41、指名手配
「じゃあ、まずは小道具の準備だね」
「小道具?」
『何をする気なの?』
揃って首を傾げるリシュー君とメネに向かい意味有りげな笑みを向ける。
『また悪代官の顔になってるわよ』
「ホントだ」
何故かビビる2人に構うことなく収納から地図と羅針盤を取り出す。
「此処からだと…ミンウの街が一番都合がいいかな」
魔の森の南に位置し、大きな神殿があるので今回の神託のことは既に伝言の魔道具で知らされているだろう。
精霊ネットワークが使えないところではどれくらいの情報が拡散されているか確認したいし、アレクセイ君たちの手配書があればどの程度のものかも見たい。
そう説明するとリシュー君もメネも納得の頷きを返す。
『そうねぇ、まずは情報だわ。それが無いと良い仕事は出来ないって誠之助も言ってたわ』
メネの言葉にリシュー君も賛同したので早々に移動を開始する。
「到着っ」
街の守壁が見える位置に来るとまずはアンのところで身支度を整えることにする。
謁見用のドレスや礼服のままだったので、これでは旅人には見えないからだ。
「はー、さっぱりした」
紫紺のドレスを脱いで顔を洗って一息つく。
『あら、化粧を落としちゃったの』
残念そうなメネに肩を竦めながら言葉を返す。
「詐欺メイクをしたままだと落ち着かないからね」
「僕はそのままのカナエの方が好きだけど」
『私もそう思います』
同じように礼服を脱いでいつもの服に着替えたリシュー君とアンがそんなことを言う。
「それはありがとね」
お礼を言って渡された紫紺の礼服をドレスと一緒に洗濯機で浄化してからクローゼットに仕舞う。
この二着はお世話になりましたからと奥方にいただいた物なので大切にしておきたい。
「さておやつは和と洋どっちがいい?」
一通りの作業が終わったところでリシュー君に聞いてみると。
「うーん、今日は…洋菓子の気分かな」
少し悩んでから答えるリシュー君に笑みを返しながら、了解と手を上げる。
『本当にアンタたち、欲望に正直ねぇ』
メネが呆れ顔でそんなことを言ってるが聞こえません。
お昼を食べてからかなり時間が経っているからね、腹が減っては戦は出来ぬだよ。
という訳で今日のおやつは前に作っておいたクリームブリュレとオレンジパイにする。
こういう時、時間停止付きの冷蔵庫はありがたいね。
「はい、どうぞ」
テーブルに並べるとリシュー君が満面の笑みを浮かべて椅子に座る。
「いただきますっ」
両手を合わせて言うが早いか凄い勢いで食べて行く。
それでも食べ方が下品にならないのはさすがだ。
「うん、どっちも美味しいっ。やっぱりカナエが作ったのが一番好きだな」
「気に入ってくれて何よりだよ」
クスリと笑って私もスプーンを進める。
確かに我ながらいい出来だ。
クソ邪神の事が終わったらスィーツの店を持つことも本気で考えよう。
「ステータスカードを」
「はい、よろしくお願いします」
いつものように2人分のカードを渡して待つことしばし。
「通って良し」
「ありがとうございます」
もう何度目か分からない遣り取りをして街へと入る。
ミンウの街は近くに何本もの街道が交差している。
そのおかげで宿屋や商店が多く、また街の中央にある神殿は旅の無事を祈る者がよく訪れるので盛況だ。
何より人の出入りが激しいところは情報も最新のものを得られやすい。
「それじゃあ、予定通りに」
「うん、冒険者ギルドに行くんだね」
頷くリシュー君と共にこの世界で一番多種多様な情報が集まる冒険者ギルドへと向かう。
商人ギルドでも集めることは出来るが、商売を円滑に進めるための情報が主なため偏りがちという訳で今回はパスすることにした。
で、やって来た冒険者ギルドの壁にでかでかと張り出された5枚の手配書。
