46、魔王降臨
「久しいな」
片手を上げて笑う痩身の美形。
伝言の魔道具で指定された場所に行ってみたら、思っていた人物の他にもう一人いた。
「それが素顔か、だが前よりそちらの方が自然で良いぞ」
「…それはどうも。ところで何故ここに?」
もっともな私の問いに相手は飄々と答えを紡ぐ。
「暇だった故な」
傍らに佇む当主を見やれば高速で首を振っている。
「な訳ないでしょ。一国の元首が仕事放り出して何やってるんですか?」
言い返す私に、それよりと魔王様が笑う。
「カレーを食したいのだ」
「は?…レシピは渡したはずですが」
「お前の作ったカレーには敵わん。一生、我の為にカレーを作って欲しいくらいだぞ」
『あらぁ、凄い殺し文句だわぁ』
嬉々としてそんなことを言うメネの後ろでセド君を抱えたリシュー君が泣きそうになってる。
「カナエ…お嫁に行っちゃうの」
「いかんわっ」
力一杯反論して魔王様を見やる。
「で、本当の目的は何です?」
「カレーもだが、まずは渡されたギフトについての相談であるな」
「それならガオガイズ家ご当主だけで良かったのでは」
チラリと其方を見れば当主が米搗きバッタのように何度も頭を下げている。
聞いたら緊急用にコピー袋で作って渡しておいた転移の魔道具…羅針盤のことを魔王様に知られて強引に付いて来られたそうだ。
まさに唯我独尊。
こういった自由人が上司だと下は本当に大変だな、お疲れ様です。
「立ち話も何ですから座りましょうか」
ため息をついてから収納からテーブルと人数分の椅子を出す。
ついでにリシュー君に土魔法で支柱を作ってもらって、そこに大きめな敷布を張って簡単なタープにする。
「で?何か問題でも」
ターブの下でお茶と自作のフレッシュバターを使ったなめらかクリームに季節の果実等を混ぜ込み、香ばしく焼き上げたサブレでサンドしたプレミアムバターサンドを出して問いかける。
「おお、これは美味いな」
嬉々としてオレンジ、チョコバナナ風、ピスタチオもどき、苺味の4種を次々と口に入れる魔王様。
「美味しーね、リシュー兄ちゃん」
「うん、カナエが作ったのは何でも美味しいけど、これも美味しい」
リシュー君とセド君にも好評で何より。
「国宝の返還についてだが」
お菓子に夢中な子供(?)たちは置いておいて当主の話を聞くことにする。
「魔の森で隠されていた国宝物を発見したと各国に通知し、まず第一弾としてエルデが持っていたものを返還することにした。その中に連絡があった『変わり身の金環』を入れるということで良いのだな」
確認してきた当主に、はいと頷く。
「こちらがそうです」
差し出したのはセド君のギフトの金環。
当のセド君には元の持ち主に返すことを説明してあり、所有権も放棄してもらっている。
神託にあったギフトはアレクセイ君の『究極ハンマー・オーグ』ターリク君の『万能暗器』ヴォロド君の『魔鎧ランツフート』ミオリちゃんの『直感のペンダント』セド君の『変わり身の金環』。
他に魔の森で回収した『聖剣ダイセーバー』『不死身の指輪』『無双槍アルゴルン』『魔力補助杖パルーサ』『究極盾アーレウス』『異空間収納カバン』だ。
5人の賊はこれらを持っているとなってるが、その中の『変わり身の金環』が魔国から返還されたとなれば神託とは違うことになる。
「枢機卿の言葉に信用が置けないとなれば各国が編成した討伐隊も様子見するために動かなくなるでしょう」
「確かにそうだな」
私の案に当主も賛成する。
因みに『不死身の指輪』はアレクセイ君の指にあって『聖剣ダイセーバー』はサブウェポン…というかDIY用の斧代わりとして使用していて。
『無双槍アルゴルン』はターリク君、『究極盾アーレウス』はヴォロド君、『魔力補助杖パルーサ』と『異空間収納カバン』はミオリちゃんが所持している。
「一つだけだと根拠が弱いですから近いうちに2つばかり増やす予定です。そこでお願いがあるのですが」
「何だ?」
「セド君はこの通り年齢も容姿も変わりましたから大丈夫ですが、他の者はそういう訳には行きません。ですので魔国で保護していただくことは出来ますか?」
私の申し出に、うむぅと当主が考え込む。
無理なお願いであることは分かっている。
