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39、エルデとリン


「そのようなことが…」

 私の話に絶句していたリンさんの叔父さんだったが、これで晴れて魔国に帰ることが出来ると分かるとその目に涙が浮かんだ。

見るとグ族の皆さん…子供も入れて全員で25名くらいの人達も同じように涙を流している。


それだけ魔の森での生活は厳しいものだったのだろう。

だがそれ以上に汚名が濯がれて胸を張って故郷に帰れることが何より嬉しいようだ。


「エルデが目を覚ましたのだが」

 そこへ別室に行っていたリンさんが戻って来た。


「分かりました、今の状況を説明します」

「…頼む。騙していた私の言葉ではエルデには届かないと思う」

 深々と頭を下げるリンさん。

今更ながらに自分がしたことを後悔しているようだ。


最初はとんだメンヘラ妻だと思ったが、こうしてみると気立ての良い真っすぐな心根の(ひと)だな。

まあ、それだけ切羽詰まっていたのだろうが。



「失礼します」

 扉を開けると粗末なベッドにエルデ君が起き上がっていた。


「…誰だ、お前」

 警戒しているのがよく分かる顔でこっちを見てるが構わず言葉を継ぐ。


「私はカナエ・ユズキ。貴方と同じ異世界…日本からこの世界にやって来ました」

「日本だと!?」

 驚きも露わなエルデ君に、ところで貴方は?と聞くと少し迷ってから口を開く。


「…俺も日本だ」

「やはり同郷でしたか、何となくそんな感じはしました。リンさんに謝ってる時に土下座してましたから」

 こっちの世界に土下座という謝り方は無い。

知っているのは日本人か日本で暮らしたことがある者だろう。


「顔も知らねぇ親父が外国のヤツだったがお袋は日本人だからな」

 忌々しげに舌打ちするところはヤンキー臭が漂う。


「ハーフですか。それでイジメの対象になってやさぐれて不良になった挙句にケンカ相手に後から刺されて死亡ってとこですね」

「な、何で知ってんだよっ」

 慌てふためくエルデ君の前で、おやっと笑みを浮かべる。


「やはりあれは貴方でしたか。あの白い部屋で声高に自慢してましたものね。確か『世界一の喧嘩屋の俺様なら異世界でも一番強ぇ奴になってやる。今回は後から刺すなんて汚ねぇ真似されてヘマしちまったが次はねぇ』でしたっけ。あと『美女を集めてハーレムを作ってやるぜ』とかも言ってましたねぇ」

 あの時はノリでそんなことを言ったのだろうが、こうなると馬鹿を晒しただけの完全なる黒歴史だ。


それを証明するようにエルデ君の顔は真っ赤でメチャクチャ恥じているのが手に取るように分かる。


「そ、それより俺と戦ったあいつはいったい誰なんだ?」

「魔王様ですが、何か」

「え?」

 見事な阿呆面を披露するエルデ君に『魔剣ガルドボルグ』にまつわるグ族の悲劇を教えてやる。


「そんなことになってたのかよ」

 思ってもみないことに唖然となってるが構わず話を続ける。


「あなたが魔の森で得た武器や魔道具も同じです、ほとんどが盗品か曰く付きの物ばかりなので早く元の持ち主に返還した方が身のためですよ」

「…あの野郎っ」

 握る拳が怒りに増えだす。


「最初からいけ好かねぇヤツだとは思ってたが最悪の外道だなっ。俺らだけじゃなく何の関係もないリンたちを巻き込むなんざ絶対ぇ許さねぇっ」

「あー、そのリンさんですけど」

 燃えているところを悪いが魔剣奪還の為の偽装結婚だったことを伝えておく。


「そ、そっか…なんか俺もそんな気はしてたんだよな」

 途端に肩を落としたエルデ君がポツポツと話し出す。


「あいつの目は俺に惚れてるとかいう目じゃ無かった。時々物凄ぇ済まなそうな顔もしてたし…。何か訳があんだろうなって」

 どうやらエルデ君もリンさんの行動に疑問を持っていたようだ。


「それが分かっていて良く逃げ出しませんでしたね」

「逃げたら末代まで祟ってやるって感じだったし、実際に地の果てまで追って来そうだったしよ」

 そう笑うと、それにとエルデ君は言葉を継ぐ。


「そもそも俺は騙されたとは思ってねぇ。こっちに来て独りでこの森を彷徨っていたなんも分からねぇ俺にいろいろ教えてくれて世話を焼いてくれた。それだけで十分おつりが来るくらいだぜ。それにリンは態度はキチィが優しいトコもあって…たまにだけど膝枕してくれたりとか」

