音を立てて触手から抜け落ちるようにリシュー君たちが沼地に落下する。


「大丈夫っ!?」

 一番近くに落ちたリシュー君の肩を掴んで軽く揺さぶると、キョトンとした後で大きく首を振った。


「なんで…今、家にいたのに」

「リシュー君は自宅…現れたのは家族か」

 どうやらあの怪物は獲物に懐かしい過去の情景を見せて、その幻想に浸っているうちに喰らうという非道な手を使うようだ。


「立てる?」

「う、うん」

 まだ多少混乱していたが、目の前にいる怪物を見て状況を把握したようだ。


「カナエは下がって」

 言うなり精霊剣を抜いて奇声を上げもがいている怪物と対峙する。


その間に私はエルデ君とターリク君、メネの回収に向かう。


「ほら、しっかりっ」

 双方の頭を掴んで大きく揺さぶると、呻き声と共に2人が覚醒する。


「あれ?…お袋は…」

「…何でだ。スラムにいたはず」

 茫然としている彼らを前にして大きく息を吸ってから口を開く。


「いつまで呆けてるっ。そんな場合じゃねぇぞ!」

 大音響での叫びに漸く2人も今の状況を認識する。


「敵かっ」

「ふざけた真似しやがって!」

 立ち上がるなり襲い来る触手を切り払うリシュー君に加勢すべく駆け出して行く。


「さてっと」

 そんな2人を見送ってから水面にプカプカ浮いているメネを拾い上げる。


『…誠之助ぇ…何でそんな簡単に諦めるのよぅ。…もっと足掻いたらいいじゃない』

 ポロポロと涙を流すメネを掴んで少し乱暴に振り回す。


「目を覚ましなってっ」

『あぎゃあ』

 おかしな声を上げるメネに言い聞かすように声をかける。


「夢だよ。誠之助さんはもういない」

 その言葉にメネは緩々と顔を上げた。


『…誠之助…いない』

 悄然と肩を落とすメネの背を優しく撫でてやりながら言葉を綴る。


「何をしても過去は変えられない。でも今は変えられる。だからメネは誠之助さんの分も生きて今を楽しまなきゃ。それを誠之助さんも望んでると思うよ」


『分かったような口を利かないでよっ』

 そう言い返したメネだったが、私の顔をじっと見つめたかと思ったら驚いたように目を見開く。


『死に別れたのはアタシだけって訳じゃないわよね』

 ぽつりと呟かれた言葉。

どうやら私の頭の中を覗いて井崎ちゃんとの遣り取りを知ったようだ。


『悪かったわ』

 泣きそうな顔のまま謝るメネに私は苦笑を返す。


「殊勝なメネが見れるなんて長生きはするもんだね」

『あんたねぇ』

 呆れと怒りを含んだ目をしてこっちを見るが、すぐに同じような苦笑を浮かべた。


『アタシとしたことがあんな奴の術中に嵌るなんて一生の不覚だわっ。倍にして返してやるんだからっ』

 勇ましくそう言うと怪物目指して飛んで行く。


『後はアタシに任せなさぁいっ』

 言うなりその頭上に巨大な火の玉を出現させる。


「ちょっ、メネさんっ」

「やべえぞっ」

「退避だっ」

 焦るリシュー君の両腕を掴むとエルデ君とターリク君が血相変えて此方に走って来る。


「早くっ、結界の中へ」

 3人が私の近くにやって来たところで最上級の強固な結界を張る。


次の瞬間、大音響と共に周囲が爆散した。


「あー、まだチカチカする」

「目が、目がぁ」

 某大佐のようなことを言って目の上を押さえて悶えているエルデ君。


人族の私より身体能力が高い…つまりそれだけ視力が良いエルデ君からしたら結構なダメージだったようだ。


そんな彼の横では耳の辺りをトントンと叩いているリシュー君とターリク君がいる。


「耳がキーンってなってる」

「あれだけの爆音だったからな」

 私たちとは違い2人は咄嗟に目を瞑ったので閃光のダメージは無かったが、音の方は免れなかった。


「しかしまあ…凄いもんだね」

 呆れ返る私の視線の先にあるのは焼け焦げた荒野。

あのけったくその悪い怪物がいた辺りを中心に大きなクレーターが出来ている。


『ちょっとばかりやり過ぎちゃったわ』

 テヘペロと舌を出して見せるメネに向けられる視線は厳しい。


「世界の調和を守る精霊様が破壊活動してどうするの」

 まだよく制御が出来ないので仕方ないとは言え、さすがにこれはやり過ぎだ。


『そ、それは申し訳なかったわよ』

 ショボンと肩を落とすメネの姿にため息を一つ吐いてから怪物がいた跡に目を向ける。


「メネには今後こんな事の無いように気を付けてもらうとして、当面の問題はあの怪物のことだね」

「何か分かったの?」

 私の言葉にリシュー君が詰め寄って来た。


さすがに付き合いが長いだけに私が言わんとすることに気付いたようだ。


「最初は弾かれたんだけど弱ってたからだろうね。メネの攻撃を受ける前にかけたら断片的だけど何とか鑑定出来たよ」

「それで何て出たんだ?」

「早く聞かせろや」

 仲良く同時に詰め寄って来たターリク君とエルデ君に落ち着くように手を振ってから徐に口を開く。


「鑑定結果は『創造神眷属の使徒』だった」

『じゃあ、アイツの』

 驚くメネに頷きながら言葉を返す。


「みたいだね。でもこれで精霊たちが忽然と消えた訳が分かった。私たちがされたみたいに幻影に惑わされている間に美味しくいただかれてしまった。だから助けを求めたり、抵抗した痕跡が無かったんだよ」

 私の話にその場にいた誰もが『確かに』と大きく頷く。


「それでこれからどうする?」

 ターリク君の問いに肩を竦めながら答える。


「この平原の調査を続けるよ。あの怪物が一体だけとは限らないからね」

「それ知ってる『あれが最後とは思えません。第2、第3の…』ってヤツだよね」

 某怪獣映画の名セリフを口にするリシュー君。


古い映画なのによく知ってたね。

不思議に思って聞いたらお父さんが日本の特撮フリークだったそう。

それなら納得だ。


という訳で探査を再開する。

けどその前にメネに確かめたい事がある。


「ところでメネ」

『何かしらぁ?』

「初めて会った時に教えてくれたよね。クソ邪神は創造神の眷属だって」


鑑定結果にあった『創造神眷属の使徒』

それを見た時に私の中でずっと引っ掛かっていたことの正体に気付いた。


『そうだけど…それがどうかした?』

 不思議そうに此方を見るメネに重ねて問いかける。


「どうやってそれを知ったの?」

『へ?』

 訳が分からないといった顔をするメネにさらなる問いかけをする。


「私たちはスマホを使ってコンタクトを取って来たから奴のことを知っている。メネも誠之助さんと一緒にこっちに来た時に声だけは聞いてるからその存在を認識した。けどその正体が何なのかはどうやって知ることになったの?…この世界の住人の誰一人、奴のことを知らないのに」


『そ、それは…』

 戸惑うメネを私はじっと見つめた。



読んでいただきありがとうございます。

次回「56話 邪神の企み」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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