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2 『家』と魔の森


「電気が無いとなると…当然ガスも水道もアウトだよね」

 はあーっと深いため息をついて周囲を見回す。


「と、取り敢えず家の周りに結界を張っておこう」

 さっきみたいに蛇の魔物とかに襲われたらたまらないからね。


気を取り直して家の中チェックを開始する。


玄関を入ってすぐがトイレ、その隣が洗面台と洗濯機とお風呂。

うん、ここは変わらない。


「って、誰だこれ?」

 洗面台の鏡に映った姿に驚く。


肩で切り揃えられた紫紺の髪にダークブルーの瞳。

顔の造作は元の自分をベースに異世界風にアレンジした感じで…前より少し美人になっているのが何だか癪に障る。


年齢は指定した通りの16歳ぽい。


身長は高からず低からず、スタイルもそれなり、憧れのシックスパックでもなければ巨乳でもない。

つまりいたって…普通。


『異世界常識』に当て嵌めても可もなく不可もなく…まあまあと言ったところ。

喜んでいいのか悲しんでいいのか…複雑だ。


深く息をついてから家探検を再開する。


歯磨きチューブに歯ブラシ、化粧水に乳液にヘアブラシ、ドライヤー、ハンドソープ…洗面台の備品は完璧。

風呂場にボディソープ、シャンプー、リンス、入浴剤も有り。

洗濯洗剤、柔軟剤、掃除用洗剤各種も揃っている。


トイレも覗いたらトレぺと芳香剤、生理用品のストックまであった。


続いてキッチン。

調理器具各種に食器、箸やスプーン&フォークは客用分まである。


そして流し台の横にあるレンジと隣の冷蔵庫。

意を決して開けてみると…。


「ですよねー」

 思った通り冷蔵庫の中は空っぽだった。

奥にちょこんと脱臭剤だけが鎮座している。


キッチン収納にあった調味料類もお米も全部無し。

と言うか食料と名の付く物はまったく無い。


あの管理者の底意地の悪さを考えたら当然のことだと思うけど…他が完璧だった所為で余計にへこむ。


キッチンの反対側にテーブルとイス2つ、その上に壁掛けテレビ。

テーブルに愛用のノートパソコンが置かれているけど…WordとExcelくらいしか使い道は無いだろうな。


最奥の寝室にはベッドとクローゼットとチェスト、壁上にエアコン。

ベッドは前と変化なし、次いでチェストの引き出しを開けてみると…。


「こっちも空っぽ…タオル類や化粧品は入っているのに着替えが何も無いってのはどういうことだっ。私に着たきり雀でいろとっ!」

 思わず叫んでしまった私は悪くない。


しかし困った問題だ。

食料ゼロ、着替えは下着すらない。


そもそも水が無いから風呂には入れないし洗濯も出来ないが。


諦め顔でクローゼットの扉を開けてみる。

すると…。


「これはっ」

 掛っていたのはハンガーだけで、やはり洋服類はまったく無い。

でも下に置かれた袋はあった。


「こっちは備品扱いなのか。でもマジで助かった」

 引っ張り出した袋…その正体は災害用非常持ち出し袋。


中にあるのは2ℓペットボトル飲料水、缶詰め5個、レトルト食品、カップ麺3種、羊羹にチョコ、お茶各種&コーヒー、軍手にゴミ袋、ハンドライト、替えの靴、三日分の下着と靴下、Тシャツ2枚にスエット上下、救急セット。


