33、海上大戦闘
「そろそろか…」
朝食と化粧を済ませ私とリシュー君は甲板へ出た。
「子爵は?」
『御付きに扮した仲間と部屋を出たところよ。例の薬を懐に忍ばせてね』
メネの話にリシュー君と頷き合う。
「薬を持ってるところを取り押さえないとね」
「うん、また撒かれたら大変だもの」
マストの影に隠れて様子を伺っているとメネの報告通りに子爵ともう一人、大柄な男が姿を現した。
「まずは動きを止めようか…結界」
子爵たちの周囲を結界で固めて拘束する。
「な、何だっ!?」
驚きの声を上げる子爵の前に私とリシュー君が立つと警戒の眼差しを向けて来た。
「ご機嫌よう、子爵様」
「どういう事だ。これはっ」
スカートの裾を摘まんで淑女の礼を取る私を子爵が睨み付ける。
「あなたに引導を渡しにまいりました」
「何だとっ!?」
「すべては露見したのです」
その言葉に察するものがあったようで途端に子爵の顔色が悪くなる。
騒ぎを知って多くの水夫や乗客が集まる中、人波を掻き分けて船長と水夫長が此方にやって来た。
「何事ですか?」
「丁度良い所に。昨日の魔物襲撃の犯人を捕らえましたの」
「え?」
私と子爵を見比べて訳が分からないと言った顔の船長だったが、次の言葉で驚きに目を見開く。
「彼の懐にある瓶には魔物を呼び寄せる薬が入っています。昨日はそれを撒いたのです」
「何ですとっ!?」
「ち、違うっ」
慌てて否定の声を上げる子爵。
「こ、この薬は持病の為に持ち歩いているものだっ」
そんなことを言うが、もちろん論破させてもらう。
「ではこの場で飲んで見せて下さいませ。持病の薬でしたら造作もないことでしょう」
「そ、それは…」
「出来ぬのならばその訳をお教えいただけますか?」
私の問いに子爵は黙ったままだ。
「そちらのシルバ商会主から依頼されたのでしょう。この船を魔物に襲わせて信用を落とせと」
メネからの情報と鑑定結果を口にすると子爵の目が驚きに見開かれる。
「な、何故そのことをっ」
「この世で完全に秘すことなど出来ません。どんなに口を堅く閉ざそうと何処からか秘密は漏れてしまうものですわ」
そう言うと子爵はガックリとその場に膝をついた。
「信用の失墜…そんな事の為に関係の無い乗客を巻き込むとはっ」
船長が怒りに身を震わせながら前に進み出る。
「よく見れば貴方はシルバのボルフ商会長ではないですか。何故こんなことをっ」
「オリーの奴が…弟が悪いんだっ。商会が潰れるのもすべてあいつの所為だっ」
商会長の叫びに船長は派手な溜息をついた。
何でもこの船が所属するオリヤ商会とシルバ商会は元は一つの商会だったそうだ。
だが経営方針の違いから兄と弟の仲は険悪となり、ついには2つに別れてしまった。
しかし一年前、弟が商会長を務めるオリヤ商会が侯爵家の御用達となり繁栄し。
反対に兄のシルバ商会は模造品騒動に巻き込まれて大きく業績を落としてしまい、このままでは廃業もやむなしと巷ではささやかれていた。
兄はその騒動は弟が仕組んだものだと言い、関係するものすべてを憎むようになった。
それが高じて今回の事件を起こしたようだ。
「捕らえていただきありがとうございます。おかげさまで未然に防ぐことが出来ました」
私の言に船長は深々と頭を下げた。
「お役に立てて何よりです。では彼らの拘束をお願いします」
それを受けて屈強な水夫たちが周囲を取り囲む。
逃げられないのを確認して結界を解除した。
「オラっ、立てやっ」
水夫長が甲板に座り込んでいる子爵の腕を掴み上げた時だった。
「ガフッ」
それまで大人しかった商会長が力任せに子爵の胸を殴ったのだ。
たちまちその胸に茶色い液体の染みが広がって行く。
「まさかっ…あいつを止めて、リシュー君っ」
私の叫びに飛び出したリシュー君だったが、少しばかり遅かった。
商会長は子爵の足首を掴むなり勢い良く振り回し出し、そのままハンマー投げのように回転しながら子爵を海に向けて放り出したのだ。
悲鳴を上げて飛んで行く子爵。
それからすぐにボチャンという音と共に水柱が上がった。
どうやら子爵は仲間では無く完全に計画遂行の為の駒…それも捨て駒だったようだ。
