4 エルフの里
「おお、第一村人発見っ!」
アースドラゴンと遭遇してから2日後のこと、ついに現地の人を目にすることが出来た。
まずは現在地の確認と、贅沢を言えば大きな町までの交通手段を得たいものだ。
常時発動している結界のレベルを上げつつ歩み寄ると。
「何者だっ!?」
「こんなところで何をしているっ!?」
険しい顔で構えた槍の切っ先を此方に向けているのは、長い耳が特徴的な見惚れる程の美形のお兄さん2人組。
『異世界常識』によるとエルフは閉鎖的で自種族絶対主義なところがあるといわれてる。
ここで引き返したりしたら却って疑われるだろうし、対応を間違うと最悪戦闘になる。
それは回避したいところだ。
「…はぁ~」
深いため息を吐きつつ、まずは事情説明をと2人に声をかけた。
「お騒がせして申し訳ありません。私はカナエと申します。訳あってこの森に迷い込み難儀しております。御迷惑でなければ里で少し休ませていただきたいのですが」
社会人として身に着けた礼儀作法通りに恭しく頭を下げると、2人は猜疑に満ちた目で私を見下ろしてきた。
「怪しい奴めっ」
「力のない人族ごときがこの魔の森にいること自体がおかしいっ」
敵意満載だね、私は悪いことをしたつもりは無いんだけど。
仕方なく2人を結界に閉じ込める。
「な、何をしたっ!?」
さすがは魔法に長けたエルフ、自分たちの身に起こった異変に気付いたようだ。
「丸腰相手に武器を向けてきたので隔離させてもらいました。私も命は惜しいので」
しれっと言い返すとグッと黙り込む2人。
「身をもって知っていただいている通り、私は結界魔法が使えます。この力で身を守りながら人里を目指して移動している最中です。可能ならば里の偉い方にお目通り願えますか?もちろんタダとは言いません」
相手の目を見ながら腰に下げている袋から大きめの魔石を取り出す。
「これは…」
魔の森にいるから魔石が此処にある意味と重要性は分かったようで絶句した後で2人は姿勢を正した。
どうやらいきなり攻撃されることはないと判断して結界を解除すると彼らに安堵の表情が浮かぶ。
「しばし待て」
そう言って魔石を受け取ったエルフが足早に後方へと去って行く。
うん、彼らの上役はきちんと仕事が出来る人だね。
これが無能だと部下の教育がなってないから下が勝手な行動を起こしてトラブルを招く訳だ。
そのまま小一時間ほどしてからさっきのエルフが戻ってきた。
「…何をしている」
呆れと怒りが混じった声に私ともう一人のエルフは顔を上げた。
「暇だったので」
「意外と面白くてな」
それぞれの言にやって来たエルフは派手な溜息をついた。
私たちがしていたのは『家』にあったリバーシだ。
最初は互いに黙ってその場に立っていたのだが…何もしないでいると時間が経つのが凄く遅く感じる。
で、暇つぶしに誘ってみたら初めて見るリバーシに興味を引かれたようでおずおずと近寄って来て、今は3勝2敗で良い勝負を繰り広げてる。
エルフが強いのか私が下手なのかは…ご想像にお任せする。
「里長がお会いになるそうだ」
どうやら里に入れてもらえるようだ。
そのまま2人に挟まれる形で進むこと15分弱。
「あそこが里だ」
指し示された場所には簡素な木製の門とその奥にテントのような家が並んでいる。
「此処で待たれよ」
そう言って片方のエルフが里の中へと駆けてゆくと、すぐに綺麗なお姉さんを連れて戻ってきた。
「私はキリカ、この里に何用だ?」
落ち着いた口調で話しかけてきてくれたところを見ると、いきなり捕らえたりはしないみたいだ。
「実は…」
ある者にいきなり魔の森に連れて来られ、そのまま放置され幾多の魔物に襲われた顛末を話すと、その場にいた全員に驚きと気の毒そうな視線を向けられた。
「それは大変な苦労を。だがよく無事にここまで辿り着けたな」
感心するキリカさんに、ええと曖昧に笑ってみせる。
「それなりに自衛手段は持ってますので。ですが里の中では使わぬことを私の名に懸けてお約束いたします」
エルフの間では自分の名を懸けるということが最重要な約束事だからそう言って誓えば。
「…承知した。キリカの名に置いてカナエ殿をわが里に客人としてお迎えしょう」
ちょっと逡巡したようだけど一応は信用してもらえたみたいだ。
「ありがとうございます」
