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22、ロウラの街


「いってらっしゃい、師匠っ」

「お気をつけて」

「ああ、行ってくる」

 手を振る私たちに笑みを向けるとカイルさんは領都であるパナンの街を目指して旅立っていった。

帰りは早くとも秋…9月の終わりくらいだろう。


「行っちゃったね」

 寂しげなリシュー君を元気づけるようにその背を軽く叩いてやる。


「じゃ、私たちも出かけるよ」

 私の言葉に、うんとリシュー君が大きく頷く。


『帰りを待ってるんじゃなかったの』

 カモフラージュ用のテントを仕舞っているとメネが呆れ顔で呟く。


「此処でとは言ってないからね。カイルさんが帰る前に戻ってくればいいことだし」

 しれっと言い切る私にメネがやれやれとばかりに大きく首を振る。


村の人やギルマスには親戚のところへ行くと言ってあるし工作はばっちりだ。

料理を教え合ったりして村の奥さんたちと仲良くなっていたので、あっさり信じて貰えたのは僥倖(ぎょうこう)だったな。


すべて片付け終わったところでリシュー君とメネに確認する。


「忘れ物は無いね」

「大丈夫」

『もちろんよ』

 私の肩掛けバッグの外ポケットに入り込んでいるメネがひらひらと手を振る。


「村の人達への挨拶は済んでるし、ギルマスへ手紙も出したしっと」

 やり残したことは無いと確認してから転移の魔道具である羅針盤を取り出す。


「それじゃあ魔国に向かって出発っ」

 まずは最初の中継地である隣国サフィールの国に座標を合わせる。


さすがに一気に魔国に行くだけの魔力は無いため、幾つかの国を中継して向かうからだ。



「到着っと」

「さすがに早いね」

『ホント、反則にも程があるわぁ。普通なら1ヶ月以上はかかる道のりよ』

 感心するリシュー君と呆れるメネの視線の先にあるのは堅固な作りの石壁。

その向こうが今までいたラクレス国の東隣にあるサフィール国ロウラの街だ。


此処からさらに東に進んで2つの国を跨いだ先、海を越えたところに魔国がある。


「まずは街に入ろう。設定は今まで通りだよ」

「うん、僕らを捨てた魔族の父親に会いに行く途中…でいいんだよね」

「そういうこと」

 頷き合ってから大きな門の近くに並ぶ列の最後尾に向かう。


「ステータスカードを」

「はい、よろしくお願いします」

 差し出した私とリシュー君のカードを備え付けの魔道具に入れてしばし検分する。


「どちらも冒険者か。この国へ来た目的は?」

「父が魔国におりますので訪ねる途中です」

 私の言葉を証明するようにリシュー君がフードを取って魔族特有の尖った耳を露わにする。


それを見た門番さんが、ほうっと感心したような声を漏らす。


「魔族とは珍しい。急ぐ旅でなければトカラのダンジョンに挑戦してみてはどうか?強者は大歓迎だ」

 『異世界常識』によると其処はロウラの街から少し離れた場所にある巨大な地下迷宮ダンジョンだ。

発見されて二百年以上経つが未だ攻略成功者が出ていない為、難攻不落と呼ばれている。


ダンジョンと言われてリシュー君の目が期待に煌めいている。

これは…行かざるを得ないだろうな。


「機会がありましたら挑戦してみます」

 私の答えに大きく頷くと門兵さんはカードを返してくれた。


「通ってよし」

「ありがとうございます」

 2人揃って頭を下げ何事もなく街へと入る。


「やっぱりステータスカードを作って正解だね」

 嬉し気なリシュー君に、そうだねと頷く。


これが有れば何の憂いもなく国や街を行き来出来るし、トラブルを招くこともない。

逆に無いと何をするにも大変だろう。


「まずは市場かな、此処にしかない食材があったら買いたい」

 前のエオンの街で手に入れた鰹節や干し昆布は出汁に、ゴマはクッキーやパン、胡麻和えなどで大活躍してくれた。


「うん、その後で屋台街に行きたいっ」

「はいはい」

 意気込むリシュー君に苦笑と共に頷くと道行く人に街の構造を聞きながら目的地に向かう。

 


