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13 冒険者ギルド


「うまくいったね」

 嬉しそうに自分のステータスカードを眺めているリシュー君。


「まあ、機嫌を損ねて取り引きを止められたらギルドとしては困るから多少のことには目を瞑るって判断したみたいだね」

 私の言葉に頷くと、それでとリシュー君が聞いてきた。


「この後はどうするの?」

「ドロップ品の代金を受け取るまで暇だから買い物をしよう。まずはリシュー君の着替えだね。それと旅に必要な物を揃えたり、食料も仕入れたいから」

「やったぁ、だったらさっき買い損ねた料理があるんだけど」

 今までまともな物が食べられなかった反動だろうか。

リシュー君の食への執着は強いようだ。


「なら屋台を回ったら次はお店巡りだね」

 モルナで基本的な調味料や食材を多めに仕入れてあるが、この街でしか手に入らない物もあるだろう。



「お、胡麻発見っ。それにかつお節ぽいものと乾燥昆布があるっ」

 街の市場で意外な物を見つけて思わず声を上げた。


エオンの街は海からかなり離れているので海産物は乾燥させるか、高額になるが氷魔法で鮮度を保った物になる。


『異世界常識』によると此方ではかつお節も昆布も水で戻してから薄く切って食べるのが主流で、出汁としては使わない。

美味しいのになぁ。


嬉々として大袋を買い込んでいる私をリシュー君が不思議そうに聞いてきた。


「何でそんなに嬉しそうなの?」

「えー、だって胡麻があったら料理やお菓子に使えるし、かつお節と昆布は和食の基本だからね」

 私の答えにリシュー君も嬉しそうに口を開く。


「じゃあ日本食が食べられるのっ」

 拳を固めて前のめりで聞いてくる。

さすがは日本オタク、食いつきが半端ない。


「任せなさい、美味しいのを作るから」

 ポンと胸を叩いて見せると、そう言えばとリシュー君が思い出す。


「カナエは調理師免許を持ってるんだよね。元の世界ではラ・キィジニエールだったの?」

 ラ・キィジニエールはフランス語で女の料理人のことだ。


「違うよ、向こうではレトルト食品開発の研究員だったんだ。料理の見識を広げるのと資金稼ぎのためにね」

「資金稼ぎ?」

 小首を傾げるリシュー君にその訳を教える。


「祖父が小料理屋をやっていて、私はその店が大好きでね。だから祖父のような店を持つのが夢だったんだ」

「小料理屋?」

 オタクと言えどさすがにそれは知らなかったか。


「ル・プティ・レストランみたいなものだよ。簡単な料理とお酒を供する和風の飲食店ってとこかな」

「そっか、だったらいつかお店を開くの?」

「はい?」

 何気ないリシュー君の問いに私は虚を突かれた顔になる。


「…考えたこと無かったな」

 こっちに来てからは保身とクソ邪神に一泡吹かせることばかりで、他を考える余裕は無かった。


だが言われてみたらそうなのだ。

私には私の夢があって、それを実現させるために頑張るのも有りだと気付かされた。


「ありがとうね、リシュー君。おかげで自分の夢が思い出せた」

 今はクソ邪神に遣り返すことが最優先だが、それが終わったら店を出すことを目標にしようと心に決める。


「カナエの役に立ったのなら良かったよ」

 ニッコリ笑うリシュー君に改めて感謝しながら市場巡りを続けた。



「そろそろギルドに行こうか」

 夕方に近付いた頃、買い物を終了して方向転換をする。


「リシュー君の着替えにドーラさん達へのお土産に食材っと…買い忘れはないな」

 収納した物の確認をしてからリシュー君に向き直る。


「注意事項はさっきと同じだよ。何があっても動じないで無表情」

「うん、分かった。交渉事はカナエに任せるよ」

 素直に頷くリシュー君と連れ立ってギルドの扉を開けた。


昼と違って仕事帰りの冒険者で溢れている中を進むと、一瞬ざわつくが魔族が来ていることは伝わっていたようで大きな騒ぎにはならない。


「お待ちしておりました」

 カウンターに向かうと先程の受付嬢が緊張した面持ちで対応してくれる。


「買取分の金額は出ております」

 言いながら明細書を渡してきて、次いで大袋3つを取り出した。

渡された書類を確認すると合計で4万エルン、日本円で4千万…さすがにSやA級魔物のドロップ品だけあって結構な額になった。


「ありがとうございます。お手数をおかけしました」

 軽く頭を下げて袋に手を伸べると。


「ちょっと待てや」

 声と共に奥から小柄な男が出て来た。


「俺はこのギルドのサブマスターをしてるギャズってもんだが」

 胸を反らし威丈高に此方を見る相手にすぐさま頭を下げる。


「お初にお目にかかります、私はカナエ。此方のご主人様の小間使いをしております」

 この手の輩にはまず下手に出るのが得策。

それだけで気分を良くしてくれる単細胞が多いからだ。


「私どもに何か御用でしょうか?」

「お前さんらのステータスカード違法取得についてだ」

「違法でございますか」

 小首を傾げる私に、おうよとサブマスが得意げな笑いを浮かべる。


「保証人を金で買ったそうじゃねぇか」

「その方にお礼を致しましたが買ったつもりはございません」

 保証人に礼金を払うのはごく普通のことで違法でも何でもない。

