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54、ガネッサ平原


「ガネッサ平原か。今度は俺らも一緒に行くからなっ」

 精霊王からの依頼内容を教えたら決然とエルデ君が言い放つ。


「そいつは俺も賛成だ。ダメだと言われても付いて行くぞっ」

 続いてターリク君もそんなことを言い出す。


「我も…」

 そう言いかけた魔王様だったが。


「最近耳が遠くなりましてな。何かおっしゃられましたか?」

 歳は取りたくないものですと(うそぶ)く宰相さんを前にしてバツが悪そうに黙り込む。


如何に自由人な魔王さまでも国家の方針を決める大事な会議を放り出して動くのはさすがに不味いだろう。

此処は大人しくしていた方が身の為だと思いますよ。



で、今回のパーティーは斥候にターリク君、前衛がエルデ君、後衛がリシュー君、私は荷物持ち兼調理担当でメネは…おまけ。


『ちょっとぉ、何よそれぇっ』

 不満たらたらなメネだが取得したばかりの精霊魔法は制御しきれていないので危なくて使えないし。


因みに精霊魔法と通常の魔法の違いはその威力だ。


火魔法のファイアボールはどれ程強力でも5m四方を焼くのがせいぜいだが、精霊魔法の『火』だと周囲1㎞は焼け野原になる。

これをノーコン状態で使われたら此方も無事では済まない。


それに精霊たち全員が精霊界に避難した状態ではネットワークも使えない…となると今のメネはおまけとしか言いようがない。


『いいわよ、見てなさい。すぐに精霊魔法を扱えるようになって見せるからっ』

 拳を握り締めて宣言するメネの横でリシュー君も大きく頷く。


「僕も精霊剣をちゃんと使えるようにするっ」

 そう言うとエルデ君に向かって頭を下げる。


「魔法剣の使い方を教えてください」

 確かに剣技の基本はカイルさんに教わったが、剣に魔法を纏わせて戦うことは完全に我流だ。


「分かったぜ。魔族に比べて魔法の扱いはイマイチだがそこは勘弁な」

 身体能力が優れている分、竜人は魔族ほどには魔法に長けていない。


しかし戦闘の総合力はどの種族よりも高いので、普段から魔王様にビシバシ扱かれているエルデ君に教えを乞うのは最良だろう。


「ありがとっ」

 嬉しそうに頷くリシュー君にエルデ君も笑みを浮かべて頷き返す。


そんな遣り取りがあった翌日、準備を終えた私たちはガネッサ平原へ向けて旅立った。



「到着っと」

 まずは前に設置しておいた魔法陣でコルルナ山の麓まで行く。

そこから先は…。


「ハンググライダー…だよね?」

 収納から取り出した物に怪訝な顔をするリシュー君に、そうと頷いて見せる。


骨組みはアレクセイ君が、翼は攻撃耐性のある魔布を使い王城のメイドさんたちが縫ってくれた。

通常のものよりも大きく籠状の乗り場が釣り下げられるようになっている。


これをエルデ君とリシュー君の風魔法で飛ばしてもらう予定だ。


「アレクのヤツが何か作ってるなとは思ったが…これか」

 呆れ顔のターリク君に頷きながら口を開く。


「一緒に行けないことを気にしてたからね、お願いしたら徹夜で作ってくれたよ。ヴォロド君も自作の料理をたくさん渡してくれたしね」

 今は鍛冶師と料理人の修行に励んでる最中なのでそれを中断させるのは気が引けたし、何より2人は加工生産と防御がメインで攻撃は得意ではないので今回は待機ということにしてもらった。


