10、わたくし前世の記憶がありますの
「わたくし、前世の記憶がありますの」
その事実は、別に隠す必要性がなかった。
だから、私は前世の記憶があることを素直に告白をした。
自分のいた世界のこと。
自分が死んだこと。
それがあくまでも「記憶」レベルで、自我はそこまで多分引きずられていないと思われること――多分、だけど。
「記憶はあくまで記憶ですわ。わたくしは今の自分こそが自分なのだと思っていますし、今いる国がわたくしの国で、これから帰るお家がわたくしのお家。そう思っていますわ」
言葉には偽りはない。本当の気持ちだ。
「そう……」
ジャスティン様の深い森みたいな色の瞳が揺れる。
「いろんな知識を持っていたのは前世の記憶だったんですね。なんだか、納得しました」
馬車が出て、見慣れた帰り道の街並みが車窓の外側に流れていく。
小説のことは話すことができなかった。
だって――自分が常の中のキャラで、当て馬として創造されたなんて知らされても気分がよくないだろうとおもったから。
馬車が屋敷に着いて、乗り降り口の扉が開く。
ジャスティン様が先に降りて、手を差し出してくれる。エスコートされて外に降りれば、見慣れた家の門と出迎えの侍従、屋敷の明かりがあったかい。
「過去を教えてくれてありがとうございました、コーデリア」
私の手の甲を軽く持ち上げて、ジャスティン様がふわりと微笑む。
そして、指先へと羽毛が軽く触れて離れるような口付けを落とした。
「……っ」
触れたかすかな感触に、鼓動が跳ねる。
頬がふわーっと熱くなる。
乙女ゲームだったらスチルになっていただろう。そんな優雅で美しい口付けだった。
「おやすみなさい、コーデリア」
囁く声は甘やかで、私は真っ赤になって頷くのがやっとだった。
屋敷の扉が開いて、お父様がやってくる。不機嫌そうな顔をして。手には何故か水差しを持って。
「婚約破棄したのに娘の周りをうろちょろと……格上だからと強気に出よって……」
「お父様、その水差しは? 申しておきますけど、ジャスティン様に失礼なことはなさらないでくださいね……?」
まさか、水をかけてやろうと思ったのでは。
私はお父様に水をかけられるジャスティン様を想像して、未遂で済んでよかったと胸をなでおろした。
「おおコーデリア! パパは権力に屈したりしないぞ。嫌なことをされたらパパに言うんだぞ」
「わたくし、嫌なことはされていませんわ」
お父様は水差しをぶんぶん振り回して庭木に水を撒き、「もうお前は嫁にやらん! パパが一生幸せにするっ!」
と言って駄々をこねた。
「旦那様、お嬢様が困っていらっしゃいますよ」
メイドのメアリがおろおろと宥めている。平和だ。
「お父様、わたくし、お父様の娘で幸せですわ」
お父様の背中を撫でて、私はメアリと一緒になって宥めた。
「でも、お父様に一生お世話になるのはどうかしら……」
「わかってるよぉぉ。パパも、そのあたりはわかってるよぉぉ」
お父様は自分に言い聞かせるように言って「だいたい、なんで婚約破棄をしたんだ! 金に困らなくなったからかっ?」と怒っていた。
考えてみれば、婚約破棄でお父様にも迷惑をかけてしまっている――私はしょんぼりと反省した。




