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51、世界樹の祝祭


「エルフ族は特に魔法に長けている。それ故に魔法を研究している者も多い」

 静かな口調で語り出されたのは三百年前に起こった事件のあらましだった。


エイトという名のエルフは魔法の研鑽に励み、賢者の称号を得るまでになった。


しかし彼の探求心はそれで終わることなく魔法の次は錬金術へ、さらにはその2つを融合した魔道錬金術を生み出した。


その成果の一つが魔動人形だ。

死体を錬金術で新たな体に変え、魔石を原動力にして新たな命を与える。


作られた人形は作り主に絶対服従で使い勝手が良い。

なので一時はエルフの誰もが動物や他族の死体を使って魔道人形を作っては自らの下僕としていた。


「それは…何というか」

『酷いことをするわねぇ』

「うん」

 嫌悪も露わな顔になる私たちに、そうだなとミアーハさんも苦々し気に頷く。


「今から考えれば死者の冒涜に他ならない。しかし当時はそれがまかり通っていたんだ」

 

だが魔動人形を生み出したエイトはある事に気付く。

長寿とは言えエルフにも必ず死は訪れると。


死んでしまったら研究が続けられない…ただそれだけの理由で彼は永遠の命を欲した。


その手段として自らが作り出した人形に自分の魂を憑依させ、それを繰り返せば永遠に生きられると考えた。


それから彼は禁忌の道を突き進む。

極秘裏に多くの者を攫って来ては殺し、その肉体を元に魔動人形を作って元の魂が憑依出来るかの実験を繰り返した。


実験の結果、憑依出来るのは一度きり。

人形の動力源である内蔵魔石の魔力が無くなったら、そこで憑依者も死を迎える。


其処だけは何をどう変えても覆ることは無かった。


そこで彼は無限の魔力を秘めた魔石を追い求め、ついに神話に出て来る『深淵の水晶』へと辿り着いた。


それは創造神に作られた世界を見守る役目を与えられしもので、世界が終わるまで存在し続けると。


「で、奴はコルルナ山へと出向き水晶を手に入れた。そして自分の血肉を使った人形を作り、そこに水晶を嵌め込んだんだが…」

「永遠の命は得られなかった訳ですね」

 私の言葉に、ああとミアーハさんは力なく頷いた。


「奴が憑依した途端、人形が暴走してな。水晶に秘められた膨大な力は賢者と呼ばれし者でも制御出来なかったようだ。人形は都にやって来て魔法を乱発し虐殺の限りを尽くした。その時の犠牲者の数は万を超えたと伝えられている」


