52、コルルナ山へ
「お前さんには借りが出来たね」
笑みを向けるミアーハさんに私も笑んだまま言葉を返す。
「そのうち利子を付けて返してもらうんでよろしく」
「ああ、また会える日を楽しみにしているよ」
頷く彼女の横でミララさんとキリカさんが繊細な刺繍が施された袋…マジック袋を差し出す。
「頼まれていた生麵だ」
「打ち立てだから美味しいわよ」
「ありがとうございます」
これで好きな時にラーメンが作れる。
リシュー君にも好評だったし、エルデ君たちや魔王様も絶対に食べたがるだろうから戻ったら提供しよう。
「いつでも遊びに来るといい」
「はい、必ず」
「ありがとうございました。ご飯、美味しかったです」
『またねーっ』
ミアーハさん達に見送られ、私とリシュー君とメネはコルルナ山を目指してシュスワルの都を旅立った。
「到着っと」
山の麓に着いたので預かって来た魔石を取り出す。
「まずは転移魔法陣の設置だね」
それを平らな場所に置いてから。
「リシュー君、お願い」
「うん、任せて」
嬉々とした表情でリシュー君が魔石の上に手をかざす。
そのまま魔力を加えながら起動の呪文を唱えると、すぐに魔石が反応して魔法陣を展開して行く。
魔法陣は使用登録すれば他種族でも使えるが、設置となると許可を得た魔族しか出来ない仕様になっている。
便利な分、使い方によっては危険も大きいので当然のことだと思う。
でも魔国を発つ前にこのことを教えて貰えて良かったよ。
最初の計画通りに私だけでやって来たら設置できなくて、すごすごと戻らなきゃならなかったからね。
『で、どうするのぉ?』
当初の目的である魔法陣の設置は終わった。
本来ならばきちんと稼働するか確かめる必要があるので、このまま魔国へ帰るのだが…。
「ちょっとだけ山の周辺を見て回ろうかと」
そう言ったらメネとリシュー君が、やっぱりと苦笑を浮かべた。
『このまま大人しく帰るカナエちゃんじゃ無いわよね』
「うん、僕もそんな気がしてた」
大きく頷く2人に少しだけバツの悪い思いをするが此処は開き直ることにする。
「という訳で軽く偵察に行ってみよう」
そう拳を上げる私の後に、はいはいとばかりにリシュー君とメネが続く。
コルルナ山は標高が2千メートルくらい、周囲に広葉樹がもっさりと茂っていて道らしい道は無い。
つまりほとんど人が訪れていないということだ。
まあ、それも無理はないか。
ミアーハさんの話だと大きな魔石が採れる強い魔物はいないし、需要が高い鉱石や珍しい薬草が採れる訳でもないので、やって来るメリットが無いのだとか。
「じゃあ、まずは道を作りますか」
今後の事を考えて通路は作っておいた方が良いだろう。
『どうやってよ?』
怪訝な顔をすメネに笑顔で答える。
「こうやってだよ」
言うなり見える範囲の木や草を道状に収納する。
「後はよろしく」
「う、うん」
跡地はリシュー君に土魔法で固めてもらい、収納した木たちは道の横に置いて行く。
『…ホント規格外にも程があるわ』
呆れ顔を浮かべるメネをサクッとスルーしてどんどん先へと進む。
九十九折れの形状で道を作りながら徐々に高度を上げて行き、山の中腹辺りで一休みとする。
「此処らで休憩しよう」
小さな広場状に平に広げた場所にテーブルと椅子を出してお茶の準備をする。
「お茶うけは何が良い?」
「うーん、じゃあ今日は和菓子で」
「了解だよ」
リシュー君のリクエストに応えて金つばとみたらし団子を収納から取り出す。
「はい、どうぞ」
金つばはふっくらとした自作のつぶあんとサツマイモぽいものを練り上げた餡をもっちりとした薄皮で包んだ黒と黄色の2種類だ。
みたらし団子はもちもちの白玉団子に甘じょっぱいみたらしあんをよく絡めた品で、どちらも我ながら良い出来だと思う。
「わ、グリーンティーだ」
湯気の立つカップを手渡すと、その中身にリシュー君が嬉しそうな声を上げる。
「ハーグス商会に行った時に抹茶に似た物を見つけたからね。これで抹茶アイスやケーキとかのお菓子が作れるよ」
「やった、抹茶アイス好きなんだ」
金つばを口に運びながらリシュー君が嬉々として言葉を綴る。
その様に笑みを向けていたらメネが落ち着きなく周囲を飛び回り始めた。
