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17、110年前の遺産


『ちょっ、待ちなさいよっ』

 野太い男の声なのに口調はオネエな眼鏡。


「あー聞こえない」

 耳を塞いで抵抗するが…キャンキャン喚く眼鏡に根負けした形で再び引き出しを開ける。


「…何か御用ですか?」

『あるに決まってるじゃないっ。あんた馬鹿ぁ?』

「さようなら」

『待って、待って、ごめんなさいぃっ』

 そんな遣り取りの後、眼鏡の話を聞いてみると。


何とこの眼鏡、110年前にク…邪神に送り込まれた先達の愛用品だった。


先達の名は誠之助、明治生まれの軍属だったそうだ。

魔の森を抜けた後はこの国の騎士に取り立てられ、近代戦略を教える教官になった。


しかし幸せな生活とは程遠く、常に見張りが付けられ逃亡防止の首輪の魔道具を嵌められていた。

それだけ彼の知識はこの世界にとって脅威だったのだろう。

  

だが彼はそんな扱いを諾々と受け入れ、静かにその生を全うしたという。


『この神社は誠之助の未練の象徴かしらね。あの像は故郷に残した奥方の姿を懐かしんで作ったものよ。此処に詣でる時だけは幸せそうだったらしいから』

「なるほど」

 やはり此処は神殿ではなく神社だった。


構造についての疑問が解けたところで最大の疑問を口にする。 


「ところでどうして貴方は話せるんです?」

『私ぃ、こう見えても精霊だからぁ』

「はい?」

 あまりのことに変な声が出た。


「精霊というと…事物の中に宿る人格的な霊的存在ですよね」

『そうよぉ、凄いでしょ』

 フフンとドヤる眼鏡に対して思うことは一つ。


謝れ、世界中の精霊に謝れっ…だった。


こんなのと同列視されたら精霊もたまったものでは無いだろう。


『誠之助の生家は代々続く由緒正しい神社でね、血統的に魂の格が高かったのよ。そんな誠之助が建てた神社に百年以上祭られて村の信仰の対象だったんですもの。精霊化くらいするわよ』

 私の想いを他所に眼鏡がドヤった声で言葉を綴る。


その言葉を疑う訳ではないが、念のため鑑定してみる。

すると…。


『眼鏡(精霊)』…持ち主と共に異世界からやって来たことで意志を持つが、転移による持ち主の視力回復のため像の下に収められた。この場に漂う神気を浴び続けた結果、無機物ながら精霊となる。


