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50、深淵の水晶


「…コルルナ山ね」

 ハウター大陸の東の果て、そこに広がる秘境の中心に聳え立つ高山。


『ええ、そこの山頂に深淵の水晶が奉じられているそうよ』

 メネの話に小さく息をつく。


深淵の水晶…110年前に無理やりこの世界に連れて来られたヘンリー・フォードさんが残したクソ邪神に繋がる手がかりだ。


メネ経由で聞いた精霊たちの話によるとヘンリーさんは誠之助さんと同じで魔の森から脱出したものの、身分を証明する物を持っていなかったので怪しまれて逮捕。

その後、渡来人と判明したところで当時の辺境伯の文官に召し上げられた。


どうやら元の世界で金融関係の仕事に就いていたらしく、その手腕を気に入られて腹心となったそうだ。


それなりの地位と安定した生活を得ても彼の望郷の念は強く、生涯独身で最期は孤独のうちに亡くなった。


そんな彼の生き甲斐…と言うか妄執だな。

世界各地の神話に関する本を取り寄せては貪るように読み込み考察する。


その生涯をかけて自分をこの世界に拉致って来た邪神のことを調べ上げ、ついに彼は『深淵の水晶』に辿り着いた。


まとめられた資料は長い年月の間に散逸してしまったが、手がかりを秘めた形見のロケットが私たちの下に来たのは彼の執念の賜物か。

まあ、しっかり利用させてもらうので安心して欲しい。



「カナエ、お代わり」

「はいはい」

 メネと話していたらリシュー君から声がかかる。


「僕もー」

「…俺も欲しいんだが」

 続いてセド君とターリク君からも。


「これって凄いね。お米でハンバーガーが作れるなんて初めて知ったよ」

 各皿に一個ずつ新しいものを乗せてあげると嬉々としてリシュー君がそんなことを言う。


本日のランチメニューはご飯を平たく伸ばして醤油で焼いたものに薄いハンバーグと野菜を挟んだライスバーガーだ。

それにコンソメスープとフライドポテト&オニオンを添えてある。


お米が手に入ったので懐かしくなって作ってみた。

職場の近くにあった某チェーン店にはよくお世話になったものだ。


「我も所望するぞ」

「…………」

 遅れてやって来た魔王様とエルデ君も席に着いたのでランチセットを前に並べる。


エルデ君は相変わらずのボロボロ具合だが心なしか傷が減った気がする。

それだけ彼も成長しているということか。


リンさんは残念ながらグ族一同の就職先探しに奔走していて此処にいないが、いたらきっと褒めてくれただろう。

私から見ても順調に2人の仲は進んでいるようで何より。



「と言うことで一度コルルナ山に行ってみようと思います」

 食事の後で魔王様にそう伝えると、分かったと実に良い笑顔で大きく頷く。


「言っときますが…連れてきませんよ」

「何故だ?そのような面白そうな事を独り占めとは狡かろう」

 ムッとして言い返す魔王様。


だがその背後に立つ宰相さんの顔に青筋が浮かんでいることに気付いた方が良いと思う。


「何を言っておられるのです。年に一度の御前大会議が控えていることをお忘れでございますか?」

「…分かっておる」

「では早急に政務にお戻りください。決裁待ちの書類が溜まっております」

 言うなり笑顔で魔王様の襟首を掴んで歩き出す宰相さん。


さすがの魔王様も不味いと分かっているのか抵抗なく引き摺られて行く。

お仕事、頑張りましょうね。


「いつ行くんだ?」

 ターリク君の問いかけに、明日にもと答えるとエルデ君が身を乗り出す。


「だったら…」

「どちらの答えも魔王様と同じですよ」

「何でだよっ」

 不満爆発なエルデ君に負けじとターリク君も物凄い目でこっちを見ている。


「今回は軽い偵察だからですよ。まずは転移魔法陣を設置しないとですし」

 魔国製の転移魔法陣は便利だが、目的地に対になるものを置かないと使えない。

よって地道にそこまで移動しなければならないのだ。


「そうなのか?」

 私の言葉に拍子抜けといった顔になるエルデ君とターリク君。


「ええ、本格的な捜索は次回です。その時には2人にも参加してもらいますから」

「…本当だろうな」

 疑い深いなー、ターリク君。