「旬のカロン魚があるよ。食べごろだよっ」

「新鮮なウゴイ貝だっ。さあ、買ったっ買ったっ」

「今朝、レンナ湖で獲れたばかりのコイナだっ。切り身もあるぜっ」

 市場には売り子たちの威勢の良い声が響いていて凄く活気がある。


「マルシェ・バスティーユみたいだ。賑やかだね」

 感心するリシュー君が口にしたのはパリ最大の市場の名で、生鮮食材の他にハーブや香辛料、蜂蜜、手作りジャムなどが売られている観光スポットだ。


「この街は魚介類が豊富だね。あ、ホタテとムール貝のそっくりさん発見っ」

『あっちには鯛と鮃に似た魚もいるわよぉ』

「カナエっ、向こうでカニとエビみたいなのも売ってるよっ」

 街の近く…ダンジョンの側にレンナという名の大きな湖があり、そこで獲れる魚や貝類を使った料理が此処の名物なのだそうだ。


しかし淡水の湖で何故に海魚に似た物が獲れるんだろう…これは異世界あるあるなのか?

まあ、それはともかく久しぶりの新鮮な魚介だ、楽しませてもらおう。


『やっぱり近くにダンジョンがあると栄えるわね、ドロップ品の売買でお金が動くから。そうなると人も物も一緒に良く動くもの』

「それと領政がしっかりしていて治安が良いからだろうね」

 私の言葉に、ええとメネが同意する。


『治安が悪いと商人が近付かないもの。そうなると領内に落ちるお金も減るから領主として一番力の入れどころよね』

 そんな会話をしてから私たちは次々と目についた物を買って行く。


鑑定のおかげで良品が選びたい放題だし、フードを取ったままのリシュー君が側にいるのでボッタくられることもない。


「取り敢えず魚と貝は全種類買っておこうか。ブイヤベースやムニエルとか、すり身にして真薯(しんじょ)でも美味しいし、煮付けもいいよね。衣を付けて天ぷらやフライも。でもシンプルに塩やバターで焼くのも捨てがたいかな」