「精霊と言うより付喪神…それも厄介系な」

『何よ、文句あるぅ』

「…別に。ところで御用とは何です?」

『それよ、あんた私を此処から連れ出して』

「はい?」

 とんでもない申し出に再び変な声が出た。


「自分で出ればいいじゃないですか。偉い精霊様なんでしょう」

『出来たら頼んだりしないわよ。意識を飛ばして他の精霊と話すことは出来ても、それ以外のことは無理なのよ』

「つまり本体の眼鏡を誰かに持ち運んでもらわないとずっと此処に閉じ込められたままってことですか」

『そうよ、だからあんたが私をかけて外を歩き回ってくれれば』

「お断りします」

『何でよぉっ』

「私は右左ともに視力は1.5で眼鏡は必要ないからです。それと時代遅れなデザインの丸眼鏡を付ける気にもなれませんから」

 ズバッと言ってやれば沈黙する眼鏡。


諦めたかと思いきや…どっこいオネエは強かだった。


『私をただの眼鏡と思わないでねっ。あんたの視界の邪魔はしないし、姿だって…この通りよっ」

 その言葉が終わる前に眼鏡のデザインが変わった。


『あんたの頭の中にあった美男子が付けてたのと同じよぉ』

 言われてみれば『眼鏡が似合う男№1』とSNSで持て囃されていた俳優の物にそっくりだ。

だがその前に聞き捨てならない単語があった。


「私の頭の中を覗いたんですか?」

『精霊ですもの、それくらい簡単よぉ。でもあんたが誠之助と同じ日本から来たとは驚いたわぁ』

「よし、壊そう」

『待って、待って。何でそうなるのよぉぉ』

 焦る眼鏡に冷淡な声で答えてやる。


「自分の生き死にかかわる情報をペラペラ話す存在をそのままにしておくなんて、それこそ何処の馬鹿ですか。臭い匂いは元から断たないと」

『例えが酷いっ』

「じゃ、そう言うことで。さようなら」

『いや、待ってっ。マジで待って』

 悲痛な叫びをあげる眼鏡。


「何か言い残すことでも?」

『だから破壊前提はやめてっ。だいたい精霊と話せるなんて稀有なスキルなのよ。そこらにホイホイ居たらアタシだっていつまでもこんな薄暗い所にくすぶってないわよっ』

「…確かにそうですね」

 納得の頷きを返す私に眼鏡が媚びる声で言葉を継ぐ。 


『頼みを聞いてくれたらイイコトを教えるわよ。例えばあんたをこっちに呼んだ神のこととか…ぎゃあっ』

「…詳しく聞かせてもらいましょうか」

 むんずと両端を掴んだまま自分でも信じられないくらい低い声で眼鏡に詰め寄る。


『は、話すわよっ。とにかく落ち着いてぇ』

 今にも左右に引き千切られそうな状況に眼鏡から悲鳴のような声が上がる。

余程壊されるのが嫌なようだ。


「もしかして本体が壊れたら存在することが出来ないとか?」

『そうよ、さすがの私も消えてなくなってしまうのっ』

 言ってから、しまったとばかりに黙り込むが既に遅し。


「それは良いことを聞きました。では誠実にお答えください」

 そうニッコリ笑ってやれば眼鏡からため息混じりの声が返る。


『分かったわよ。…この私を脅すなんて本当にイイ性格してるわね』

「誉め言葉として受け取っておきます」

 しれっと言い返すと改めて問いかける。


「で、あのクソ邪神はいったい何なんです?この世界の12神にはそれらしい神はいませんけど」

『クソって…あいつ、あれでも創造神である源神の直属の部下なのよ』

 私の言葉に眼鏡が呆れ声を上げる。


『まあ、だから他の神たちとはちょっと扱いが違っていてね。そもそもはこの世界が壊れるような危機に陥った時、それを伝えるのが役目なの。だから神と言うより観察者の方が合ってるかしら』