 最後の方は惚気になってきた。


「なるほど、惚れた弱味ですか」

 気にもならない相手ならとっとと里を出て行っただろう。

エルデ君の実力ならそれは簡単だったはず。

そうしなかったのはリンさんへの愛情があったからか。


「ほれっ…」

 絶句して真っ赤になったエルデ君。

元ヤンのくせに意外に純情だ。

これはもしかして…。


「つかぬことを聞きますが夜の夫婦生活は順調ですか?」

「なっ!」

 真っ赤なまま口をハクハク動かしてるエルデ君。


「あー、今はまだ白い結婚ですか」

「し、仕方ねぇだろっ。魔族の習わしでお互いを良く知るまではそっちは無しって言われたし。それに俺を好きでもない女を無理に抱く気はねぇっ」

 予想通りの答えに思わず笑みが浮かぶ。

態度や言葉遣いは乱暴だが、彼もまた気質が真っすぐな良い子だな。


「で、あなたはこれからどうします?リンさんたちは此処を引き払って魔国に行きますよ」

 私の言に、そうかとエルデ君はちょっと安心した顔になる。


「リンたちはずっと故郷に戻りたがってたからな。帰れるのなら良かったぜ」

 小さく笑うとエルデ君は大きく伸びをした。


「なら俺はまた一人で旅でも…」

「エルデっ」

 そこまで言ったところで部屋にリンさんが飛び込んで来た。


どうやら気になって部屋の外で盗み聞きしてたようだ。


「今まで本当にすまないっ、私は…」

 泣きそうな顔でエルデ君の側で膝をつくリンさんにエルデ君がため息混じりに言葉を返す。


「あー、イイから謝んな」

「しかしっ」

 なおも言い募ろうとしたリンさんの前で片手を上げて止めると、あのなぁと困り顔を浮かべた。


「俺なんかに構ってる暇はねぇだろ。お前は頭として此処のみんなを率いてやんなきゃだろ」

「それは…そうだが」

 酷く悲しげな顔をするリンさん。

これは嘘から出た(まこと)ってヤツか。


リンさんも利用しているという後ろめたい思いはあるが、それ以上に気の良いエルデ君に惚れた…いや、この場合は(ほだ)されたが正解か。


どっちにしろお互いに離れがたく思っているのならさっさっとくっつけばいい。

で、少しばかりお節介を。


「これからリンさんは凄く大変でしょうね。魔国に帰ってもすんなり受け入れられるとは限りません。魔王様が父君の潔白を表明しても信じない者もいるでしょう。そう言う輩の口撃や嫌がらせから一族を守る為に矢面に立たないといけませんから」

 私の話にリンさんの顔が真剣なものに変わる。


「分かっている、決して平たんな道ではないだろう。だがこの身がどうなろうとも一族のことは守って見せる」

 決意も露わに宣言するリンさん、本当に健気(けなげ)だな。


「そうなると相方が必要ですね」

「え?」

「一人では出来ないことも二人なら出来る。支え合う存在が居たら滅多なことでは倒れませんから」

 そう言ってエルデ君を見やれば、何やら考え込んでいる様子。

さっさと俺が守ってやるくらい言わんか、このヘタレがっ。


「そのために何処かの貴族家から婿を取らないといけませんね。魔王様にお願いすれば良いお相手を紹介して下さるでしょう。愛の無い結婚になりますがそもそも政略結婚とはそんなものですし」