「どうかした?」
問いかけるとメネが困惑した様子で口を開く。
『変なのよぉ。この山には精霊がいないの』
「はい?」
思い切り首を傾げる私の横でリシュー君が不思議そうに聞き返す。
「いないって…それっておかしなことなの?」
『おかしいわよっ。精霊ってのはどんな場所にも必ず10人くらいはいるものなの』
「それが1人もいない…か」
考え込んでいたらリシュー君があまり気にした様子もなく言葉を紡ぐ。
「何処か別のところに移動したんじゃない?」
メネは私たちと一緒にいろんなところに行っているのでリシュー君がそう思うのも無理はない。
だがその言葉にメネは大きく首を振った。
『それは無いわ。アタシみたいなのはホント稀で、普通の精霊は一度決めた場所からは動くことは無いのよ。動いたとしたら余程の事があった時だわ』
その言葉に嫌な予感しかしない。
「取り敢えず頂上を目指そう」
戻ることも考えたが…私の勘が向かった方が良いと告げている。
こう言った時は従った方が良いことが多い。
「分かった。カナエは僕が守るよ」
「頼りにしてるね」
防御なら大抵の相手には負けないが、私には結界以外の攻撃手段が無い。
申し訳ないが万が一の時はリシュー君に頑張ってもらおう。
そのまま3人で頂上を目指して道作りを続けて行く。
「見えたっ」
『あれが頂上ね』
「岩が組み合わさって家みたいになってるね」
リシュー君の言う通り、頂上には大きな白い岩が互いに寄りかかるように重なり中央に三角の隙間が出来ている。
確かにぱっと見、家のようではある。
ミアーハさんの話だと水晶が置かれている周囲には結界が張られているということだが、それらしいものは感じられない。
まあ、三百年前に張られたもので、それ以来訪れる者はいなかったようなので消滅した可能性は高いが…。
「随分と侘しいところだな」
其処を中心に周囲はシンと静まり返っていて生き物はおろか植物も生えていない。
警戒をしつつ近付き、中を覗き込んでみる。
最奥の石棚らしきところに何かを置くような場所はあるが…。
「空っぽ?」
「うん、何も無いね」
あるべきはずの『深淵の水晶』は何処にも見当たらない。
『どういうことぉぉっ!?』
両頬に手を当てて叫ぶメネのおかげか、私とリシュー君は妙に落ち着いてしまい冷静に状況を分析する。
「また誰かに持ち去られたとか?」
「それが正解なんだろうけど…」
何か引っかかる。
何者かが持ち出したのだとしたら足跡とかの痕跡があるはずだ。
しかし此処には本当に何も無い。
まるで忽然と水晶が消えてしまったみたいに…。
こうなると精霊ネットワークが使えないのは痛いな。
しかしいつまでも此処で時間を食う訳には行かない。
「山を下りて周辺の村で聞き込みをしてみよう」
『そうね、アタシも精霊たちに聞いて回るわ』
俄然やる気を出したメネを伴ってリシュー君と一緒に転移の羅針盤を使って急いで下山する。
「山で何か変わったことがあったかだって?」
「ええ、どんな些細なものでも構いません」
私の問いに農夫のおじさんが、はてっと首を傾げる。
「そう言えばルエンのところの坊主が言ってたな『山が光った』とか何とか」
「光った?」
「おう、けど他に見た奴はいねぇから寝ぼけてたんだと思うがな」
おじさんに礼を言い、早速そのルエンさんのところに行ってみる。
「ホントだよ。夜にお山のてっぺんがピカって光ったんだ」
7歳ほどの男の子が必死になって言葉を綴る。
「それっていつ頃?」
「うーんとね、父ちゃんが街にいった日だから…」
「6日前ですね」
唸り出した息子を見兼ねたのか近くにいた母親がそう教えてくれた。
「ありがとうございます。助かりました」
そう言って頭を下げると、ううんと男の子が大きく首を振った。
「オイラもありがとう。信じてくれて」
どうやら夢でも見たのだろうと誰も取り合ってくれなかったことを信じて貰えて嬉しいようだ。
「話してくれてありがとね。良かったら食べて」
「わぁっ、お菓子だ」
この前作ったハニークッキーの袋を手渡すと男の子が飛び上がって喜ぶ。
「お姉ちゃん、ありがとー!」
ブンブンと大きく手を振る男の子とその母親に会釈をしてその場を離れると、別の場所で聞き込みをしていたリシュー君が戻って来た。