その内容は以下の通り。
アレクセイ…種族ドワーフ、銀髪碧眼、胸まで伸びた髭あり。
ヴォロド…人族、焦げ茶の髪に濃紺の眼、筋骨隆々な男。
ターリク…蝙蝠獣人の男、緑目黒髪、背中に飛膜の翼を持つ。
ミオリ…人族、金髪碧眼、スレンダー体型、左の口元にホクロがある女。
セド…狼獣人の男、黒茶の髪にライトブラウンの目、耳に金輪あり。
この者たちは国宝とも呼べる貴重な武器や魔道具を盗んだ犯人で、生死は問わず捕えた者には報奨金が出ると記されている。
その末尾に書かれた金額に驚く。
何とリーダー格のアレクセイ君が5万エルン…日本円にして5千万円、ヴォロド君とターリク君は4万エルン、ミオリちゃんとセド君は3万エルンとなっている。
手配書には当人たちの似顔絵もあるが、これは…。
「凄く怖い顔になってるね」
リシュー君が言うように誰もが極悪人といった感じに描かれている。
「まあ、この手の物は住民に注意喚起を促す意味もあるからね。悪人だからむやみに近づかないで通報を。この顔にピンと来たら110番ってヤツだよ」
『そうねぇ、でもこれでアレクセイちゃんたちは本当に逃げ場が無いわね』
深い溜息をつくメネの今日の服は顔だけが出ているピンクウサギの着ぐるみだ。
そんなメネに、ところでと問いかける。
「アレクセイ君とターリク君は通信で見たことあるけど他の3人は無いんだよね。この手配書通りなの?」
『うーん、絵はまあ似てるってとこかしら。髪や目の色はその通りだし、身体的特徴も合ってるわ』
だとすると人里に出たら即逮捕されるのは間違いないな。
それからギルド内にいる冒険者や受付嬢に話を聞いたら、発表されたのは昨日の事だが伝言の魔道具によって魔の森周辺の街には周知が終わっているという。
しかも5人まとめて捕らえたら賞金は25万エルン…日本円で約2億5千万円となれば腕に覚えがある者なら誰もが目の色を変えて魔の森へと繰り出すだろうとも言っていた。
このギルドでもアレクセイ君たちを捕まえるべく魔の森に向かった高ランクパーティーが何組ももいるそうだ。
こうなると彼らにとっての安住の地はこの世界には無くなったも同然だ。
金に困ってる連中は執拗に彼らを追い回すだろうし、どんな手を使っても討ち果たそうとするだろうから。
「予想以上に事態が動いてるね。必要な物を仕入れたら神殿に向かおう」
「うん」
『ええ』
頷くリシュー君とメネを連れてまずは商店街へ。
魔の森では肉はドロップされるしハーブ系香辛料や野菜は『鑑定』があれば手に入れられる。
けれど塩や砂糖といった調味料、何より主食となるパンや小麦はまず不可能だ。
メネに聞いたらやはり主食系が入手できずに苦労しているそうだ。
なので食料を中心に身の回りで必要な物を買い付けて行く。
懐柔するならまずは胃袋からというのがセオリーだからね。
その後で街の中央にある神殿へ行ってみる。
「凄くおっきいね」
聳え立つ神殿の大きさにリシュー君が驚きに目を見開く。
いろんな街の神殿を訪れたが、そのどれよりも規格が大きく敷地も広い。
それだけ参拝者が多く、献金の方も膨大なのが建物を見るとよく分かる。
今も引きも切らず大勢の人が神殿の中へと吸い込まれて行く。
人波に乗って私たちも神殿へと向かうと、入ってすぐの壁にギルドよりも大きな紙面でアレクセイ君たちの手配書が張り出してあった。
内容はほぼ同じ、けど最後の方に『この5人は神と人に仇成す重罪人である、必ずや討ち果たし宝物を取り返すように』と神託の内容が書かれてあった。
「クソがっ」
すべての元凶はお前だろうが、それが言うに事欠いて『罪人だから討ち果たせ』だとっ。
相変わらずのクソっぷりに小さく悪態をつくと。
