45、アレクセイ一行のそれから
「到着っと」
魔の森近くの草原に出ると急いで収納からキンググレートスネークの死体を取り出す。
見る間に黒い煙となって消えて行く長い体。
その後に残ったのは魔石と男の子。
「間に合えっ」
言いながらセド君にエリクサー(痛み止め)をかけて、次いで口の中にも流し込む。
鑑定結果は…全身骨折の仮死状態より脱し現在は異常なし、ただし疲労過多となっていた。
前にクソ邪神が『何でもコピー袋』の元の持ち主のことを『ビッグスネークに見つかって生きたまま飲み込まれたんだよね。でも痛みを感じることなくゆっくり逝けた分、他の者たちに比べたら良い死に方だったんじゃないかな』とかクソなことを言っていた。
ならば呑み込まれてもすぐなら助けられると当たりをつけてのことだったが、上手くいって良かったよ。
抱きかかえていたセド君の懐からスマホの形の灰が転がり落ちた。
これで彼もクソ邪神の監視の目から逃れられたな。
やることは山積みだが、まずは無事救出を喜ぼう。
セド君救出から5日が経った。
「お早う、顔を洗っておいで。そうしたら御飯だよ」
「うん、カナ姉ちゃん」
笑顔で頷く6歳児。
「踏み台を出したから一緒にやろう」
セド君の身長は110㎝ほどなのでそのままだと洗面台には届かないのだ。
「ありがと、リシュー兄ちゃん」
嬉々としてその後をついて行くのは見掛けも中身も人族の6歳児。
栗色の髪と黒い瞳、顔立ちもそこそこ整っている可愛い子だ。
狼獣人だったはずのセド君がどうしてこうなっているのか。
それは彼が持っていたギフトの力によるものだった。
セド君のギフトは彼の耳についていた金の輪…思い描いた姿に自身を変えられる『変わり身の金環』だ。
救出した後で外したら見る間に6歳児の姿に変わった時は度肝を抜かれたが。
理由が分かってみれば納得しかない。
確かにあの魔の森で暮らすには人族の6歳児より獣人の14歳の方が生き延びる確率は高いだろう。
セド君が得たスキルは『身体強化』『生活魔法』『魔力制御』。
あの白い部屋で訳が分からず適当に選択したそうだが、なかなかに良いチョイスだと思う。
身体強化を使うことで姿形だけでなく獣人並みの運動能力を得ていたおかげで生きて来られたのだから。
だが『魔力制御』のスキルをもってしても長きに渡る身体強化の常用は6歳児には負担が大きかったようだ。
それで最初の鑑定で『疲労過多』という結果が出た訳だが、あのまま使い続けていたら衰弱死していた可能性もあるので此処で止めさせることが出来て良かったよ。
後でどうして狼獣人なのか聞いたらアニメで見た登場人物の姿を真似たのだとか。
その方がカッコイイし、たくさん動けそうに思えたからだそうだ。
だったら最初から狼獣人を選べば良かったのではと思うが、あの時はそういった考えに至らず何も選択しなかったとか。
どうやらあの透明な板は『選択無し』にすると前世と同じ容姿になるというシステムだったようだ。
セド君には今の状況をこう説明している。
私たちは蛇の魔物に襲われてケガをしたセド君を見つけて助けた通りすがりの冒険者で(変装…と言うか化粧を落としたら私もリシュー君も別人なので、セド君も混乱なく受け入れられたみたいだ)
魔物の襲撃時に逸れてしまった為、アレクセイ君たちの行方は分からない。
探すにしても世界は広いからなかなか見つからないだろうと。
そう話したら初めは意気消沈していたセド君だったが、そこは育ち盛りで好奇心旺盛な6歳児。
私が作る料理やお菓子をお腹いっぱい食べて嬉しそうに笑い、メネから聞く精霊たちの話に目を輝かせ、夜はリシュー君とゲームで遊んだりとそんな日々を過ごしていたらすっかり元気になった。
姿が元に戻ったのもかかっていた魔法が解けたからと言ったら、そっかーと簡単に納得してた。
やはり子供は凄いな。
受け入れ間口が広くて考え方が柔軟だ。
アンのこともこういう家もあるんだと、あっさり受け入れたしね。
内心では幼いなりに何か思うところはあるのだろうが、大人と違って後を振り向くことなく前へ進む選択をしたようだ。
因みにセド君の前世の国籍等は不明。
