29、ラーゼンの街
「カナエ、大丈夫?」
「回復薬(風邪薬)を飲んだから、万全だよ」
そう笑みを返すが…さっきまで久しぶりの酷い二日酔いで死にかけ状態だったのは不覚この上ない。
口当たりが良くて飲み過ぎたのが原因なので、これからは自重しよう。
そんな会話をしつつ私たちは街の入口の列へと並ぶ。
「ステータスカードを」
「はい、お願いします」
差し出された門兵さんの手に私とリシュー君のカードを乗せる。
しばらくして。
「通って良し」
「ありがとうございます」
返されたカードを受け取って2人して頭を下げる。
そのまま門を潜って街へと入ると。
「うわあぁ」
『あらまあ』
「凄いね」
目の前に高層のビル群が広がっていた。
10階建ての高い建物がびっしりと隙間なく並び、その屋上には光の魔道具に照らされた派手な看板。
下の階の店にはさまざまな商品がガラスのような透明な板の向こう陳列されていて、行き交う人もみんなおしゃれで実に賑やかだ。
この街の設立には60年前に現れた渡来人が深く関わっているそうで、言われてみれば前世で見たことがあるものが多く見受けられる。
「60年前の渡来人はどうやらアメリカの人だったみたいだね」
「え?」
「だって、ほら」
指さす先に立っているものに気付いてリシュー君が呆気に取られた顔をする。
「自由の女神だ」
そう、小高い丘の上に立っている像は自由の女神にそっくりだ。
その向かい側にはエンパイヤステートビルと同じ尖がった造詣の細長いビル。
それに門の横で貰った街の地図をよくよく見ればセントラルパークっぽい公園、ヤンキースタジアム風の闘技場、メトロポリタン美術館に似た建物(ここは同じように美術館として使われている)南側にはブロードウェーと呼ばれる劇場街がある。
「ねぇ、カナエ。あれって」
魔道具店のショーウインドーにあるのはどう見てもカメラ、懐中時計に置時計、レコードプレーヤー、アイロン、電燈機、保温ポット、電気コンロにトースターと1960年代風のものばかりだ。
60年の間にこの世界に合わせたカスタマイズがされ、さらに便利になっているようだが元は地球産のものだろう。
「でも何か懐かしい感じがするね」
「うん」
大きく頷くリシュー君の視線の先には冷蔵庫や洗濯機と思える魔道具が鎮座している。
値段を見ると…庶民にはまず手が出ない数字が並んでいる。
やはりこの手の魔道具は贅沢品のようだ。
『話には聞いてたけど本当に凄いわね。さすがは魔道具開発最先端を行く街だわぁ』
カバンの外ポケットから顔を出しているメネが感心しきりと言った声を上げる。
そんなメネが着ているのは本人希望のバレエ・ジゼルの妖精衣装を参考にした白いドレスだ。
何でもジゼルはロンドンで誠之助さんと一緒に観た思い出の作品なのだそうだ。
「取り敢えず魔道具は後で見て回るとして、その前に」
「屋台街だね」
嬉々としてリシュー君が地図の一角を指さす。
というわけでまずは屋台街に足を踏み入れると…。
「本当にニューヨークみたい」
名前もそのままで、移民の国であることの証明のように各国の料理がこちら風にアレンジされて提供されている。
「じゃあ端から回って行こうか」
「うん、パリにもこの手の多国籍料理の店があったから楽しみだよ」
まずはニューヨークを代表する料理であるホットドッグ、 ザワークラウトにスイートレリッシュ、オニオンソース、マスタードが添えてある。
「熱っ…でも美味しい」
「うん、ソーセージがぷりぷりしててマスタードがよく合う」
ニコニコ顔のリシュー君と共に並ぶ屋台を走破して行く。
マンハッタン風クラムチャウダー、ピッツァ、ベーグル、パストラミ、クニッシュ、エッグベネディクト、チョップドチーズ、ロブスターニューバーグ、ベーコンエッグチーズサンドイッチ。
後はアレパ(すり潰したトウモロコシから作る伝統的な薄焼きパンで、コロンビアやベネズエラを中心に様々な国で食べられている)にチーズ、揚げたプランテン、黒インゲンマメ、牛肉の煮込みなどが詰め込まれたもの。
