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48、邪神の巫女


「心中とは穏やかじゃないね。どういうこと?」

 私の問いにメネがやれやれとばかりに大きく首を振りながら口を開く。


『間もなく神託が無効化しそうだって、それまで森で身を潜めていた方が良いって書いたでしょ。それを聞かされたあの子が猛反発してね』


メネの話によるとターリク君がギフトを手放して元の持ち主に返したことで神託の内容と違ってしまった。


それによって神託の信用性が無くなり指名手配が解かれること自体が間違いだと言うのがミオリちゃんの主張だそうだ。


彼女曰く、信託は救いの神が私たちに課した試練であり、それをそんな方法で回避するのはいけないことだ。


捕まってギフトのことを聞かれても正々堂々と神さまからのいただきものだと言えばいい。

きちんと試練を乗り越えれば救いの神は必ず私たちの事を助けてくれる。


だからこんな戯言に惑わされないで今まで通り人里を目指した方が良い。



『とか言ってたわよぉ、此処までくると恐怖だわねぇ。まあそれだけ追い詰められてるってことだけど』

 セド君がいなくなってお風呂や洗濯代わりにしていた『生活魔法』が使えないことで日々の暮らしが不潔そのもので、それが我慢ならないらしい。

彼女からしたらすぐにでも人里に出たいんだろうな。


だけど彼女のクソ邪神への妄信は少し異常だ。

そもそも魔の森なんてところに居るのも奴の仕業だし、今回の神託だって自分たちを困らせるためにやっていると少し考えれば分かりそうなものだが。


「一度思い込んだら誰が何を言っても変われねぇヤツはいるからな」

 ため息混じりにエルデ君がそんなことを呟く。


「おふくろの知り合いにいたぜ。付き合っている男が無職のクズで、よくその女に金を集りに来てた。周囲が何度も『別れた方がいい』と言い聞かせてたが『彼にも良い所があるの』とズルズル関係を続けていて、最後は『彼がもっとお金が必要だと言うから』ってカタギ仕事を辞めて泡嬢になったな」

 エルデ君の話に派手なため息をつく一同。


「エルデ、泡嬢とは何なのだ?」

「僕も知りたい」

 リンさんとセド君からそんな質問が来て慌てるエルデ君という図が見られたのは御愛嬌だが。


まあ、その彼女の場合『ヒモ男に尽くす健気な自分』に酔っていたようだから、かけられたどんな言葉も雑音でしかなかったんだろう。


今のミオリちゃんもそれに近い状態なんだろうな。

だとしたらクソ邪神への依存心は余程の事が無い限り消えることはない。

そのことにため息を吐きつつ、それでとメネに問いかける。


「アレクセイ君たちは何て?」

『あの子の言動に引いてることは確かだけど今のところは静観…と言うよりどうしていいか分からないって感じかしら』

 

「ターリク君から見てミオリちゃんってどんな子だった?」

 私の問いに、そうだなと少し考え込んでからターリク君が口を開く。


「俺は最後に仲間になったんで他の奴らと違って付き合いはそう長くないが、初めて会った時に『自分は酷い虐めにあってそれで絶望して死んだ』とか涙混じりに言ってたが…そいつは嘘だと気付いて信用ならねぇヤツだと思ったな」

「どうして嘘だと?」

 私の疑問に、ハッとターリク君が鼻で嗤いながら言葉を継ぐ。


「前は裏組織に身を置いていたんだぜ。相手の言ってることがホントか嘘か見抜けねぇようじゃすぐに死ぬからな。それにあの女の言うことはクルクル変わって話の辻褄がまったく合わねぇ。怪しむのは当然だろ」

