15、邪神通信
「ハーイ、神様通信の時間だよー」
毎度の如くへらへらと笑いながらクソ邪神が画面上に姿を見せた。
「それでは今週の結果発表ーっ」
お馴染みの効果音付きで画面に『6/28』という数字が表れる。
「何と今回は2人のお仲間が死んでしまいました。ほんとに悲しいね~っ」
少しばかり詰まらなそうに言ってクソ邪神は指を鳴らした。
画面に現れたのはリシュー君とロザリーちゃんの顔。
「本当に残念だよ。あのリシュアン君が毒キノコを食べて死ぬなんてねー。まあ、ドジな彼らしいと言えばらしいけど。最後まで僕を楽しませてくれてありがとー」
微塵も感謝が伝わらない声でそう言うとクソ邪神はロザリーちゃんの方を指さした。
「彼女もハイゴブリンの子作りに頑張って協力してくれてたんだけどねー。運悪く巣がグレートオーガに襲撃されてさ、そのとばっちりで死んじゃったんだよ。こっちも残念~っ」
わざとらしい仕草で肩を竦めてから、でもとクソ邪神が言葉を継ぐ。
「彼女の王妃になるって夢は叶ったから良かったんじゃない。相手が人族じゃなくてハイゴブリンキングだったけど神である僕からしたら誤差だよ、誤差」
そうケラケラ笑う姿にマジで殺意が湧く。
「では『今週の優秀者は誰だコーナー』を始めよう」
指を鳴らすとお馴染みの2人の顔の下に獣人の青年の姿が映し出される。
「トップは変わらずエルデ君。うっかり他の魔族の女性の荷物を持ってやったりしたもんだからリンちゃんが激怒してね」
プルプルと肩を震わせながら話すクソ邪神。
笑いたいなら堪えてないで潔く笑えばいいだろう。
「凄かったよ『誰にも取られないように手足を切り落として壺に入れておきましょう。大丈夫です、私がきちんとお世話しますから』って本気の目で迫られてた。謝りまくってそれは回避できたみたいだけど。いやー愛されてるねぇ」
音声は無いけどエルデ君のスマホが撮ったらしい映像が画面に流れている。
ドアップになるリンさんの笑顔。
確かにあの目はヤバい。
さすがはメンヘラ…狂気に満ちた瞳は夢に出て来そうなほど迫力満点だ。
横で観ていたリシュー君が恐怖のあまり声を殺して泣いてるよ。
エルデ君に『頑張れ』と心の中でエールを送っておいた。
「リシュアン君は死んじゃったんで繰り上がってアレクセイ君が2位だね。他のお仲間と魔の森を縦走中でまったく代わり映えしないから…見ていてもあんまりおもしろくないんだよ」
はあっと溜息をつくと続けて3位を紹介して行く。
「3位のターリク君はアレクセイ君と行動を共にしている一人だね。選択種族は獣人の蝙蝠族でスキルは『闇魔法』『隠形』『気配察知』だよ。ギフトは『万能暗器』彼の名前の意味は『夜訪れる者』だから斥候や暗殺者ってのはピッタリだよね」
意味深な笑みを漏らすとクソ邪神は指を鳴らして画像を消去する。
「次は誰がトップかな。そして何人生き残っているか実に楽しみだよ。それじゃあ、また来週~っ」
満面の笑みを浮かべて手を振る姿が画面から消えた。
「相変わらずクソ全開だな」
吐き捨てるように言うとクイクイと袖が引っ張られる。
「カナエ、淑女が汚い言葉を使ったらダメだよ」
「そ、そうだね」
御尤もな忠告に頷くしかない。
「でもこれでリシュー君は無事にク…邪神から解放されたね」
「うん、ホッとした」
嬉しそうに頷いたリシュー君だったが、そのまま居住まいを正して私に向き直る。
「前に僕の遣りたいことを聞いたよね」
「何か見つかった?」
私の問いにコクリとリシュー君が頷く。
「森の中と違って安心して寝られて、カナエが作ってくれた美味しい料理をいっぱい食べさせてもらって、一緒にリバーシーやカードで遊んで凄く楽しかった」
幸せそうにそう言ってからリシュー君は毅然と顔を上げた。
「カナエと暮らしながらたくさん考えて…自分が何をしたいか分かったんだ」
自分で考えて自分で決めることが出来るのは心が落ち着いて余裕が出来た証拠だ。
「それで何をするの?」
「拾ったギフトを元の持ち主へ返したいんだ」
リシュー君の言葉に驚きながらも、彼らしいなとも思ってしまう。
両親に愛情たっぷりに育てられたのだろう。
彼は本当に真っすぐで良い子だから。
しかし現実はそんなに甘くはない。
「でもそれって茨の道だよ。相手も素直に返してくれてありがとうとはならないだろうから。お前が盗んだのかって疑われたり、捕らえられて処罰される可能性だってある」
私の話を、うんとリシュー君も肯定する。
「でも盗まれた人たちはきっと困ってるはずだから」
そう言うと大きく息を吸い込んでから私の前で勢い良く頭を下げた。
「それでカナエにお願いがあるんだ。一緒に返しに行く旅に…」
だんだん小さくなってゆく声に彼の葛藤が伺い知れる。
私に迷惑をかけたくない思いと離れたくない思いの間で揺れているのだろう。
「いいよ」
「え?」
「一緒に行くよ。私もそれは気になっていたし」
「ありがとう、カナエっ」
パアッと顔を輝かせるリシュー君だったが次の私の言葉に撃沈する。
「それに未成年の子を一人で旅に出すなんて大人のすることじゃないからね」
「…僕、そんなに頼りない?」