「それとこれはセド君が作った御守り。全員分あるからね」

 皆に渡したのは小さな袋、その中にはセド君が書いた無事を祈る手紙が入っている。


「おう、ありがとよ。リンからもらったヤツと一緒にしておくぜ」

 袋を大切そうに懐に入れるエルデ君。


最初はリンさんも来るつもりだったのだが、それをエルデ君が止めたのだ。


「俺は必ず帰って来る、だからお前は俺を信じて待ってろ。俺がいない間、グ族の連中を頼むぜ」

 そう言われてしまってはリンさんも引き下がるしかなく、代わりにと一族に伝わるアミュレットをエルデ君に渡していたな。


夫を立て、きちんと引き際を心得てる。

本当に良い嫁だ。


と言うことで早速アレクセイ君の力作ハンググライダーで移動を開始する。


「おお、浮いたぞ」

『ちゃんと飛んでるわねぇ』

 感心するターリク君とメネに、そうだねと同意する。


私の無茶なお願いにアレクセイ君が構造計算から始めて一から作ってくれたものだからね。

安定性もバツグンで、エルデ君とリシュー君が起こした風に乗って一気にガネッサ平原を目指して飛んで行く。



『見えて来たわよ~』

 メネが指さす先に大小の池が点在する平地が現れる。

背の高い葦のような草が鬱蒼と生えていて、その合間に小さな森があちこちに点在している。


「此処での注意点は…」

 魔国で仕入れた情報によると、この辺りで有名なのが体長1mを超えるカエルの魔物・フロッグルだそうで。

食欲旺盛で動くものは何だろうと呑み込もうと飛びついてくる。

しかもその体にある無数の瘤には毒があって迂闊に近づくとすぐに戦闘不能になってしまう。


その他にも魚系や虫系の魔物も多く、そのどれもが毒持ちという厄介なものばかりが生息している要注意地域だとか。


取り敢えず平原の入口辺りの開けた場所に着陸する。


「さて、どっちに進む?」

 ハンググライダーを収納して斥候役のターリク君に問いかけた。


「飛んでいる時に此処らの地形は覚えた。進むなら南周りがいいだろう、そっちの方が水場が少ない」

 さすがは隠密班で毎日扱かれているだけはあるな。

その辺りの対応は抜け目がない。


と言うことで平原に足を踏み入れるが…。


「うわっ」

「げっ」

 途端にリシュー君とエルデ君から悲鳴に似た声が上がる。


「ドロドロだよぉ」

「湿地帯と聞いてたけどな」

 足元は完全に代搔きした後の田んぼ状態だ。


踏み出す度にズブズブと足が沈んで行き、引き抜くにも無用に力がいる。

おかげで私たちの歩みは遅々として進まない。


しかも…。


「このっ」

『いきなり来たわねっ』

 泥の中に隠れていたフロッグルの団体さんが一気に襲い掛かって来た。


大口を開けて飛び付いてくる姿はまさに蝦蟇そのもの。

縦に長い瞳孔がこっちを見つめるさまは気色悪いことこの上ない。


「アイスランスっ」

「一刀両断っ」

「牙翔っ」

 すぐさま団体さん目掛けてリシュー君の氷の槍とエルデ君の剣戟、ターリク君の投擲武器…ブーメランに似たものが飛んで行く。


「さすがにあっさり片付いたね」

『3人ともギフトが無くてもそれ以上に強くなるって頑張ってるもの』

 我が事のように胸を張るメネに同意の頷きを返す。


確かにこっちに来る時に与えられたギフトが無くても困らないくらいにみんな強くなった。

それは彼らの精進の賜物だ。


その事に感心しながら3人に声をかける。


「一度硬い場所に行って態勢を立て直そう」

 何しろ今の戦闘で3人とも跳ね返った泥を頭から被ってかなり悲惨な状態になっている。


私の言に誰もが頷き少し先の岩場に避難する。


「この泥…何か臭いんだけど」

「だな」

 鼻を摘まむリシュー君にエルデ君も同意の頷きを返す。


入口付近はそうでも無かったが奥に向かうにしたがって腐敗臭が強くなって行く。

どうやら放置された草や動物の死骸が腐って周囲に悪臭を巻き散らしているようだ。

何より水が流れることなく停滞していることがそれに拍車をかけている。


臭い、汚い、危険…見事に3kが揃っている状況にさすがにうんざりする。


「取り敢えず水魔法で泥を落として」

「分かった」

 リシュー君が率先して泥を洗ってくれている中、メネが気付いたらしく声を上げる。


『何でカナエちゃんは綺麗なままなの?』

 メネの言う通り私はまったく汚れていない。


「私の場合は常時結界が張られているからね」

『だったら他の子にもそうしてやればいいじゃない』

 呆れたように言うメネに、確かにと頷く。


身の回りに結界を張るのが当たり前になっていたのでそこがスポンと抜けていた。


「じゃあ各自の足元に結界を張るね」

 全身に張ってしまうと攻撃が出来ないし魔法も放てないからね。

なので胸から下だけ覆う形にした。


長靴と一体化したサロペットタイプの防水つなぎみたいなものだな。


「でも汚れは防げるけど足が沈むのは変わらないから」

 そう注意すると、おうとエルデ君が手を上げる。

「それだけでも助かるぜ」

 嬉し気なエルデ君の横で、しかしとターリク君が気遣わし気に口を開く。


「俺ら全員に結界となると魔力は大丈夫なのか?」

 もっともな問いに私は笑って手を振った。


「この前レベルが90を超えたからね。これくらいで魔力切れにはならないよ」

『ますます人外になったわねぇ』

 呆れと感心が混じった声でメネがそんなことを呟く。


それはサクッとスルーして探索を再開する。

匂いの方はリシュー君とエルデ君が交代で風魔法を使って吹き払うことで落ち着いた。


相変わらず足元は悪いが汚れない、臭くないというだけで気持ち的には随分と楽だ。


奥に向かうに従って数が増えて行くフロッグルや雷魚に似た大型の魚の魔物を難なく撃破しつつ進んで行く。


そうこうしているうちに昼になった。

なので結界石を使って場所を確保すると収納からテーブルと椅子を出して昼食の準備にかかる。


「はい、今日のお昼はヴォロド君作の具だくさんボルシチにチキンキエフ(バターを鶏むね肉で包み込み、衣をつけて揚げたもの)とサラダにフルーツの盛り合わせだよ。パンと御飯の両方があるから好きな方を選んでね」