彼の容姿や話からするとアジア圏の何処かだと思うが、何しろ本人が分からないのだ。
まあ、6歳だしね。
ぽつぽつと話してくれたことによると、ずっと自然豊かな田舎でお祖母さんと暮らしていたがそのお祖母さんが亡くなって都会に住む母親に引き取られた途端、ネグレクトされてしまった。
ロクな食事も与えてもらえず放置され、空腹のあまりゴミを漁って食べていたら食中毒を起こして死んだらしい。
セド君の身の上にメネは『なんて親なのっ罰でも当たれっ』と激怒し、リシュー君は只々涙を流していた。
空腹の辛さは彼も良く分かっているからだろう。
最初からセド君に優しかったが、それ以来さらに優しくしてあげている。
「カナ姉ちゃん、終わったよ」
リシュー君と一緒に食後のお皿を運ぶお手伝いをしていたセド君だったが、昨日から生活魔法の『クリーン』で使用後の食器や調理器具を綺麗にしてくれるようになった。
「ありがとう、助かったよ」
お礼を言って、えらいねと頭を撫でてあげるとそれは嬉しそうに笑う。
お祖母さんの育て方が良かったのだろう、素直で他人のことを思いやれる良い子だ。
この笑顔を曇らせることなく守ってやりたいと思う。
「それであっちはどうなってる?」
朝食が済んだ後、リシュー君に算数を教えてもらっているセド君を見やりながらの私の問いにメネがため息と共に答える。
もちろん周囲に遮断の結界を張ってセド君の耳には入れないようにしている。
『別れてすぐは誰もが酷い落ち込みようだったけど、アレクセイちゃんが鼓舞してテントや食料を持って移動したまでは話したわよね』
頷き返す私の前でメネが最新情報を口にする。
『今日、ターリクちゃんが彼らと別れて一人で行動を開始したわ』
メネの言に納得の頷きを返す。
「あの中で彼だけはクソ邪神をまったく信じてなかったからね。仲間との衝突は時間の問題だったか」
『そういうこと』
軽く肩を竦めるとメネは精霊たちから仕入れた会話を再現してくれた。
「こんなことになったのはみんなあの女たちの所為よっ。あの女たちさえ現れなければ…」
「ケッ、その女たちが置いて行ってくれた食い物をたらふく食っているくせによ。そんなに気に入らなきゃ食わなきゃいいだろうが」
「そ、それは…」
「ターリク、言い過ぎだ」
「アレクセイ、お前らもだぜ。こいつを女だからって特別扱いすんのはもう止めろ」
「だが…ミオリは弱いし」
「お前もだ、ヴォロド。そうやって甘やかすから付け上がるんだろうがっ」
「酷いっ」
「泣けば解決するのか?泣いて周囲の同情を誘って問題を先送りにして逃げてるだけじゃねぇか」
「どうした、何をイラついてる」
「元々俺はコイツの事が気に入らなかった。ペンダントが無けりゃ役にも立たない無能のくせに、何かやらかしても謝りもしねぇで言い訳ばっか言いやがって。セドが『怒らないであげて』と言ってたから我慢してただけだ。だがもう我慢はしねぇ。これからは言いたいことを言わせてもらうぜ」
「口を開けば神様、神様。その神とやらが俺らにしてくれたことは何だ?厄介事しか寄こさねぇだろうが。そんな奴を有難がってるなんて馬鹿じゃねぇか」
「ターリク、言い過ぎだっ」
「本当の事だろうが」
「落ち着け、ターリク。セドが死んだのは残念だが…」
「そもそもセドが魔物にやられたのはこの女の所為じゃねぇかっ。お前が戦おうなんて言い出さなきゃセドが喰われることは無かったんだからなっ」
「ち、違う、私は…あれは神様の御心に添おうとしただけで」
「今度は神の所為にするのかよっ。この人殺しがっ」
「いやぁぁっ」
「止めろっ」
「ハッ、この俺に武器を向けるとはいい度胸だぜ、アレクセイ。俺のスキルを知らない訳じゃあるまい」
「…確かに対人戦ではお前に利がある。だが2人なら此方にも勝ち目はある」
「見損なったぜ、ヴォロド。お前もこの女に誑かされた口か。…もういい。俺は抜けさせてもらう」
「本気か?」
「ああ、お前らは神様とやらに縋って生きればいい。俺はごめんだ」
『ってなことになった訳よ。で、カナエちゃんに魔石を売って得たお金を4等分して僅かな食料を持って出て行ったわ』
「なるほどね」
