53、精霊王
『早くっ、こっちよぉっ』
メネに案内されるまま王城の外れにある小さな森へリシュー君と走る。
魔王様も来たがったが、途中で宰相様に見つかり執務室へ強制送還された。
森の奥へと進むと大きな木の幹に人が通れるくらいの穴…洞が開いている。
『この中よ。此処から精霊王様の下に行けるわ』
そういった設定のお話なら読んだことが有るが…。
「…白ウサギを追いかけてるわけじゃないんだけど」
「それ知ってる、映画で観たよ。狂ったお茶会が楽しそうだったな」
「そういった変な処じゃないことを祈るばかりだよ」
嬉々として言葉を紡ぐリシュー君に苦笑を返しながら洞の中へと飛び込む。
「よっと」
両足を揃えて降り立ったのは淡い光に満ちた何も無い空間だった。
思った通りあの洞は此処へ転移するための門だったようだ。
「随分と殺風景な処だね」
「うん、霧みたいので覆われてるから何が何だか分からないや」
『失礼なこと言わないのっ、此処は精霊界。中精霊以上の者が住まう特別な場所なのよ』
そう窘めるメネに気になったことを聞いてみる。
「中精霊って?」
『それはねぇ』
メネが身振り手振りを駆使して改めて精霊について説明を始めた。
そもそも精霊とは長い時の流れの中で神気を浴び続けることにより顕現した存在で、その元…本体となるのは長寿を経た動物であったり、古木や古い道具だったり。
または世界に漂う神気そのものが時の経過と共に集結し形を成したものなどがいる。
そんな精霊たちには大、中、小という区別があり、百年を超えたばかりでまだそれほど力が無い者は小精霊と呼ばれ、本体から離れることなくその近くを浮遊していて。
中精霊は千年を超え精霊魔法などが使えるようになった者で、大精霊は万年の時を経て自然さえも意のままに出来る力を持った者だそうだ。
中精霊以上になると現世への影響が大きいので大抵の者はこの精霊界に居るのだと。
「なるほどね。だったらネットワークに協力してくれてたのって」
『ええ、アタシと同じ小精霊たちよ』
頷くメネに新たに浮かんだ疑問を聞いてみる。
「そうなると人も精霊になれるわけ?」
人族や獣人族の寿命は80年程なので無理だけど長命種のエルフや竜人、魔族ならワンチャンあるのでは。
『何人かなった者はいるらしいわ、随分と昔のことだけど。今は無理ね、便利になり過ぎたもの。そうなると無用な欲も増えるから。欲を持ったままだと精霊にはなれないのよ』
我欲を捨てるというのは並大抵なことではないので確かに人には荷が重いな。
そんなことを言っていたら急に空間の一角に強い光が現れた。
『ぼーっとしてないで挨拶してっ。精霊王様のおなりよっ』
どうやらあの光の玉が精霊王らしい。
「お招きいただきありがとうございます。私はカナエと申します」
「リシュアンです」
スカートの裾を持ち上げて淑女の礼を取る私の横でリシュー君も胸に拳を当てて剣士の礼をする。
『大儀である』
男とも女とも取れる澄んだ声がしたかと思ったら、光が人の姿を取り出す。
「…何かどこかで見たような」
黒髪に切れ長の瞳、狩衣に似た服を着た凛とした佇まいの青年が此方に向けて微笑む。
『私に特定の姿は無い。しかし光のままでは話辛いと思い其方の頭の中にあった私との親和性が最も高い者の姿を借りた』
確かに私が知る彼は巷で『天使』とか『氷の妖精』とか呼ばれているので納得の選考理由だ。
「お気遣いいただき恐縮です」
軽く頭を下げてから精霊王を見つめる。
「この度はどのような御用件で私たちをお呼びになられたのです?」
私に問いに精霊王は憂いに満ちた顔で口を開く。
『コルル山にて小精霊たちが消失した件は存じておろう』
「はい、由々しき事態かと」
その答えに小さく頷くと精霊王は言葉を継いだ。
『その消失は今も続いておる。この7日の間に三百を超える小精霊が消え去った』
「はいぃ?」
話のとんでもなさに変な声が出た。
隣を見ればリシュー君も驚愕の表情で固まっている。
『今もコルルナ山から南に向かい消失は続いており、この事を重視し世界中の小精霊たちを此方に呼び寄せることに相成った』
「そうなりますと何か支障が出ますか?」
憂い顔の精霊王にそう尋ねると、さらにとんでもない答えが返って来た。
