【コミカライズ】本当にあくどい悪役令嬢は、ヒロインの真似事をする。
「アリナ・ビスキュイ! 貴様に話がある!」
アカデミーの夜会にて。声高に叫ぶ私の婚約者、コンスタンティン王太子殿下。その横にはヒロインである男爵令嬢のクララ、後ろには宰相の子息キリルと魔塔主の子息ゲオルギー。何もかもゲームのシナリオ通りだわ。
「貴様との婚約を———」
「あら、殿下! ちょうど良かったですわ! 実は私も、殿下に申し上げたいことがございましたの!」
「———破棄……な、なに?」
王太子が言い切る前に、私は大声で叫び、ずいっと前に出た。
「殿下、どうぞ聞いて下さいませ。なんと私は、そちらにいらっしゃるクララさんから悪質なイジメを受けていたのです!」
「「「「…………は?」」」」
まさかの私の発言に、コンスタンティン王太子とクララ、キリルにゲオルギー、ついでに聞いていた周囲の者達も呆気に取られ固まった。その隙に私は更に声を張り上げた。
「私物を捨てられましたり、教科書へ落書きをされたり、ドレスを切り裂かれたこともございましたわ! 挙句の果てには先日、突然階段から突き落とされました。まさかと思って振り向くと、そこに居たのはクララさんだったのです……あぁ、なんて恐ろしいのかしら!」
涙ながらに訴えた私に、正気を取り戻したコンスタンティン王太子が声を張り上げる。
「そ、そんなはずはない! クララがそんなことをするものか! 私はクララから、貴様がクララに嫌がらせしていると聞いたのだ! 被害者は貴様ではなくクララ———」
「まあ! それでは、クララさんは私をイジメるだけでなく、私を陥れるためにそのような妄言を殿下に告げ口したということですか!?」
「———だろうが……って違う! そうじゃない! そうではなくて貴様が」
「なんてことなの! お優しく正義感溢れる殿下にそのようなお話をすれば、公正な殿下が動き出すのは必至。それを見越して殿下に訴えるだなんて、腹黒いにも程がありますわ! もちろん聡明な殿下は何の根拠もなくクララさんの証言を鵜呑みにしたりしていらっしゃらないでしょうね?」
「え、いや……それはっ」
「わ、私は本当にアリナ様から嫌がらせされたんですっ!」
私の勢いにたじろいだコンスタンティン王太子に危機感を覚えたのか、焦ったクララが叫ぶ。しかし、そんなクララを無視するように私の後ろから私を擁護する援護射撃が飛び出した。
「兄上、私はアリナを信じます。アリナは前々から私物を捨てられるのだと私に相談しており、クララ嬢の悪質な嫌がらせに悩まされていました。ですがアリナはクララ嬢の為を思い今まで兄上に打ち明けられずにいたのです。どうかアリナの思いを汲んであげて下さい。」
コンスタンティン王太子の腹違いの弟君、第二王子エフレム殿下が私の側に立ったのだ。それだけではない。
「私もアリナ様の証言を支持します。アリナ様が教科書を汚され困っていた際、私の教科書をお貸ししたことがございました」
宰相子息のキリルとはライバル関係にあたる、学年首席の秀才にして前宰相の孫イヴァンが、軽く手を挙げ私の隣に並んだ。そして更に。
「僕もアリナ様を信じるよ〜 アリナ様のドレスがズタボロになってたのを直してあげたのは僕だからね」
ぽやぽやとした口調で出てきたのは、平民出身ながら強大な魔力と圧倒的な才能で魔法学部に現れた超新星、代々ゲオルギーの家が担ってきた魔塔主の座を脅かす存在と噂される、オレグ。
これで女子一人に男子三人の"四対四"の構図が、真っ向から対立した。
「な、な、……エフレム、イヴァン、オレグ! お前達、自分が何を言っているのか理解しているのか!?」
「それはこちらの台詞です、兄上。兄上はどうしてクララ嬢の言い分のみが正しいと思うのですか?」
イケメン王子のエフレムが首を傾げれば、周りの女子が溜息を漏らし。
「双方の言い分があるのであれば、証人や証拠を元にどちらが正しいか検証するべきです」
クールなイヴァンが眼鏡を直してそう言えば、真面目な生徒達や教師陣がふむふむと頷き。
「話し合えば誰が悪者か分かるはずだよ〜」
小柄なオレグが気怠そうに欠伸をすれば、オレグ信者の生徒達が隊列を組んで私達の後ろに並んだ。