 もっともな言に私だけでなく誰もが頷く。


「だがアレクセイたちはその嘘を頭っから信じ込んじまっていてな、あの女のことを可哀そうだの気の毒だと言って優しくしてやってたぜ」

「どうして信じたの?」

 首を傾げるリシュー君に、そいつも仕方ねぇがなとターリク君は肩を竦めた。


「あの女が言ってた虐めの様子が実に克明でな」

 ターリク君の話によると。


誰も口を利かないように手回しされて学校ではずっと孤独だった。

持ち物や制服に『死ね』と落書きされたり、わざと階段から突き落とされた。

親や教師に訴えたらもっと酷く虐めると脅されて何も言えなかった。

最後はトイレに連れ込まれて裸に剥かれ写真を取られたのが原因で屋上から飛び降りたのだそうだ。


『酷いものねぇ、それじゃあ死にたくなるのも無理ないけど』

 メネの言に賛同しつつ誰もが話の酷さに顔を顰める。


「ああ、確かにそいつが虐められてたってのは嘘だな」

 それまで黙していたエルデ君が呆れた口調で言葉を綴る。


「その根拠は?」

「俺も昔は父親が判らないハーフってことで虐められてからな。そん時に虐めにあった子供の為のケアセンターとかに行かされてよ。そこで会った奴らはみんな自分が虐められていたことを隠そうとしたり、認めても詳しくは言おうとはしなかった。思い出すだけで息が苦しくなったり死にたくなるのに、それを言葉にして誰かに話すことなんて出来ないんだと」

 そう言ってからエルデ君は、もしかしたらと自らの考えを披露する。


「その女、実は虐めていた側だったんじゃねぇか。自分がやったことだから詳しいし他人にも平気で話せるんだと思うぜ」

「まあ、人それぞれだから絶対とは言えないけど…彼女の場合はほぼ正解かな」

 ふうと息をついてから称号に『嘘つき』があったことを告げる。


「虐めの首謀者というよりはミオリちゃんの性格からして協力者辺りだとは思うけど。片棒を担ぐことで自分が標的にならないようにしてたってとこかな」

 私の考えに何やら納得している様子の一同を見回してからターリク君へと向き直る。


「普段の様子はどんな感じ?」

 その問いにターリク君も息をついてから話し始めた。


「初めの頃はこれでもかと自分が辛い目に遭ったことを口にしてたが、打ち解けて来てセドやアレクセイたちが身の上話を始めたら何も言わなくなった。俺らの過去の方がもっと壮絶だと知って同情が引けないと思って止めたんだと俺はにらんでるが」


『そういった計算は早いのねぇ』

 呆れた声でのメネの言に、ああとターリク君が頷く。

 

「そもそもスキルの治癒や風魔法は無いよりマシ程度のレベルしかねぇから正直使い物にならんし、怖いからとか言って戦闘には参加しねぇからレベルも上がらないままの役立たずだったしな」


聞けば簡易の家作りや道具制作は『錬金』スキル持ちのアレクセイ君。

食事の用意は前世で調理師見習いだったので『料理』スキルの有るヴォロド君。

その他は『生活魔法』を持つセド君がやっていた。


ミオリちゃんも最初は料理の手伝いをしていたが、見てるように言われた鍋を焦がしてから何もしなくなったそうだ。


失敗したらそれを糧に再挑戦するのではなく、逃げてやり過ごすタイプだな。


戦闘の時はタンク役のヴォロド君の後に隠れているだけ。

日常の雑事もセド君が魔法でこなしてくれるので、それらを口では(ねぎら)うが手は出さず傍観しているだけの生活だったらしい。


『か弱くて何もできない、誰かに縋らないと生きて行けない自分』ってのをアピールして嫌なことや辛いことから逃れていたようだ。


「それでよく見捨てられずに済んだな」

 驚きと疑問を含んだ声を上げるリンさん。


同じ魔の森という危険地帯で暮らしていた彼女からしたら、働きもしない者を叩き出さないのが不思議でならないようだ。


「あの女のギフト『直感のペンダント』は有益だったからな。おかげで危険を回避できたことが何度もあった。まあ、それがあの女を増長させたんだが」

「増長って?」

 聞き返すリシュー君を前にして苦々し気にターリク君が言葉を継ぐ。


「その時は皆に頼りにされて感謝されるからな、得意げだったぜ。それで自分は選ばれた存在とでも思ったんだろ。アレクセイもヴォロドも同じくらいの歳の妹がいたとかであの女に甘々だったのも悪かったな。か弱いから何の手伝いもしなくても許されるって思ってたみたいだぜ」