『精霊は世界に漂う魔素と神気の調整役をしておる。精霊がいなくなればその均衡が崩れ、天災や魔物の暴走を招くことになる』
噂好きでそこらを遊び回っているだけかと思ったら、精霊はそんな大役を担っていたのか。
人は見掛けに寄らないとはこのことだな。
『ちょっとぉ、何か失礼なこと考えてなぁいっ』
横でメネがそんなことを言っているが、此処はスルーさせてもらう。
「消失の原因は分かっているのですか?」
その問いに精霊王は悲し気に緩く首を振った。
『何の痕跡も無いのだ。忽然と消えたとしか思えぬ』
普通に考えるなら消える寸前に何かしらの言葉…悲鳴や助けを求める声とかを残すものだが、それすらも無いのか。
『そこで其方らに頼みがある』
「何でしょう?」
『この精霊消失を速やかに解決してもらいたい。精霊がいなくなり世界の秩序が狂う前に』
もっともな頼みだが…結局此方に丸投げかい。
しかも世界中から精霊がいなくなると当然ながらネットワークは使えない。
情報源を絶たれるというのは本当に痛手だ。
「最後に精霊が消えた場所は何処です?」
『ガネッサ平原の南だ』
そこはコルルナ山の東に位置する沼地が多く存在する…平原というより湿原に近い場所だそうだ。
「分かりました。其処を中心に調べてみます」
そう答えを返してから近くにいるメネへと視線を移す。
「事が解決するまでメネのことをよろしくお願いします」
『ちょっとぉ、何を勝手に決めてるのよっ』
精霊王に向かい頭を下げる私の近くに飛んで来るとメネが怒りの声を上げた。
「へっ?」
「此処に残るんじゃないの?」
揃って首を傾げる私とリシュー君を、本当にもうっと怒りの表情で睨み付ける。
『アタシを見縊らないでよねっ。あんたたちが危険な調査に出向くってのに一人だけ安全地帯でのうのうと過ごせるわけないじゃないっ』
ぷりぷりと怒るメネに、本当に良いのかと問い返す。
「今回の場合、精霊であるメネが一番危険なんだけど」
『だからこそよっ。アタシがいれば消失の原因が分かる可能性が高いじゃない』
つまり進んで囮役になると言うことか。
確かにメネの言う通りだが…どうしたものかと考え込む私に精霊王が声をかける。
『では其処な小精霊の霊格を上げ中精霊としよう。それならば危険度は低くなろう』
精霊王の言に驚く私とリシュー君だったが、当のメネはそれどころではない。
『ぎょぇぇっ』
野太い声でおかしな悲鳴を上げて目を白黒させてたかと思ったらオロオロとそこらを飛び回り出した。
無敵のオネエにしては珍しくテンパってるな。
まあ、それも無理はないか。
大企業の下っ端社員…モブでしかなかったのがいきなり部長職を任命されたようなものだからね。
『彼らと共にこの世界の平穏の為に働いて欲しい』
さらにかけられた言葉に、はいぃぃとメネが直立不動状態になる。
『つ、つ、謹んでお受けいたしますぅ』
空中で平伏するという器用なことをするメネに笑みを向けると精霊王はその手に光の玉を生み出す。
光はメネの方にやってくるとその体に吸い込まれていった。
それを見届けると精霊王は私たちへと向き直る。
『其方たちも何か求めるものはあるか?私の力が及ぶ範囲ならば叶えるが』
その言葉に少し考え込んでからリシュー君は顔を上げた。
「カナエを守る力の足しになるものがあれば」
『守る力そのものでは無いのか?』
おやとばかりに精霊王の顔に軽い驚きが浮かぶ。
「それは自分で手に入れます。だから補うもので大丈夫です」
返された言葉に感心したように頷いてから精霊王はリシュー君の腰にある剣に手をかざす。
その手元から溢れた光がリシュー君のミスリル剣に吸い込まれて行く。
『抜いてみよ』
その言葉に頷き鞘から抜き放つと…剣身が虹色に輝いていた。
『その剣は精霊剣へと進化した。使いこなすには真なる想いが必要となるが、その力を自らのものと出来れば最強への道標となろう』
「はい、ありがとうございますっ」
『せ、精霊剣って…すべての悪敵を調伏できるって言われてるとんでもない剣よぉぉっ』
叫びながらメネが白目を剥いてる。
何だか物凄いことになってしまったが当のリシュー君が凄く喜んでいるので良しとしよう。
『其方の望みは何だ?』