他にカルツォーネ、ケバブ、チュロス、コロッケに似たファラフェル(潰したひよこ豆やそら豆に香辛料を混ぜ合わせ丸めて食用油で揚げた中東の料理)香辛料が効いたフライドチキンにハンバーガー。
東洋風だと揚げ麺、肉まんや小籠包に似たものやラーメンもあった。
イタリアンソーセージ、マフィン、ソフトプレッツェル、シシカバブにタコスと覚えのある料理が盛りだくさんだ。
全部は食べられないのでほとんどはアンのところ…時間停止付き冷蔵庫に直行だが、見ているだけで楽しい。
「さすがにもう無理」
「うん、お腹いっぱいだ」
『…そう言いながら手に持ってるのは何なのよ』
呆れ顔のメネの視線の先にあるのはミスター・ソフティー アイスクリーム。
アメリカでアイスと言えばこれだろう。
ミスター・ソフティーはアメリカ合衆国発祥のアイスクリーム専門店。
軽バンでの移動販売が有名で1956年にフィラデルフィアで創業した。
しかも名前だけでなくロゴまで再現されているところに並々ならぬこだわりを感じる。
だが1960年代だと創業したばかりでそれほど知名度は無かったはず。
屋台街のラインナップを見ても食への造詣が深いのが判るので、もしかしたら創業時の関係者だったのかもしれない。
二度と戻れぬ故郷。
この街にあるものはすべて関与した渡来人の望郷の念の結実。
『あら、そうなの。へー』
突然メネが相槌を打ってから私たちの方へと顔を向ける。
『精霊たちから聞いたんだけど、この街にいた渡来人の名前はオリバーだって。当時の領主の奴隷だったそうよ』
メネの話によると魔の森を脱出したまでは良かったが、人里に出たところで持っていたギフトが名の知れた武器で今回のように盗品だった為にそこで御用。
犯罪奴隷に落とされ、此処の領主に買い取られた。
その後、異世界から来た渡来人であることがバレ…ならばと当時は寒村に過ぎなかったラーゼンの街造りに協力させられた。
で、好きに造って良いとのお墨付きをもらったので故郷の街…ニューヨークを再現すべく奮闘し、魔道具開発も元々技術者だったこともあって、次々と当時のアメリカにあった道具を模したものを作っていった。
だが好事魔多し、その活躍を妬んだ者によってオリバーは殺されてしまった。
この世界に来て12年目のことだそうだ。
『馬車馬のように働かされて、王家にその功績が認められて奴隷から解放される命が出た矢先の事だったそうよ。殺した相手は仕事仲間でオリバーの友人だった男だって』
「表面上は仲が良さげに見えて心の中は嫉妬で一杯だった。そんな相手が自分を差し置いて認められることが我慢ならなかった…ってところか」
『たぶんね、誠之助と同じで幸せには程遠い一生だったわね』
悲し気なメネの呟きに、私とリシュー君は頷き合った後でオリバーさんに向けて黙祷する。
それもこれも全部あのクソ邪神の所為だ。
許さんとばかりに拳を握り締めると屋台巡りを切り上げ、目的地を神殿へと変更する。
この怒りを全部込めて念入りにチクってやる。
「ふー、スッとした」
大きく伸びをする私を隣にいるリシュー君とカバンのメネが苦笑を浮かべて見つめる。
「物凄く熱心に祈ってたね」
『ホントよ、どっちかって言うと祈りより呪いに近い雰囲気だったわ』
私は夢中で気付かなかったが、周囲にいた他の信者がドン引きするくらい気合十分だったそうだ。
「でもおかげですっきりしたよ。じゃ、当初の目的である魔道具の買い付けに行こうか」
「そうだね」
「リシュー君はどんなのが欲しい?」
「出来たらだけど…ゲーム機とかあったら嬉しいかな」
日本のゲームが大好きな彼にしたら当然の望みだが…さすがにそれは無いだろう。
と、思っていたことが確かにありました。
「こ、これって」
「凄ーいっ」
喜色満面なリシュー君が見ているのは昔懐かしいテーブル型のゲーム機。
内容は画面の上から迫ってくる魔物を下手の冒険者が迎え撃つと言ったもので、冒険者のところに魔物が攻め入ったらゲームオーバー。
よく喫茶店に置いてあるのを見かけたなーと遠い目をする私の前でリシュー君に店員さんが商品説明を始めた。
