21、指名依頼
『ちょっと、ちょっと、ちょっと』
どこかで聞いたようなフレーズと共にメネが近寄ってくる。
レッサードラゴンの襲撃から10日が経った。
誰も死なず村も無事だったので良かったが、その後が大変だった。
レッサードラゴンの皮は丈夫な上に魔法攻撃もある程度防いでくれる特性がある為、防具の素材として人気があり値段も高い。
それにドラゴン種の牙や爪は鋳造時に溶かし込めば武器を強化できるので、此方も人気で高額で取り引きされている。
通常はレッサードラゴンは魔法が効かないために剣や槍で滅多刺しにして仕留める。
そのため討伐時のダメージが残ってドロップされた物も大きく損傷している場合がほとんどだ。
それが20匹分、ほぼ無傷の状態で手に入ったのだ。
その話が伝わった途端に冒険者ギルドはもちろん、商業、鍛冶といった各ギルドが勇んで村にやって来た。
そのまま競りが始まり、あれよあれよという間に凄まじい額になり…村中が騒然となった。
この国では買取額が1万エルンを超えた場合、その半分が倒した冒険者に、もう半分は所属ギルドと領主の下へ納められる。
もちろんそれ以下の場合は手数料を引いただけの適正な金額が冒険者に支払われる。
つまり高額の取引は課税対象となり、ガッツリ税金を差し引かれるというわけだ。
今回10匹分は領主とギルドへ、村を目掛けて襲撃してきたと言うことで5匹分が村へ、実際に倒した数の3匹分はカイルさん、2匹分がリシュー君とそれぞれ分けられることになった。
それでもかなりの金額でリシュー君はガクブルしてたけど、記念すべき初任給だから大事に取っておきなさいと言ったら素直に自分のマジック袋に入れていた。
私は結界能力を大っぴらにしたくないと固辞したので貰っていないが、そのことを今もカイルさんは納得していなくてブツブツ言っているが…サクッと無視している。
お金は入らなかったが冒険者ランクは上がってEからDになった。
今回の討伐は私が毒を用意したりと貢献してくれたから成功したとカイルさんがギルマスに掛け合ってくれたからだ。
当然レッサードラゴンを倒したリシュー君もDからCになっている。
Cランクなら単独でダンジョンに入れるよと教えたら凄く喜んでいたな。
村の人達も突然の高額収入に誰もが浮かれて、あれから毎晩のように宴が開かれていた。
私も避難先で作ったシチューが好評だったので駆り出されてずっと宴会料理を作っていたが、それも無くなり漸くいつもの日常が戻って来ていた。
「どうしたの?」
『カナエが前に勤めてた店に関しての噂を聞いたのよぉ』
どうやら精霊ネットワークで話を仕入れて来たようだ。
「ドーラさん達に何かありました?」
『お店の人達はみんな元気よ、新しい売り子も入ったし商売も順調。ただね、ドンゾって言う奴がねぇ』
メネの話によるとミンサーの図面を勝手に持ち出して自分の名で登録したまでは良かったが、それからが不幸続きなのだそうだ。
ドンゾが登録して間もなく異議を申し立てた者がいた。
相手は領都にある学園の錬金科に籍を置く男爵家の三男で『ミンサーの発案者は自分だ』と言い、その開発に関する研究書類を提出した。
それを受けてギルドが両人から事情を聴いたが、三男は理路整然と開発経緯を言えたのに対してドンゾは何も答えられなかった。
その後すぐにドンゾの登録は抹消され、発明を盗んだ罪で犯罪奴隷に落とされた。
今は鉱山で辛い労働に追われているという。
『まさかとは思うけど…カナエ、あんた何かした?』
「さあ、身に覚えはありませんが」
そう嘯く私にメネは疑惑に満ちた目を向ける。
『怪しいわね、何しろ称号に『報復者』があるくらいだし』
メネの視線をスルーして私は出した手紙がきちんと活用されたことに笑みを浮かべる。
前にデボン武具店の3軒先の金物屋のおばちゃんから『若い頃に仕えていた男爵家が困窮し、せっかく才能の有る坊ちゃんが学費が続かず学園を辞めなくてはならないのが気の毒で』という話を聞いた。
なので成果を奪われた経緯と、平民で力のない自分に代わって懲らしめて欲しいと研究書類らしきものを同封した手紙を出してみた。