続けられた精霊王の問いに困り顔で言葉を紡ぐ。
「特には無いです。私が欲しいものは『酒、金、休み』なので」
『言うに事欠いてそれっ!?…あんたある意味、最強ねぇ』
心底からの呆れ顔を浮かべるメネに軽く肩を竦めることで応える。
勤めていた頃に欲しかったもの…というか好きだったのはその3つだ。
こっちに来て多少は変わったが…根本は変わらない。
だらだらとお酒を飲んで平和に過ごせればそれでいい。
我ながら本当に枯れたお一人様だなと思う。
『ふむ、ならばこうしよう』
少し考えてから精霊王は私の手首にあるブレスレット…前にミアーハさんからもらった隠蔽の腕輪へと手をかざす。
するとリシュー君の時と同じように光が腕輪に吸い込まれてゆく。
『いずれ其方の力となろう』
鑑定をかけてみたがステータスを改竄隠蔽出来る機能に変化は見られ無い。
他に何か増えたようになっているが…文字化けしていてまったく分からない。
でもまあ、精霊王がくれた力なら何かの役に立つだろう。
「えっと…ありがとうございます」
取り敢えず礼を口にすると精霊王は満足そうに頷いた。
『どうか世界の秩序と安寧を取り戻して欲しい』
『かしこまりましただわ』
深々と頭を下げるメネに続き、私とリシュー君もそれに倣う。
『頼むぞ』
最後にそう言うとその姿は見事な4回転を披露して消えて行った。
なかなかにおちゃめな精霊王様だ。
「到着っと」
来た時と逆のルートで王城の森へと帰還する。
振り返ってみたら思った通りに入口だった木の洞は消えていた。
今回のことは本当に特例で精霊界は簡単には行けない場所のようだ。
「ところでメネ、中精霊になって何か変わった?」
見た限りその姿に変化は無いので聞いてみたら。
『当ったり前よ。見てなさい』
ふふんと得意げに胸を反らしたかと思ったら淡い光と共に体が大きくなって行く。
「へぇー」
「凄いねっ」
光が収まった後に現れたのは黒縁眼鏡を掛けた女顔の小柄な青年だった。
大島紬の羽織りと着物に黒い角帯を絞め、頭には山高帽が乗っている。
「それって…もしかして誠之助さん?」
『そうよ。こっちに来た時と同じ格好にしてみたわ』
中精霊にもなると自分が望んだ姿に変われるし、神気を調整して服も着たように見せられるのだそう。
他にもいろいろな精霊魔法が使えるようになったと嬉し気に言う。
「ならもうミニチュア洋服作りは終了だね」
少しばかり残念だが自前で調達出来るなら必要無いだろう。
しかし…。
『それはダメよぉ』
思い切り拒否された。
『カナエちゃんが作る服はセンスもいいし、デザインも好みだし…それに』
「それに?」
そのまま口籠ってしまったので聞き返すと。
『私の為に作ってもらえて嬉しいからに決まってるじゃないっ』
言わすんじゃ無いわよっ、恥ずかしいと横を向いてしまう。
その耳は羞恥で真っ赤だ。
因みに今メネが着ているのは赤ずきんちゃんをモチーフにしたフード付きパーカーと白いブラウスに焦げ茶のキュロットスカートだ。
「そこまで気に入ってくれてたのなら何より。でも普通サイズになると時間もかかるし、そうホイホイ作れないけど」
『それは大丈夫よぉ』
言うなり姿が縮んでいつものメネに戻る。
『普段はこの姿でいるからぁ』
バチンとウィンクして見せるメネに、了解と頷く。
私としてもこっちのメネの方が付き合い易く、一緒にいて落ち着くから大歓迎だ。
「うん、僕もこのままのメネさんがいいな」
リシュー君も同じ気持ちだったようで笑顔を浮かべている。
「取り敢えず魔王様に精霊王様の話を教えないとね」
『そうねぇ、ぐずぐずしてたら向こうからやって来…』
そこまで言って黙り込むメネ。
視線の先には此方に向かって爆走してくる人影が…。
「来ちゃったみたいだよ」
苦笑するリシュー君に頷き返しながら背後に続く人影を確認する。
「エルデ君とリンさん、ターリク君もだね」
この後の質問攻めを覚悟しつつ、彼らの到着を待つのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回「54話 ガネッサ平原」は金曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




