38、再び魔の森へ
「分かりました。私の魔力にも限りがございますので途中で休憩を挟みますが明日には着くかと」
「その必要は無い。我が補助をしてやればすぐだ」
「はい?」
どういうことかと首を傾げるが、そんな私を魔王様がいきなり抱え上げる。
いわゆる『幼児抱き』だ。
御姫様抱っこでなかったのは救いだが魔王にとって私は幼い子供と同等らしい。
「あ、あのっ」
「早く魔道具を作動させよ」
そう急かされて扱いに抗議することを諦めて羅針盤を操作する。
人間、諦めが肝心な時もあるのだ。
「じゃ行ってくるね、リシュー君」
当主に里の位置を教えた後、振り向いてそう言う私にリシュー君が大きく頷く。
「うん、気を付けて。僕もすぐに行くから」
『大丈夫よぉ。アタシも一緒だし』
言うなりメネが私の胸元に飛んで来た。
確かに一人よりは心強いな。
そんな私たちの姿は羅針盤の起動と共に魔王城から消えた。
「此処か」
「はい、集落があるのはもう少し先ですが」
指さす先に薄く煙が立ち昇っている。
そこに人が暮らしている証だ。
いや、しかし本当に魔王様の魔力量は半端ないな。
私の魔力に自らのものをあっさり同調させてフォローしてくれた。
そうしたら魔の森まで文字通り瞬間移動していたよ。
『この魔王様、歴代最強って言われてるのよぉ』
そうメネが教えてくれたが納得だ。
「里に行く前にお話せねばならないことがございます」
そう声をかければ、何だとばかりに此方を見る。
その魔王様は赤黒い竜鱗の鎧に黒いマント、腰にはもう一本の愛剣『ダーインスレイヴ』を下げていてまさに迫力十分、ゲームのラスボス感満載だ。
「邪神が渡り人に与えたスマホなる物のことです」
その性能とスマホがあると此方の事が邪神に筒抜けになってしまう危険性を伝える。
「ならばどうする?」
「そこで提案なのですが」
私の考えを伝えると、それはいいと破顔する。
「では行くか」
「お供します」
魔王様の後ろを歩きながら魔道具が示したエルデ君の位置を教える。
「里の外れにいます。どうやら剣の修練中のようです」
「相分かった」
頷くが早いかその速度が上がって行く。
その顔には笑みが浮かんでいて…楽しそうで何より。
「お前がエルデか?」
魔剣を手に剣技の型の鍛錬をしている竜人の下へと魔王様が歩み寄る。
「…誰だ」
突然現れた魔王様…ラスボスに少しばかりビビった様子でエルデ君が問い返す。
「お前が持っている『魔剣ガルドボルグ』の正当な持ち主だ」
「なっ、そんなバカなっ。こいつは…」
「お前にその剣を渡した者が我が元から盗んで行ったのだ。故に返してもらう」
魔王様の言葉に、ふざけるなっとエルデ君が叫び返す。
「何を勝手なこと言ってやがるっ。こいつは俺の物だっ」
そう言って手にした剣を握り直す。
その眼差しは絶対に渡さないとばかりに鋭い。
「ならば戦って取り返すまで」
そう笑うと魔王様は両腕を胸の前で組む。
「我に一太刀でも加えられたらお前の勝ちとしてやろう」
つまりこっちは手を出さないから、好きに攻撃してこいということか。
凄い自信だなと思ったが…この魔王様ならアリだな。
何しろ対峙している様は世界チャンピオンと町の三下にしか見えない。
戦いの素人である私でさえそれくらい格の違いを感じるのだから。
「ふざけんなっ!」
叫ぶなりエルデ君が切りかかるがヒョイといとも簡単に躱されてしまう。
「クソっ、逃げんなっ」
悔し気に悪態をつくと、逃げてなどおらんと言い返される。
「それが証拠に我は一歩たりともこの場を動いておらぬ」
確かに魔王様の足はそこに根が生えたように微動だにしていない。
「太刀筋はまだ甘さがあるが動きは鋭い。戦いにおいての勘が良いのだな、これは生来のものか。いや、面白い」
楽し気に何やら呟いている魔王様。
「さあ、どうした?もっと打ち掛かって来い」
挑発するようにクイッと顎を上げてみせると激高したエルデ君が切りかかる。
今度も当然のように躱されたけど。
「この野郎ぉっ!」
それから何度か切りかかるが魔王様は上半身を左右に揺らすだけで簡単にエルデ君の攻撃を回避してしまう。
「何故?」
