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32、子爵の企み


『何なのアイツ?』

 遠くなった子爵の背を睨むメネに肩を竦めながら言葉を返す。


「簡単に言うなら没落寸前の貧乏貴族が私たちを利用しようとしてるってとこかな」

「そうなの!?…随分と馴れ馴れしい奴だとは思ったけど」

 驚くリシュー君に鑑定の結果を教える。


「称号に『博打好き』『借金王』『奴隷商の手先』ってあったからね。そもそも貴族議会が始まってるこの時期にこんなところでフラフラしてるってことは推して知るべしだし」

『要は(うだつ)が上がらない小悪党ってことね』

 やれやれと首を振ってから、で?とメネが聞いてきた。


『その小悪党は何が目的で近付いて来たのかしら』

「私たちが魔国貴族の落胤ならその威光を利用できるし、そうで無ければ巧く言いくるめて奴隷商に売って大儲け…とか考えているんじゃない」

 私の推量に途端にリシュー君とメネが憤慨する。


「カナエを奴隷になんてっ」

『正真正銘の奸賊だわっ』

「まあ、泡沫の夢でしかないけど。本当にそれが出来るほど目先が利くなら没落寸前になったりはしないから」

 尤もな私の言葉に、確かにとリシュー君とメネは大きく頷いた。


「それで、どうするの?」

 リシュー君の問いに軽く手を振りながら答える。


「近付いて来ても適当にあしらえばいいよ。それに良いことを教えてくれたしね」

「良いこと?」

 不思議そうなリシュー君にニッと笑い返すとメネが呆れ顔で口を開く。


『悪い顔になってるわよ。…これ以上、厄介事は増やさないでね』

「…善処するよ」

 そんな会話をしつつ、私たちは魔国行きの客船へと乗り込んだ。 



「さすがは一等船室ってとこだね」

 案内された部屋は窓が大きく取られ海が一望できる。

ベッドも上物で置かれている調度品もセンスの良さが感じられる。


「まあ、夜になったらアンのところへ戻るけど」

「うん、僕もその方が落ち着く」

 窓から海を見ていたリシュー君も振り返ってそう同意する。


君の場合は帰らないとゲームが出来ないからねと思ったが、そこは言わぬが花だろう。


「カナエ、外に出ていい?」

「そうだね、籠りっぱなしってのも勿体ないし」

 昼はメルリーの町で済ませて来たし、夕食まではまだ間がある。


『私も行くわよぉ』

「海に落ちないよう気を付けて」

 メネにそう注意をしてから連れ立って甲板に出てみる。


外海に出たからだろうか、船の揺れが大きくなったが気にする程ではないので水夫さんたちの仕事の邪魔をしないようにして歩き回る。


近くに島影はなく、360度見渡す限り海ばかり。

しばらく眺めていたがさすがに飽きて来た。


そろそろ部屋に戻ろうかと思っていたら。


「カナエ、あれっ」

 リシュー君が指さす先にいたのは大きな魚影。


「イルカ?」

「うん、そっくりだね」

 20頭ほどのイルカの群れが此方へと近付いて来る。


すぐ側まで来ると顔を上げてつぶらな瞳でこっちを見る。

その様は文句なしに可愛い。


「餌とかあげてもいいかな」

「野生動物の餌付けは良くないって聞くけど…こっちじゃどうなんだろう」

 リシュー君とそんなことを話していたら、それは起こった。


一番近くにいたイルカの頭が十字に割れたのだ。


「は?」

「へ?」

『ほぇ?』

 3人同時に変な声が出た。


私たちが見つめる中、割れた頭がさらに大きく広がり奥から無数の鋭い牙が現れた。

ほぼ同時に他のイルカたちの頭が開いて…ちょっと、いや、かなりホラーな光景が展開される。


「うわぁっ」

「ひぇぇっ」

『ぎえぇぇ』

 揃って悲鳴を上げるがそれも仕方ない。


それはクリオネの捕食シーンそのもの。

「流氷の天使」と呼ばれ見かけは可愛いのに、餌を食べる時は一転して凶悪になるアレだ。


さすがに擦れ切ったアラフォーの私でもクルものがあったので、リシュー君が受けたショックは相当なものだったようだ。

私の腕にしがみついたままプルプルと震えている。


まあ、私も似たようなものでメネを掴んだ手の震えが止まらない。


そのイルカもどきが大口を開けたまま甲板に向かってジャンプしてきた。


