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18、メネと誠之助


「ただいま、アン」

『お帰りなさいませ』

 いつものアンの出迎えの声。

だけど今日はそれにもう一つの声が重なる。


「お帰り、カナエ」

「あれ、修練は終わり?」

 いつもは日が暮れるまで続くのだが。


「近くに出た魔物のことで村長さんと話し合いだって。だから今日はもう帰れって言われた」

「そうなんだ」

 頷く私にリシュー君が、あれっといった顔を向ける。


「それ眼鏡だよね。どうしたの?」

 此処では近視や遠視になっても低レベルの治癒魔法で治ってしまう。

よってこの世界に眼鏡は存在しないのだ。


「神殿にあったんだよ。それでね…」

『あらぁん、可愛い子じゃなぁい』

「へ?誰の声?」

 驚いたように周囲を見回すリシュー君だが、こっちはそれ以上に驚く。


「精霊の声を聞けるのは稀有なスキルじゃなかったんですね。噓つきは信用ならないので…やっぱり壊そう」

『待って、待ってっ。それは本当よ。この子もそうだなんて』

 心底驚いているようなので一応信じることにする。


「これはね」

 メネをテーブルの上に置き、リシュー君に持ち主の誠之助さんのことを話す。


「そうだったんだ。でもどうしてこの眼鏡はこっちに来られたんだろう? 僕も眼鏡をかけてたけど来た時には無かったよ」

 尤もなリシュー君の疑問に、確かにと私も頷く。


『それはあんたらが魂だけでこの世界に来たからでしょ。誠之助の場合は転生ではなくて転移と言うか召喚だったもの』

「えぇっ?」

「そこ詳しくっ」

 叫ぶリシュー君と私をメネが、ちょっと落ち着きなさいと(たしな)める。


『あれは…そうねぇ確か1912年の秋だったかしら。道を歩いていたら突然足元が光って、気付いたら変な白い部屋に来ていたのよ』

「その時のことを覚えているんですか?」

『ええ、明確な意識を持ったのはこっちに来てからだけど、物にも記憶と言うか記録が刻まれるものなのよ』

 そんなことが本当にあるのかは謎だが、メネの場合は有りだったようだ。

でなければこんなに詳細には語れないだろう。


『その白い部屋に居たらあいつの声がしてね』


クソ邪神曰く

『奇跡的に次元が歪んで2つの世界が繋がったんだ。いい機会なんで適当に選んだ者をこっちの世界に呼んでみたんだよ』と迷惑この上ないことを言ったそうだ。


後は私たちと同じで3つのスキルを渡し、ギフトは予定外のことだったので無しで誠之助さん他11人がこの世界に放り出された。


誠之助さん以外の者がどうなったのかは分からないが、出発点が魔の森だったので其処でお亡くなりになった可能性が高い。


『たぶん向こうじゃ誠之助は神隠しってことになったんじゃないかしら。本当にそうだけど』

「残された家族にしたらたまったもんじゃないですがね」

 私の言にリシュー君も同意の頷きを返す。


私たちのように死んだのなら家族も悲しみはするが諦めもつく。

だが突然に姿を消されたら…その悲しみは終わることなく続くし、事情が分からなければ黙って消えた相手を恨む者も出るだろう。

それは双方にとって不幸でしかない。


『こっちに来た時から意識はあったけど、残念ながら誠之助にアタシの声は届かなかったのよね。人里に出てからはすぐに神社に奉納されちゃって精霊になるのに百年近くかかったし、誠之助が何を考えていたかは分からないけど…きっと無念だったと思うわ』