 ダメ押しとばかりに言ってやればリンさんは顔を強張らせながらも頷く。


「そうだな…私が我慢すれば良いだけ」

「んなわけあるかっ!」

 リンさんの呟きを掻き消す勢いでエルデ君が叫ぶ。


「リンはもっと自分を大事にしろっ、今までだってずっと我慢して遣りたくもないことをしてたんだろ。もうそんなことをするんじゃねぇっ」

 エルデ君の叫びに驚いた顔をしてからリンさんは小さく微笑んだ。


「遣りたくもないことでは無い。私は…エルデと夫婦になって良かったと思っている」

「へ?」

「確かに最初は利用するために近付いた。けれど共に過ごすうちに…悪ぶってはいても真は優しいエルデのことが…好きになっていた」

 そう言って真っ赤になるリンさんを茫然と見ているエルデ君の腕をこっそり、だが力の限りに抓ってやる。


「いっ…」

「男ならさっさと決めろっ、ヘタレっ」

 地を這うような声で言って睨めば、ヒッと小さく声を上げてから漸くリンさんに向き直る。


「お、俺も…リンの事が好きだ。だから…その…一緒にいさせてくれ」

「エルデっ」

 名を呼ぶなりエルデ君に向かってダイブするリンさん。


「お、おい」

 その身を抱き留めてから、どうしようとばかりにこっちを見るので。


「あとは若いお二人に任せますわ」

 お見合いでの仲人さんの決め台詞を言ってニッコリ笑って部屋を後にする。


それくらい自分らで何とかしろっ。

お一人様の身としてはちょっとばかりやさぐれた気持ちで魔王様のところに戻るのだった。




で、その翌日の昼を過ぎた頃に当主を始めとした一行が巨大トンボの飛行団で里へとやって来た。


「デラントか、思ったより早かったな」

「はっ、それでグ族との話は…終わったようですな。カナエ殿」

 小さな溜息をついた後でいきなり名を呼ばれる。


「いろいろと大変であったろう。礼をいう」

 魔王様がエルデ君と戦った後は何もしなかったことが分かってるな。

めっちゃ済まなそうな顔をしている。


まあ、確かに説明から里を引き払う段取りまでリンさんと協力して私が全部やったけど。


当の魔王様は作り置きしておいたカレーをエルデ君と競って爆食いしたり、剣の稽古をつけて遣ったりした以外はずっと寝てたしね。


これだけマイペースな人が上司だと部下は本当に大変だな。

そちらこそお疲れ様です。


「カナエっ」

 第二陣のトンボ部隊からリシュー君が笑顔で此方に走って来る。


「大丈夫だった?」

「ばっちりだよ。リンさんたちも魔国に帰れることになったしね」

 そう笑うと此処までの経緯を掻い摘んで教える。


「そっか、良かったね」

 安堵の表情を浮かべるリシュー君をエルデ君の下へと連れて行く。


「お、お前っ…毒キノコ食って死んだはずじゃ」

 リシュー君を指さして盛大にキョドるエルデ君。

クソ邪神からの通信でリシュー君のことは知っていたから当然か。


「うん、死にかけていたところをカナエに助けてもらったんだ。それからずっと一緒にいるよ」

 無邪気にニコニコと笑う様にエルデ君は拍子抜けしたような顔になる。


「なんつーか、通信で見た時よりガキぽいな」

「まあ、リシュー君の実年齢は13歳ですから」

「はぁ?」

 呆気に取られるエルデ君に、ところでと問いかける。


「あなたの歳は?あ、もちろん実年齢で」

「…じゅう…」

「はい?もっと大きな声で」

「17だっ、悪いかっ」

「あー、なんかそんな感じはしてました」

 粋がった言動から思春期真っ盛りと思ったけどビンゴだったな。


「ってことはもしかしてチェリーボーイ?」

 女性経験ナシならリンさんとの遣り取りがぎこちない…恋愛下手なのもうなずける。


「うるせいっ、いいだろ別にっ。俺は硬派で通ってたんだっ」

 顔を真っ赤にして言い返すところは子供のままだな。


聞いたらステゴロを気どっていたら周囲は舎弟志願のムサイ男ばかりになって、まったく女っ気がない生活だったそうだ。


「けど…女の体って凄く柔らかいんだな。男の体とはぜんぜん違ってて驚いたつーか」

 リンさんに抱き着かれた時のことを思い出したのか赤い顔をしてぼそぼそとそんなことを言うので。


「ああ、男との経験は豊富なんですね」

「ちげぇわっ、ケンカの時にタックルされたり圧し掛かられたりしたから知ってるだけだっ」

 必死に言い訳するところはホント可愛いな。


そんなエルデ君だがリンさんのとの関係は現状維持。

カテゴリーは夫婦だが、内容は『まずはお友達から始めましょう』に落ち着いたそうだ。

まあ、どっちも長命種だから時間はいっぱいあるのでそれで良いと思う。


そんな会話をしていた私たちの下へ魔王様が近付いて来た。


「お前、弟子にならないか」

 右手を半分くらい上げながら魔王様がエルデ君に笑いかける。


「へ?」

「剣豪になりたいのだろう。ならば強き師につくべきだ。我なら最適だ」

「あ、ああ確かに」

 思わず頷くエルデ君に魔王様が満足そうな笑みを浮かべる。


「よし、決まりだな」

「魔王様っ」

 小走りに此方にやって来る当主一行に向け魔王様が宣言する。


「この者を我の弟子とする。良いな」

 途端に一行の視線がエルデ君へと向かう。

瞬時に彼ら全員の目が可哀想なものを見る目に変わった。


何となくエルデ君の未来が見えた気がする。

取り敢えず『頑張れ』と心の中でエールを送っておいた。



「メネさんはどうしたの?」

 姿が見えないので心配したのかリシュー君が聞いてきた。


「メネなら夕べから何か忙しそうに飛び回ってるよ。どうしたのか聞いても『後で』しか言わないしね」

 そう答えた時だった。


『大変よぉぉっ』

 真っ青な顔でメネが此方にすっ飛んで来た。


『神託が下ったわっ「各国の宝たる武器、魔道具を盗みし者、魔の森に在り」って。御丁寧にアレクセイちゃんたちの人相風体と持ってるギフトの詳細付きよぉっ』

「はい?」


つまりアレクセイ君たちが指名手配されたってことか。

メネの叫びに思わず顔を見合わせてしまう私とリシュー君だった。



誤字報告&ブックマークをありがとうございます。

次回「40話 最悪な神託」は火曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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