私たちには結界があるので弾き返したが、同じように甲板に出ていた乗客や水夫が襲われる。


「ファイアウォールっ」

 咄嗟にリシュー君が炎の壁を作り出してイルカもどきの攻撃を防ぐ。


おかげで事なきを得たが反対側にも同じような群れがいて、そっちは何人かが喰いつかれたまま海に引きずり込まれようとしている。


「アイスジャベリンっ」

 人が近くにいるので火魔法は使えず、代わりに氷の槍でイルカもどきを串刺しにして撃退する。


しばらく身構えていたが、どうやらイルカもどきの攻撃はこれで終わりのようだ。

見ると2人の魔法師がケガ人に治癒魔法をかけて回っている。

負傷者は出たが、死者は無いと聞いてホッとする。


「見張りは何をしてやがったっ!」

 甲板の向こうで水夫長らしき厳ついおっさんが怒鳴っている。


本来なら見張りがああいった水棲魔物の接近を周囲に知らせて迎撃態勢を整えるのだそうだ。


「そ、それが…見張りのヤツ眠りこけてやがりまして」

「何んだとッ、懲罰もんだぞ!」

 そんな会話が聞こえて来たと思ったら、その水夫長と一緒にモールが付いた服を来たおじさんが此方にやってくる。


「魔物と戦って下さりありがとうございます。私はこの客船マーマル号の船長でアゾデンと申します」

 胸に手を置いて深く頭を下げる船長に、私とリシュー君も頭を下げ返す。


「お役に立てて何よりです」

「ケガした人が出ちゃってごめんなさい」

 リシュー君がそう言えば、いえっと驚いた様子で首を振る。


「船を守るのは我々の務めです。お客様の手を煩わせて却って申し訳ない」

「それよりこんな事はよくあるのですか?」

 私の問いに船長は困惑しきった様子で言葉を綴る。


「ジャグの魔物がこのように襲ってくるなど前代未聞です」

「あっしも船乗りになって長げぇが、こんなのは初めてですぜ」

 2人とも訳が分からないといった顔をした。


その後、甲板は危険と言うことで乗客は船室に戻るよう指示が出された。



「こ、怖かった」

「だね、元の世界のイルカのイメージが強かったからそのギャップで余計に怖い」

 部屋に戻ってそんなことを言い合いながらも体の震えが止まらない。


「何か夢に見そう」

「やめてよ、本当に見そうだよ」

 げっそりしている私とリシュー君の下にメネがやって来た。


『あの子爵だけどぉ』

「カナエのことを奴隷にって狙ってたヤツだよね」

 珍しく怒りの表情を浮かべるリシュー君に、そうよぉと頷くと精霊たちから聞いた話を披露する。


何と今回の襲撃はあの子爵の仕業だった。

こっそり魔物を呼び寄せる薬を撒いて、見張り役にも眠り薬入りの飲み物を渡しておいた。


その所為で見張りが役に立たず、魔物の接近を許してしまったわけだ。


だがどうして子爵はそんなことをしたのか?。

それがライバルの商船会社からの依頼だからだ。


魔物に襲われて被害…死傷者が出たとなると、その賠償額は莫大だし信用も無くなる。

その実行犯が貴族である子爵だとは誰も思わないし、疑われても身分を盾に言い逃れられるという計画だったらしい。


私たちをロックオンしたのにあっさり引き下がったのはこの仕事を抱えてたからか。


「こんな犯罪行為に加担するとは…余程金に困ってるのか」

 私の呟きに、みたいよとメネが大きく頷く。


『次の月までに取り敢えず5万エルンを返さないと爵位を取り上げられるんですって』

「5万エルン…日本円で5千万か」

『もちろん借金の総額はそんなもんじゃ無くて、当人もあちこちから借り過ぎて正確な額は分かってないみたい』

「…何でそこまで」

 メネの話にリシュー君が信じられないとばかりに首を振る。


『元から浪費家だったけど、その穴を埋めようと賭博に手を出したのよ。それからはお約束よ』

「絵に描いたような転落人生だね」

 呆れ顔を浮かべる私に、ホントよねぇとメネも同意する。


「で、次はあるの?」

 襲撃はリシュー君の活躍でほぼ失敗に終わった。

これだと大した痛手にはならないから別の手段を取らざるを得ない。


『今は仲間と相談中よ。でもきっと何かやらかすと思うわ』

 確かにこのまま何もしなければ没落一直線だ。