 眼鏡の言葉に肯定の頷きを返す。


「奴もそれっぽいことを言ってましたね、観察者冥利に尽きるとか。つまりクソ邪神は火災報知器みたいなものなのか」

 いざという時に周囲に知らせる、けどそれまでは何もせず天井に張り付いているだけ。

それが退屈で異世界から来世に向かう魂を掠め取って来ては玩具にしていた…と言うことか。


いつからやり始めたかは分からないが、人知れず多くの者がその犠牲になったのだろう。


「ふざけんな!クソがっ」

『ちょっとぉぉ!』

 思わず手にした眼鏡を壁に投げつけようとして我に返る。


「つい、うっかり」

『うっかりで壊されちゃたまんないわよぉ』

 非難の声を上げる眼鏡に、それでと一番聞きたかったことを尋ねる。


「クソ邪神の弱点とか嫌がることは何です?」

『それを聞いてどうするのよ』

 さすがのオネエもビビった声で聞き返してきた。


「もちろん、きっちり遣り返すためです。やられっ放しは性に合わないので」

『あんたねぇ…相手は腐っても神の部下なのよ、そんなことできる訳が』

「おや、簡単に諦めるんですね。だったら此処でもう百年くらい大人しくしているといいですよ」

 私の言に、ぐぬぬと悔し気な唸り声が上がる。


「私は御免ですけどね、僅かでも可能性があるなら徹底的に足掻いてやります」

『ホントいい根性してるわ。でも確かにそうね』

 眼鏡のくせにフウっと深いため息をついてから言葉を継ぐ。


『あいつの所為で誠之助の人生はメチャクチャになったんだもの。少しくらい遣り返しても罰は当たらないわよね。いいわ、アタシが精霊たちから聞いたことを教えてあげる』

 そう言うと眼鏡は自分が知ることを披露してくれた。


クソ邪神が一番恐れているのは上司である源神で、魂を玩具にしていたことが知られたら相応の罰を受けることになる。

なのでしばらく間を置いてバレないよう30人分くらいの魂をちょろまかしてはこんなことをしていたようだ。


『そもそも神ってのは力のバランスが崩れるから現世界に直接関わってはいけないのよ。出来るのは神託くらいかしらね。だからあいつも何か出来る訳ではないの』


「それでこっちに送り込んだ後はスマホを通して揶揄(からか)うだけしかしないのか。それでも十分に迷惑千万ですけどね」

 その後もいろいろ聞いたが最終的にクソ邪神の悪行を上司に言いつけるには…。


『何たって相手は最高神なんだもの、まさしく雲の上にいるお方よ。私たち下々の声なんて到底届かないわ。まずはその下の神たちへの陳情ね』

 つまり現状は変わらずということだ。

派手な溜息をつく私に、元気出しなさいよと眼鏡が声をかけて来た。


『アタシも他の精霊に頼んで精霊王さまに話を通すから』

「まあ、何の力もない人族の小娘よりはその方が確実ですね。よろしくお願いします」

 軽く頭を下げる私に、それでと眼鏡が問いかける。


『これからどうするの?』

「今まで通りあちこちの神殿で奴のことをチクり続けるだけです。小さなことからコツコツと頑張って行きます。虚仮の一念、岩をも通すですよ」

『その不屈の精神って素敵よ。いけ好かないクソガキだと思ってたけど見直したわぁ』

「それはどうも…おや」 

 眼鏡とそんな会話をしていた私の足元に掃除機がやって来て終了を知らせて来た。


「ありがとう、ご苦労様」

 言いながら抱え上げると眼鏡からとんでもない言葉が飛び出た。


『何よ、この子。精霊化しかけてるじゃないっ』

「はい?どういうことです」

 思わず聞き返すと眼鏡が呆れ声で言葉を紡ぐ。


『この子は末端ね。この本体がいるでしょう、それが精霊になりかけてるのよ。本当なら精霊化には百年近くかかるって言うのに』

「本体…アンのことか」

『何よ、もう名付けまでしてるの? だから早まったのね』

 首を傾げる私に眼鏡がこの世界での名付けの大切さを教える。


『名前を付けたり貰ったりするってのはね。この世界に個として存在することを認められたことと同義なのよ』

「なるほど。…そう言えばまだ名乗っていませんでした、私はユズキ・カナエです」

『カナエね、覚えたわ』

「そういう貴方は?」

 名を聞くが眼鏡からの返答はない。


「もしかして無いんですか?誠之助さんから付けてはもらえなかったとか」

 そうしたら眼鏡が悔しそうに言葉を綴る。


『当たり前じゃないっ。あんただって普段使いする道具に名前なんか付けないでしょ』

 もっともな言に頷くと、だったらと提案してみる。


「嫌でなければ私が付けますけど?」

 聞けばこの世界では名は別の第三者が与えないとダメで、自称は名としてカウントされないのだとか。


『お願いするわっ、名前があると精霊としての格が上がって分身体を生み出すことが出来るようになるのよっ。そうなったらこんな(ほこり)臭いとこからオサラバよ』

 勢い込んで、早くと急かす眼鏡を前にして考え込む。


『アタシに相応しいカッコ良い名前にしてよっ』

「そうですね…では『メネ』にしましょう』

『はあ? あんた馬鹿ぁ? メガネからガを抜いただけじゃないっ』

「ご不満ですか?」

『当たり前でしょうっ』

「でしたらレンズからンを取って『レズ』に」

『もっと嫌よぉっ…ああ、もういいわよ『メネ』で。あんたに頼んだ私が馬鹿だったわ』

 はあっと溜息をつく眼鏡改めメネ。


「取り敢えず掃除も終わりましたし私の家にどうぞ」

『そうね、お邪魔するわ。あれから日本や世界がどう変わったか知りたいし』

 そんなわけで掃除機と黒縁眼鏡を持ってアンのところに帰ることにした。



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