このことが大っぴらになると神敵を庇ったと他国から非難されるだろうし、最悪の場合は仲間認定されてしまう危険もある。
「構わんぞ」
「はい?」
あっさりと承諾する魔王様に思わず聞き返す。
「お前が言っていただろう『疑う者もおりましょうがそれを証明する術がない以上、文句のつけようはございますまい』とな」
まあ、確かにそう言ったが…。
「何か言って来たらそう言い返すまでだ」
どうやら魔王様はこのセリフが甚く気に入ったようだ。
使う気満々なのがその表情から見て取れる。
「ありがとうございます。説得できましたら魔国に連れて行きますので良しなに」
そう頭を下げると魔王様が大きく頷く。
「相分かった。だがそれで終わりではあるまい」
「はい、件の枢機卿が思っていた以上の人物でしたから事が進めやすくなりましたので」
クソ邪神から神託を受けた俗物だが、その行いは眉を顰めたくなるものばかりだ。
上の者には卑しいまでに媚びるが下の者は虫けらのように扱うのがデフォで。
今回の討伐隊では最高責任者ということで立ち寄った街の有力者に賄賂を強要、目を付けた女性を寝所に無理やり連れ込む等々やりたい放題だそうだ。
最初は同行している騎士団長が諫めていたそうだが、神の代弁者である私に逆らうのかと言い返されてそれ以降は放置状態だとか。
「確かに着々とカナエ殿が言うヘイトとやらを積み上げているな。本当に神託を受けたのかと討伐隊の中でも疑問に思う者も増えているようだ」
「そうなるよう情報操作しろと言われた時は空恐ろしく思うたが、こうなると的確な指示であるな」
当主に続いて余計な一言を告げる魔王様。
黙らっしゃい。
そんな風に言われたら私が物凄い腹黒に思われるじゃないか。
『今更?』
メネもそこで不思議そうに首を傾げないでもらいたい。
だがこの状況で神託の内容に違いが出たとなれば枢機卿の信用は一気に無くなるだろう。
そのまま神託自体が間違いだったということに持って行ければアレクセイ君たちの指名手配は解除されるはずだ。
「しかしそう上手く事が運ぶのか?」
「まあ、そこは何とかします」
そう答えたら横に飛んで来たメネが何故か胸を張る。
『大丈夫よぅ。カナエちゃんだしぃ』
「うん、カナエだしね」
「だしぃ」
リシュー君とセド君までそんなことを言い、それを受けて。
「そうだな。カナエ殿だし」
「うむ、カナエだしな」
当主と魔王様が続く。
何が『だし』なのか分からないが…全員が悟りを開いたお坊さんみたいな顔になるのは何故なのか。
『あらあら、大変よぅ』
お菓子が無くなったところでメネが慌てた様子で近くに飛んで来た。
「何かあった?」
『大ありよ、ターリクちゃんと討伐隊が魔の森で端で鉢合わせしたわ』
「予想より早くない」
メネからの情報だと出会うのは早くても明日の昼過ぎだったはずだが。
『近くにグレートウルフの群れがいて、それを避ける為に討伐隊が速度を早めて一直線に移動したのよ』
「ああ、それで距離が縮まったのか」
ため息をつく私の下へセド君が駆け寄って来た。
「ター兄ちゃんに何かあったのっ?」
不安に目を潤ませて私の服の裾をギュッと握って聞いてくる。
「大丈夫だよ、今から迎えに行くから」
「ター兄ちゃんに会えるのっ」
必死な顔で聞いてくる様に、セド君にとってターリク君がどれほど大切な相手かが分かる。
私やリシュー君、メネとの生活に馴染んで楽しそうにしていたが…やはり此方に来てからずっと一緒だったメンバーは彼の中では別格なのだな。
「会えるよう頑張って来るよ、だからセド君はちゃんとお留守番できる?」
「うん、するよっ」
私の問いに大きく頷くセド君。
この子の為にもターリク君を助けに行きますか。
「で?そやつは何処にいるのだ?」
キョロキョロと周囲を見回す相手に派手なため息が転がり出る。
「…何でこんなところに来たがるんですか、魔王様」
「良いではないか。おかげで早く着いたであろう」
確かに魔王様のサポートで此処まで一瞬で来れたから時間短縮にはなったが…。
「それに我がいた方が何かと安心だぞ」
ふふんと笑っているが不安しかない。
「今はどんな感じ?」
気を取り直して肩にいるメネに問いかける。
此処に来たのは前回と同じ面子だ。
当主やリシュー君はセド君と一緒に留守番してもらっている。