実は私の勤め先は防災グッズの開発販売会社、そこのレトルト食品部門の研究員だった。

会社の社長の口癖が『備えあれば患いなし』

本当にその通りですね、社長っ。


社販で安かったので食料品を中心とした同じ袋がもう一つあるし、節約してゆけば人里に出るまで何とかなるだろう。



「あー、お茶が美味い」

 暮らしの目処が付いたのでペットボトルの水をカセットコンロで沸かし、持ち出し袋にあった煎茶を淹れた。


もちろん残ったお湯はポットに入れたよ。

後でカップ麺を食べるんだ。


「ところで私のステータスってどうなってるんだろう」

 落ち着いたら浮かんだ疑問。

こういう時は…鑑定の出番だ。


『異世界常識』によると、この世界ではステータスは神殿やギルドにある専用の魔道具を使わないと分からない。

唯一の例外が鑑定魔法だ。


「では『鑑定』っと」


自分に鑑定をかけてみたら頭の中に結果が浮かぶ。


柚木 叶恵(ユズキ カナエ)


 16歳

 Lv. 15

 HP 530/530

 MP 600/600

 攻撃力 1500

 防御力 3000


〈スキル〉

『異世界常識』『鑑定』『空間魔法』『家事』『一般教養・礼節』


〈称号〉

『異世界人』『料理研究者』『報復者』


〈ギフト〉

『家』(進化可能物件)



