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49、聖女誕生


「ふむ、確かにそれは厄介であるな」

 報告を受けた魔王さまがそう呟いて考え込む。


「サラオレ神国と言えば…」

 だが何かを思い出したように宰相さんへと視線を向ける。


「はい、彼の国の神官長とは陶芸仲間ですな」

 何でも宰相様は陶芸世界では高名なコレクターだそうで、神官長はその方面でのマブダチとか。

なので為人(ひととなり)もよく分かっているし話が通し易いということだが。


「何か手立てはあるか?」

 いや、どうしてそこでこっちを見る。

しかも此処にいる全員が期待のこもった目を向けているし。


今、執務室にいるのは魔王様、宰相さん、私、リシュー君、メネ、エルデ君とリンさんだ。


ターリク君はセド君を寝かしつけるために住まいである離宮に残った。

6歳児に聞かせるには教育上よろしくない会話になると思うので助かるな。


「…そうですね」

 深く息を吐いてから考えていたことを口にする。


「何ともそれは…」

『相変わらずえげつないわねぇ』

 ドン引きする宰相さんの横でメネが呆れ声を上げるが、魔王様は愉快でたまらないと言った顔をする。

 

「良いではないか。それならば誰も損はせぬ」

「確かにそうですな」

 魔王様の言葉に宰相さんが頷きながら人の悪い笑みを浮かべる。

さすがに切り替えが早いな。


「ではカナエ殿の案を神官長と相談して参ります」

 何やら嬉々として伝言の魔道具がある部屋に向かう宰相さん。


やはり一国の宰相ともなると腹黒…いや、機転が利く。




「おお、お探しいたしました。聖女様」

「え?」

 恭しく(かしず)く一団にミオリは驚きの声を上げた。

煌びやかな神官服を纏った5人の司祭とそれらを守る30名の神殿兵が揃って片膝をつき頭を下げる。


「何者だ!?」

 彼女を庇うように武器を構え前に進み出るアレクセイとヴォロド。


「怪しい者ではありません。我らはサラオレ神国の使いにて聖女様をお迎えに上がりました」

「…迎えだとっ?」

「我々を捕らえに来たのでは無いのか?」

 怪しみ険しい顔で詰め寄る2人を、待ってとミオリが止める。


「私が…聖女?」

 怪訝な顔をしながらも何処か嬉しそうな様子のミオリに先頭にいた若い司祭が傅いたまま答える。


「はい、その『直感のペンダント』を扱える者こそサラオレ神国の聖女様でございます。どうか我が国へいらしてはいただけませんでしょうか?」

「…本当に?」

 さらに問いかけると顔を上げた司祭が、はいと頷く。

その顔は見惚れるほどに美麗だ。


「貴方たちにかけられた嫌疑は晴れました。指名手配は解除されております。実は先日、神託が下ったのです。魔の森におわす聖女を神殿に迎え入れよと」

 真摯な声での言葉だったがアレクセイとヴォロドの顔は険しいままだ。


しかしそんな中。


「分かりました。行きます」

「おい、ミオリ」

「そんな簡単に信じていいのか?」

 彼女の返事に慌てるアレクセイたちだったが続けられたミオリの言葉に唖然となる。


「だって私が聖女になることを救いの神さまが望んでいられるのよ。応えないわけには行かないでしょう」

 そう言いながらもその視線は美男な司祭に向けられたままだ。


「私を守ってくれるの?」

「もちろんです。その証にこれを」

 言いながら司祭が懐から紫色の宝玉が嵌め込まれた金色のブレスレットを取り出す。


「これは?」

「守護の魔道具です。これを付けていれば何者も聖女様を害することは出来ません」

 司祭の言葉に頷きながらもミオリはアレクセイに問いかける。


「本当なの?」

「ああ、確かに鑑定には『絶対守護の腕輪』と出ている。他に怪しい所は無いな」

 その答えに嬉し気に頷くとミオリは差し出された腕輪を受け取り自らの手首に通す。


「よくお似合いです」

「…ありがとう」

 頬を染めるミオリの姿に満足げに頷くと、ですがと残念そうに司祭が言葉を継ぐ。


「お仲間さまたちは森の外までは御一緒出来ますが神国にはお連れ出来ません。神託があったのは聖女様だけですので」

「何だとっ」

「ふざけるなっ」

 臨戦態勢になる2人に構うことなくミオリは彼ら押し退けるようにして前に進み出る。


「2人とさよならするのは辛いけど、それが救いの神の望みなら仕方ないわ」

 あっさりと切り捨てられて愕然となるアレクセイたちを気遣うことなく、ミオリは美男の司祭の側に歩み寄る。


「行きましょう」

「はい、聖女様」

 楽しそうに司祭と並んで歩き出したミオリの後を、生気を失ったようなアレクセイとヴォロドが続く。


