25、海のダンジョン
「やあっ!」
隙の無い動きでキメラに切りかかるリシュー君。
迷いのない剣先は左肩のクマに似た頭を見事切り落とす。
「凄いね」
リシュー君の剣技はもちろんだが、ミスリルソードの切れ味は凄まじい。
感心する私の横で、ホントねぇとメネも感嘆の声を上げる。
『剣に風魔法を付与してさらに威力を上げてるから、あれだとキメラだってバターを切るみたいにあっさりよ』
メネの解説に頷いていたらリシュー君が怒り狂うキメラの前足の攻撃を巧みに躱して次の一撃を加える。
「もらったっ」
高くジャンプし、その落下する勢いのまま振り下ろされる剣身。
それは狙い違わず真ん中のライオン風の頭を縦に真っ二つにした。
「私の出番は無さそうだね」
リシュー君ならこのまま問題なく倒せるだろう。
「はっ!」
休む間もなく振り向きざまに今度は右肩にある猿ぽい首をストンと切り落とす。
ドサリと地に倒れたキメラの巨体。
これで戦闘終了と思ったが…その身が不自然にビクンビクンと動き出した。
「リシュー君っ、離れてっ」
私の叫びに驚きの表情のままリシュー君がキメラの側から大きく飛び退く。
「キュアァッ」
不気味な声を上げて猿ぽい頭の無くなった跡…首の中から長いものが現れた。
それは大きくて真っ赤なムカデに似た怪物。
ウゴウゴと動く無数の足と長い触覚が何とも不気味だ。
「これっゲーム画像で見たことあるっ」
混乱した様子でそんなことを叫ぶリシュー君にムカデが生えた巨体が襲い掛かる。
蛇の尻尾を振り回し、それを避けたタイミングで前足が振り下ろされた。
「させるかっ!」
リシュー君の周囲に結界を張ると大きな音と共に前足がリシュー君の頭上で止まる。
「何、あれ?」
横を飛んでいるメネに問いかけると大きく頭を振りながら答えを紡ぐ。
『纏虫っていう魔物よ。倒した魔物の一部を自らの魔力で生かしながら鎧のように纏って強大になるの』
メネの説明にため息をつきつつ言葉を紡ぐ。
「厄介だね。でもこうして本体が外に出て来たなら倒せるか」
中に籠られたままだったら攻撃も効き辛かっただろうが、この状況なら大丈夫だろう。
「往生せいやっ」
纏虫の足元に例の殺虫剤が詰まった極小結界を投げ込む。
そのまま周りを結界で囲むと殺虫剤の結界を解除する。
「ギャシャァッ!」
途端に白くなる結界の中で物凄い声を上げて大暴れしているが、その程度で壊れる結界ではない。
いや、本当にレベルを上げておいて良かったよ。
しばらくジタバタと暴れていたが、そのうち動きが鈍くなり…やがて静かになった。
「うん、日本の殺虫剤は効き目抜群だね」
作ってくれた製薬会社に感謝しつつリシュー君に声をかける。
「大丈夫?」
「平気だけど…またカナエに助けられちゃった。弱い自分が嫌になる」
悔し気な呟きに、おやおやと苦笑が浮かぶ。
「そんなことないよ。あのキメラを倒したのはリシュー君だし、十分強くなってるから」
「そうかな」
自信なさげなリシュー君に此処は発破をかけておきますか。
「それに簡単に追い抜かされる気は無いからね」
軽く肩を聳やかしてみせると、分かったとリシュー君が顔を上げる。
「難しい方が遣り甲斐があるしね」
自らに言い聞かせるように呟いて気合を入れ直すリシュー君。
頑張れ、若人よ。
「さて、お宝は何かな?」
極小結界に殺虫剤を再度収納すると、白い靄が晴れた場所に野球のボール大の魔石と赤いナイフが落ちていた。
早速『鑑定』をかけると…。
吸収反転のナイフ…傷をつけた場所から相手の力を吸い取り、それを攻撃に反転させることが出来る。
「何かとんでもないもの出たっ」
鑑定結果を教えるとリシュー君もメネも驚きの声を上げた。
『敵を弱体化させるだけじゃなくて、その力をそのまま相手に返すなんて…えげつないわねぇ』
「うん、敵が気の毒に思える」
「で、これどうする?」
まじまじとナイフを見つめる2人に問いかける。