「はい?」

 思わず変な声が出た。


『異世界常識』に照らし合わせるとこの数値は異常だ。

何よりレベルの上りが凄すぎる。


たぶんこの世界に来た時はレベル1だったはず。

それから半日もしないで15ってのは…あの蛇の魔物がそれだけ強者だったてことなのか。

結界を取っておいて本当に良かった。


称号の『異世界人』はその通りだから分かる。

『料理研究者』も職業柄ついて当然だろう。

とは言っても研究室では私はレシピ通りに料理を作っていただけだが。


他の研究員曰く、結果を比較するにはなるべく同じ条件下が望ましい。

だが人が作る以上、微妙な味の変化は起こってしまう。

そこで有用なのが私の特技…まったく同じ味を何度も再現することが出来る。

これは研究者からしたら大変有り難い稀有な能力なのだそうだ。

おかげで高待遇で迎え入れて貰えて助かったが。


ま、それはさておき、その横の『報復者』これには文句を言いたい。

そんなことをした覚えは…少ししかないぞ。

これ以上は墓穴を掘りそうなので止めておこう。


しかしそれよりも気になるのが〈ギフト〉だ。

『家』は分かる。

けど隣の(進化可能物件)ってのは何なんだろうか。


「も、もう一回『鑑定』っ」

 家の中を見回すようにして鑑定をかけてみる。


『家…異世界の物を模した建物。魔石を加えることで進化可能』


「魔石って…ちょうど持ってるけど」

 半信半疑ながら収納から蛇の魔石を取り出してみる。


「えっとこれをどうしたら…」

 言いながら何気にテーブルの上に魔石を置く。


次の瞬間。

「嘘ぉぉっ!」

 なんとノーパソと魔石が合体した。

それから虹色に輝いたと思ったら、魔石ノーパソは宙に浮いてキッチンの壁にめり込む。


「…タブレットみたいになった」

 その姿は正にタブレットに変わり、画面にメニューが表示される。


「えっと、住宅管理システム魔法を発動しますか?…yesと」

 示されるままに設定を決めて行くこと数分。


『システム設定完了。これより稼働します』

 そう文字が浮かび上がった途端、一斉に室内の照明が点いた。


「ってことは…」

 恐る恐る水道のレバーを上げてみると見事に水が出た。

しかも給湯も出来る。

つまり風呂も使えるわけだ。


それから家中を鑑定しまくって分かったこと。

水道には水の魔法陣が、給湯設備とキッチンコンロは火の魔法陣、配電盤に雷の魔法陣が付与されていた。


そして下水には浄化の魔法陣。

うん、環境にやさしいシステムで良かった。


この家は魔石から供給される魔力で魔法陣を発動させて水道、ガス、電気を賄っているようだ。


「どうやら人並みの生活は出来そうだね」

 窓の外を見ればもう夕方になっていた。


「今日はもう疲れたから夕飯を食べてお風呂に入ってさっさと寝よう」

 異世界生活一日目はこうして無事に過ごすことが出来たのだった。





「魔石取ったどーっ」

 拳を上げて勝利宣言。


あれから5日が経ち、結界や収納の使い方を完全にマスターした。

何より触れることなく目視しただけで収納ができるようになったのは大きい。


森の中を徒歩で移動しているとまるで何とかホイホイの如く魔物が寄ってくる。

それらを結界で閉じ込めたら、収納で中の酸素を取り出す。


しばらくすると窒息死してくれるので簡単に魔石をゲット出来るといったわけだ。

植物系の魔物は酸素の代わりに水分を取り出すとすぐに枯れてくれるので楽だ。


死んだ魔物がたまに肉をドロップしてくれるので有難くいただいて、鑑定で食べられる植物をみつけて、卵は魔鳥の巣から『収納』すれば良いので食卓がめっきり豊かになった。


魔の森は危険地帯だけど胡椒やハーブもどきがあちこちに生えているし、ジャガイモやニンジンみたいな根菜類もあるので助かっている。


何より薄暗い環境だからかキノコ類が豊富なのが嬉しい。

9割がた毒キノコだが中には食べられるものもあって、焼いて良し、煮て良し、干して出汁の元にしても良しの万能食材だ。


魔物を多く倒してる所為かレベルの方もだいぶ上がって、今は25になった。

他の数値も順調に伸びて身体強化がされているので移動できる距離が大幅にアップしている。

このまま人里まで一気に進みたいところだ。



「ん?何あれ」

 歩いていたら前方の木の根元に青い布を発見。

近付いて手に取ってみると、それは紐で口を絞めることが出来る袋だった。


「初めて人の痕跡らしきものと遭遇だな。でもこれ…どこかで見たような」

 そう首を傾げてから手にした袋に鑑定をかけてみる。


『何でもコピー袋…この袋にいれた物を複製することが出来る』


「ギフトのメニューにそんなのがあったね。ってことはこれの持ち主はあの部屋にいた人か」

 だが周りを見回しても人影はない。


「落としたのだとしたら、会えた時に返せばいいか」

 暢気にそんなことを呟いて私は人里捜索に戻った。



「今日は此処までかな」

 日が落ちてきたので『家』を出す。


あれから何個か大きめの魔石をタブレットに貢いだら、さらに性能が上がって結界と迷彩が加わった。

私が張っていなくても24時間体制で結界で覆われるし、迷彩で周囲の景色に溶け込んで発見されないようになった。


「さてと…」

 収穫した物の中から数点を選び出しキッチンに並べる。


スライスしたビックボアの肉にジャガイモもどきとトマトぽい実を交互に並べ、取っておいた焼き鳥の缶詰の汁を振りかけてホイルで包んで焼けばOK。

簡単で美味しいホイル焼きの完成だ。


「ごちそうさまでしたっと」

 満腹になったお腹をさすりながら今日拾った袋のことを思い出す。


「そう言えばこれ…何でもコピー出来るんだよね」

 袋を片手にしばし考える。


「ちょっとだけ使わせてもらおうかな。缶詰やレトルトをだいぶ消費しちゃったし」

 物は試しと未開封のレトルトご飯を袋に入れてみる。


「おわっ!?」

 袋が光ってレトルトご飯が2つになったと思ったらゴッソリ魔力を持って行かれた。


「か、鑑定っ」

 慌てて自身のステータスを見てみると。

2000あったМPが600まで下がっている。


「これって…かなりヤバいアイテムなんじゃ」

 改めて念入りに『鑑定』をかけてみる。


『何でもコピー袋…この袋にいれた物を複製することが出来る。使用魔力は持ち主のМP3分の2』


「コスパ悪っ!」

 いくら何でもこれじゃ割に合わない。

余程の希少品ならともかく、普段使いは出来ない…と言うかしたくない。


この瞬間、『何でもコピー袋』はお蔵入りが決定した。



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[一言] でかい魔石やレアモノ取れたらコピーかな? 後は寝る前に、とか!
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