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31、いざ、魔国へ


「あ、カナエ~っ」

 昼近くになって元の場所に戻ると既にリシュー君とメネが待っていた。

大きく手を振るリシュー君だが、近付くとちょっとバツが悪そうな顔になる。


「何か掘り出し物はあった?」

「う、うん」

 ぎこちなく頷く様に首を傾げたらメネが少しばかり呆れたように口を開く。


『リシューちゃんたら売り子に勧められるままにディナーセット一式を買い込んだのよ』

「は?何でまた」

 セットとなると大抵が5人分、かなりの数になる。


後で確認したら楕円形大皿、サラダボール、深皿大と中、カップとソーサーは当然5つ、他にスープ皿、大皿、中皿も5つと全部で28点あった。


『売り子ちゃんが綺麗な子だったのよ』

「ああ、なるほど」

 納得する私に、違うよっと慌ててリシュー君が反論する。


「確かに可愛い子だったけど…買う気になったのは…家で使ってたのに似てたから」

 最後の方は小声になったが、しっかり聞こえたので笑顔で頷く。


「ちょうど良かったよ」

「え?」

「そろそろ食器を新調したかったからね。ありがとう、リシュー君」

 そう言うとそれは嬉しそうに笑う。


『ホント、リシューちゃんには甘いわねぇ』

 私の肩に飛んできてコソッとそんなことを言うメネに此処での成果を聞いてみる。


「ところでメネのお眼鏡に叶うものはあった?」

『アタシはこれよ』

 言いながらリシュー君の方へと視線を送ると、それを受けてマジック袋から何やら取り出す。


出されたのは精巧な作りのドールハウスだった。

テーブルにソファーに天蓋付きベッド、クローゼットにチェストにデスクと椅子が備えられた小さな家だ。

少し古びてはいるが高級品と分かる作りなので何処かの貴族令嬢の持ち物だったのだろう。


「確かにメネにピッタリだね」

『うふっ、いいわねぇって眺めてたらリシューちゃんが買ってくれたのよ。優しいわぁ』

 楽し気なメネを見ていたら隣で盛大な音がした。


「…お腹空いた」

 どうやら音の正体はリシュー君の腹の虫だったようだ。


「それじゃあ何か食べようか」

「うん、さっき向こうで美味しそうな料理があったんだ」

 リシュー君に先導されるまま行ったのは、店の外にテーブルが置かれたオープンカフェのようなところだった。


小魚の丸揚げに海鮮入りリゾット、イカぽいものと野菜のオイル炒め、デザートは手作りプリン。

添えられたバゲット風パンはお代わり自由で、セットの飲み物はサングリアによく似ている。

これで締めて1エルンと200ルン、日本円で1200円は激安だ。


早速リシュー君と2人して席に着く。


『懐かしいわね。誠之助の奥方が好きだったお酒に似てるわ』

 テーブルに置かれたピッチャーの中で揺れている果実の輪切りを見ながらメネが呟く。


サングリアは赤ワインをソーダやジュースで割り、その中に一口大に切った果物とシナモン等を漬けた飲み物だ。

アルコール度数が低くジュース感覚でゴクゴクといけてしまうので女性に人気が高い。

誠之助さんの奥さんが好きだったと言うのも頷ける。


「誠之助さんと言えば…」

 私がそう切り出した時だった。


「あいつですぜっ」

 私を指さすなり3人の男が早足でやって来た。

見るとその一人はさっきの掏摸だ。


「姉さんに何の用だっ」

 私を守るように立ち上がったリシュー君を見やりながら馬鹿にした顔で真ん中の男が口を開く。


「姉弟にしちゃあ似てねぇな」

「おうよ、弟の半分も美人だったら良かったのにな」

「違ぇねぇ」

 失礼なことを言い笑い合うと男たちが前に出る。


「お前の姉貴とぶつかった所為でコイツがケガをした」

「その落とし前を付けてもらおうかっ」

 そう言って凄むが…悲しいかな、そこはただの町のチンピラ。

魔の森にいた魔物で慣れてしまったからかまったく脅威を感じない。


さて、此処らで反撃に出るか。


「おや、ゴズさんにドンさんにゲイリーさん。こんなところで私にかまけていて良いんですか?」

「へ?」

「な、何で俺たちの名を?」

 いきなり名を呼ばれて思いっきりうろたえる3人。


鑑定を使えば造作もないことだ。

しかし不思議なのだが相手が自分のことを知らないと思うと尊大な態度を取るのに、氏素性が知られたとなると急に低姿勢になるのは何故なのか。


そんなことを考えつつ言葉を継ぐ。


