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34、魔国到着


「どうにか一件落着だね」

 ふうと息をつき大きく伸びをして額の汗を拭う。


「…カナエぇ」

『カナエちゃぁぁん』

 声に振り向くと泣きそうな顔のリシュー君と恨みがましい目をしたメネがいた。


『上手く誤魔化せたからいいものの、何で蒼竜王さまをよりにもよって魔物の腹の中なんかにぃぃっ』

「そうだよぉ」

 詰め寄る2人を、まあまあと宥めながら私の考えを伝える。


「あそこで普通に蒼竜王さまを呼んで魔物と戦闘になったらこの船はどうなったと思う?」

『そ、それは…』

「私の結界があったとしても絶対に被害が出たよ」

 そう主張すると、うっとメネもリシュー君も言葉に詰まる。


「いいじゃない、終わり良ければすべて良しだ…よ」

 言い終わる前にグニャリと視界が歪んだ。


「あれ?」

 不思議に思ったが…それから先は不明。


「カナエっ!」

『ちょっとカナエちゃんっ』

 焦ったような2人の声を最後に意識も視界も完全にブラックアウトしたからだ。




「ん…」

 水底から泡が浮き上がるようにスーっと意識が戻ってくる。


「えっと」

 最初に視界に入ったのは見慣れぬ天井。

ここはあの有名なセリフを言うべきか。


『カナエちゃんっ』

 そんなことを考えていたら正面にメネのドアップが迫って来た。


「近い近いっ」

 思わず手を上げてメネを押し止める。


『良かったわぁ、気が付いて』

「あー、心配かけたみたいだね」

 よっこらしょと起き上がると此処が私たち用の船室であることに気付く。


『無理しちゃダメよ、魔力欠乏は命に関わるんだから』

 メネの言葉に倒れた理由が分かった。


まあ、大型客船を丸ごと包み込むなんて広範囲な結界を長時間張り続けていたのだ。

さすがに私の魔力量でも限界が来たと言ったところか。


ふと見るとベッドの端に突っ伏すようにしてリシュー君が眠っている。

どうやら倒れた私にずっと付いてくれていたようだ。


だがこのままでは風邪をひく。

収納から毛布を取り出してリシュー君の上にそっと掛けてやる。


「あれからどうなったの?」

 メネに向き直って状況を聞いてみると、大丈夫とウィンクが返された。


『今は夜中でカナエちゃんが倒れてから半日以上が経ってるの。船は予定通りに航行中で、魔物を追い払ったことを船長以下船の全員が感謝してるわ』

 メネの話に、なるほどと大きく頷く。


「倒したんじゃなくて追い払ったってことにしたんだね」

『ええ、リシューちゃんにそう説明してもらったわ。蒼竜王さまを呼んで倒してもらったって言うより真実味があるもの』

 確かにあの巨大なサメタコ融合魔物を倒すには軍隊並みの戦力が必要だ。


それをどうやって倒したと聞かれても困るし、いろいろと勘繰られるのも御免被りたい。


「ありがとう、助かったよ」

『これくらいお安い御用よぉ』

 そうメネが胸を張った時だった。


「…カナエ?」

 目を擦りながらリシュー君が顔を上げた。


「心配かけてゴメ…わっ」

「カナエぇぇっ」

 初めて会った時のようにガチ泣きでしがみ付かれる。


「良かったっ、死んじゃうかと思った」

 大げさだなと思ったが続けられたメネの言葉に考えを改めさせられる。


『魔力欠乏状態の時は体が冷たくなって息をしてるだけでほとんど死人と変わらないのよ。だからリシューちゃんは気が気じゃなかったみたいで、ずっとカナエちゃんの側を離れなかったの』

 確かにそんな状態が続いたら心配でたまらなかっただろう。


それにリシュー君はこっちに来てからずっと一人であの魔の森を彷徨っていた。

最近は大分改善されたが、今でも一人でいることを無意識に厭う。


なのにメネがいるとは言え、私が死んでまた独りになると思ったら…それは不安だったろう。


「ホント、ごめん。もう大丈夫だから」

 そう言って微笑めば漸くその顔に笑みが浮かんだ。


「これからは絶対に無理も無茶もしないでよねっ」

 涙目できつく言われたので此処は神妙に頷いておく。


「分かった。絶対にしないよ」

『カナエちゃんもこう言ってることだし、許してあげたら』

 メネの口添えもあってリシュー君はコクリと頷いて私から離れる。


それからその後の経緯を詳しく教えてもらった。


件の商会長は拘束され、今は船底の一室に閉じ込められているそうだ。

半分おかしくなっているらしく、そこで虚ろな目で弟への怨嗟の言葉を途切れることなく呟いているとか。


それとあんなに早く魔物がやって来たのは、商会長が夜中にこっそりトイレから魔物寄せの薬を少量づつ海に投下して(この世界では船から出る排泄物は基本、垂れ流しだ)いたから。