「どうだった?」
「それがさ、最近になって魔物が全然姿を現わさなくなったんだって」
村の人は平和になって良かったと喜んでいるそうだが。
「精霊の次は魔物か…」
「うん、何か嫌な感じだよね」
眉間に皺を寄せて考え込む私とリシュー君の下にメネが飛んで来た。
『とんでもないことが起ってるわぁっ』
オロオロと周囲を飛び回っているメネに落ち着くよう言ってから、その話を聞く。
『いなくなった精霊たちだけど、誰もその行方を知らないのよ』
「精霊ネットワークでも?」
自分たちに分からないことはないと豪語していた精霊が仲間の居場所が分からない。
そんなことが有り得るのか。
『そうなのよっ。本当に消え失せてしまったみたいにっ』
「精霊が消えるなんてことあるの?」
驚いて聞き返すリシュー君に、ええとメネが暗い顔で頷く。
『アタシたちだって不滅じゃないもの。本体が壊れたり、神気を失ったりしたら消えてしまうわ。だけどそんな事態になることは滅多に無いけど』
その滅多に無いことが起っている。
何処かに囚われている…ということは無いだろう。
どんな場所でも仲間が閉じ込められていたら周囲の精霊たちが気付かないはずがない。
「此処で悩んでいても仕方ないね。一旦魔国に帰ろう」
「そうだね」
『ええ』
2人が賛成したので魔法陣のところに戻って起動させる。
まずは状況を整理して、精霊たちにコルルナ山周辺の情報を集めて貰おう。
そんなことを考えながら私たちは一気に魔国に向かって転移した。
「何とも面妖なことになっておるな」
翌日、私たちがもたらした話にさすがの魔王様も眉間に皺を寄せた。
「隠密班にも調べるよう指示を出そう」
「はい、よろしくお願いします」
頭を下げる私の顔をじっと魔王様が見つめる。
「何か?」
「お前は今度のことをどう見る?」
その問いに緩く首を振って答えを紡ぐ。
「まだ情報が足りません。はっきりしているのは『深淵の水晶』が無くなったこととコルルナ山の精霊たちが消えたことだけですから」
「そうだな、さすがのお前も手札が足りなすぎるか」
顎の下に手を置き考え込む魔王様。
「ただ…」
「む?」
「その規模がどれくらいかは分かりませんが、とんでもないことが起る前兆だという気はしています」
私の言に魔王様も肯定の頷きを返す。
「それは我も感じている。…久方ぶりにワクワクしておる」
某Z戦士のようなことを言わないでいただきたい。
完全に今回のことを楽しんでいる様子の魔王様に一応だが釘を刺しておく。
「だからと言って勝手に王城を抜け出したりしませんように」
「…分かっておる」
目を反らしながら言われても説得力ゼロなんですが。
「それよりも我は新料理のラーメンとやらを所望するぞ」
「…耳の早いことで」
ため息混じりに横で大人しくしていたリシュー君を見やると、両手を合わせてゴメンナサイのポーズを取っている。
どうやらつい口が滑った(滑らされた?)らしい。
「承知いたしました、今日の昼はラーメンで。ところで醤油、味噌、塩のどれにします?」
「取り敢えず…全部頼む」
この人もリシュー君と一緒でブレないなー。
どうせ王城の人達も食べたがるだろうから臨時のラーメン屋を開店するか。
マジック袋いっぱいに生麺を貰っておいて良かったよ。
はあっと息を吐いたところに血相を変えたメネがすっ飛んで来た。
『た、大変よぅっ』
行方不明事件に何か進展があったのかと其方を見れば、酷く慌てた様子で言葉を紡ぐ。
『せ、精霊王様からお呼びがかかったのよぉぉっ』
「はい?」
思わず聞き返した私の横でリシュー君はもちろん魔王様までが呆気に取られている。
それだけ異常事態と言うことか。
『早くっ!』
メネに急かされるまま私たちは外へと移動する。
突然、呼び出しをかけた精霊王の目的は如何に?
読んでいただきありがとうございます。
ですが大変申し訳ございません。
GW期間中は諸事情により投稿を休止させていただきます。
次回「53話 精霊王」は5/9に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




