1、わたくし、ジャスティンさまをお慕いしておりますの
パーティ会場でぷしゅ~っと倒れた私は、前世の記憶に三日三晩うなされた。
「うわぁぁん! パパがついてるよお、コーデリアちゃぁぁん!!」
たまにお父様がすがりついて泣く声がきこえたりもした。
――お父様は、私の事が大好きなのだ。優しくて、よいお父様だ。
お父様はさておき、前世の記憶の話をしよう。
前世の私は、朝から晩まで建物の中で座って仕事をして働き過ぎて亡くなった。
あちらの世界では過労死と呼ばれている死因だ。
働くという行為が特別好きだったわけじゃない。
でも、生きているときは働かないと将来が不安で仕方なかったんだ……。
そんな前世の私が大好きだったのは、『妹の引き立て役だった私が異世界行ったら実は聖女で理想の王子様に溺愛されました』という長いタイトルの小説。
タイトルからして色々察してしまうような雰囲気だけど、前世ではそういう小説がとても流行していて人気があったんだ。
というのも、前世はストレスの多い時代で、ストレスを軽減する娯楽が大量に供給される世の中だったから。
通勤、通学、家事の合間などなど、ちょっとした隙間時間にスマホで「ふいーっ」って何気なーくお話を流し見して、「ふふっ」ってなるの。
さてこの小説の内容はというと、小説の中の主人公、マナが妹といっしょに異世界に転移して、聖女の座を妹と奪い合い勝利する。ついでに逆ハーレムになって本命王子と結ばれる、という内容であった。
王子の親友キャラだったジャスティン様はマナの逆ハーレム要員で、本命王子といっしょにマナを守ってくれる。
優しくしてくれる。
そして最終的に王子に敗れてしまう――そんなキャラだった。
「私の最推し……当て馬キャラ……」
なんとか色々な記憶を吸収し、目が覚めた場所は自分の部屋だった。
前世とは違う天蓋付きのベッドの中は、今世の私、コーデリアが日常的に過ごしてきた場所だ。
おふとんがぬくぬくのふわふわで、シャボンの匂いが清潔な感じで、気持ちいい。
体は、少し怠いかもしれない。
そぉっと手を持ち上げてみれば、自分の手は6歳の手で、ちいさくて幼い。
肩から胸にかかるコーデリアの髪は、月の雫を流したような白銀だ。
「コーデリアお嬢様……お目覚めになりましたか……っ!」
メイドのメアリがハッとした様子で声をかけてくる。
心配してくれている顔だ。
傍にはお医者さまも控えていて、薬湯をすすめてくれた。
「ふぅ、ふぅ……」
ほわほわと湯気をあげる薬湯はあったかくて、口にふくんだ瞬間にすごく喉が乾いていたのだと自覚する。
すこし薬草の香りがして苦いのが身体によさそうな感じ。
味は苦いけど、飲むと「体に良いものを飲んだぞー」って気持ちになって、安心した。苦いけど。
「コーデリアぁぁ! 目が覚めたんだねぇえええ!!」
やがてお父様が涙や鼻水でぐしゃぐしゃの顔をして部屋に駆けこんできて、ぎゅうっと抱きしめてくれる。ちょっと力がつよくて、ぐる゙じい゙。
「婚約はいやだったのかいっ? い、今からでも、破棄してもらおうか……、パパ、コーデリアのためなら……」
ああ、必死なお父様の声があたたかい。
おねだりしたらなんでも買ってくれそうだ。
前世には「親ガチャ」なんて言葉があったけど、ガチャでいうならお父様は大当たりだと思う。
お金持ちだし、優しいもの。
それに容姿も格好良い。私は幸せな娘だ。
だけど、お父様ご自身は苦労人だと思う。
前世を思い出す前はよくわかっていなかったけれど、今はお父様の苦労がわかる。
お父様はもともとが商人で、一目惚れをした貴族令嬢(お母様)のためにその身ひとつで大儲けして、貴族の地位をお金で買ってから猛烈にアプローチしたらしい。
恋愛結婚は成就して、……けれどお母様は後継ぎとなる兄さまとコーデリアを産んで亡くなってしまった。
お父様はおおいに哀しみつつも、我が子たちを溺愛して貴族の一員として恥ずかしくないようにと教育を受けさせてくれたり、家の格を上げようと大貴族に媚を売ったり取り入ろうとしたり、……とても頑張っている人なのだ。
――我が家の立ち位置的に、格上の家相手に婚約破棄の申し入れなんて、できるわけがない。そもそも、婚約できたのはとても良いことなのだ。
「婚約のせいじゃありません。お父さま」
私は必死で言葉を紡いだ。
震えるお父様の背を撫でるてのひらがぽかぽかして、家族の感じがする。
「わたくし、ジャスティンさまをお慕いしておりますの。どうか、婚約を破棄なさらないで」
家族を不幸にしたくない。
私は当て馬キャラのジャスティン様推しだったのだ。
……いやなわけがないじゃないですか、お父様!
「わたくし、婚約がとっても嬉しいのです。嬉しくて興奮して熱を出してしまいました……ですから、婚約はどうかそのままに」
心の底から懇願したのがよかったのか、私は無事(?)当て馬キャラジャスティン様の婚約者としての人生を進むことになったのだった。