不思議に思う私に、それはねとメネが種明かしをしてくれた。
『あの魔王様、自らの周囲に魔力の透明な膜を張っているのよ。それに当たった剣先は無理なく脇に逸れてしまうの。それで避けているように見えるってわけ』
その話に、なるほどと頷く。
「私のだと硬いから弾かれるんで相手も結界が張られていることに気付くけど、適度な柔らかさがあると判らないものなんだね」
『それだけ魔力操作に長けるってことよ。有り体に言って…化け物だわねぇ』
呆れと感心が混ざった声を上げるメネ。
「お前は渡り人と聞く。この世界に来る前に剣の修行はしていたのか?」
まったく攻撃が通じず大振りの所為で肩で息をするエルデ君に魔王様が問いかける。
「え?」
何故そのことをと目を剥くエルデ君だったが、どうなのだと続けて聞かれて上がった息を整えながら答える。
「剣なんて触ったことすらねぇっ。全部こっちに来てから身に着けたんだっ」
その答えに、ほうっと魔王様が感心したような声を出す。
「身体能力に優れた竜人であることを抜いても良くやっている。何よりその魔剣に取り込まれることなく自我を保っているのは称賛に値するぞ」
「あ?…どういうことだ」
魔王様の不穏な発言にエルデ君の眉が顰められる。
「その魔剣を得た時に特性についての説明は無かったのか?」
「…そんなものは無かったぜ」
返された答えに、やれやれとばかりに首を振る魔王様。
「お前に魔剣を渡した者は本当に性根が腐っておるな。『魔剣ガルドボルグ』は『殺戮剣』とも呼ばれる。一度抜かれたら周囲に存在するものすべてを殺し尽くすまで止まらぬ。その為ならば使い手さえも支配する。故の『戦闘態勢継続』の効果だ。まさしく魔性の剣よ」
「なっ!?」
とんでもない話にエルデ君が絶句する。
「使っている時に剣の声を聞くことは無かったか?」
重ねての問いにエルデ君が困惑しきった様子で口を開く。
「…たまに…頭の中で誰かが『殺し尽くせ』って言ってるような気はしたが」
「ふむ、その鈍感さは驚異ですらあるな。でなければとっくに支配され剣を使うでなく使われる側となり殺すだけの修羅となっていたであろう」
いや、聞けば聞くほど呪われた剣だな。
こんなものを何の説明も無しにホイっと渡すそのクソっぷりに改めて腹が立つ。
「お前はこの世界に来て良かったな。前の世界ではその剣の才を知ることなく埋もれさせたままでいただろう、それは惜しすぎる」
そんなことを呟くと魔王様は組んでいた腕を解いた。
「そんなお前に世界の頂をみせてやる」
言うなり腰の剣柄に手をかけて構えを取る。
「くっ」
それを見てエルデ君も最大の攻撃を放つべく魔剣を正眼に構える。
次の瞬間、2人が同時に動いた。
「わっ」
『ぎゃっ』
離れていた私たちのところへも届く物凄い剣圧…とういうか衝撃波。
結界を張っていなければメネ共々吹っ飛ばされていただろう。
だがそれをまともに受けてしまったエルデ君は…。
『死んだ?』
遠くの草むらに倒れている様はズタボロで確かに死んだように見える。
「…鑑定結果だと生きてるよ。状態は瀕死だけど」
そう私が答えた時、里の方から物凄い勢いで走って来る人影が。
「エルデっ!」
その側に駆け寄ったリンさんだったが振り向いて敵対者を見て固まった。
「ま、魔王…さま」
慌てて居住まいを正して臣下の礼を取るリンさん。
けどその前にエルデ君にポーションくらいかけてあげた方が良いのではと思ったのは…私だけのようだ。
「其方は…カナンの娘か?」
「は、はい。グ族頭領カナンの娘・リンでございます」
映像で見たメンヘラぷりは何処へやら、深々と頭を下げるさまは良家の子女に見える。
まあ、クソ邪神のやらかしが無ければ今も家令に傅かれる生活をしていたはずだから当然か。
「魔王様がどうしてこのような場所に」
もっともなリンさんの疑問に魔王様はその前に膝をついて答える。
「其方たちに謝りにきた」
「は?」
訳が分からないという顔をしたリンさんだったが、次の言葉に硬直する。
「魔剣を盗み出したのはカナンでは無いと判った。済まなかった、あの時の我の沙汰は間違いであった」
そう言うなりリンさんの前で頭を下げる魔王様。