その後、人形は百人のエルフたちによる強力な土魔法で拘束され、次いで最上級の火魔法で跡形もなく焼き尽くされた。


多くの命が失われたことで魔動人形は危険とされ製作は禁止、その研究書も廃棄となった。


しかし本当に馬鹿なことをしたものだ。

自らの欲望を制御できず、それに振り回され多くの犠牲者を出して自滅した。

自業自得とはこのことだな。


焼け跡から見つかった『深淵の水晶』は元の場所…コルルナ山の頂に戻され、何人たりとも近付くこと無かれと禁域とされたのだそうだ。


「なるほど…そうなると私たちがコルルナ山に近付くことは出来ませんね」

 ため息をつく私に、いやっとミアーハさんは緩く首を振る。


「それはあくまでエルフの間でのことだ。他種族のお前さんたちには当て嵌まらない」

 さすがにそこまでの抑制力は無いということか。


「では明日にも向かおうと思います」

「そうか、だが十分気をつけてな。今宵(こよい)は我が屋敷に泊まると良い、歓待するぞ」

「ありがとうございます」

 笑みを浮かべて軽く頭を下げると、私に倣ってリシュー君とメネも同じように頭を下げた。




「さあ、たっぷり食べて飲んでくれ。明日は世界樹様に若葉が茂った新生祝いの日だからな」

 上機嫌でそういうとミアーハさんは手にしたゴブレットをグッとあおった。


テーブルの上には野菜を中心とした大皿料理が所狭しと並び、その中央にはドンと酒樽が置いてある。

まだ昼なのに良いのかとは思うが、祭りで酒や御馳走を飲み食いするのは前の世界と同じということか。

そんなことを思いつつ料理に手を伸ばす。


「…これは」

 嬉々として料理を口に入れて行くリシュー君を横目に使われている素材を吟味する。


ハーブを使い麺と野菜を炒めた焼きそば風とその隣にある同じくハーブを刷り込んだ鳥の燻製。

大きな魚を丸ごと揚げて甘辛い餡掛けが乗った物に湯引きした葉物野菜に肉味噌がかかった料理。

他にも鮮やかな色合いのカットフルーツが種類ごとに山盛りとなっている。


ミアーハさんに聞いたらどれも都ではポピュラーなもので大抵の家庭で作られるのだそう。


「歓談中にすみませんっ」

 そこへキリカさんとミアーハさんと歳の変わらない美人さんが部屋に駆け込んできた。


「大変です、母さまっ」

 顔が似ていると思ったらまさかの娘さんだった。

さすがは長寿な上に容姿がそう変わらないエルフだな。


「どうした?、ミララ」

 怪訝な顔をするミアーハさんの前で娘さんが勢い込んで口を開く。


「ロドが勝負を申し込んで来たんですっ」

 聞けば明日の祭りで開かれる臨時の屋台で先に五百食売り切った方が勝ちとする勝負を吹っ掛けられたのだそう。


しかも今回の勝負については誓約魔法を交わし済みで、敗者は勝者の言うことを何でも聞くということになっているとか。


「そうしましたらミララ殿が負けたら(つがい)となれと言い出しました」

「魔法でも体術でも私に勝てないからと言ってこんな手を」

 忌々し気に思いっきり顔を歪ませるキリカさんと娘さん。

どうやら好きでもない相手に求婚されて難儀しているようだ。


「しかもロドは料理屋を開いている者を仲間に引き入れています。素人の私に勝ち目なんてありません」

「そもそも何だってそんなことに?」

 もっともなミアーハさんの疑問に、それがと娘さんが悔しそうに言葉を綴る。


「受けなければシャナの店にはもう商品を卸さないと」

 相手の男の家は大きな商会で、この都では多大な影響力があるという。

つまり友人の店を人質に取られ受けざるを得なかったのか。


その友人の店は件の商会から仕入れた布で服や小物を作って販売しているとかで、それが止められてしまったら廃業するしか無いそうだ。

絵に描いたような弱い者いじめだな。


娘さんも勝負を受けたら騙し討ちのように結婚を迫られるとは思ってもなくて、この事態に困惑と怒りが収まらないようだ。


しかしこんな事が公になったら商会としての信用は丸つぶれだ。

たぶんだが、その男が勝手にやっていて実家は何も知らないのだろう。

知っていたのなら余程の馬鹿親だ。


「それだけお前に惚れ込んでいるという訳か。昔からよくちょっかいをかけていたが」

「はい、鬱陶しくて大嫌いです」

 メチャクチャ顔を顰める娘さん。


これはあれか、好きな子ほどイジメてしまうというパターンだな。

だが往々にしてそれは相手に嫌われるだけで逆効果にしかならないが、此処にもそんなアホがいたようだ。


「だがそうなると何人の忠告も受け付けないだろう」

 ため息混じりのミアーハさんの見解は正しいな。

目的達成の為なら形振り構わずとなると説得は難しい。


『そんなことをしても好きになってもらえるわけ無いのに…ホント馬鹿よねぇ』

 呆れ顔のメネの横でリシュー君が気の毒そうに口を開く。


「どうにかならないかな」

『そうねぇ』

 言いながら何故2人してこっちを見る。


「…要は勝てばいいんですよね」

 その視線にしばらくさらされた後でハアーと息を吐く私に全員の眼が向けられる。


「策はあるのかい?」

「ありますよ。必ず勝てる方法が」

 此処は『やるなら徹底的に。禍の芽は完膚なきまでに潰せ』という魔王様の政綱を見習わせてもらいますか。

この手の輩はきちんと叩き潰しておかないとキリがないからね。



「綺麗だね」

『素敵だわぁ』

 感嘆の声を上げるリシュー君とメネ。


祭りは午前中は世界樹の周囲で司祭たちが感謝の祈りを捧げ、その後で有志による古来からの歌と舞いが披露される。

美形揃いのエルフの歌や舞踏は見応えがあって楽しかった。


そして午後からはブロックごとに分けられた町が主催のパレードがあり、此方も着飾ったエルフたちが移動式の舞台の上で踊りながら大通りを練り歩く様は圧巻だ。


街の中心にある広場が今回の戦いの場である屋台街だ。

屋根だけがあるオープンカフェ状態の店が所狭しと並び、開催の時を待っている。