 メネの話に周囲にしんみりとした雰囲気が漂う。


「ところでメネ、さっき分身体がどうのとか」

『それよ、それっ。危うく忘れるところだったじゃないっ』

 勝手に憤慨するメネだが、その会話にリシュー君が割って入る。


「メネさん?…変わった名前だね」

『そうなのよっ、聞いてよボクちゃんっ』

「僕の名前はリシュアンなんで…その呼び方は」

『あら、ハイカラな名前ね』

「それ死語ですよ」

 私の突っ込みをフルシカトとするとメネはリシュー君に向けて愚痴を吐き出す。


『カナエに名付けを頼んだらこのザマよっ』

「あー、それは残念だったね。カナエの名付けセンスは絶望的だから」

『ホント早まったわーっ。リシュアンちゃんとも話せるって分かってたらこんなことには』

 後悔の言葉を綴るメネに(いた)く同情するリシュー君。


エライ言われようだが、ここはスルーしておく。

でないと話が進まない。


「それで?分身体はどうしたんです。無いなら此処で終了にしますが」

 私の呼びかけにメネが慌てた様子で言葉を継ぐ。


『待ってよっ。せっかちな子ねぇ』

「時は金なりって言いますからね」

『懐かしいわね、その言葉。誠之助が行った先の外国で教わって良く使ってたわ』

「明治時代にですか?」

 私の記憶が確かなら、まだ海外旅行は一般的ではなかったはず。


『ええ、だって誠之助は軍部の諜報課所属だったもの。任務でよく行ってたのよ』

「リアル、父はスパイ」

 某人気アニメを思い出して呟けば、それ知ってるっとリシュー君が目を輝かせる。


『楽しかったわねぇ。こっちに来る前の5月に視察に行ったストックホルムのオリンピックはそれは素晴らしかったわ。力を尽くして戦いでなくスポーツで順位を競い合うさまは素敵でね。平和ってこういう物なんだなって誠之助も感動してたわ』

 うっとりと言葉を綴ってから、決めたわっとメネが声を上げた。


『分身体を作り出せるとそれは実体となるの。これなら好きなことが出来放題よ。その姿を何にしようか迷ってたけど誠之助とその奥方が好きだった物にするわ』

 言うなりメネが光り出し、その光が消えた先には…。


『どう?アタシにピッタリで可愛いでしょう』

「………」

「………」

 誇らしげな声に答えることなく沈黙する私とリシュー君。


クルリとターンを決めてみせる身長15cm程のそれはどう見ても…某マヨネーズ社のロゴの人形にそっくりだ。


「何故にキュー〇ー?というか良く知ってましたね」

『当然よ、これは1909年12月にローズ・オニールがアメリカの婦人雑誌に絵物語として掲載したのが最初で人気があったのよ』

「よくご存じで」

『誠之助の受け売りだけどね。奥方が特に気に入って誠之助がわざわざ海外からその雑誌を持って帰ったくらいだもの』

 仲睦まじい様がよく分かるエピソードだ。

それほど愛していた奥さんと理不尽に引き離された嘆きは如何ばかりのものだったか。


「あのクソがっ、地獄に落ちろっ」

 彼のことを思うとその元凶であるクソ邪神への悪態が飛び出る。


「カナエ、また口が悪くなってる」

 すると空かさずリシュー君から注意が飛ぶ。


「ゴメン…ついね」

「気持ちは分かるけどね」

 謝ると苦笑を浮かべるリシュー君。


そんな私たちの前で自由に動けることが嬉しいらしく、背中の羽を伸ばして空中で調子よくクルクル回っているメネに声をかける。


「取り敢えず何か着ましょうか」

 そう、今のメネは原型に忠実にスッ裸だ。


「それと本体の眼鏡はどうするんです?」

 テーブルに置かれたままの黒縁眼鏡を指さすとメネが得意げに胸を張る。


『大丈夫よ、見てなさい』

 その言葉が終わらぬうちに眼鏡が光って、次には小さくなり分身体のメネに装着される。

 

眼鏡姿のキ〇ーピーは…可愛いと言えば可愛いか。


そんな感想を抱きつつクローゼットの小引き出しからレースで縁取られた白いハンカチを取り出しハサミを入れる。


四角に折った中心を丸く切り取り、それに合わせて手を出す穴を空けたら、簡単ワンピースの出来上がりだ。


「今はこれでも着ていて下さい。後でちゃんとした服を作りますから」

『あら、ありがとう』

 嬉し気にハンカチワンピースを受け取ると、頭を入れて脇の穴から腕を出す。


なかなか似合ってると思ったら…。


『うふふ、どう?』

 ぴらっと裾を持ち上げて下半身丸出し悩殺ポーズを決めて来た。


「やめんか、この露出狂っ」

『ひっど~い』

 そんなアホなやり取りをしながら、その日は何事もなく過ぎて行った。

まさかその翌日、あんなことが起こるとは夢にも思わず。

 

 


昼になり、神殿裏の小屋のテーブルにカイルさんが座っている。

いつもは一緒に取るのだが、今日は午前の稽古が終わった後で村長に呼び出されたのでカイルさんだけ遅い昼食となった。


「お代わりいかがです?」

「…すまん、貰おう」

 差し出した手に空になったスープ皿が乗せられる。


此処に来てから宣言した通りにリシュー君の師であるカイルさんの分も朝、昼、晩と三食きっちり作っている。


最初はぶっきらぼうというか戸惑っていた感じのカイルさんだったが、さすがに慣れたらしく基本的な会話ぐらいは交わすようになった。


「その…毎日美味い飯を作ってもらって助かる。そのうえ掃除と洗濯までしてもらって」

「お気になさらず。カイルさんは弟の大切な師匠ですから、稽古以外の雑務に時間を取らせるわけには行きません」

 私の言に、そうかと小さく頷いてからリシュー君の現状を教えてくれる。


「本人の努力もあるがさすがは魔族だな。呑み込みが早く、教えたことをすぐに自分のものに出来る。基本は身に着いたから、この後は実戦を重ねて経験値を積めば一門の剣士になれる」