「全部食べたいっ」

「はいはい。ちゃんと作るから」

 興奮するリシュー君に落ち着くよう言って端から魚介を大量買いしてゆく。


「まいど、けど大丈夫かい。こいつは足が速いからさっさと食わないと駄目だぜ」

「はい、ありがとうございます」

 忠告してくれるおじさんに礼を言ってマジックバッグに見せかけたカバンを経由してサクッと桶で買った魚を収納して行く。


本当にこんな時は時間停止機能が付いた冷蔵庫は有難い。


「さて、買い物は終わったから次はお楽しみの…」

「屋台街だねっ」

 嬉々として言葉を綴るリシュー君と連れ立って市場の近くにある屋台街へと繰り出す。


「壮観だね~」

 そこはやはり魚介系の店が道の向こうまで連なっていた。


「カナエ、早くっ」

 私の手を引っ張ってリシュー君が最初の店…串に刺した車海老に似たものを焼いているところに直行する。


「おじさん、焼きエビ2つ」

「あいよっ」

 注文を受けてすぐに焼きたてを差し出してくれた。

周囲に立ち込めるエビの殻を焼く香りが食欲をそそる。


「こいつは脱皮したばかりで殻が柔らかいから丸ごと行けるぜ」

 おじさんの説明に頷いて2人同時に綺麗な焦げ目のある身にかぶりつくと…。


「お、美味しいっ」

 身がホクホクで塩加減も丁度良い。

軽く焦げた程度にじっくり焼いているので頭からバリバリ食べられて最高に美味い。


「…………」

 リシュー君は終始無言。

けどその食べっぷりと至福に満ちた表情がどれほど美味しいかを雄弁に物語っている。


「あっちで生牡蠣を売ってるみたいだよ」

 焼いたり蒸したりスープにしたりと素材にあった調理法で絶品な魚料理を堪能していたら、リシュー君が反対の道にある店を指さす。


「本当だね。こっちでも生で食べる習慣があったんだ」

 ウィルスや菌とかは大丈夫なのかとこっそり鑑定をかけると、なんと浄化魔法がかけてあった。

まあ、その分お値段は高いが。


「2人前ください」

「はい、ありがとうございます」

 美人なお姉さんが皿に並んだ牡蠣を渡してくれる。

カウンターの上に数種類のタレがあり、好みの物を選べるようになっていたので早速使ってみる。


タバスコとケチャップらしきものを混ぜたのは甘酸っぱさと辛味が生牡蠣によく合う。


味噌ダレ…これは同量の味噌と酢、オリーブオイルに砂糖少々を加えてよく混ぜたものだな。

味噌仕立ての牡蠣鍋もあるように牡蠣と味噌の相性は抜群だ!


柚子胡椒を少々に刻んだ青ネギパラりと振りかけるものもある。

塩気と辛味が効いた柚子胡椒と青ネギのさっぱりとした風味が良い。

これはフレッシュレモンを絞っても美味しいだろう。


肉厚でプリンツルンとした食感の身は、噛むと柔らかく磯の香りがするエキスがジュワっと広がる。

この品質なら焼き牡蠣、蒸し牡蠣、カキフライにしても美味しいから後で市場に戻って買い占めよう。


「はー、お腹いっぱい」

「うん、もう食べられない」

 広場にあるベンチに2人して座って休憩を取る。


『ホントによく食べたわねぇ、感心しちゃうわ』

 呆れ顔のメネに、気になってたんだけどとリシュー君が問いかける。


「メネさんは食べないの?」

『アタシは元は物だもの。そう言った欲が無いのよね』

 至極まっとうな答えに、そっかーとリシュー君が残念そうな顔をする。


「だとすると活動エネルギーは何処から?」

 私の問いにメネが少しばかり胸を張って答える。


『これでも精霊だもの、この世界に漂う神気を取り込んでるのよ』

「神気?」

『ええ、創造神たる源神がこの世界を作った時の残滓みたいなものね。魔素と同じように世界中を対流していて精霊はそれを得て動くことが出来るの』

 神気のことは判ったが、新たな謎が…。


「そもそも魔素って何?」

『それはねぇ…』

 メネの話を要約すると、魔素はこの世界を構成する元素の一つで生きとし生けるものはすべて魔素を体に内包している。


個々が持つ量は種族や個体差があり様々だが、それによって使える魔法が決まったり、身体が向上するので長寿になったりする。


「そうなるとアンデッドは…」

『あいつらは最初は生前の残留魔素で動いているの、それが尽きたら土に還るものなんだけど…魔素が濃い場所だとそれを吸収して動き続ける個体もいるわけ』

 

『異世界常識』によるとアンデッドに明確な意思は無く、僅かに残った本能のみで行動している。

だいたいは食欲がそれにあたり、動く者を見ると襲い掛かるのは飢えを満たそうとする欲求からだ。

弱点は光と火の魔法だが、魔素が多いところではそれすら効かない場合もある。


そのうえ魔石を持たないアンデッドは倒してもドロップされるのは身に着けていた装備くらいだが、その殆どは何かしらの呪いが掛かっているのでギルドも余程の希少品でなければ買取をしてくれない。

つまりまったく旨味の無い魔物なのだ。


「厄介だね、あまり会いたくない相手だな」

「うん、僕も。…それにホラーは好きじゃないし」

 

そんな話をしていた私たちだったが。

後日、大量のアンデッドに遭遇することになるとは夢にも…。

 



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