まるきりオタサーの姫だな。


元々オタク系サークルは男性ばかりが集まる事が多く、女性メンバーはとても少ないので周りからチヤホヤされることから『姫』と呼ばれる。


『数少ない女性だから』という理由で周りから特別扱いされていて、それで「男性からチヤホヤされる自分はモテている」と勘違いして大仰に振る舞う。

まさに今のミオリちゃんだ。


そうなると私や女装したリシュー君に敵意むき出しだったのも分かるな。


今まで女性が1人だったサークルに他の女性が入ると男性から比較されるようになり、見た目や性格で勝てないと姫扱いは終わってしまう。


そのためオタサーに他の女性が参加すると強い嫉妬心を抱くようになり、他の女性をおとしめる言動をするようになる。


見事にセオリー通りの行動にため息しか出ない。



「うーん、でも彼女の希望が叶って人里に出たら出たでまた問題が起こりそうなんだよね」

『どういうこと?』

 怪訝な顔をするメネに、前に得た彼女の鑑定結果を教える。


「ミオリちゃんのスキルが『治癒』『風魔法』『異常状態無効化』の他にもう一つあったんだ」

「もう一つ?」

 セド君を抜かす異世界組全員が首を傾げた。

そう、3つだけのはずのスキルが彼女には4つあったのだ。


「それって何の?」

 リシュー君の問いに深いため息の後で言葉にする。


『扇動』(デマゴーグ)だった」

「おい、それって」

『ヤバいじゃないのっ』

 ターリク君とメネはそのスキルの恐ろしさにすぐに気付いたようだ。


そもそもデマゴーグとは『人々の意思や行動を発信者に都合の良い方向にあおり立てようとする者』を指す。


「何か良くない事なの?」

 不安そうに言葉を綴るリシュー君にその危険性を教える。


「私たちに会った時、これからどうするかの話し合い中に急に戦闘ってことになったでしょ」

「うん、そうだね」

「それはミオリちゃんが『扇動』スキルを使って戦うように仕向けたからだよ」

「ええ!?そんな洗脳みたいなこと出来るの?」

 驚くリシュー君の前で肩を竦めながら口を開く。


「さすがに相手を思うように操るってことは無理だろうけど、意識を望んだ方向に誘導するくらいは出来るんじゃないかな」

 私の言に、確かになとターリク君が舌打ちと共に頷く。


「俺とヴォロドは協力することに賛成で、アレクセイは中立だった。なのに話していたら戦わなくちゃならねぇ雰囲気になって…気付いたら完全に敵対することになって、どうせ戦うなら食料や装備も奪えばいいとかどんどん物騒になって行ったな」

 忌々し気になターリク君の話に、漸くリシュー君やエルデ君にリンさんもそのスキルの恐ろしさが分かったようで顔色を悪くしている。


「今はレベルが低いからこの程度で済んでるけど、このままでも周囲の人数が多ければ多いほど『集団心理』や『同調圧力』も作用するだろうから彼女の思うがままになるだろうね」


そこまで言ってある事に気付く。


そんな便利なスキルならもっと早い段階で使っていたはずだ。

なのに私たちとの接触で危機感を持ったので漸くといった感じで使い出した。


そうなると考えられることは一つ。

前にロザリーちゃんに『安産』のスキルを追加したように、ミオリちゃんの様子を見て最近になってクソ邪神が与えたのだろう。


理由は簡単…その方が面白そうだから。


しかもミオリちゃんのギフトである『直感のペンダント』は本来はサラオレ神国の聖女の持ち物だ。

指名手配が無効になり、これを使いこなす彼女を神国が聖女と認定したら…。


「あのクソがっ!」

 私の策を完全に逆手に取られた。


『扇動』スキルを持つ者が聖女となり神殿の長となる。

彼女によって扇動された民は、どんな理不尽な要求でも神の名の下に応えようとするだろう。

そうなったら神国だけでなく周囲の国にもその影響が出る。


突然の私の叫びに驚いた一同だったが、その訳を話したら誰もが焦りの色に染まる。


「ま、魔王様にお知らせして来るっ」

「待て、俺も行くっ」

 駆け出したリンさんの後を追って行くエルデ君の背を見送りながら、沸々と燃え上がる怒りを辛うじて抑え込む。


「いいだろう、そっちがそう来るなら倍にして返してやる」

 不敵に笑う私を見たメネとリシュー君の顔が一気に青ざめる。


『これはヤバいわよ』

「うん、あんなに怒ってるカナエは初めてだ」

 風雲急を告げる状況にビビり捲る2人だった。 



読んでいただきありがとうございます。

次回「49話 聖女誕生」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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