『売りに出すよりカナエちゃんが持っていた方がいいんじゃないかしら』
「うん、魔法が効かない相手にも有効だし」
と言うわけでこのナイフは私が持つことになった。
「此処が31階かぁ」
「山の次は海、ダンジョンって不思議だね」
リシュー君の言葉通り、目の前に広がる海原に呆れに似た感情が沸き上がる。
しかしいつまでも海を見ているわけにもゆかないので早速ギルドで買った地図を開く。
31階から40階までが海ゾーン、41階から50階までが砂漠ゾーン。
海ゾーンはこの先に海底洞窟への入口が有り、そこから下へと進んで行く。
31階から34階層に出るのは貝類やイカ、タコ、魚系魔物で35階からはサハギンみたいな半魚人系と魚竜種と呼ばれるウツボみたいな魔物だ。
稀に海竜種…リヴァイアサンみたいなのが出るらしいが、遠目での目撃情報しかないので詳細は分からない。
普通は出会ったら死ぬからね。
そんなわけで先へと進むが、ここでどうして洞窟の中に海の魔物が現れるか判明。
階段を降りると広場のようになっていて、その半分は大きめな池状の水場になっている。
どうやらこの水場と海が繋がっているようだ。
普通なら洞窟内も海水で満たされるはずだが、そうならないのはダンジョンの不思議といったところか。
私たちが足を踏み入れたら其処からウジャウジャと巻貝や二枚貝、ウニやイソギンチャクに似た魔物が出て来た。
32階ではその他に水魔法を使うカツオや額の角から氷柱を放つ闘魚っぽいものが出たりした。
もちろん結界とリシュー君の火魔法で瞬殺。
ただ火魔法だと辺りに凄く良い匂い…魚介の焼ける香りが漂ってお腹が空くのが困りものだったけど。
魔石の他に綺麗な鱗や角がドロップされるが残念ながら食べられそうなものは無かった。
刺身とか出たら嬉しかったんだけどね。
31階から34階層はこんな感じでサクサク攻略。
途中で結構な数の宝箱を見つけたけど『鑑定』をかけたら半分はミミックと呼ばれる宝箱に擬態した魔物で、もう半分は装備系や珊瑚の剣や魚骨ナイフに上級ポーションといったものだった。
『気配遮断の指輪』は珍しいので採ったが、それ以外は必要を感じなかったので此処でも開けることなくスルーした。
「出た、アンコウ。…鍋用素材をドロップしてくれないかな」
『あんたねぇ』
35階に現れたどう見てもアンコウそっくりの巨大な魚の魔物。
あん肝や白子とかドロップしてくれたら最高なんだが。
思わずそう呟いたらメネが溜息と共に言葉を綴る。
『魔物を食材としか見ないの止めなさい。ほら、可哀想にビビってるじゃない』
確かにアンコウもどきが襲ってくる様子は無く、逆にじりじりと出て来た水場の方に下がって行く。
『これくらいの魔物になるとそれなりに知恵があるのよ。レベルが違い過ぎるって気付いたんじゃない』
メネの言葉を証明するように、隙を見てアンコウは身を翻し海へと戻って行った。
「あー、逃げられた」
「カナエ、弱い者いじめは止めよう」
残念がる私にリシュー君が緩く首を振りながらそんなことを言う。
「はいはい」
頷いて肩を竦めた時だった。
横の水場から高速で何かが飛んできた。
それは水で出来た槍のようなもので、結界に当たって弾ける。
「何が…」
「カナエ、あそこっ」
リシュー君が指さす先、ちょうど水面から魚が顔を出している。
するとさっきと同じ水槍がその口から放たれた。
「鉄砲魚みたいな魔物だね」
私たちには効かないが、その威力は相当なもので普通のパーティーだったら被害甚大だったろう。
しかもすぐに水の中に隠れるのでリシュー君が剣や魔法で攻撃しても当たらない。
「昔流行ったアーケードゲームの『もぐら叩き』みたい」
あれにもイラっとさせられたものだが今回はそれ以上だ。
私の呟きに、何それ?といった顔をするリシュー君。
さすがに世代的に知らないかとゲームのことを教える。