すぐに商会長は水夫たちに取り押さえられたが…その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「何を笑ってやがるっ」
水夫長の詰問に商会長は狂ったような笑い声を上げた。
「これで全部お終いだっ。お前らも俺もっ」
「何を言って…」
唖然とした一同だったが、すぐにその言葉の意味に気付く。
「あれはっ!」
乗客の一人が指さす先の海が大きく盛り上がった。
「一番強力なものを用意した。あれに誘われてくる魔物は…」
彼の言葉が終わらぬうちに山となった海面が割れて長い触手のようなものが現れる。
「ま、まさか」
その正体に気付いたらしい船長の顔が真っ青になる。
そうこうしていたら吸盤の付いた触手…いや、これは足と呼ぶべきか。
4本のタコの足が船に向かって伸ばされる。
その先にあるのは…鋭く尖った歯が並ぶ巨大な魚の口。
「あれって…サメ…だよね」
「タコだと思うけど」
『両方よっ』
メネの言う通りその魔物は上半身が巨大なサメ、下半身には8本の太い蛸足が付いていた。
「B級のサメ映画で観たことあるような」
「僕はカードゲームに似たようなカードがあったの知ってる」
あまりのことに何処かズレてしまった会話をする私たち。
『何、暢気に眺めてるの。来るわよっ』
「そうだったっ、結界っ」
メネに叱咤され慌てて船全体を結界で覆う。
次の瞬間、蛸足が結界に向けて叩きつけられる。
「わっ!」
「きゃっ」
打撃からは守ることは出来ても衝撃までは消せないので船が大きく左右に揺れる。
「カナエっ」
勢い良く飛ばされそうになった私をリシュー君が抱き留めてくれた。
「あ、ありがとう」
礼を言いいながら顔を上げるが、眼前に広がる光景に唖然となる。
4本の巨大な蛸足が結界を包むように纏わり付いて陽の光を遮っているので、辺りは薄暗くなってしまっている。
何しろ魔物は私たちが乗っている客船の3倍は優にある大きさなのだ。
これを振り解くのは難しいし、このままでは脱出は不可能だ。
不意に横からガッツンと物凄い音がした。
音がした方を見るとあったのは大口を開けたサメのドアップ。
蛸足が無い側面に顔を寄せ、そのまま苛立たし気に結界に嚙みついては弾かれるということを繰り返している。
結界があるからしばらくは大丈夫だが、私の魔力も無限ではない。
無くなったらそれでお終い。
正真正銘の絶体絶命だ。
「船長さんっ」
「は、はい」
茫然と立っているだげだった船長が、私の呼びかけに我に返ったように此方を向く。
「気休めにしかなりませんが乗客と乗員を船内に避難させて下さい」
「で、ですが…」
「此処は私と弟で何とかしてみます」
「僕も頑張ります」
2人して力強く頷いてみせれば、しばし迷ったが。
「分かりました。お願いします」
それしか出来ることは無いと判断したのだろう、此方に深々と頭を下げた後で部下たちに命じて船内への避難を開始する。
『どうするの?』
甲板に誰もいなくなったところでメネが聞いてきた。
「取り敢えず…トカラダンジョン40階のエリアボス戦と同じ方法を試してみるよ」
あの時は小さく開けた結界の隙間から吸収反転のナイフを投げつけて勝利したが、今回もその手が通じると良いが。
「だったら僕もっ」
そうリシュー君が意気込む。
「じゃあタイミングを合わせてリシュー君は魔法で、私はナイフと…」
言いながら例の殺虫剤が詰まった極小結界を取り出す。
「出来そう?メネ」
『任せなさいっ、奴の口の中に投げ込んだらすぐに戻って来るわよぉ』
ムンと腕を上げて力こぶを作って見せてからメネは極小結界を受け取った。
さて、私たちの総力戦でどこまであの魔物に対抗できるか。
「行くよ、1、2の3っ」
私の声に合わせてリシュー君とメネが動く。
「ギュガァァ!」
結界の隙間から飛び出したナイフが魔物の鼻先に深々と突き刺さった。
痛みに仰け反ったところに飛んで行ったメネが極小結界を口へと投げ込む。
「ギガフレアっ」
一拍遅れてリシュー君が放った最大火炎魔法が炸裂した。
たちまち辺りが炎で覆われる。
『アチャチャチャ』
炎を搔い潜りながらメネが此方に戻って来た。