「ザムダさんが貴方たちのことを探してましたよ」

 此処らを縄張りとする元締めの名を告げると彼らの顔が面白いほどに蒼くなる。


「なっ」

「あの事がバレたんじゃ」

「ヤベえぞっ」

 言うなり踵を返すと脱兎のごとく走り去った。


「はい、お達者で」

 軽く手を振ってやっているとリシュー君とメネが呆れと感心が混ざった顔でこっちを見ていた。


『名前は鑑定で知ったのは判るけど…元締めの事とか何でぇ?』

「それは僕も知りたい」

 不思議そうなメネとリシュー君に種明かしを。


「さっき市を回ってる時にお客のおじさんたちが話してるのを聞いたんだよ。此処らの元締めがザムダって人で、店から勝手にみかじめ料を取ってる奴らがいて探してるって。それでちょっとカマをかけてみただけ。どうやら心当たりがあったみたいだけど」

 そう言って肩を竦めると、メネもリシュー君も唖然とした顔をする。


『ホントあんたって…』

「凄いや、カナエっ」

 溜息をつくメネと素直に感心してるリシュー君。

対照的な反応が面白い。


「リシュー君も私を庇ってくれてありがとね。カッコ良かったよ」

「そ、そうかな」

 照れた顔で頭を掻く様に私とメネから笑みが零れる。


そんなこんなで昼食を終えた私たちは一通り町を見て回ってからアンのところに戻った。



「そうそう、昼間の騒ぎの所為ですっかり忘れてた」

 夕食を終えた後でペンダントのことを思い出しリシュー君とメネに声をかける。


「どうしたの?」

 ゲームを中断して2階からリシュー君が下りて来る。


『何かしら』

 市で買ったドールハウスを自分好みにカスタマイズしていたメネも此方に飛んで来た。


「これなんだけど」

 差し出したペンダントに怪訝な顔をした2人だったが、蓋を開けて見せるとそれが驚きに変わる。


「鑑定したら『異世界人ヘンリー・フォード所蔵』ってあった。写真の服の感じからすると誠之助さんと一緒にこっちに召喚された人だね」

 中にあったのは左手の指に結婚指輪があるので持ち主の奥さんと思われる女性の写真。

大量の花飾りが付いた帽子にテイラーカラーのワンピースは1910年代に多く見られた服装だ。


『よく無事だったわねぇ』

 110年も経っているのにと感心するメネに、それはと理由を教える。


「状態保存の魔法がかかっているし、それにこっちの人達はまさかこんな風に蓋が開く仕掛けになってるなんて思ってもみないから誰も開けずにいたおかげだね。で、この紙が一緒に入ってたんだけど」

 広げた紙面には英語の文章が記されている。


言語理解を習得しているので私はもちろんリシュー君も読めるが、メネは分からないようだ。


『何て書いてあるの?』

 急かすように此方を見るので書いてあることを教える。


「簡単に言うとクソ邪神への呪詛と故郷に残してきた妻と産まれてくる子への愛慕だね」

『気の毒に…身重の妻を置いてこっちに連れて来られたのね』

 切なげな顔で呟くメネ。

誠之助さんとその奥さんのことを思い返しているのだろう。


「で、最後に気になることが書かれているんだよね」

 言いながら文章の末尾を指さす。


「彼の悪神、滅するには深淵の水晶を砕け…これってどういうことなんだろう?」

『そんな名の水晶、聞いたこと無いわね。いいわ、精霊たちに調べてもらうよう頼んでみる』

 力強く頷くメネは実に頼もしい。


この件はメネに任せることにして明日に備えて早く寝ることにする。

もちろん、リシュー君とメネに『ゲームは2時間まで』と釘を刺すのも忘れない。


素直に頷いたので、そこは彼らを信用することにした。



「お早う…って誰っ!?」

『あらまあ』

 翌朝、キッチンにやって来たリシュー君とメネが驚きの声を上げる。


「私以外の誰だと?」

「か、カナエ…なの」

『随分と美人になったわね、完全に別人だわぁ』

 キョドるリシュー君の横でメネが頻りに感心している。


「似てないって言われたからね。姉弟で通すためにちょっと詐欺メイクしてみたんだ」

「…詐欺メイク」

『言い得て妙よねぇ。私が知ってる化粧は白粉と紅くらいだったけど』

 近くに飛んできてまじまじと私の顔を見つめるメネ。


「化粧の世界は日進月歩だからね。アイプチで二重にして付けまつ毛2枚貼りにアイライナーで縁取りすれば目の大きさを倍に出来るし、ノーズシャドウとチークで彫りを深くして3色の口紅で陰影を付けて仕上げにグロスで艶出しすれば出来上がり」