何でもオリバーさんが残した設計図…どうやらテレビらしい…を元にこの街の魔道具師が画面上の光の動きに意味を持たせ、それを冒険者と魔物の戦いのようにしたらどうだろうかと考えて生み出されたのがこの遊戯機だそうだ。
別売のプログラムカセットを交換すれば光の玉を交互に打ち合ったり、積み上げたレンガを壊して行く等の遊戯が出来ると店員さんが力一杯お勧めしてる。
人が考えることって世界が違っても同じなんだなーと感心していたが、遊技機の横にある値札を見て…ぶっ飛んだ。
10万エルンって、日本円で1億円!。
とんでもない数字が並んでいるが他のオリバーさんが作った魔道具同様、動力に上級魔物の魔石を使用している上にいろいろな利権が絡んでいるのでこの値も仕方ないのだとか。
「王侯貴族の方たちにそれは人気で」
揉み手をして勧めてくるが、それはそうだろう。
この値段ならその階級の人しかおいそれとは買えない。
リシュー君の場合は、高価な海龍の鱗が使われた装備にミスリルの剣を持った魔族ということで魔国貴族の子弟と判断されたからだろう。
そんなことを考えていたらクルリとリシュー君が此方に顔を向けた。
「か、買ってもいい?」
だから私より背が高いのに上目遣いはやめいっ。
トカラダンジョンでかなりの収入があったのでリシュー君なら買えない金額ではないが、それでも私に了解を取るあたり…さすがにデカい買い物だと判っているからだろう。
「リシュー君が稼いだお金だから好きに使っていいと思う。でも買ってからの後悔と買わなかったことへの後悔。どっちが重いかよく考えてね」
その言葉に腕を組んでしばらく考え込んでからリシュー君が毅然と顔を上げた。
「買わない後悔の方が大きいと思うから…買うっ」
「ありがとうございますぅっ」
嬉々として店員が必要書類を取りに店の奥へと走って行く。
「…伝説の武器や装備を持っていて魔物と戦うなんてゲームそのものの生活を送っているのにね」
『それを言ったら御終いでしょ』
私の小さな呟きを、そう言ってメネが窘める。
「言っておくけど」
「何?」
満面の笑みで説明書と別売りのカセットと共に遊技機を自らのマジック袋に入れるリシュー君に一応クギを刺しておく。
「ゲームは一日2時間までだから」
「ええっ」
「何か文句でも?」
「…無いです」
急に元気を失くしてしまったリシュー君を連れて道に並ぶ魔道具店を見て回る。
しかし魔道具店を回って思ったのは、この世界で良く見る魔道具はそれなりの値段なのに地球由来の物はどれもバカバカしいくらいに高いということ。
その理由は材料コストにある。
この世界で魔石と呼ばれる物は2種類あって、魔物から採れる物は『魔石』
理由は分からないが魔力を内包した鉱物があり『準魔石』と呼ばれている。
値段は当然『魔石』の方が高く、魔力も長続きする。
一方『準魔石』は鉱山から大量に産出されるので安価だが魔力は少ない。
簡単な魔道具なら『準魔石』で事足りるが、オリバーさんの魔道具は作りが複雑で高出力の魔石を必要とするからだ。
「これじゃこの街以外で地球発の魔道具が見られないのも無理ないな」
『そうねぇ、余程裕福じゃないと手が届かないもの。簡単には普及しないわね』
これも異世界の物を弾くという自然淘汰の一環なのだろうか。
それが良いのか悪いのか分からないが…。
それと気になったことがもう一つ。
生活に根付いた魔道具は数多くあったが、武器…特に銃器類が見当たらなかった。
ニューヨークに住んでいたオリバーさんなら銃は身近にあっただろうし、簡単な構造くらいは知っていたはずなのに無いということは意図的にその情報を渡さなかった。
いや、身近にあったからこそ、その危険性を熟知していて敢えて隠匿したんだろう。
魔法での攻撃手段があると言っても使い手は限られているこの世界で銃が量産されたら、国々の勢力図は大きく変わり騒乱が巻き起こったはず。
オリバーさんが思慮深い人で良かったよ。
読んでいただきありがとうございます。
次回「30話 港町メルリー」は火曜日に投稿予定です。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m