彼らの姿はすぐに森の中へと消えて行った。




「サラオレ神国に着いた聖女様はどう?」

『美男の司祭たちに囲まれて、毎日着飾って美味しいものを食べて有頂天になってるわ』

 やれやれとばかりに肩を竦めるメネに静かに笑みを返す。


「それは何より」

 今はその甘美な夢に浸っていてもらおう。

聖女が住まう神殿の奥宮…そこがマイルドな監獄と気付くまでは。


『だけど本当におバカな子ねぇ。小賢しい嘘を平気で吐く知恵はあるのに大局は見極められないなんて』

 呆れるメネの前で苦笑を零しながら言葉を綴る。


「得てしてそんなものだよ。不自由な生活を強いられていたから余計に今の『皆から必要とされて大切に扱われる自分』に酔いしれてるしね」


『だけど本当にあの子の『扇動』のスキルは使えないの?』

「そこは魔王様を信じるしかないけど、私が鑑定した分には大丈夫だったよ」

 私の言に、なら安心ねとメネが笑みを浮かべて頷く。


『カナエちゃんのレベルは90でしょ、それほぼ人外だもの』

 それだけ鑑定の精度も上がっているということだ。


最近、魔王様は国内のダンジョンに修行の一環としてエルデ君を連れてよく行っている。

どう見ても自分が楽しむために通ってるとしか思えないが、何故かそれに私も同行させられている。


食事係と荷物持ちということだが、2人が討ち漏らした魔物の処理係も兼ねているので自然とレベルが上がってしまいこうなった。


魔王様と言えば今回の計画の発案者は私だが、此処まで大事になってしまったのは全部彼の所為…いや、おかげだ。


あの話し合いの席で、まず最初に聞いたのが。


「ところでスキルを妨害、または封じることの出来る魔道具とかはありますか?」

「あるぞ」

 ダメもとで聞いてみたらあっさり魔王様が頷いた。


「あるんですか」

「うむ、それをどうする?」

 ワクワクした様子を隠すことなく魔王様が聞いてくる。


「上手く言いくるめてミオリちゃんに着けてもらいます。後はハニトラですね」

「ハニトラとは?」

 思いっ切り首を傾げる宰相さんにハニートラップの概要を教えると、おおと軽く手を打った。


「それならば篭絡の策として我が国にもありますぞ」

「ではそのように。彼女は承認欲求が強いタイプですから過度にした方が良いでしょう」

 私の言葉に、分かりましたと宰相さんが実に良い笑みを浮かべる。


で、サラオレ神国の神官長さんとの協議の結果『聖女保護計画』が開始された訳だ。


そもそも神国にとっての聖女とは『直感のペンダント』によって悩める者に助言を与える導師…といった位置づけだ。


私的にはミオリちゃんの『扇動』のスキルを封じて神国で導師として働いてもらえば良いか…くらいに考えていたのだが魔王様は違ったようだ。


好き勝手しているようでいて有能な執政者である魔王様はクソ邪神のことを随分と警戒している。


ミオリちゃんが再び邪神の駒として利用されることを懸念し『聖女として神国の監視下に置き、不穏な輩を近付けさせず徹底管理せよ』と神官長に言っていたな。


『やるなら徹底的に。禍の芽は完膚なきまでに潰せ』が魔王様の政綱だとか。


ある意味良かったな、ミオリちゃん。

場合によっては人知れず始末されていた可能性もあった。

あの魔王様ならば、しれっとやってのけただろう。



そんな訳で計画通りに目の前にぶら下げられた美味しい餌に簡単に飛び付き、すぐに神殿へと送られたのは良かった。


尊い身だからという理由で大切にされ奥宮から一歩も出ることは無く、『直感のペンダント』を使うだけの簡単なお仕事をこなして優雅に暮らす。


まったく自由のない生活だが、それに気づかぬうちはこれはこれで幸せだろう。


ただお仕事で嘘の結果を言わぬよう貸し出した『真実の鏡』の力を見せつけておいた。

嘘を吐いたら聖女ではなくなり、その場で処刑されると軽く脅したら何度も頷いていたそうだ。


今は精巧なレプリカを飾ってあるので…コピー袋で複製しても良かったのだが魔国四天王であるガオガイズ家の家宝なのでさすがにそれは周囲が難色を示したので無理だった。


しかし当人は本物だと信じてるので真実だけを口にしているとか。

良いことだ。


神国としても『直感のペンダント』の使い手を確保できたので、依頼者からの謝礼がたんまり入ってホクホクだし。


それに比べたら彼女に使われる金額など微々たるものなので、このまま大事にされ続けるだろう。

魔王様の言う通り『誰も損はしない』関係なのは結構なことだ。


この先もし彼女が自由を欲して神殿を出たいと言ったら『直感のペンダント』は国に返還、当然ながら聖女の地位は剥奪され、何の後ろ盾のない平民として生きて行くことになる。