 私の説明にリシュー君とメネが感心しきった顔をする。


『確かにこれなら並べば姉弟に見えるわね』

「意図的にリシュー君に寄せた顔にしたからね、パブロ・ピカソも『女の顔はキャンバスだ』って言ってるし」

 そう笑って変わってしまった顔に慣れない様子のリシュー君に声をかける。


「取り敢えず座って。今朝はリシュー君の好きなエッグベネディクトだよ」

 マフィンにカリカリベーコンと刻んだ生野菜にポーチドエッグを乗せてマヨネーズソースをかけたものをテーブルに置くとぎこちない動きで席に着く。


だが一口食べた途端、ほわっとした笑みを浮かべた。


「…カナエの味だ。良かった、ちゃんとカナエだ」

「確認方法がそれっ?」

 思わずそう突っ込んでしまうが、安心した様子でエッグベネディクトを食べ出したリシュー君に苦笑を浮かべつつ私も食事を開始した。




「足元に気を付けて、姉さん」

 はしけに乗り込む際にそう言ってリシュー君が手を伸べてくれた。


「ありがとう、リシュー」

 礼を言ってその手を取る。

そんな私たちの姿に周囲にいた他の乗客が憧憬に満ちた目を向ける。


昼になり指定された場所に行くと客船へ向かうための艀へと案内された。


艀とは港の水深を十分に確保できず、大きな貨物船が港に直接接岸することが難しい時に船と物揚場との間を繋ぎ、乗客や貨物の荷役作業を行う特殊船のことだ。


甲板に佇み出発を待っていたら此方に近付いて来る人がいた。


「突然の声掛けを失礼いたします。私はメルリーで子爵の位を持つオランと申します」

 年の頃は30歳ほどの背の高い男が恭しくお辞儀をしてきたので此方も礼儀正しく頭を下げる。


「子爵様にご挨拶いただき光栄でございます。私はカナエ、此方は弟のリシュアンです」

「仲の良い御姉弟ですね。魔国へお帰りの途中ですか?」

 今はフードは被っていないのでリシュー君が魔族であることは一目瞭然だ。


それに私はエルフの里で手に入れた空色のワンピース姿でリシュー君は海龍の鱗が使われた装備にミスリルの剣という出で立ちなので魔国貴族の子弟と判定されたようだ。

なので対応が丁重だ。


余談ながら私たちしか見ることは無いがメネも負けじと濃いブルーのマーメードラインドレスである。


「ええ…まあ」

 言葉を濁す私に、何か訳ありですかと首を傾げて問いかける。

その目は完全に此方を値踏みする目だ。

利用価値が有るかどうかを確かめているのだろう。


「幼い頃に別れたきりの父を訪ねるところです。…残念ながら父と母は正式な夫婦では無かったので会ってもらえるか分かりませんが」

 私の言葉に納得した様子の子爵。


「魔国貴族の御落胤ですか。…もしかしてお訪ね先はガオガイズ家ですか」

「え?…どうして」

 その名に動揺して見せてやると、やはりと大きく頷く。


「ガオガイズ家御次男の放蕩ぶりは有名ですから。この前も落とし子だという者が一度に3人も屋敷にやって来て大騒ぎだったとか」

 楽しそうだな、子爵。


この手のゴシップは貴族たちの大好物とは聞いていたが、その通りのようだ。


「私たちが落とし子かどうか真偽の程は定かではありません。生前の母の話だけで証拠となる品も無いですし」

「その心配は御無用ですよ」

「は?」

 今度は此方が首を傾げると子爵はそれは楽しそうに言葉を綴る。


「ガオガイズ家には『真実の鏡』という魔道具が有りますからね。御母堂の話が本当かどうかは鏡が証明してくれるでしょう」

 言いながら此方の顔色を伺っていたので笑みを浮かべて口を開く。


「教えていただきありがとうございます。私共も真実が知りたいので良かったです」

 動揺することなくそう言ってやれば、おおっと子爵が感嘆の声を上げる。


「最初から貴方たちが騙りとは思いはしませんでしたが話してみて分かりました。お美しいだけでなくその気品、高潔な心根、間違いなく御父君は貴族でしょう。事が片付きましたら是非とも我が屋敷にいらして下さい。お力になります」

 そう言うと住所と名が記されている名刺のようなものを手渡してきた。


「重ね重ねありがとうございます。ではこれで」

 軽く頭を下げリシュー君と共にその場を離れた。



拙いお話を読んでいただきありがとうございます。

次回「32話 子爵の企み」は火曜日に投稿予定です。

よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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