16、トラブル発生
「着いたよ、ここがモルナの街」
門の前でそうリシュー君に笑いかける。
「前に行った街より小さいけど賑やかさは負けてないね」
門の向こうに見える景色に感心したようにリシュー君が呟く。
門兵さんにステータスカードを見せて何事もなく通過。
好奇心いっぱいの目で周囲を見回すリシュー君を連れて私の勤め先であるデボン武具店へと向かう。
「こんにちは」
扉を開いて中に入ると…。
「か、カナエ」
何故かドーラさんの顔色がサッと変わった。
「お帰り、早かったんだね」
笑顔で迎えてくれてはいるが、どこかぎこちない。
「…何かありました?」
その問いにドーラさんは深いため息をついてから頷いた。
「取り敢えず店を閉めるよ。ちゃんと話したいからね」
そういって『本日終了』の札を扉の外へと掛けに行く。
どうやら退っ引きならない事態が起こっているようだ。
「本当に申し訳ないっ」
戻って来るなりドーラさんが私に向かって深々と頭を下げる。
「頭を上げて下さい。本当に何があったんです?」
驚いている私にドーラさんが事の顛末を教えてくれた。
「私の弟にドンゾってのがいるんだが、姉のあたしが言うのも何だがとんだロクデナシでね。そのドンゾがミンサーの図面を勝手に持ち出して、あろうことか自分の名で商業ギルドに登録しちまったんだ」
そうなるとミンサーの使用料は登録者のものとなる。
つまり他人の手柄が生み出す利益を横取り出来るという訳だ。
「そんなことが…」
呆れる私の前でドーラさんが泣きそうな顔で言葉を綴る。
「ガルドが商業ギルドに掛け合ったんだけどね。カナエのものだって証拠がないって追い返されちまって」
今も何とかならないかと、そういったことに詳しい知人に相談に行ってるそうだ。
「それでは仕方ないですね」
溜息混じりの私の言葉にドーラさんが弾かれたように顔を上げる。
「何言ってんだい。そう簡単に諦めちゃ…」
「証拠が無いのは事実ですから」
続けられた言葉にドーラさんも黙り込む。
「これはもう覆らないでしょう。ドーラさん達が証人となっても相手が身内となると親族間の内輪もめだと判断されますし」
「ごめんよ、カナエ」
身を縮めるようにして謝るドーラさん。
だが正直、私としては却って助かったと思っている。
ミンサーについては異世界知識であり私が考案したものでは無いので思い入れもないし、私の名で発表しておかしな輩に目を付けられるより余程いい。
「ドンゾとは縁切りするよ。金輪際ここには近づけさせないっ」
そう意気込むドーラさんの前で私は緩く首を振った。
「それは無理だと思いますよ。一度美味しい思いをした人はすぐにまた同じことをしますから」
言われてドーラさんはその可能性に気付いたようだ。
「私にまた何か考えろと付きまとったり脅して来たりすると思います」
「ああ、ドンゾならやるだろう。芯から性根の腐ったヤツだからね」
忌々し気に眉を寄せるドーラさんに此処に来た目的を切り出す。
「いい機会といってはなんですが、弟と一緒に魔国に行くことになったんです。ですからお暇をいただきたいんですが」
「何だって!?」
驚愕するドーラさんに手招いたリシュー君を紹介する。
「弟のリシュアンです」
「初めまして」
それまで店の隅に控えていたリシュー君が前に進み出て頭を下げる。
「こりゃ驚いた、弟さんは魔族かい」
フードの下から現れた特徴的な尖った耳を見てドーラさんの目が見開かれる。
魔族はエルフ同様、滅多に国を出ないのであまり見ることはなく珍しい存在なのだ。
「はい、私たちと死んだ母を捨てた父の消息が分かったので2人して訪ねることにしたんです」
「そいつは…大変だったね」
わずかな情報だが、それだけでドーラさんは事情が分かったようだ。
気の毒そうな目でこっちを見ている。
「ちょっと待ってておくれ」
そのまま店の奥に走り込んでいったが、しばらくして戻ってきた。
「あまり多くなくて申し訳ないが退職金だよ」
渡された小袋はかなりの重さがある。
「いただけません。こんなに…」
「ドンゾがかけた迷惑料も込みだからいいんだよ。それと」
ニッコリ笑うとリシュー君に顔を向ける。
「あんたにはこっちだ」
差し出されたのはガルドさん作の片刃刀だ。