それがどう使われるかまでは関知しなかったが、悪は滅びて学費の目処もついたのならメデタシ、メデタシだろう。
『まあそれだけじゃなく他にもいろいろ増えたけど』
呆れ声を上げるメネの言葉通り、自身に鑑定をかけたら『精霊の友』と『毒使い』が増えていた。
レッサードラゴンを多く倒した所為かレベルも60の大台に乗り、それに伴って身体能力も向上していよいよ人外の域に達してきた。
もちろん新たな称号もレベルも早々に隠蔽の腕輪でステータスから隠しておいた。
要らぬトラブルを招きそうなものはさっさと消すに限る。
『精霊の友』はリシュー君にもあって、同時に『剣士の卵』もあった。
スキルに『剣技』も得られて良かったが、当人は卵の部分に大いに引っ掛かっていた。
今は卵を外すべく稽古を頑張っている。
称号と言えばリシュー君にあった『愉快な失敗者』と『悪食』が何時の間にか無くなっていた。
その事をメネに言ったら、当たり前よぉと笑って手を振られた。
『称号ってやつはね、当人に相応しければ現れて、該当しないとなったらさっさと消えるものなのよ。それだけリシューちゃんが頑張ったってことでしょ』
確かに右も左も分からない異世界にたった一人放り出されたのだ。
最初は何をするにも失敗が付いて回っていたが、近頃はそんなことも無くなったので消えたわけか。
それはリシュー君の努力の結果であり、成長だろう。
良いことだ。
「そうそう新しいのが出来たよ」
言いながらテーブルの上にさっき完成させたメネの服を置く。
ライトグリーンの生地でピーターパン衣装を参考に作ったヤツだ。
『あら、素敵っ』
満面の笑みでメネがテーブルまで飛んでくる。
『アタシお姫様風も好きだけど、こういうのも好きよ』
嬉々として今着ている花柄のハンカチを使ったカクテルドレスを脱いで新作に袖を通す。
『どう?』
その場でクルクルと回って見せるさまは文句なしに可愛い。
例え声が野太いおっさんで中身がオネエであっても。
「よく似合ってるよ」
そう褒めれば無駄にくねくねと体を揺らして恥じらう。
そんなところは…認めたくはないがオトメのようだ。
「ただいま、お腹空いたっ」
そうこうしてるうちにリシュー君が自主練から帰って来た。
カイルさんはギルマスのベイルさんに呼び出されて昼からモルナの街へ行っている。
帰りは明日だそうなので久しぶりにアンのところで一緒に夕食だ。
「お帰り、今日はリシュー君の好きな肉じゃがと焼き鳥だよ」
メニューを伝えれば、やったと飛び上がらんばかりに喜ぶ。
すっかり日本食に嵌ったようで最近はフランス料理をあまりねだらくなった。
その理由が彼なりに故郷に対しての想いに整理がついたというのなら寂しさはあるだろうが良いことだ。
「おかわりっ」
「はいはい」
空になった茶碗を受け取りご飯を追加する。
本当ならちゃんと炊いた物を出してあげたいところだが、お米が見つかっていないので今はコピー袋で増やしたレトルトご飯で我慢してもらってる。
「早くお米を見つけたいな。そうしたら炊き込みご飯やパエリアを作りたいんだよね」
「それ知ってるっ、前に日本食レストランで食べたよ。栗が入っていて凄く美味しかった」
嬉々として言葉を綴るリシュー君に私も頷く。
「栗だけじゃなく他にも松茸や鯛めしとか美味しいのがたくさんあるんだよ。頑張って探そうね」
「うんっ」
元気の良いお返事がされたところでメネから爆弾発言が。
『お米なら魔国にあるわよ』
「はい?」
「そこ詳しくっ」
『ちょ、ちょっと落ち着きなさいって』
がぶり寄る私たちに気圧されながらメネが答える。
『魔国では小麦だけでなく米も栽培されてるの。だげどあの国は他国とほとんど流通がないからこっちの大陸まで回ってくることはないけどね』
「リシュー君」
「うん、カナエ」
同時に頷き合うと私たちは最優先目的地を魔国に決める。
『まあ、自分に正直なのはいいことよ』
その様にメネが苦笑を浮かべた。
翌日の昼過ぎ、予定通りカイルさんが帰って来た。
彼の住まいである小屋の前で迎えるが、その顔は何かを思い悩んでいるようで暗かった。