まあ、ターリク君なら『隠形』のスキル持ちだし一人でも十分やって行けるだろう。
「そうなると残されたアレクセイ君たちの方が大変か」
私の呟きに、ええとメネが頷く。
『生活魔法を持っていたのはセドちゃんだけだったんでお風呂や洗濯代わりだった『クリーン』の魔法が使えないから薄汚れて来たし、何より斥候役がいないと安全確認が出来ないんで移動速度は落ちる一方だもの』
メネの話に彼らの困窮具合が偲ばれる。
やはりセド君を彼らの下に返すわけには行かないな。
指名手配中であることを除いても、そんな環境で6歳児が健やかに育つとは思えない。
セド君はいい子だから不満とか口にしないで我慢してしまうだろうことが分かるので尚更だ。
『けどあのミオリって子、ちょっとヤバいわよ』
「ヤバいって?」
首を傾げる私にメネがため息と共に言葉を綴る。
『でもセド君が死んだのは私の所為じゃないとか、だってあの女たちの所為で仲間割れが始まってしまったんだもの。排除して当然よとか反省しないで言い訳ばかりなのよ』
「見事なまでのデモダッテちゃんだな。現実逃避ここに極まれりだね」
『他にも「ターリク君だって戦うことに賛成したのに私ばかりを責めるなんて酷い」「あの女たちが来たからおかしくなったのに、あの女たちが悪いのに」みたいなことを言ってるわ』
「デモダッテちゃんの特徴として、自分の都合が悪くなると責任転嫁をして人の所為にするってのがあるからね。あと自分のことしか考えて無いから責任を取るっていうことをしないんだよ。言い訳をして自分を優位にさせたいだけの自己中人間だから」
私の話にメネが、あらっと意外そうな声を上げる。
『詳しいのね』
「一つ間違えたら私もそうなっていたからね。自己中なのは相変わらずだし」
そう言ったらメネは大きく首を振りながら口を開いた。
『カナエちゃんは違うわよ。確かに自己中心的なところはあるけど言い訳はしないし、絶対に人の所為にしたりはしないもの』
「…誉め言葉として受け取っておくよ」
『あらぁん、ちゃんと褒めてるのよ。素直に受け取っておきなさいよぉ』
「はいはい」
ひらひらと手を振る私を何故だか憐憫に満ちた目で見てからメネは大きく息をついた。
『ホント、難儀なんだから。まあ、いいわ。当面の問題はあの子だもの…最近、前以上にアイツのことを口にするのよ。良い言い訳のネタになるからでしょうけど』
「そんなに?」
驚く私の前で、ええとメネが今日何度目かのため息を零す。
『すぐに「神様が『直感のペンダント』を渡してくれたのは私を大切に思っているから。だからきっと私を救ってくれる」って言ってアイツをダシにしてアレクセイちゃんたちの気を引こうと必死よ。そう言っとけば神様の御覚え目出度い自分を2人が守ってくれるとでも考えたのかしらね』
「可愛らしい見掛けと違って強かだね。誰かに守ってもらえたら楽だし責任を負うこともないけど。でもそれが許されるのは小さい子供だけだよ」
キンググレートスネークが襲って来た時にアレクセイ君たちをこっそり鑑定させてもらった結果、ミオリちゃんの実年齢は18歳と判明している。
自分の発言に十分責任を取れる年齢だ。
だが今の彼女は嫌なことや辛い現実からクソ邪神を口実に逃げているだけだ。
自ら問題に立ち向かおうとしなければ彼女が救われることは無いだろう。
「アレクセイ君たちは?」
「扱いに困っているのは確かだけど見捨てる気は無いみたい。男気があるわねぇ」
感心するメネに私も賛同する。
「年も大して違わないのにね」
アレクセイ君の実年齢は何と21歳、ヴォロド君は22だった。
レベルが上がった所為か『鑑定』の精度もさらに上がり、そういったことまで分かるようになった。
おかげで厄介なことも分かってしまったので、どう扱うか内心困っている。
まあ、しばらくは様子見だな。
追手たちの方もいろいろと問題ありだし。
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次回「46話 魔王降臨」は火曜日に投稿予定です。
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