あれは確か渾身の作と当人が自慢していた逸品のはず。
「いいんですか? これはガルドさんの」
「構やしないさ、こいつで姉さんを守るんだよ」
「あ、ありがとございます」
突然のことに腰が引けながらもリシュー君はしっかりと刀を受け取った。
「後出しになってすみません。お土産です」
エオンの街で買い込んだ菓子や子供らへの玩具を渡すとドーラさんの顔がクシャリと歪む。
「こんなに良い子なのにドンゾの所為でっ。…戻ったら顔を見せに来ておくれよ」
「はい、必ず」
強く頷いてから外まで見送りに出てくれたドーラさんに手を振り返し店を後にする。
「こんな凄い剣…どうしたら」
困惑した様子で手の中にある刀を見つめるリシュー君の横で、そうだねと私も考え込む。
「リシュー君、剣術の経験は…無いよね」
ステータスにはそれらしいものが無かったことを思い出して小さく息をつく。
「使いたいなら何処かでちゃんと習った方がいいと思うけど」
「うん、僕も習いたい。前に森で魔法無効化のスキルがある魔物に遭遇して死にかけた時に、物理攻撃の手段があったらって思ったもの」
リシュー君の言に、魔の森で遭遇した白いアースドラゴンのことを思い出す。
あれも魔法攻撃が効かない…私の結界が通用しない相手だった。
確かにそういった敵に遭遇することを想定して自衛手段を持った方がいいだろう。
「それじゃあ冒険者ギルドに行こうか。剣術を教えてくれる人を紹介してもらおう」
薬草の納品で顔見知りになった受付嬢がいるので、彼女に相談してみよう。
甘い物好きで時々自作の菓子を渡して懐柔してあるので悪いようにはしないだろう。
「ここ?」
「村の人に聞いた話だとそうだけど」
受付嬢に相談したら『だったらピッタリの人がいますよ』と元Aランクの冒険者のことを教えてくれた。
手持ちのチョコを使ったマーブルクッキーで釣ったら、ギルマスの紹介状まで調達してくれたのには驚いたが。
彼女曰く、ケガで冒険者を引退して今は故郷であるモルナの街から山一つ越えた先のモル村に住んでいる剣の達人だそうで。
見かけは怖いが面倒見の良い人なので力になってくれるだろうとのこと。
到着した村の門番さんに聞いたら、山の中腹にある小さな神殿の隣で守り役をしながら暮らしていると教えてくれた。
だが訪ねた神殿は酷く寂れていて、隣にある小屋も同様で…人が住んでいるようには見えない。
「ごめんください。…何方かいらっしゃいませんか?」
とにかく此処でじっとしていても仕方が無いので声をかけてみると。
「…誰だ?」
ガタイの良い無精髭を生やした強面のおっさんが小屋の裏から出て来た。
「カイルさんですか?」
尋ねると訝し気な表情を浮かべたまま頷く。
「突然の訪門失礼します。私はカナエ、こっちは弟のリシュアンです。こちらを…」
差し出した紹介状を受け取り読み始めると、その眉がどんどん寄って行く。
さて、どんな人なのか…失礼だが鑑定をかけさせてもらう。
〈 カイル 〉
30歳
Lv. 31
HP 1900/1900
МP 600/600
攻撃力 2100
防御力 3000
<スキル〉
『剣術』『身体強化』『生活魔法』
〈称号〉
『鬼教官』『弟子殺し』『悔恨者』
〈ギフト〉
無し
元Aランクというだけあって見事なレベルと数値だ。
けれど称号に物騒なものが…『弟子殺し』とは。
でもすぐ隣に『悔恨者』があるし、危険を示す色は青だ。
「ベイルの野郎っ」
小さく毒づくと忌々し気に紹介状を睨みつける。
ベイルとはギルマスの名だが…2人の間で何かあったのだろうか。
どちらも頑固そうだし。
「おい、お前ら」
そんなことを考えていたらおっさんが此方を向いた。
「こいつに書いてあるが剣術を習いたいってのは本気かっ?」
「は、はい」
「あ?声が小せぇっ」
大声で凄むおっさんに負けないくらいの音量でリシュー君が言い返す。
「カナエ…姉さんを守れるようになりたいですっ」
そのまましばらく見つめ合っていたが、おっさんが深いため息を吐いた後で口を開く。
「本気の目なのは分かったが、俺の指導は厳しいぞ」
「はいっ」
「引き受けた以上は最後までやるからな。逃げ出すなら今のうちだぞ」
「逃げませんっ」
何だか熱血根性漫画のノリになって来たけど大丈夫なのか?