「師匠…何かあった?」
心配そうに問いかけるリシュー君にカイルさんが力の無い笑みを返す。
「いや、その…少しばかり困ったことになった」
深いため息を吐いてから話された内容は…。
ギルマスからの呼び出し。
それは此処らを治める領主・ベルナン伯爵からの指名依頼だった。
何でも愛娘の社交界デビューの為に一家で王都に行くことになったそうだ。
で、その道中の護衛をカイルさんに頼みたいと。
「もう引退したと一度は断ったんだが…レッサードラゴン討伐のことが耳に入ったらしくてな。是非にと領主さま直々に頼み込まれてしまって。領主さまには前からいろいろと世話になっているしで」
「断り切れなかったんですね」
私の言にカイルさんが小さく頷く。
「期間はどれくらいです?」
「領都のパナンの街から王都までとなると普通でも7日かかるが、貴族の移動となると途中にある他領の領主との会談やパーティーが予定に組み込まれる。しかも行き帰りだけでなく滞在中の護衛も頼みたいと…」
カイルさんの話に私からも深いため息が出た。
『異世界常識』によると社交界に集まるのは爵位持ちの上流階級の人がメイン。
途中から中流階級の者や金持ちの成り上がりが参加することになるが、基本はこれだ。
では上流階級の人たちは何をしてるかというと世襲の貴族院議員をしている。
この国の議会の開始は4月中旬からなので上流階級の人達は大体この時期に王都に集結し始める。
そして5月くらいに本格的な社交シーズンが始まり、誰もが思い描くような舞踏会やお茶会や諸々のパーティが開かれるようになる。
季節が過ぎ、夏が終わると社交界も終わる。
そうなると貴族たちは各自の領地へ帰って今度は領政を始めるという流れだ。
「つまり社交シーズンが終わって秋になるまで帰って来られない訳ですね」
私の言に、すまんとカイルさんは深く頭を下げた。
「出発はいつですか?」
「それが…急ぎらしく2日後には此処を出なくてはならない」
どうやらカイルさんは随分と領主さまに気に入られているようだ。
日程をギリギリにしたのは次を探す時間を与えないため。
絶対に逃がす気はないな。
「分かりました。戻るのをお待ちしています」
そう言えばカイルさんから安堵の息が漏れる。
「本当にすまない。戻り次第リシューの稽古を再開する」
「うん、師匠がいなくても教えられたことはちゃんと続けます。師匠もケガしないで帰って来て下さい」
けなげなことを言うリシュー君の頭を愛おしそうに撫でるとカインさんは私に向き直った。
「俺がいない間はモルナの街に家を用意してもらえるようベイルの奴に話は通してある」
「それはありがとうございます」
軽く頭を下げてから私は小屋のドアに手をかけた。
「では支度をしましょう」
「あ?」
「まさか身一つで王都に行くわけではないでしょう。旅支度をしないと」
「あ、ああ…そうだな」
私に急かされるまま小屋の中に入って行くカイルさん。
「リシューは村長さんのとこへ行ってカイルさんが王都に向かうことを伝えて」
「分かった」
勇んで出て行ったリシュー君を見送ると、さてっと私は腕まくりをする。
「半年以上、留守にするんですから部屋も片づけておかないと」
「いや、それは」
カイルさんの抵抗をものともせず脇にあるクローゼットを盛大に開ける。
「汚れた下着をこんなに貯め込んでっ。洗濯物はすぐに出すように言ってありましたよねっ」
「す、すまん…年若い子に下着を洗わせるのは…その…」
ぼそぼそと何か言ってますが聞く耳は持ちません。
「それとこの女の人達の裸絵は処分していいんですね?」
「……はい」
ベッド下に隠しておいたヌード写真集を母親に見つけられた中坊みたいな顔になるカイルさん。
『容赦ないわねぇ、そこは武士の情けで見て見ぬ振りをして御上げなさいよ』
溜息混じりのメネ言葉をまるっとスルーしてサクサクと出立の準備を進めて行く。
断り切れない依頼だったとしても毎日楽しそうに稽古に励んでいるリシュー君をいきなり半年も放置するのだ。
この程度の意趣返しなんて可愛いものだろう。
 