「鐘の音が始まりの合図です」

「了解、こっちの準備は万端だよ」

 三角巾にエプロン姿の私と同じ格好のミララさんに笑顔で答える。


「会計は任せて下さい」

 その友人のシャナさんも手伝いを申し出てくれたので助かる。


厨房は私とリシュー君、配膳はミララさんとキリカさんが担当する。

昨晩のシミュレーションで手順はバッチリだし、いつでも戦闘開始出来る。


そうこうしているうちに高らかに鐘が鳴った。


「鶏塩と醤油入りました」

「こちらは味噌2つです」

 早速入った注文に手早く麺とスープを盛り付けて行く。


今回出す料理はラーメンだ。

ミアーハさんのところで食べた料理の素材を使い、塩、醬油、味噌の三種類のスープを作った。


具材として塩は鶏ハム、水菜に似たもの、白髪ねぎを。

醤油はボア角煮と青梗菜もどき、味噌は引き肉を使った肉味噌とコーンと青ネギぽいものをセレクトした。

仕入れた生麺も思った通りに強いコシで良い具合だ。


「順番にお受けします」

「こちらのテーブルが空きましたのでどうぞっ」

 麺をスープに浸して食べるという方式はエルフ界隈では見ないので、珍しさと何よりスープの香りに誘われて開店から長蛇の列が出来ている。


さすがはカレーと並ぶ人気料理だけのことはある。

それに元々の食材や味は慣れ親しんだ物なので、保守的と言われるエルフでもすんなりと受け入れられたようだ。


「この調子なら目標の五百はすぐだな」

 開店から一時間が経った頃、額の汗を拭う私の下にメネが飛んで来た。


『気をつけて、何やらヤバ気な感じよ』

「やはり来たか。自分が望んだ結果になりそうに無いから妨害に出たってとこだね」

『ええ、何だか柄の悪そうなのがこっちに向かって来てるわ』

 メネの言った通り、しばらくして3人の男たちが並んでいる人たちを押し退けて店の中に入って来た。


「店主を出せっ」

 男の一人が凄むが、負けじとミララさんが言い返す。


「何の用?新料理が食べたいならちゃんと並びなさいっ」

「その料理で腹を壊した奴が出たんだっ。責任を取れっ」

 そう叫ぶと他の男たちも周囲に向かって大声で叫ぶ。


「こんな得体のしれない物を食ったら腹を壊すだけじゃすまねぇぞ」

「そうだっ、悪くすりゃ死ぬかも知れねぇ」

 男たちの叫びに客たちが食べていた手を止めて怯えた顔になる。


「商品に言いがかりをつけて邪魔をするとは随分と古臭い手を」

 古典かと言いたくなるような見事な営業妨害だ。


呆れる私にリシュー君が不安げにこっちを見る。


「このままだとお客さんがみんな帰っちゃうよ」

 その言葉通り、お客の何人かは食べるのを止めて店を出て行った。


「こんなこともあろうかと用意しといた秘密兵器の出番だね」

 ニッと笑って厨房の奥に声をかける。


「お願いします」

「ああ、心得ている」

 奥で3種類のラーメンを堪能していた者が立ち上がり男たちの前へと進み出る。


「この店の食材はすべてハーグス商会が提供している。文句があるなら私が聞こう」

 明るい金の髪をした痩身のエルフ…ロドとやらの父親で商会長のソドン氏だ。

彼の言葉に男たちが焦った様子で後退る。


「な、なんで親父が此処にっ」

 店の外で様子を伺っていたソドン氏似のエルフ…ロドが驚愕も露わに問いかける。


「新たな商材の視察に来たのだ」

 昨日のうちに商会を訪ねてラーメンのレシピを売り込んだら、すぐに契約に応じてくれたからね。

さすが大商会を率いるだけあって売れる商品への嗅覚は鋭い。


「そういうお前は何をしている?」

 じっと顔を見られてロドが焦った様子で口を開く。


「お、俺も視察だ」

「そんな暇は無かろう、どう見てもお前の方が劣勢だ。さっさと持ち場に帰れ。いつも言っているが『商売に横道は無い』これを忘れた者は我が家に居場所は無いぞ」

 すべてお見通しとばかりに睨まれてビクリとその身を縮こませる。


そんな遣り取りをしている横でイチャモンを付けに来た男たちがコソコソと撤退を始めたが。


「逃げることは無かろう。じっくり話を聞かせてもらおうか」

 キリカさんに土魔法で拘束されて、後からやって来た衛兵に連れられて行った。


彼らがロドから依頼されたことを口にし、それが証明されたら再教育だとはソドン氏の弁だ。


昨日の時点で今回の勝負の事をミララさんが説明したら味方になることを約束してくれた。

馬鹿親でなく、常識ある人で良かったよ。


そんなこんなで勝負は此方の圧勝。

3時間ほどで用意した五百食は完売した。


相手側も人気の串焼きを低価格で提供して善戦はしたが、やはり見慣れた物だったのでそこまで短時間で売り切れることは無かった。


で、勝者のミララさんの敗者への要求は『二度と顔を見せるな、声もかけるな。あんたなんて大嫌い』だった。


その言葉に愕然となるロドが口にしたのは…。

そこまで嫌われているとは思っていなかった、つれない態度を取るのは照れ隠しだとばかり。

だからこの勝負で素直に俺の物になれる理由を与えてやろうとした…だそうだ。


とんだ勘違い野郎だったな。

まあ、何にせよ彼もこれで現実を思い知っただろう。


その日のうちにロドは父親にキャラバン隊に入れられ、翌日には都を出て行った。

行商の旅で扱かれてその性根を叩き直して来い…だそうだ。


初恋を拗らせて独りよがりなアホと化してしまったが、彼が立派な商人になれることをゴマ粒ほど祈っておこう。


さて、当面の問題は片付いた。

次は深淵の水晶とやらと御対面とゆこうか。



評価&ブックマークをありがとうございます。

次回「52話 コルルナ山へ」は火曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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