まあ、日頃の行いからあまり信用してもらえない自覚はあるが。


何とか納得してもらい、翌朝にはリシュー君とメネと一緒に魔国を出発した。

最初は私一人で行くつもりだったんだが、それを知った全員から反対されてお馴染みのメンバーになった。

しかしそこまで信用が無いのか、私は?。


『当たり前ようぅ。カナエちゃんの場合、前科が有り過ぎるもの』

 人の心を読まないでいただきたい。



「まずは港があるタンザルの街へ行って、そこから船かな」

「うん、来た時と同じだね」

 サメタコ魔物から船を守った礼として年間フリーパスをもらっていたので、それを使わせてもらうことにする。


で、港までは巨大トンボに乗って行き、そこから先はオリヤ商会の客船でハウター大陸へ戻る。


今回の旅はコルル山までかなりの距離があるし、羅針盤を使ってショートカットとしたとしても10日以上かかるだろう。

それに途中に寄りたいところもある。


「シュスワルの都?」

 小首を傾げるリシュー君の前で大きく頷く。


「そう、世界樹の下にあるエルフの都だよ。こっちに来たばかりの頃にお世話になった人たちがいてね、お礼がてら会いに行こうと思って」

 コルル山の麓から少し離れた場所にシュスワルの都がある。


メネに聞いたら里長さんたちは都に滞在中だそうなので、会ってクソ邪神のことを報告しようと考えている。

たぶん凄く聞きたがるだろうからね。


それにシュスワルの都へ寄ると言ったら宰相さんが張り切って何やら書状を渡してきた。

魔国とエルフ国はあまり交流が無いので、これを機にいろいろと仲を深めたいのだそうだ。


それって親善大使ってやつじゃないか?。

そんな重大事を人族の小娘に託して良いのかと渡された時に肝が冷えたが、当の宰相さんは平気な顔でこう言った。


「挨拶状のようなものですので、そう気張らずとも大丈夫ですよ」

 嘘つけ、絶対にそんな軽いものじゃないだろ。


そうは思いつつも断ると何かと角が立ちそうなので渋々ながら引き受けたが…大事にならないよう願うばかりだ。



「到着っと」

 数日をかけ羅針盤で転移を繰り返してやって来たシュスワルの都。


「凄く大きな木だね」

 感心するリシュー君の眼前に天を突くような大樹が聳えている。


『それはそうよぅ。エルフ族の信仰の対象たる世界樹だもの』

 メネが得意げに胸を張って説明する。



「ステータスカードを」

「はい、お願いします」

 いつもの遣り取りをして正午近くにシュスワルの都へと入る。


都と言っても2階建ての木造家屋が並ぶ閑静な街で、通りすがる人は当然のことながら皆エルフだ。

なので魔族のリシュー君と人族の私は物凄く目立つ。


おかげで話しかけられたりはしないが、誰もが興味津々と言った様子で此方を見ている。

なんだか珍獣になった気分だ。


「あちこちに旗が立ってるね」

 道沿いの家の軒下や窓に緑色の旗が飾ってあり、その旗には赤や黄色で木の模様が染め抜かれている。

その周りは色とりどりの花で囲まれていてとても綺麗だ。


『明日から世界樹を称える祭りがあるからよ』

 そうメネが教えてくれた。


「お祭りか。パリ祭みたいなものかな」

 懐かしそうに周囲を見つめるリシュー君。


パリ祭は7月14日に行われるフランス革命記念日のことだ。

シャンゼリゼ通りからコンコルド広場までの間で軍事パレードが行われ、夜には消防士たちのダンスパーティーが開かれ、エッフェル塔の周囲で花火が打ち上げられたりとフランス中が賑やかになる。


「後で見て回ろうか」

「うん、美味しいものもありそうだから楽しみだな」

 相変わらずブレないね、リシュー君。

でも君らしくて良いと思う。


「やはりカナエか」

 聞き覚えのある声に振り返ると人波を掻き分けてキリカさんが此方にやって来た。


私の名を口にした途端、周囲が物凄くザワついたのが気になったが…構うことなくキリカさんに向き直る。


「お久しぶりです。キリカさん」

「ああ、そちらも達者なようで何よりだ」

 笑みを浮かべるキリカさんにリシュー君を紹介する。


「魔族が仲間とは、あれからいろいろあったようだな」

「まあ、それなりに」

 苦笑を返しながら周囲を見渡す。


何だかさっきより人の輪が狭まって来てないか?