起死回生の一手を打ってくるだろう。


「その子爵の動向を追ってくれる?」

『任せなさい。精霊の目から逃れられる者はいないんだから』

 意気込むメネに、よろしくと手を振るとリシュー君へと向き直る。


「また水棲の魔物が襲ってくると思うから」

「うん、今度はケガ人が出る前に倒すよ」

 力強く言い切る様はしっかり戦う男の顔だ。


初めて会った時は泣き虫な子供という印象だったが変われば変わるものだ。

まあ、自分も人のことは言えないが。


生前は面倒臭がりで、それが先に立つと何でも放置することが多かった。

もちろん仕事は真面目にやっていたが、それ以外…人間関係や恋愛など真摯に向き合うことはせずになあなあで済ませてしまっていた。

その方が楽だったし、面倒事は嫌いだったから。


だがこっちに来てそれが少しは改善されたように思う。


真摯に向き合わないとすぐに死に直結するので、そうならざるを得なかったというのもあるが…その変化を自分でも嬉しいと感じている。


クソ邪神のことを許す気は毛頭ないが…この世界に来たことは良かったと思える。



『またやらかす気よぉ』

 昼間のお礼とかで出された豪華な夕食を船内の食堂で取った後、部屋に戻ったところでメネが報告してきた。


「今度は何?」

『馬鹿の一つ覚えでやることは一緒よ、また魔物を呼び寄せる薬を撒くんですって。ただ今度は前より強力なのを使うって』

 メネの話にリシュー君と揃って深いため息を吐く。


「懲りないな」

「うん、本当に馬鹿なんだね」

 そう言い合ってからメネに決行時間を尋ねる。


『明日の朝だそうよ』

「ならそれに合わせて準備しないとね」

「船長さんたちには知らせないの?」

 リシュー君が聞いて来るが、それには首を振らざるを得ない。


「メネの話だけで証拠が無いからね。それで貴族相手に動くのは難しいと思う」

「そっかー」

 現場を押さえないことにはどうにもならない。


「当面は私たちで対処することになるけど」

「大丈夫、頑張るよ」

 意気込むリシュー君に、頼むねと笑みを返すと扉を出してアンのところへと戻った。

 


「ふう、さっぱりした」

 風呂上がりの私の顔を見て、あらっとメネが声を上げた。


『メイク落としちゃったの』

「ずっとはしてられないからね」

 だがアンの進化に伴ってその効力も上がっているので一度施せば化粧崩れはしないし、見栄えもさらに良くなって、しかも肌への負担はまったく無い。


これならずっと化粧していても大丈夫だろうが、詐欺メイクをしたままだと気持ち的に落ち着かない。


「僕はその方がいいな」

 すっぴんになった私をリシュー君がニコニコ顔で眺めている。


「使用前と使用後の両方見てそう言ってくれた男はリシュー君が初めてだよ」

 クスリと笑うと、あらそうなのとメネが私の側へとやってくる。


『あれだけ綺麗になれるならモテたでしょ』

「まあね、若い頃は合コンのお誘いとか結構あったからその時にはしてたけど…でも『人は見掛けじゃない』とか『中身が大事だ』なんて言ってた奴に限って使用前を見せたら『騙したな』とか『詐欺だ』とか言って怒り出すんだよね」

 そう言わなかった奴には二股されるし、おかげですっかり恋愛事が面倒になりアラフォーになってもお一人様だった。


『男運が悪いというか周りにいた奴らがロクデナシばかりだったのね』

「それは認める」

 今思うと若かったな。

あんな連中の言葉にメンタルをやられていた自分が恥ずかしい。


「どんな姿でもカナエはカナエだよ」

「ありがとう、リシュー君」

 嬉しいことを言ってくれるリシュー君に思わず礼を言う。


「そろそろ寝ようか、明日は大立ち回りが待っているだろうから」

「うん」

『そうねー。連中が動き出したらすぐに知らせるわ』

 3人同時に頷き合うとそれぞれのベッドへと直行した。


さて、どうなりますか。


 

読んでいただきありがとうございます。

次回「33話 海上大戦闘」は金曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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