「か、カナエ。落ち着いて」
『そうよぉ、般若みたいな顔になってるわよ』
オロオロするリシュー君の横でメネがため息と共にそんなことを言う。
大きく息を吐いて心を落ち着けると、この想いを全力でチクり活動に注ぎ込むべく奥へと進む。
「やっぱりカナエを怒らせちゃダメだね」
『ええ、気を付けましょう』
後をついて来る2人がコソコソとそんなことを言っているが、ここは大人しくスルーする。
でないと先に進まない。
「はぁ~、すっきりした」
気力、体力、すべてを使って祈ったおかげで気持ちが軽くなった。
最初の頃は結構冷静に起こった事柄だけを淡々と訴えかけていたが、近頃はほとんど愚痴というかクソ邪神への罵倒になって来たな。
神様たちがこれを聞いたら辟易となること請け合いだが、私のストレス発散の為に付き合ってもらおう。
チクリ活動も終わったので、ではっとリシュー君とメネとでこれからのことを相談する。
「まずはアレクセイ君たちの近くに移動して普通の冒険者を装うよ」
「分かった」
頷くリシュー君にニッコリと笑みを向けながら言葉を継ぐ。
「その前にリシュー君は変装しようか」
「へ?」
「クソの通信でリシュー君の顔は知られているからね」
「変装って…どんな?」
お、さすがに不穏な空気を察したようで途端に及び腰になる。
「まあ、任せなさい」
『うっふ、楽しみだわぁ』
嬉々となるメネと共に裏路地からアンのところへとリシュー君を連れ込んだ。
「はい、完成」
『すごいわ~、美人になったわよ。リシューちゃん』
『お美しいです』
手放しで絶賛するメネとアンに恨みがましい目が返される。
「なんでよりにもよって女装…」
鏡の中の自分の姿に海よりも深く落ち込んでるけど元が良いからね。
買い込んだ金髪の鬘の効果でハリウッド女優も裸足で逃げ出す絶世の美女になったリシュー君。
はい、化粧の方も私がガッツリしてあげましたよ。
楽しかった~。
で、私も詐欺メイクでリシュー君に似せた顔にして同じ金髪の鬘を被る。
今回は姉妹という設定だ。
しかしながら…元が違うのでさすがの詐欺メイクでもリシュー君ほどの美人になれないのは致し方ないが、やはり女として引っ掛かりを感じる。
ちくせう。
メネもキ〇ーピーのままだと異世界に関係があると分かってしまうので白いレースをたっぷりと使ったフード付きローブを着てもらい、それで全身を覆う姿になってもらった。
これなら中身がオネエでも神聖な精霊様で通るだろう。
『ちょっとぉ、何か失礼なこと考えなかったぁ?』
ジロリとメネが此方を睨んでくるが肩を竦めるだけでスルーさせてもらった。
「…胸が邪魔だよぉ」
これでもかと詰め込んだタオルで作った偽巨乳にリシュー君が文句を言っているが聞こえません。
男が見るのは顔の次に胸だからね。
アレクセイ君たちの眼を釘づけにして油断してもらう為にも此処は我慢してもらおう。
これで準備は万端。
元の裏路地に出てから羅針盤と探索の魔道具を取り出す。
探すのはアレクセイ君のギフト『究極ハンマー・オーグ』
するとすぐに魔道具が反応した。
「場所は…此処から北に百キロ程か…頑張ったね」
思った以上に人里に近付いて来ている。
ミオリちゃんの『直感のペンダント』で最短コースを選べたおかげだろう。
「それじゃあ、出発っ」
右腕を掴んだリシュー君と肩に乗ったメネと共にミンウの街を後にした。
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次回「42話 接近遭遇」は火曜日に投稿予定です。
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