この三人は、半年かけて準備してきた私の最強の取り巻き。
権力だけで見たら向こうの方が数段上。だけれど、人気や実力は圧倒的にこっちが有利よ。
半年前、クララがアカデミーに編入してきたあの日。私はクララの顔を見て唐突に前世を思い出した。
そしてここが乙女ゲームの中の世界だと気付く。このゲームの中ではクララがヒロインで、私の婚約者のコンスタンティン王太子と宰相子息のキリル、魔塔主子息のゲオルギーが攻略対象者で、私は断罪される悪役令嬢。
断罪ルート回避のため、私は考えに考えた。どんな方法が一番効果的か。悪役令嬢になったのだから、どうせなら相手方を盛大に「ざまぁ」させてやりたい。
こういうのって、パターン的に婚約者の王太子から溺愛されてヒロインへやり返すのもあるけど、クララを見て鼻の下を伸ばしていた時点で王太子は却下。
あとは我が道を行くタイプで好きなことやってたら勝手に断罪ルート回避されてたパターンとか? 他には積極的に復讐するパターン、極力関わらないで生きると決めたのに関わっちゃうパターン等々……我ながらあくどいと自負している私は、前世で読んだ悪役令嬢ものの話を片っ端から思い出して頭を捻らせ完璧な計画を立てようと考えた。そして思い付いたのだ。
「そうよ、ヒロインの真似して男どもを味方につければいいじゃない」 ……と。
それから私は、ゲームの中では語られなかったこの世界の知識を活用して私の取り巻き候補を考えた。
一番最初に目を付けたのは、第二王子のエフレム。コンスタンティン王太子を断罪するなら王族の助けは必須。エフレムと私は幼馴染で、気安く話せるし最適だわ。
次に目を付けたのは、学年首席のイヴァン。やっぱり頭脳派はいないとダメでしょう。それにイヴァンは代々宰相の座をキリルの家門と争う家系でもあるし、引き込むのには充分だわ。
三人目は一部の生徒達の間で絶大な人気のある平民のオレグ。貴族社会の中で出自など関係なく活躍して注目を集める彼は、確かな実力もあり即戦力になる。
目星を付けた私は、ヒロインの真似をして三人の攻略に取り掛かった。
「エフレム、話があるんだけど」
「うわ。何だいアリナ。私は忙しいんだけど……」
「あなた、王位に興味はないかしら?」
「…………は?」
「いつもあなたを見下してる偉そうな兄上様であり、私の婚約者様であるあのポンコツ野郎……コンスタンティンを引き摺り下ろす方法があるって言ったら、どうする?」
「………………話を聞こうじゃないか」
「イヴァン、ちょっといいかしら」
「アリナ様……公爵家のご令嬢が、私に何か御用ですか」
「あなたは頭が良くて優秀で家柄だっていいのに、宰相のせいでアカデミー卒業後の官僚への道が閉ざされているらしいわね。敵対するあなたの一族への牽制なのでしょうけど、私利私欲で優秀な人材の登用を逃すような人が宰相でいいのかしら。ましてや、自分の一族を重用するそんな人の息子が平凡な頭脳しか持ち合わせてないだなんて、国の破滅を招く事態だと思わない?」
「……一理ありますね」
「ねえ、私に協力してみない? 宰相どころか、未来の王位でさえ私達の手で代えられるかもしれないわよ」
「………………面白そうです」
「オレグ、あなたの力を貸して欲しいの」
「ん〜? あんた誰だっけ〜?」
「ビスキュイ公爵の娘、アリナ・ビスキュイよ」
「悪いけど貴族は好きじゃないんだぁ。偉い貴族は特にね」
「待って頂戴。あなた、嫌いな貴族をぎゃふんと言わせたくはない? 特にあなたの才能を妬んで悉く難癖を付けてくるゲオルギーの家門とか。私に協力してくれたら、あなたの才能を正当に評価する国を実現させるわ。あなたはこの国の宝ですもの。誰よりも評価されて然るべきよ」
「………………いいよ〜、考えてあげる」
こうしてその人の弱みを見抜き、欲しいものを提示して報酬をチラつかせ、味方に取り込むヒロインの常套手段を見事に真似た私は、あくどい方法で最強の味方を作ることに成功した。
私達の勢いに圧倒されていたコンスタンティン王太子が、クララに腕を掴まれてハッと声を荒げる。
「いいだろう! やってやろうじゃないか! アリナとクララ、どっちが本当の被害者か! こっちには証人がいる! 用務員のスーザン、そなたはアリナがクララの鞄を捨てているところを見たんだな?」