 普段は寡黙なカイルさんが高揚して言葉を綴る。

それだけリシュー君は教えがいのある弟子なのだろう。


「良かったです。カイルさんのような素晴らしい師を得ることが出来たおかげですね」

 笑顔での私の言葉に何故かその眉間に辛そうな皺が寄る。


「俺など…本来なら他人を教える資格などない」

「死んだお弟子さんのことがまだ引っ掛かっているんですか?」

 ケガで冒険者を引退したと言うことだが、鑑定結果では身体損傷は見受けられなかった。

そうなると心の問題だろうとは思っていたが。


私の問いかけに弾かれたように顔を上げ、しばらくしてカイルさんは静かに言葉を紡ぎ出した。


「ベイルから聞いたか?」

「まあ、そんな感じです」

 正確にはギルドの受付嬢からだが。

羊羹を使った水まんじゅうで釣ったら知る限りのことを教えてくれた。


カイルさんは数年前から冒険者の傍らギルドで教官をしていて、そこで新人たちに剣や冒険者としての心得などを教えていた。


そんな中で出会った一人の剣士見習い。

負けず嫌いで少しばかりやんちゃではあったが、その才能は確かでカイルさんも殊更目をかけて鍛えてやっていた。


そのおかげかメキメキと上達し、ギルドの昇進最短記録を更新してすぐに一人前であるDランクになった。

しかし心までは一人前にはならなかった。


自分よりも弱い者や劣っている者をあからさまに馬鹿にし出したのだ。

そんな弟子の行いを諫め事有る毎に忠告していたが、それが鬱陶しかったのだろう。

師であるカイルさんを避けるようになり、ソロで好き勝手に高額依頼を受けるようになった。

そのことを周囲はずっと危惧していたが…ついにそれが現実となってしまった。


ダンジョン内で起こった魔物のスタンピード。

駆けつけたカイルさんの目に魔物の大群に取り囲まれている弟子の姿が映った。


果敢に魔物に立ち向かったカイルさんだが多勢に無勢。

多くの傷を負いながらも何とか弟子だけでも助けようとしたのだが…。


傷を負ったカイルさんを足手纏いと判断したのか、あろうことか弟子はカイルさんを魔物の前に押し出し自分だけ逃走を図った。


そのことは現場にいた他の冒険者も目撃していて、騒ぎが収まりギルドに戻ったところで当然のことながら弟子は糾弾された。


『俺は悪くない』『出しゃばったあんたが悪いんだ』『ケガをしたのだって自己責任だろう』と勝手なことを言っていたが、そこに別件での証人が現れた。


今回のスタンピードが起こったのは弟子が子供の魔物ばかりを狙い、魔物たちを怒らせたから。


その魔物の仔の肝は薬剤として高額取引されるが、ギルドでは一度に2匹までと決められていた。

経験則からそれ以上狩ると群れが危機を感じて暴れ出すと言われていたのだ。


しかし弟子はそれを単なる迷信と一笑に付し勝手な狩りを続けた。

その結果がこれである。


そのうえ彼のことを批判していた冒険者チームにダンジョン内で『擦り付け』をして全滅させていたことも分かった。


それですら『俺を悪く言った奴に仕返ししただけだ』『死んだのは奴らが弱いからだろう』とまったく反省した様子が無かった。


おそらく彼は際限なく思い上がっていたのだろう。

ダンジョン内での事だし有能な冒険者である自分をギルドは厳しく罰しはしないと。


だが彼の所為で多くの犠牲者やケガ人が出た。

規則を破ったこともだが、スタンピードを引き起こした罪は何より重い。


裁判の結果、弟子に下された判決は死罪。


刑場に引き出され、泣きわめいて命乞いをする弟子の前に現れたのは師であるカイル。

悪行を行った弟子の落とし前は師である自分の手でつけると刑の執行役に名乗りを上げたのだ。


縋るように此方を見る弟子を一瞥すると彼は腰にあった剣を引き抜き…一刀の下にその首を跳ねた。


転がる首にある目は驚きに大きく見開かれたままだった。




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