さすがの精霊たちもトイレの中までは見張っていなかったので分からなかった。


だが蒼竜王さまのおかげで乗客乗員も船にも大きな被害はなく、予定通りに昼には魔国へ到着するということだ。

なのでこれから先のことを相談する。


「設定は今まで通りでいいと思う。ただガオガイズ家にあるって言う『真実の鏡』の精度はどれくらいなんだろう」

 私の疑問にメネが精霊たちから聞いた話を披露する。


『嘘をつくと鏡が光って鏡面に本当のことが文字になって浮かぶんですって。その正解率は100%だそうよ』

「便利と言えば便利だけど、その鏡の前だとエルフの里で貰った隠蔽の魔道具も通用しない訳だから」

「僕らが異世界から来たってバレちゃうね」

『困ったものよねぇ』

 溜息をつくリシュー君とメネの前で、大丈夫と不敵に笑って見せる。


『また悪い顔になって…どこぞの悪代官みたいよ』

「何か考えがあるの?」

「まあね、どんな道具だって使えなければ恐るるに足らずだよ」

「え?」

『はぁ?』

 私の言葉に2人揃ってポカンとした顔になる。


「その辺りは私に任せて」

 ポンと胸を叩いてみせるとメネもリシュー君も何故か悟りを開いたお坊さんのような顔になる。


「まあ、カナエだし」

『そうね、カナエちゃんだし』

 何が『だし』なのか分からないが、とにかく今は情報が欲しい。


「メネに頼みがあるんだけど」

『何かしら?』

 ガオガイズ家について詳しく知りたいと言うと、任せてと胸を張る。


『精霊たちを総動員して最優先で調べてもらうわ』

 笑顔で請け合うメネに、そう言えばと疑問を口にする。


「引き換えの情報はどうしてるわけ?」

 私たちのことを話しても良いが、その前に承諾をとの約束だが…あれからその話が出たことは無い。


『いらないって言われちゃったのよ』

「はい?」

『カナエちゃんたちの行動を見ているだけで十分楽しいからって。だから協力は惜しまないそうよ』

 何時の間にか精霊たちがオーディエンス化していた。


「…その辺はクソ邪神と一緒か」

 邪神といい精霊といい…エルフもか、長命種は余程暇なのか、それとも娯楽に飢えてるのか。

まあ、協力してくれるというのなら大いに利用させてもらおう。




「本船を守っていただき誠にありがとうございます」

 上陸時に再度船長さんに深々と頭を下げられ、お礼と言うことで船賃を返金されたうえにオリヤ商会所属船の年間フリーパスまで貰ってしまった。


さすがに貰い過ぎと辞退したのだが頑として頷かず、根負けした形で受け取ることにした。


メネ曰く『吸収反転のナイフを無くしちゃったんだからそれくらい貰ってもバチは当たらないわよ』ということなので有難くいただいておく。



『で、どうするの?』

 港で新鮮な魚料理の昼食を取った後、入国審査の為の列に並び始めたところでメネが聞いてきた。


「やることは今までと同じだよ。此処には『真実の鏡』は無いからね」

「うん、交渉事は任せるよ。姉さん」

 にっこり笑うリシュー君に笑みを返すと顔を上げて通路を進んで行く。


「ステータスカードを」

「はい、お願いします」

 お馴染みの遣り取りをして魔国タンザルの街で入国審査を受ける。


さすがに管理が厳しいと聞いただけあって他のところに比べて調べが入念だ。


「入国目的は?」

「幼い頃に別れたきりの父を訪ねるところです。…残念ながら父と母は正式な夫婦では無かったので会ってもらえるか分かりませんが」 

 私の言葉にそれまでステータスカードの情報に目を通していた入国管理官さんの視線が此方に向けられる。


「もしや訪ね先は」

「はい、母からはガオガイズ家と聞いて…」

「おーい、例の件だ。すぐに連絡を」

「了解しました」

 此方の言葉が終わらぬうちにサクサクと管理官さんたちが手続きを始める。


「あ、あの…」

「いや、驚かせてすまん。だがガオガイズ家については今年に入って君らで10件目でな」

「12件ですよ」

 すかさず訂正が入るが、今年…4月の段階で12件とは。

まあ、すべてが放蕩次男の子ではないのだろうが凄すぎる。


「此方でお待ちください。間もなくガオガイズ家から迎えが来ますので」

 別室に通され、テーブルにお茶と菓子が出される。


『随分と高待遇ねぇ』