しかもその大多数が珍獣ではなく憧憬に近い視線を向けているのを感じる。


「ともかく場所を移そう。ミアーハさまがお待ちだ」

 キリカさんもそれに気付いたようで先に立って歩き出した。

付いて行きながらその背に問いかける。


「けど随分と都合良く現れましたね」

「ミアーハさまの指示でな」

 笑みと共に話してくれたことによると、年若い人族の娘がやって来たら知らせを貰えるよう門兵に頼んでいたのだそうだ。


「いずれ其方が此処に来ると確信していたようだ」

「…それはどうも」

 相変わらず底が見えない人だな。



「よく来たな」

 連れて来られたのは木造ながら3階建ての立派な屋敷だ。

そこの奥座敷に初めて会った時と同じように胡坐のままミアーハさんが出迎えてくれた。


「この前は大変お世話になりました。お礼と言っては何ですが此方をお納め下さい」

 言いながら差し出したのはチェス一式とトランプだ。


長命種なエルフが娯楽に飢えていることは把握済なので、此処に来る前にアレクセイ君に頼んで錬金術で作ってもらっておいた。


「規定は此処に記してありますので」

 一緒にルール表を渡すと花が咲いたような笑顔になる。


「有難いね。前に教えてもらったリバーシも面白かったがこっちも楽しそうだ」

 ご機嫌なミアーハさんによるとシュスワルの都は今リバーシが大ブームなのだとか。


都に帰ってから知り合いに教えて楽しんでいたら口コミで広まり、遊んだ者たち全員から次々とリバーシを求める声が上がって、ついには専用の工房まで出来たのだとか。


おかげでそれをもたらした私のことも有名で、だから街中でエルフたちがザワついていたのかと納得する。


「別れてからのことをお話する前に依頼を終わらせたいと思うのですが、中央へのパイプはお持ちで」

 絶対にあるとは思うが一応聞いてみる。


「あることにはあるが…何事だい?」

「此方なのですが」

 言いながら預かってきた封書を差し出す。


裏にある名前と花押に、さすがのミアーハさんも顔色を変えた。


「…本当に退屈しない子だね。いったいどうやったら魔国の王からの親書なんぞ預かることになる?」

 呆れと感心が混ざった顔でそんなことを言う。


「成り行きでとしか言いようがありませんが…」

 小さなため息の後で、まずはともう一人の仲間を紹介する。


『初めましてだわ。アタシはメネ、精霊よ』

 ピンクのマウンテンパーカーにハーフパンツ、レギンスに帽子という山ガールファッションに身を包んだメネが姿を現わしてバチンとウィンクをする。


「魔族だけでなく精霊までとは…本当に破天荒だな」

 物凄く深いため息をついてからそんなことを言う。


「これは預かっておこう。何、リバーシをもたらした者からだと言えば元老会も悪いようにはしまいよ」

 思わぬ副産物のおかげで話はスムーズに進みそうで良かったよ。


親書を手渡し安堵したところで今までのことを掻い摘んで教える。


「仲間が魔族に精霊、そのうえ知己となったのが蒼竜王に魔国の王侯貴族とはな。破天荒を遥かに飛び越えた傾奇者だな」

 話が終わったところでそんな感想が漏れ出る。


しかし言うに事欠いて傾奇者はないだろう。

そこまでハチャメチャなつもりはないが。


『さすがは長生きなエルフねぇ。ピッタリだわぁ』

「そうだね」

 うんうんと頷くメネとリシュー君。


そこ、聞こえてるからね。

けど口にしたら先に進まないので此処はスルーしておく。

それより大事なことがあるからね。


当てずっぽうだが、長命種であり歴史という物を何よりも大切にするエルフなら何か知っているのではと思って問いかけてみる。


「お聞きしたいのですが」

「何だい?」

「深淵の水晶という物に心当たりは?」

 途端に空気がピリリと引き締まった。


「…どこでそいつを耳にした?」

「渡り人の恨みと執念ですかね」

 言いながら私はヘンリーさんのロケットを取り出して見せた。


「…なるほどな」

 ロケットを手にしながらミアーハさんが大きく頷く。


「深淵の水晶についてはエルフの間ではこう伝えられている『決して近付いてはならぬ、手にした者は破滅する』とな」

「その根拠となるものは何です?」

 そんな警告が出るということは、何かしらの事件があったと考えるのが妥当だ。


「これはエルフ族の汚辱なのでな。あまり口外しないでもらえるか」

「はい、お約束します」

 大きく頷いてみせると、深く息を吐いた後でミアーハさんが話し出した。


それは三百年前に起こった…ある魔法師の愚行だった。



読んでいただきありがとうございます。

次回「51話 世界樹の祝祭」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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