『討伐隊に追われて逃げてるところよ。『隠形』のスキルで凌いでるけど…見つかるのは時間の問題ね』
メネの話によると出会った途端に枢機卿が『神敵の一人であるな、捕らえよ』とターリク君に弁明も与えずいきなり攻撃するよう兵たちに命令したのだとか。
さすがに騎士団長が止めたらしいが、功を焦ってる枢機卿は聞く耳を持たず『神の御意志である』と強引に兵を進めて…今ここ、といったところだ。
「一番大事な本人確認をせんとは。その枢機卿はアホなのか?」
容赦のない感想を述べる魔王様。
「クソ邪神が選んだ人物ですからね。バカなのは仕方ないかと」
『カナエちゃんの方が酷いわよ』
メネの言をサクッと無視してターリク君の居場所を尋ねる。
『この先の茂みの中よ』
指さす先…西に300mほどのところに背の高い草が生い茂っている場所がある。
「じゃ、ちょっと話をしてくるよ。…魔王様は此処で待っていてください」
付いて来ようとした魔王様を見やるとあからさまに詰まらなそうな顔をされた。
「後でたっぷり活躍してもらいますから」
「その言葉、覚えておくぞ」
はいはいと軽く手を振ってから茂み目指して転移する。
「御免ください」
「なっ」
突然現れた私に驚き、素早く暗器…細長い針のような剣を向けるターリク君。
「差し上げたサンドイッチはお口に合ったようで何よりです」
その言葉で私の正体に気付いたようだ。
油断なくだがゆっくりと剣先が下がって行く。
「お困りのようですが手助けはいります?」
「…いらん」
ふいっと視線を逸らしてから、そのままの状態で静かに口を開く。
「…どうして此処へ?」
「ある人から貴方を助けて欲しいと頼まれましたので」
そう言われても心当たりが無いだろう。
怪訝そうな視線を此方に向ける。
「それは会ってのお楽しみと言うことで移動しますよ」
「だ、だが迂闊に動いては」
「ああ、それなら」
そんな会話を交わしていたら…。
でかい火の玉が飛んできて轟音と共にすぐ近くで炸裂した。
たちまち辺りは火の海へと変わる。
どうやら見つからないことに業を煮やしてこの辺り一帯に数発のファイアボールを撃ち込んだようだ。
バカだとは思っていたが、私の考えは甘かった。
考えなしのバカを遥かに越えた究極の大バカだったようだ。
「とにかく移動しますよ」
火球の一つが此方に向かって飛んで来たのを見てターリク君の腕を掴む。
そのまま命中寸前に一気に魔王様の下へ転移で戻る。
「早かったな」
「あの状況ですから」
元居た場所に新たな火の玉が飛んで行くのが見えた。
あちこちで火の手が上がり、もう辺り一帯は派手な野焼き状態だ。
「しかし彼奴らは何を考えておるのだ?端とはいえ此処は魔の森だぞ。弱い魔物なら火に怯えて逃げるが強いものなら獲物がいるとみて向かって来ると分からないのか?」
不思議でならないといった顔をする魔王様の言葉を証明するように、遠くに討伐隊を目指してA級やS級の魔物が集まって来るのが見えた。
「このままだと全滅ですかね」
その数の多さにため息混じりに問うと。
「だろうな」
肯定の頷きを返す魔王様の前に、ではと『変わり身の金環』を差し出す。
「これで当たり障りのない姿になって思い切り暴れてみませんか?」
「そう来たか、いいだろう。その話のった」
言うが早いか魔王様は金環を使い人族の冒険者の姿になった。
「では後はよろしくお願いします」
『人使いが荒いわねぇ』
「使える者は親でも使えって言うからね」
呆れるメネに、しれっとそう答えていたらターリク君が焦った様子で口を開く。
「な、何だそいつは?それ以前にあの男は誰なんだっ?」
私の周囲を飛んでいるメネと腰に刺した愛剣を抜き放ち嬉々として魔物の群れに向かって行く魔王様を交互に見やりながらターリク君が聞いてくる。
「メネは精霊で、あれは魔王様ですが何か?」
「はあ?」
「詳しいことは後で。行きますよ」
「ちょっ、待てよっ」
思い切り混乱しているターリク君を連れて留守番組の下へと転移した。
読んでいただきありがとうございます。
次回「47話 セドとターリク」は金曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