しかし平民として暮らしてゆくにも『絶対守護の腕輪』…またの名を『スキルクラッシャー』の効果で彼女が持つすべてのスキルは既に破壊されている。


『スキルクラッシャー』は元々は魔国の隠密班が使う魔道具で、敵のスキルを破壊して無力化させるために作られたものだ。


それに華美な宝飾を付けて嵌め込んだ魔石に私が『守護結界』を付与して偽装しておいた。

私や当主のところの執事長さんクラスの鑑定持ちならその偽装に気付いたろうが、アレクセイ君のレベルの鑑定では判らなかったようだ。


今のミオリちゃんは外敵脅威からは完全に守られるが、引き換えにスキル無しの状態になっている。


『無いよりマシレベルのスキルと引き換えに絶対防御を得たんだもの。却って儲けものじゃない』とはメネの弁だ。


聖女として神殿の奥宮で飼われる生活を送るか、自由を得て何のスキルもない平民として生きるか、どちらを選ぶかは彼女次第。

同じ世界から来た者のよしみとして後悔の無い一生をと願うばかりだ。


兎にも角にもこうして『扇動』スキル持ちの聖女が人々を惑わし意のままにする危険は去った。


当然のことながら私が細工したブレスレットを付けた途端、結界に包まれた彼女のスマホは消滅した。

リシュー君の時のように彼女を認識できなくなったので死亡判定が下りたのだろう。


だがあれだけ救いの神に夢中だったミオリちゃんはスマホが消えてもまったく意に介さなかった。

あら、無くなったのねと簡単にその存在を忘れた。


まあ、彼女にしたら聖女様と持ち上げられることに夢中でそれどころでは無かった…と言うより始めから縋るものは何でも良くて、それがたまたま『救いの神』だっただけだろう。


熱心な信奉者でなくて残念だったな、クソ邪神。

ざまぁ。



さて、ミオリちゃんからあっさり捨てられたアレクセイ君とヴォロド君だが。

森を出たところで去って行くミオリちゃん一行を茫然と眺めていたが、気を取り直して人里を目指して歩き出した。


その先で待っていた私とターリク君に回収されて、今は魔国にいる。


いや、本当に魔国産の転移の魔法陣は便利でいいな。

使用者の魔力によってその性能は変わってくるが、私くらいだったら4人一緒でも魔国までひとっ飛び出来るので助かっている。


保護して早々に改めてギフトについて説明し、所有権を放棄してもらい魔国からの返還品の中に紛れ込ませた。

これで2人が追われる理由は無くなった訳だ。


ミオリちゃんが持っていた『魔力補助杖パルーサ』と『異空間収納カバン』も世話役の美男司祭が言葉巧みに元の持ち主に返すよう持って行ったので事なきを得ている。



魔国に来た当初は捨てられたショックで元気の無かったアレクセイ君とヴォロド君だが、ターリク君や何よりもセド君と再会できたことが大きかったようだ。


セド君たちと一緒に暮らすうちに活力を取り戻し、アレクセイ君は魔国にいるドワーフ鍛冶師のところに弟子入りして修行を始め。

ヴォロド君は宰相さんに勧められ王城の料理長の下で調理師見習いとして働き出した。


どちらも前世で果たせなかった夢を叶えることにすると言ってたな。


余談ながら…恋焦がれていたリーの正体がリシュー君だったことはヴォロド君には内緒にしている。

せっかく元気になったのにまた落ち込まれても困るので、この秘密は私たちとターリク君が墓まで持って行くことに決まった。


もちろん2人とも出会った時に結界で囲ったので彼らのスマホも無事消滅。

これでクソ邪神の監視下にいる者は居なくなった訳だが…これで大人しく引っ込むとは思えないので対策を講じ中だ。


何よりメネから耳寄りな情報が手に入ったからね。

此処から反撃に出ようと思う。


首を洗って待ってろ、クソ邪神。



評価&ブックマークをありがとうございます。

次回「50話 深淵の水晶」は火曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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