「四天王と呼ばれる高位貴族の落とし子の可能性がある以上、粗略には出来ないってことじゃない」

 私の言に、なるほどとメネとリシュー君が頷く。


そんな会話をしつつ待つことしばし…。

呼ばれて部屋を出ると裏手にある広場に連れて行かれる。

何とそこにあったのは。


「…トンボ?」

「にしか見えないね」

 背に箱のようなもの(入ってみたら向かい合わせのボックス席だった)が付いた巨大なトンボがいた。


聞いたらこれが迎えで、魔国では高速移動できることから高級車扱いされているとか。


「揺れますのでお気を付けください」

 礼服を纏い額に小角が生えた御者さんがそう言って席に着くのを手助けしてくれる。


虫を操るスキル持ちで、そのおかげてこのトンボを自在に飛ばすことが出来るのだそうだ。


「では参ります」

 箱に空いた窓越しにそう言うとフワリとトンボが飛び立つ。

そのまま一気に加速した。


「凄いね」

「うん、小型ジェットみたいだ」

『飛行機って空を飛ぶ乗り物があると話には聞いていたけど、誠之助との旅はずっと船だったから楽しいわぁ』

 窓の向こう…眼下に広がる景色が物凄い勢いで変わって行く様を眺めながらそんなことを言い合う。


幾つかの街を過ぎ、大きな川や山を越えて1時間ほど経った頃だろうか。

徐々にトンボの高度が下がって来た。


その先に見えるのは高い城壁に囲まれた白壁が美しい大きな城。

城を中心に町が広がり、賑わっているのが上空からでも分かる。


「お疲れさまでした。到着いたしました」

 御者さんが座席の扉を開けて外へと導いてくれる。


此処から少し離れた所に城の門が見える。

そこに御者さんよりも上等な服を来た人が待っていた。


「ようこそ。わたくしはガオガイズ家の執事メルバと申します」

 胸に手を当て恭しく頭を下げるのはリシュー君に似た耳をしたロマンスグレーのオジサマ。


「突然の訪問失礼いたします。私はカナエと申します」

「弟のリシュアンです」

 スカートの裾を摘まんで淑女の礼を取る私の横で、リシュー君も師匠のカイルさんに教わった剣士の礼をしている。


「ガオガイズ家当主デラント様にお目通りを願いたく参上いたしました」

「これは御丁寧な挨拶を。どうぞ此方に」

 そんな私たちに少し驚いた顔をしてから執事さんは城の門へと進んで行く。


「今度は…転移の魔法陣か」

「うん、凄いや」

 門の向こうには地面に直径2mほどの魔法陣が描かれていた。


単なる移動に惜しみなく魔法陣を使うとは、さすがは四天王の中でも魔法に長けたガオガイズ家といったところか。


「さあ、どうぞ」

 促されるままその上に乗ると、すぐに魔法陣が光り出した。


「おおっ」

「ホントに凄いや」

 その光が止んだと思ったら、気付けば城内の広間らしき場所に飛んでいた。


繊細な柄の絨毯か引かれた中央に大きな楕円のテーブル。

壁に沿って開かれている窓に紫紺のカーテンが掛かり、周囲に置かれている調度品もシックで品が良い。


この部屋を見ただけで当主の為人が判る。

どうやら華美を良しとせず実直な人物のようだ。


「しばらくお持ちください。間もなく主人が参ります」

 執事さんに言われるままテーブル席に着くと、すぐに香り高いお茶がメイドさんによって運ばれて来た。


見ず知らずの私たちをこうも簡単に城の中に迎え入れる。

それは自らの力に自信がある事の表れだろう。

確かに四天王と呼ばれる実力者であるからそんじょそこらの刺客など相手にもならないだろうが。


「…飲んでいいのかな?」

 出されたお茶を見ながら小声で聞いてきたリシュー君に笑顔で頷く。


「毒とかは入ってないし、私たちをどうにかする気だったらとっくの昔にやってるだろうからね」

 言い終わるなりお茶に口を付けるとリシュー君もカップを手に取った。


さてさて、ガオガイズ家当主とはどんな人物かしっかり見極めよう。

言ってやりたいことが山ほどあるし。



 

読んでいただきありがとうございます。

次回「35話 ガオガイズ家の跡目問題」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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