「では此方に」
先に立って歩き出したキリカさんの後について門を通過する。
「…あの門は」
通り過ぎてから気付いたので思わず聞いてみたら。
「不可侵の魔法が掛けられている。許しもなく強引に押し入れば其方の命は無かったであろう」
ですよねー。
大型の魔物が跋扈する危険地帯に里を築いているんだから、それくらいの用心は必須だよね。
連れられた里の中心に高床式の木造の家が建っていた。
その中へと案内される。
「客人をお連れしました」
一段高いところで胡坐をかいて座っている女の人にキリカさんが声をかける。
金の髪に黄金色の瞳を持つ美人さんだ。
若く見えるけど…纏う威厳からしてかなりのお歳なんだろうな。
「この辺境の里によくぞ参られた。我はこの里の長・ミアーハだ」
「お初にお目にかかります。カナエと申します。この度は里に迎え入れていただきありがとうございます」
里長の前できちんと正座をしてから笑顔でお礼を述べたら。
「建前はどうでもよい。お前さんの目的はなんだ」
おお、直球ストレート。
どうやら腹芸は嫌いな性格のようだ。
だったら下手に隠し立てしないでちゃんと答えないと。
こっちに後ろ暗いところは何もない訳だし。
「はい、改めて名乗らせていただきます。私の名はカナエ・ユズキ。邪神の手により此処とは異なる世界より連れて来られました」
「ほほう、やはり渡り人か」
フムフムと納得の頷きを返す里長。
「私のような者をご存じなのですか?」
驚いて聞き返すと、ああと大きく頷く。
「我が知る限りだと110年前と60年前に魔の森に渡り人が現れたな。人里に辿り着く前にほとんどの者が命を落としたが、生き残った者も平穏とは言い難い一生を終えたようだ」
「…何故です?」
私の問いに里長は憐憫の表情を浮かべて口を開いた。
「彼らは異界の知識を有しておったのでな。時の権力者に庇護という名目で捕らえられ飼い殺しにされおった」
どうやらあの邪神のタチの悪い遊びは今回が初めてじゃなかったようだ。
里長が知らないだけでもっと昔から送り込んだ転生者が不幸になるよう画策して、それが成功するさまを楽しんでいたのだろう。
あの性格なら大いに有り得る。
クソ邪神め、滅びろっと心の中で悪態を吐きながら里長へと向き直る。
「地図と近くにある人族の村までの移動手段を貸していただけますでしょうか。もちろんタダとは申しません」
言いながら収納から『妖弓シルフィン』を取り出す。
「これはっ」
手渡された妖弓を確認した里長が驚いて顔を上げた。
その性能と価値に気付いた様子から彼女も鑑定持ちのようだ。
「私と共に此方に来た渡り人に邪神が与えたものです。持ち主が亡くなった後、縁あって私の手元に来ることになりましたが残念ながら私は弓が扱えないので」
私の言葉を聞きながら里長はまじまじと妖弓を見つめる。
弓を得意とするエルフ、そのうえ魔の森に住む彼らならその恩恵は大きいだろうから損な取引ではないはず。
「お前さんの言い分は分かった。だがその話を信じるに足りる証はあるか?」
確かに里長という立場なら私の荒唐無稽な話を鵜吞みにするわけにはゆかないだろう。
「証拠というか…これを見て判断していただければ」
言いながら収納してある『家』からテレビを取り出す。
「それは?」
「映像を再生する魔道具みたいなものです」
『家』にあったテレビには録画再生機能が付いていた。
外に出して動くか心配だったが、ちゃんと再生を始めてくれた。
黒かった画面が明るくなって行き…。
『ハーイ、神様通信の時間だよー』
画面に金髪碧眼のイケメンが出てきた。
『初めまして。僕は君たちをこの世界・エンディアに呼んだ神様さ。こっちに来て一週間、本当に良く生き延びました。おめでとー』
そのまま胸糞悪い話が延々と続くが、やがて。
『それじゃあ、また来週~っ。何人生き残っているか実に楽しみだよ』
満面の笑みで手を振る姿が徐々に消えて行った。
身動ぎ一つせずに画面に見入ってた里長が深い息を吐いて胡坐をかいていた足を組み直す。
「有り体に言って…クズだなっ」
吐き捨てるように言い放つと私の方へと向き直る。
「命を好き勝手に弄ぶ者が神と名乗るなど烏滸がましい。こんな奴はクズで十分だ」
「私はクソと呼んでますけどね」
そう言われてキョトンとした顔をしてから、違いないと里長が豪快に笑う。