「へぇ、やってみたかったな」
「代わりに此処で思い切りやったらいいよ」
「そうする」
頷くなり嬉々として水面から顔を出す魚を攻撃し出す。
しかしながら機械と違って此方は生き物。
なかなか思うようには当たらない。
半分くらいを倒したところでリシュー君がギブアップする。
「ムカつくけどさすがに疲れた」
「じゃあ残りは私がやるね」
言いながら収納から錠剤を取り出す。
『何をする気?』
若干ビビりながらメネが聞いてきた。
どうやらサン〇ール攻撃以来、私がすることにトラウマのようなものがあるらしい。
そんなメネに笑みを向けると、バケツくらいの大きさの結界にお湯と錠剤を入れて投げつけた。
「行け、発泡入浴剤っ」
着水と同時に結界を解除、途端に水の色が変わり物凄い勢いで泡立ち出す。
発泡入浴剤を入れると泡が出るのは、化学変化により炭酸ガス(二酸化炭素)が発生しているからだ。
例の如く効力が千倍になっているのを投入したので相当量の二酸化炭素が水中に巻き散らかされているわけで。
そうなると当然、魚たちは仲良く腹を見せて水面に浮かび出す。
効力が上がって普段使い出来なくなり死蔵されていた入浴剤が日の目を見て良かった。
まあ、この方法だと空気中にも大量の二酸化炭素が放出されてしまい危険だが、結界がある私たちには何の問題もない。
「環境には思いっきり優しくないけど…私をイラつかせた方が悪い」
『あんたっ、それ完全に悪役のセリフよぉ』
メネの悲鳴混じりの叫びを聞きつつ、浮いている魚が沈んでドロップ品を取り損なわないうちにとせっせと収納して行く。
それから36階以降も現れる魔物…サハギン(本当に2足歩行の魚だった)や魚竜種のウツボやウナギに似た魔物を苦も無く倒していった。
他にもマグロっぽい魔物も出たけど残念ながら魚肉は一度もドロップされなかった。
大トロ、中トロ、中落ち、赤身…期待していたのにな。
ちくせう。
まあ、それでも見つけた宝箱に海龍の鱗を使った胸当て、小手、脛当てがあったのは収穫だったな。
早速リシュー君に付けてもらうことにした。
青銀色に輝いていてなかなかにカッコイイ装備で彼も気に入ったようだ。
そんなこんなでやって来ました40階。
他の階と違って地面は全体の2割くらいしかなく、他は深い碧色の水場が広がっている。
「さて、どんなエリアボスかな」
「リバイアサンだったりして」
『洒落にならないこと言うの止めなさいっ。本当に出たらどうす…』
メネの言葉が終わらぬうちに海面が盛り上がり出した。
そこから現れたのは…。
「ですよねー」
「うん、何かそんな気はした」
その姿は正にゲームに出てくるリバイアサンそのもの。
蒼い鱗はキラキラと輝き、水色のヒレは透き通っていて本当に綺麗だ。
しかしこうもエリアボスが強敵揃いとは…呪われてでもいるのだろうか。
「鑑定は…さすがに弾かれるか」
自分よりレベルが高い相手には弾かれることがあると『異世界常識』で知ってはいたが、こっちに来て初めての体験に少しばかり焦る。
「メチャクチャ強そうだね」
「強そうじゃなくて、間違いなく強いよ」
「そっかー」
揃って溜息をつく私とリシュー君の横でメネが慌てふためいている。
『何、暢気にしてるのよっ。早く逃げないとっ』
「逃げられる相手なの?」
此方を睥睨している巨大海龍を前にして首を傾げる私に、ああもうとメネが両手で頭を掻き毟る。
『こうなったら戦うしかないじゃないっ…絶対に死なないでよ』
最後の方は懇願がこもっていた。
「了解。メネは離れていて」
軽く手を振ると後ろ髪を引かれる様子でメネが洞窟の端へと飛んで行く。
「じゃあ、リシュー君」
「うん、カナエ」
同時に頷き合うと海龍に向かって歩き出した。
勝てるかどうか分からないが、此処で死んだらクソ邪神に遣り返すことが出来ないのだ。
何が何でも生き延びてやる。
そう決意を固めて目の前の海龍を見返した。