それを見てすぐに結界を完全封鎖。
周囲は黒煙に覆われてまったく外の様子が分からない。
「や、やったの?」
「リシュー君、それフラグ」
私に言われて慌てて手で口を押さえるが、残念ながらしっかりフラグは立ってしまったようだ。
『うそぉぉっ』
メネがそう叫んで唖然となる。
だが私もリシュー君も気持ちは同じだ。
煙が晴れた先にいたのは…。
あちこち焦げたり鼻先から流血したりしているので多少のダメージを与えることは出来たようだが、某ドリンク剤の宣伝文句ばりに元気ハツラツな魔物の姿だっだ。
しかも物凄い目でこっちを睨んでいる。
やはりあの程度の攻撃ではこの図体の魔物には決定打には成り得なかったみたいだ。
「ど、どうしよう」
途方に暮れた目を此方に向けるリシュー君。
『万策尽きたって事かしら』
悲嘆に満ちた顔のメネ。
そんな彼らの前で私は深いため息をついてから口を開く。
「…あまり遣りたくは無いんだけど」
『何か手があるのっ?』
「近い近い」
眼前にがぶり寄って来たメネを手で押し返しながら頷く。
「これは自爆特攻に近いからね」
「か、カナエっ」
驚いた様子でリシュー君が私の腕を掴んで来た。
「命を粗末にしちゃダメだっ」
『そうよ、死んで花実が咲くものかって言うじゃないっ』
どうやら誤解しているようなので詰め寄る2人の前で、違うよと手を振って見せる。
「やるのは私じゃなくて…」
続けられた話にリシュー君は唖然、メネは愕然とした顔をした。
「いいの、そんなことして」
『ホントよ、罰当たりにも程があるわっ』
不安そうなリシュー君と呆れ返るメネに、しれっと言い返す。
「あるものは使わないと。本来こういった時に使うためのものなんだから」
「それは…そうだけど」
『怒られても知らないわよ』
何やらブツブツ言ってる2人を華麗にスルーして、リシュー君から預かっていたものを収納から取り出す。
「さて、上手く行くといいけど」
言いながらそれを極小結界で包み込みメネへと託す。
「よろしく」
『本当にあんたって…いいわよ、やってやろうじゃないっ』
完全に開き直った様子でメネは極小結界を抱えて飛び上がる。
そのままさっきのように結界の隙間を通ってサメタコ融合魔物の口を目指す。
『やれって言ったのはカナエでアタシじゃないからっ』
そんな言い訳を口にしながらメネは無事に任務を遂行し此方に戻って来た。
「じゃあ行くよ。リシュー君っ」
極小結界を開放すると同時にリシュー君に呼びかけさせる。
「御助力お願いしますっ」
そう叫んでからしばしの後…。
「グゴゴォォッ」
サメタコ融合魔物の腹が異様に膨れ上がり出した。
何やら呻いてジタバタと暴れるが無駄なことだ。
この攻撃から逃れることは出来ない。
やがてまるでフグのようにまん丸に膨れ上がった腹が限界に達した。
「わっ!」
『ぎゃぁっ』
リシュー君とメネの叫びを打ち消して大音響と共に魔物が爆発する。
肉片があちこちに飛び散る中、そこから淡い光が放たれた。
『我を呼んだか?』
「はい、蒼竜王さま」
申し訳なさそうに返事をしてリシュー君が前に進み出る。
「お忙しいところ御出ましいただきありがとうございます。巨大な魔物に襲われ難儀をしておりました。故に王君にお縋りしたいと召喚させていただきました」
続けられた私の話に、フムと頷く蒼竜王。
『で、その魔物とは?』
「王君の気配を感じ取り早々に逃げて行きました。さすがは蒼竜王さまです」
そう言うと蒼竜王は機嫌良さげに水色のヒレを振ってみせる。
『うむ、其方らが無事ならば良い』
ヒレをひょいと上げると海中から蒼い鱗が浮かび上がって来てリシュー君の手の中へと戻る。
『また何かあれば遠慮なく呼ぶがいい』
「はい、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
リシュー君と揃って頭を下げると、うむうむと満足げに頷いて蒼竜王は海の中へと消えて行った。
お話を読んでいただきありがとうございます。
次回「34話 魔国到着」は火曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m
 