「で、ではやはり父は盗人などでは無かったのですね」
その目から大粒の涙を溢れさせたリンさんに向かい魔王様が大きく頷く。
「我が魔剣を盗み出したのは創造神の眷属であった。そやつは自らの娯楽の為だけに魔剣を奪い、関わる者たちを不幸にして楽しんでいたのだ」
「…そんな」
魔王様の話に愕然となるリンさん。
「其方の伴侶のあの竜人もその一人、そやつにこの世界に連れて来られた渡り人よ」
エルデ君が異世界人と聞いて驚愕したが、すぐにリンさんは納得したように頷いた。
「…言われてみればエルデは世の理や仕来りに驚くほど疎うございました。真っ当な教えを受けられない貧しい生まれなのかと思っておりましたが」
まあ、私のようにスキルに『異世界常識』を取っていなければそうだろう。
やはり情報は大事だな。
ところでそろそろエルデ君の手当てをしてあげた方が良いんじゃないか。
だが魔王様はもちろん、リンさんの方もそれどころではない…というか存在を忘れてるな。
仕方が無いので近付いて行ってハイ・ポーション(風邪薬)を取り出して全身にかけてやる。
「ううっ…」
意識は戻らないが鑑定したらダメージ0の通常状態になっていた。
これで大丈夫だろう。
「この後、正式に我の名でカナンが潔白であった声明を出す。其方たちにも要らぬ苦労を掛けた。その事に対しても慰謝料を渡したい。どうか魔国に戻って来てはくれぬか?」
魔王様の言葉にリンさんはその場で平伏した。
「もったいなきお言葉。父のことだけでなく一族も魔国に戻れるとは夢のようでございます」
聞けばカナンさんの弟である叔父さんが私と同じに結界魔法が使えて、それで魔物たちの脅威から里を守っていた。
けれどその叔父さんも寄る年波には敵わず、近年は結界の強度が落ちて来ていて里壊滅の危機が迫っていたのだとか。
そんな時にふらりとエルデ君がやって来た。
彼はこの里の誰より強く、何より因縁の魔剣を所有していた。
ならばと押し掛け女房となって繋ぎ止めておき、折りを見て魔剣を手に入れた経緯を聞き出し、取り返して父親の汚名を濯ごうと思っていた。
そうなれば一族は追われる身ではなくなり、魔の森から出ることが出来ると考えていた…そんなことを涙ながらに語るリンさん。
そうなるとあのメンヘラは演技だったのか?。
まあ、確かにあれだとさすがのエルデ君もいろんな意味で怖くて逃げ出す気は起きなかっただろう。
大した女優だな。
『カナエ、例の物は?』
2人の遣り取りを眺めていた私にメネが問いかける。
「あの通りだよ」
それに応えエルデ君の近くの草むらを指さした。
そこにあるのは真っ二つになったスマホ。
本当は鑑定でスマホがエルデ君の懐にあると判ったので、それを狙って魔王様に攻撃してもらい。
彼から離れたところを見計らってリシュー君の時のように結界で囲んでクソ邪神の監視下から解放するつもりだったのだが。
「クソが渡した物とは言え一応『神具』なのにね」
『それを一撃で破壊するなんて…やっぱりあの魔王様は化け物だわぁ』
感心を通り越して呆れる私たちの前で壊れたスマホが灰になって消えて行く。
まあ、何はともあれこれでエルデ君もクソ邪神の監視から外れられたわけだ。
「姫さまっ」
気絶したエルデ君を起こそうとしていたら里の方から10人程の魔族がやって来た。
魔王様とエルデ君の戦いの気配を感じて避難していたが、収まったので様子を見に来たようだ。
「こ、これは…魔王様っ」
一番年嵩な…たぶん話に出て来た叔父さんだろう…魔族を先頭に誰もが片膝をついて深く頭を下げる。
これが魔族の目上の者に対する正式な礼だ。
その様を見ながらこれからの事を考える。
まずはエルデ君やこの人たちに今までの経緯を説明しなければならないが、魔王様は…やらないだろうな。
はっきり言ってメチャクチャ面倒臭いが、仕方ないと覚悟を決めて話をするために彼らに向かって歩き出した。
読んでいただきありがとうございます。
次回「39話 エルデとリン」は金曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