 言いながら取り出すとリシュー君を先頭に酸味のあるスープを受け取って行く。


「美味しいね」

「ああ、うまい」

「ヴォロドの奴、腕を上げたな」

 そんなことを言いながら嬉々としてボルシチと山盛りのチキンキエフを口に入れて行く。


しかしみんな食欲旺盛だな。

何度もお代わり要請が来て、多めに出したパンも御飯も綺麗に無くなった。


その後、食休みを取ったらメネは遠くで魔法の練習を始め、リシュー君もエルデ君と魔法剣の稽古を開始した。


「だがどうする?このままの移動だと時間がかかり過ぎる」

「そうなんだよね」

 そんな彼らを横目にターリク君とお茶を飲みながら今後の方針を話し合う。


いろいろと案を出し合った結果、平原をいくつかのエリアに分けてターリク君のスキル『気配察知』とリシュー君の風魔法の一つである『探査』で周囲を調べる。

異常が無ければ羅針盤を使って別の地点に転移するということになった。


一人ずつ運ぶのは大変だがまずはこの方法での移動で、今夜にでもコピー袋でリシュー君用の羅針盤を作っておこう。

彼の魔力量なら問題なく使いこなせるだろうからね。


ということで羅針盤を使って平原の探査を再開する。



「今日は此処までかな」

 陽が落ちて来たので本日はここで終了となった。


「そう言えば2人には私のギフトのことは教えて無かったね」

「ギフト?」

 揃って首を傾げるエルデ君とターリク君の前で扉を出現させる。


「こ、これは…」

「どういうことだっ?」

 扉を開いて見せると、地球の1DKの間取りと設備に同時に驚愕する。


「ただいま、お客さんだよ」

『おかえりなさいませ。…来客を確認しました、入室許可を出します』

 返されたアンの声に2人が身構える。


「誰の声だっ?」

「他に人がいるのか?」

「いや、『家』がしゃべってるだけ」

「しゃべるって…」

 リシュー君が初めて此処に来た時と同じ反応だな、懐かしい。


「どうぞ、私の『家』へ」

「い、家?」

「そう、名前はアンだよ」

『よろしくお願いいたします』

 返された言葉に恐る恐る中を覗き込む2人を手招く。


私たちが入ると部屋の照明が点いてアンが聞いてきた。


『室温はどうなさいますか?」

「暑くなってきたからいつもより少し低めで」

『承知いたしました』

 声と共にエアコンが動き出して涼やかな微風を送ってくれる。


「そうそう、エルデ君とターリク君用に客間を出してあるから使って」

 此処に来る前にアンに頼んでリシュー君の並びに同じ仕様の部屋を2つ出しておいてもらった。


魔国で調達したベッドや備品を運び込んであるのですぐに使えるだろう。


「適当に座って。今お茶を出すから」

「何なんだっこいつは!?」

「そうだぜっ、こんなものがギフトだとっ?」

 呆けている2人にそう声をかけると、我に返ったように詰め寄って来た。


なのであの白い部屋で起こった事を教えてやる。


「…その他…だと」

「迂闊だったぜ。そんな便利な項目があったとは」

 悔し気に呟くエルデ君とターリク君。

そんなところもリシュー君と一緒だな。


「まあ、それがクソ邪神の思惑通り…と言うか罠だったんだろうね」

 苦笑と共に用意したカップにお茶を注いでゆく。


「ちょっと早いけど夕飯にしよう。何が食べたい?」

 落ち着いたらしく物珍し気に家の中を見回したり、タブレットに話しかけて簡単な会話をしている2人に声をかける。


「じゃあ、カレー」

「ラーメンっ」

 被った声に2人して互いを見つめる。


「俺はカレーが喰いたいんだ」

 本当に好きだね、毎食でも飽きない勢いのエルデ君。


「俺はラーメンがいいっ」

 ターリク君も初めて食べた時に雷に打たれたみたいに硬直した後で猛然とお代わりを繰り返していたし。


どっちも一歩も譲らない睨み合いが続いていたが。


「久しぶりにアッシ・パルマンティエとコック・オゥ・ヴァンが食べたい…良い?」

 私より背が高いのに上目遣いはやめなさい、リシュー君。 


「了解、美味しいの作るから待ってて」

「うん、ありがとう。カナエ」

 幸せそうに笑うリシュー君の姿にエルデ君とターリク君も苦笑と共に頷いた。


うん、2人とも良いお兄ちゃんしてるな。


そんなこんなで探索一日目は過ぎて行った。


評価&ブックマークをありがとうございます。

次回「55話 夢幻の友」は火曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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