少しばかりいじけてしまったリシュー君の背を軽く叩きながら言葉を継ぐ。
「誰だって最初は頼りないものだよ。リシュー君には未来って言うたくさんの伸びしろがあるんだからこれから強くなればいい。そんな君に私が恩師から贈られた言葉を改めて贈るね。
『やりたいことは、やりたいと口に出して言った方がいい。そうすれば叶う道が増えてゆく』って」
「はいっ」
勢いよく返事をしているが…たぶん半分も分かってないだろうな。
まあ、今はそれでいい。
こういった言葉は本人が本当に必要になった時にじわじわ効いてくるものだから。
で、思い立ったが吉日という訳で収納からリシュー君が拾ったギフトを出してみる。
床に並べてそれぞれしっかり鑑定をかける。
私のレベルは既に60になっているので『鑑定』の精度も飛躍的に向上していてさらなる詳細が分かった。
結果は以下の通り。
『極盾ロイヤ』…すべての魔法攻撃を無効にする盾。60年前に行方不明となったナルゼ国の至宝。
『破槍アトラル』…アンデッドを一撃で消滅させる名槍。半年前に盗まれたデオンド国の宝。
『水神の宝珠』…水を自在に操ることが出来る宝珠。カラン国神殿所蔵。
『天鳥の羽帽子』…被る者のダメージを半減させる効能を持つ帽子。シレイン国コル公爵所蔵品。
槍と宝珠と帽子は同じく半年前に盗まれた物だった。
どれも所有していた国が懸賞金をかけて必死に探している。
そして『魔杖リオンサート』は前に説明した通りに魔国の四天王…ガオガイズ将軍の持ち物で、やはり半年前に紛失したとなっていた。
どうやら60年前もそうだが、今回の転生のために邪神が各国から搔き集めたようだ。
さすがに110年前の時の物は残ってはいないようだが。
「大分あちこちに行かないといけないね」
テーブルに地図を広げて目的の国の首都に印を付けてゆく。
今いるハウター大陸と海を隔てた隣にあるのがクルーン大陸。
槍のデオンドと宝珠のカランはハウター大陸の南と北に。
盾のナルゼと帽子のシレインはクルーン大陸の西に並んでいる。
そして魔国は両大陸の間にある島国だ。
「近い所から回ってゆこう。でもそうなるとかなり時間がかかるから勤め先を辞めないとね」
「いいの?」
心配そうに此方を見るリシュー君に、もちろんと笑って見せる。
「元々この世界のことを知りたくて選んだ仕事だからね。良い店だからすぐに私の後釜は見つかるよ」
「なら良かった」
安堵の表情を浮かべるリシュー君だったが、すぐにまた申し訳なさそうに口を開く。
「旅に出る前にどこかの街に寄って髪を切りたいんだけど」
「何で?」
背中の半分を覆う長さの薄紫色の髪は綺麗だし、彼に良く似合っていると思う。
「前はずっと短かったから鬱陶しくて、それに長いと女の子みたいで嫌だ」
髪の先を摘まみながらの言に、確かにねと笑う。
「だったら私が切ろうか」
「出来るの?」
驚いて聞き返すリシュー君に、もちろんとちょっと胸を張って答える。
「節約のために理容師の友達に食事と引き換えにセルフカットの仕方を教えてもらったんだ。それ以来ずっと髪は自分で切ってた」
「節約って…ああ、お店を開くために貯金してたんだね」
「そんなとこ」
おかげで兄嫁から守銭奴と罵倒されたけど。
感心するリシュー君を手招くと椅子に座らせ予備のシーツを用意する。
「ちゃっちゃと遣っちゃうね。お好みはありますか?」
「後ろは刈り上げて、前は目にかからないくらいで」
「かしこまりました」
そう答えて微笑むと首に半分に畳んだシーツを巻き、散髪用のコームとハサミにヘヤーバリカンを取り出す。
まずはと後の毛を掴んで切り揃えて行くと、落ちた先から丸形掃除機がやってきてどんどん吸い取って綺麗にしてくれる。
「何だか生き物みたいだね」
確かに嬉しそうに仕事をしているように見えて、リシュー君の言葉にちょっと笑ってしまう。
「こんなものかな」
私と違った柔らかな髪質にちょっと苦戦したけど、なかなかの仕上がりになった。
「いかがでしょうか。お客様」
手渡した鏡で自分の姿を確認してから、うんとリシュー君は満足そうに頷いた。
「さっぱりした。ありがとう、カナエ」
そう笑う顔は年相応で、短くなった髪型の所為もあって見た目もかなり若くなった。
『異世界常識』によると魔族では髪が短いのは子供の証で、成人した者は長くするのだが…これはしばらく黙っていようと思う。
何故なら…。
「旅をしている間は私のことは『姉さん』と呼ぶように。だからステータスカードも13歳にしておいて」
ガルドさんのところの姉弟のように両親の種族が違う場合、子供は必ずどちらかの種の特徴を持って生まれて来る。
なので人族の私と魔族のリシュー君が姉弟であっても何の不思議もない。
「いいけど」
不思議そうに首を傾げるリシュー君に理由を説明する。
「ご主人様と小間使いの設定は短い間なら誤魔化しが効くけど長期だと絶対にボロが出るよ。だったら姉弟にしておいた方が良いと思うんだよね」
「確かにあの時みたいにずっと黙って立ってるのってつまらないし、カナエとも気軽に話がしたいから賛成だよ」
「じゃ、そう言うことで」
その後で話し合って細かい設定を決め、まずはモルナの街に戻ることにした。