「良かろう、我が里は其方を歓迎しよう。地図と移動用の使い魔を用意させる。他に欲しいものがあれば遠慮なく言うが良い。今宵はゆるりと過ごされよ」
「ありがとうございます」
深く頭を下げてから私は里長の前を辞した。
「此方へ。部屋の準備が整うまで里の中を案内しよう」
部屋の外で待っていてくれたキリカさんが手招いてくれた。
「お手数をおかけします」
軽く頭を下げてからキリカさんについて歩き出す。
里長がいた建物を中心にテントに似た形の家が放射線状に並んでいる。
凄く簡単な造りなので不思議に思って見ていたら、キリカさんが笑いながら理由を教えてくれた。
「ここは渡り里だ。魔の森でしか採れない希少な薬草を求めて移動するので住まいは簡単にまとめられるようになっている」
この里にいるのは薬草採取の為の精鋭部隊だそうだ。
言われてみれば此処には子供の姿が無い。
「ほとんどの者は世界樹様の下にあるシュスワルの都周辺に住んでいる」
「そこには王族や貴族がいるんですか?」
私の問いに、いやっとキリカさんは首を振った。
「エルフには人族のような王や貴族といった者は存在しない。シュスワルに居るのは世界樹様を祭る神官たちだ。我らも3日後には此処を引き払いシュスワルに向かうことになっている」
ギリセーフだった。
移動前に辿り着けて良かったよ。
「ここが里にある唯一の店だ」
案内されたのは周りより少し大きな造りのテント。
軒先には新鮮な果物、木の実やキノコ、薬草が置かれている。
奥には鏃や剣や防具、その隣には鍋や木製の食器が、他にも細かな生活用具が整然と並べられていた。
何でもあって、まるでコンビニみたいだ。
「エリンは居るか」
呼びかけに答えて奥から美形のお姉さんが出て来た。
人族の私が里にいることに怪訝な顔をしたが、隣にいるキリカさんの説明を受けて納得したように頷いた。
「何をお探しだい」
「調味料はありますか?」
まずは一番欲しいものを問うてみる。
ハーブとかは森で採取できるけど塩や砂糖は無理だからね。
「だったらこっちだね」
指示された場所には様々な大きさの陶器の壺が並んでいる。
「岩塩に蜂蜜、黒砂糖、豆味噌に辛子粉、塩豆汁ってとこかね」
聞いたら塩豆汁とは醤油によく似たものだった。
凄く助かる。
これだけ調味料があったら一気に料理のバリエーションが増える。
「一通り全部下さいっ」
勢い込んで言う私に驚いた顔をしたが、すぐに頷いて商品を揃えてくれた。
「他はあるかい?」
「でしたらお酒と服をいただけますか?」
料理にも晩酌にもお酒は必要だからね。
それに替えの服が手に入れば着たきり雀からようやく脱出だ。
「酒は今はフールしかないがいいかね」
フールとは葡萄に似た実を発酵させたお酒だそうだ。
試しに飲んでみたらワインと同じ味がした。
赤白両方あったのでどっちも大樽で購入させてもらった。
それからエルフ族秘伝のレン茶というのを進められたので此方も購入。
夕食後に出されたものを飲んでみたらレモングラスに似た味で、すっきりと爽やかで柑橘類を思わせる清々しい香りだった。
「これは綺麗ですね」
思わず声を上げたのは繊細な刺繍で飾られた膝丈のワンピース。
他にも明るい色のチュニックや革製のベストが並んでいる。
その周囲にある木工品も見事な造形の物ばかり。
『異世界常識』ではエルフが手掛ける品は芸術性が高いってことだが、それが本当だとよく分かるラインナップだ。
「そっちは祭用の晴れ着だね。普段着ならこれかね」
言いながら出してくれたのはゆるふわなシャツや袴に似たズボンや細身のパンツに長めのベスト。
いろいろ悩んだが、最初に見た空色のワンピースと普段用にシャツとパンツを色違いで2組と紫の格子柄のチュニックを選んだ。
私も一応は女なのでおしゃれくらいはしたい。
あと他に旅用にキャメル色のフード付きマントを買うことにする。
「お代はこれで足りますか?」
差し出した魔石の上にキリカさんの手が乗せられる。
「此処での買い物代はすべて里長が出すそうだ」
「いいんですか?」
大きく頷くキリカさんの目は真剣で、ここはお言葉に甘えた方が良さそうだと判断する。
「ありがとうございます。里長さんによろしくお伝えください」
礼を言って私はキリカさんと共に店を後にした。