私の心配を他所にどうやらお互い師と弟子になることを了承したようだ。
「で、そっちは?」
おっさんがこっちを見ながら聞いてきた。
「私は結構です、そもそも荒事には向いていませんから。此処では貴方と弟の身の回りの世話をさせていただきます」
「まあ、好きにしろ」
この遣り取りで私への興味は無くなったらしい。
「では此方を」
差し出した小袋に怪訝な顔をするが、次の言葉に小さく息をつく。
「ギルドで教えられた額の指導料が入っております。ご不満でしたら増額いたしますが」
「…いや、いい」
不機嫌そうに背を向けるとリシュー君を伴って神殿の裏へと行く。
ついて行くとそこは広場のようになっていて脇にある大きな石に木刀が立て掛けてある。
「そらっ」
その木刀をリシュー君に投げ渡すと持ち方から始まって簡単な型を教え出す。
受付嬢の言った通り何だかんだ言って面倒見の良いおっさんのようだ。
「せいっ!」
「剣先がブレてるっ。もう一度っ」
「はいっ」
今日も頑張ってるな、リシュー君。
此処に来てから10日が経った。
教えは厳しいが的確で、元々筋が良かったらしくリシュー君は確実に力を付けて行っている。
指導料は何故か受け取るのを渋っていたが、何度も頼み込んだら漸く貰ってくれた。
それで向こうも覚悟を決めたようで指導に熱が入って来た。
私はそんな2人を横目に炊事、洗濯、掃除と動き回っている。
まあ、炊事は私がしているが掃除はアンが派遣してくれた移動掃除機が。
洗濯はアンのところに持ち込めば洗濯機がすべてやってくれるので楽なものだ。
リシュー君たちが修練中に羅針盤で一度モルナの街に戻って旅用テントを買って来た。
それを神殿の近くに設置して私たちの当座の家とした。
もちろんそれはカモフラージュで、テント経由でアンのところに行けるようにしてある。
おかげでいつもと変りない生活が出来ている。
「さて、今日は神殿の掃除でもしますか」
言いながら掃除機を持って神殿の扉を開く。
「でも変わった様式だな」
ク…邪神のことをチクりにいくつもの神殿へ行ったが、他のはギリシャ風だったのに此処のは神殿と言うより日本の社のような作りをしている。
奥に御神体らしき木彫りの女性像があり、その周りを囲む板には木や花のレリーフが刻まれている。
一見すると春の女神のようにも思えるが…信じられないことに誰もその由来を知らなかった。
村の老爺に聞いたら、百年以上前にふらりと見知らぬ男がやって来てこの神殿を作っていったのだとか。
それから時々は詣でていたが、何のために作ったのかは不明。
よって何の神様なのかも分からないのだそう。
ただ神聖な感じがするので、男が姿を見せなくなっても村で大切に守って来たと言っていた。
「よろしくね」
床に置き声をかけると嬉々として掃除を始めた様を見ながら私も雑巾を手に取った。
一番掃除されなそうな女性像の裏に回ると…台座のところに四角い切り込みがある。
よく見るとそれは引き出しになっているようだ。
「これって…」
小さな取っ手を持って引いてみたら中にあったのは…クラシカルなデザインの黒縁の眼鏡だった。
「何でこんなものが?」
『こんなって失礼な子ねっ』
すぐに聞こえた声…。
それは間違いなく引き出しの中の眼鏡から聞こえた。
「…見なかったことにしよう」
そう呟いて私はそっと引き出しを閉じたのだった。
 