私の反論にサブマスの顔が真っ赤に染まる。


「うるせぇ、見ず知らずの奴の保証が何の役に立つ。俺は認めねぇぞっ」

「御説御尤です」

 あっさりと頷く私に相手は拍子抜けをした様子で此方を見る。


「ですが困りました。再発行をしていただかないとこの先、何かと支障が出てしまいます」

 小さくため息をつく私にサブマスがニヤニヤと笑いながら声をかけてきた。


「魚心あれば水心ってな。罰金を払えば見逃してやるぜ」

 小声での要求はガッツリ賄賂だった。


「…おいくらです?」

「そうさな、今回の支払いの半分で勘弁してやる」

 賄賂と言うには高すぎる額だ。

これはもう強請(ゆす)りと言っていいだろう。


こっそり周囲を見回せばギルドにいる冒険者の誰もが苦い顔で此方を見ている。

どうやらこの男の行いは常習のようだ。

だが腐ってもサブマスという地位のため、被害者は泣き寝入りを余儀なくされているのだろう。


不意にクイッと袖が引かれ、後ろを見るとリシュー君が無表情を保ったまま目は不安で揺れているという器用なことをしていた。

大丈夫とばかりに笑みを返すと、ホッとしたように息をつく。


そんなリシュー君を庇うように前へ進むと秘かにギルドの扉を中心に結界を展開した。


「…縮小」

 小声でそう呟きながら手を握り締める。

それと同時に入口の壁全体が崩壊した。


これは魔の森でアンデッド系の魔物に遭遇した時に編み出した技だ。

結界に閉じ込めることは出来ても、そもそも生きていない彼ら相手に酸素を収納しても無駄だ。


困った末に考え出したのが結界の縮小。

閉じ込めたまま結界を小さくすれば、中のものは当然ながら潰れる。


生きた魔物でそれをやると魔石も潰れてしまうのでNGだが、空気中に漂う魔素を吸収して動き回るので魔石を持たないアンデッド系には有益だった。


「うぉっ!」

「な、何だっ!?」

 すっかり見通しが良くなったギルドの中を、何事かと多くの人たちが覗き込んで来た。

その中には近くにある門から騒ぎを知って駆けつけた門兵の姿もある。


「あの、すみません」

 突然の壁の崩壊にオロオロしているサブマスに声をかける。


「先程のお話、間違えが無いか復唱いたしますのでご確認ください。サブマスさまがおっしゃるには『魚心あれば水心ってな。罰金を払えば見逃してやるぜ。そうさな、今回の支払いの半分…2万エルンで勘弁してやる』でようございますね」

 ことさら大声で言ってやれば、ギルドとは無関係な野次馬から驚きと非難の声が上がる。


確かに誰がどう聞いても理不尽この上ないのだから当然だが。


「どういうことだ?サブマスともあろう者が冒険者から違法に金を奪おうとしたのか?」

 やって来た門兵の中でも上位と分かる兵が前に出てサブマスに詰問する。


「ち、違うっ。俺は」

 慌てて釈明しようとしたサブマスだったが。


「その通りだぜ」

「俺もやられたっ」

「難癖をつけて俺たちの上前を撥ねるのがそいつの常套手段なんだっ」

 それを打ち消すように冒険者たちの間から訴えの声が上がる。


今までは内々で処理されてしまい表面化しなかったが、ギルドとは関係のない第三者が関われば話は違ってくる。

この機を逃すほど愚鈍では冒険者稼業はやって行けないだろう。

それを証明するように次々と訴えが積み上がって行く。


「やかましいっ、お前らランクを落とされてぇのかっ!」

 いつもの調子でそう怒鳴ったようだが、状況が分かっているのだろうか。


「ほう、サブマスの独断で冒険者ランクが変えられるとは初耳だ」

 案の定、上官と思える兵が思い切り低い声で呟く。


それを聞いて不味いと気付いたようだが後の祭りだ。


「少し聞きたいことがある。ギルマスはどうした?」

 その問いに受付嬢が震える声で答えた。


「所用で不在です。明日には戻ると思うのですが」

「では戻ってきたら兵団詰め所に来るよう伝えておいてくれ。それまでサブマスは此方で預かる」

 言い終わるなり周囲にいた兵たちが手際良くサブマスを拘束する。


「こんなことをしてタダで済むと思うなっ」

「…お前がな」

 ピシャリと言い返され黙ってしまったサブマスを兵たちが連行して行く。


「証言を取りたい。被害に遭った者は共に来てくれ」

 その言葉にギルドにいたほとんどの者が頷いて彼らの後をついて行く。


「…そして誰もいなくなった」

 覚えのある本のタイトルを口にして小さく笑うと受付嬢に声をかける。


「私たちはこれで失礼します」

 そう言ってカウンターに置かれたままの袋を収納する。


「は、はい。ご利用ありがとうございました」

 深々と頭を下げる受付嬢に労いの言葉を告げる。


「これから何かと大変でしょうが頑張ってください」

 すると受付嬢がカウンターから出て改めて頭を下げて来た。


「ありがとうございます。あの馬鹿が居なくなれば何倍も遣り易い職場になりますので大丈夫ですっ」

 意気込みが凄いな。

それだけアレは職場のガンだったのだろう。

嬉々としてカウンターに戻って行く彼女に秘かにエールを送ってから私とリシュー君は足早にギルドを後にした。



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