コンスタンティン王太子に言われて前に出たのは、いつも私達のアカデミーを綺麗に管理してくれている用務員の女性、スーザンだった。
「えぇと……その、はい。多分、……そうだと思います」
「ほら見ろ! やはりアリナがクララを」
「スーザン、いつもご苦労様」
曖昧でオドオドとしたスーザンの証言を強引に結論付けようとしたコンスタンティン王太子を差し置いて、エフレムが王子然とした笑顔をスーザンに向ける。
「エフレム殿下……」
「勤務中だろう? 忙しいところすまないね。その証言について聞きたいんだが、本当にアリナがクララ嬢の鞄を捨てたところを見たのか?」
「それが……私が見たのは、捨てられた鞄と、遠くに見えたアリナ様のお姿だけなのです」
泣きそうなスーザンは、優しいエフレムの微笑みにホッとしたように吐露した。
「アリナ様はいつも、エフレム殿下と同じように私にもお気遣い下さいます。そんなアリナ様が他人のものを盗んで捨てるだなんて思えません。たまたまお通りになっただけだと思っていたのですが、王太子殿下にアリナ様がやったと証言するよう頼まれて、仕方なく……」
周囲の目がコンスタンティン王太子へ軽蔑の視線を送る。
「そうか。王太子である兄上に頼まれれば仕方ないね。気持ちは分かるよ。じゃあ、アリナの姿を見ただけでアリナの犯行を目撃したわけではないんだね?」
「そうなのです! そして、実はそれだけではありません! 私は……クララ嬢がアリナ様のペンケースを捨てているところを見たのです!」
「何だって!? それは本当かい?」
「はい。間違いなくこの目で見ました!」
「貴様! よくもそんなことを!」
「きゃ、お、お許し下さいっ!」
「兄上!」
スーザンの言葉に逆上したコンスタンティン王太子が手を上げようとしたところで、エフレムが間に入って止める。
震えるスーザンを慰めるエフレムは、兄に向けて鋭い視線を向けた。
「兄上。まさかとは思いますが、兄上が連れてきた証人が、嘘を吐いているだなんて言いませんよね?」
「くっ……」
傲慢で高圧的な王太子と違い、人当たり良く気配りのあるエフレムは庶民から人気が高い。何とも言えない周囲の非難めいた視線に王太子が狼狽えたところで、クララの横から声が上がった。
「い、いや! そんなはずありません! ここに、アリナ様からクララが嫌がらせを受けていた別の証拠が」
宰相子息のキリルが、クララと王太子を気遣うように前に出て主張した。しかし。
「その証拠は偽物です」
イヴァンが私の横に立ちズバリとキリルの持ってきた証拠を切り捨てる。
「それは図書室への入館記録でしょう? クララ嬢が図書室でうたた寝していた際に教科書に誹謗中傷を書かれた嫌がらせについて、その時間図書室に出入りしていたのがアリナ様だけだと主張したいのでしょうが、その入館記録は偽造されています。キリル、君は司書を脅して入館記録を奪ったそうだが、実はあの司書は私と旧知の間柄でしてね。私は告発と共に司書が写していた正規の入館記録を受け取っています」
イヴァンが掲げた入館記録には、その時間図書室に出入りしていたのはクララと私ではなく、クララとコンスタンティン王太子、キリル、ゲオルギーだったことが記されていた。
「ちなみにアリナ様が図書室を利用していたのはこの直前。その時に教科書を置き忘れてしまったアリナ様が授業後探しに戻ったところ、教科書に誹謗中傷を書き込まれていたそうです。四人だけの図書室であなた達はいったい何をしていたのでしょうね」
疑いの目が、私達と向かい合う四人組へと向けられる。
「こ、これも証拠だ! クララがアリナ嬢に嫌がらせを受け、傷を負った痕だ!」
焦ったように魔塔主子息のゲオルギーが叫んで指差したのは、ケープを脱いだクララの腕から肩に広がる大きな赤い痣だった。
「こんなに大きな傷を付けられて、私はこの先どうしたらいいか……」
大きな傷を付けて泣き真似をするクララは確かに痛々しい。しかし、こんなのも想定済みだ。
「その傷、魔法で偽造してるんだよ〜 僕が剥がしてあげるね」
そう言ってオレグは、クララに向け魔法を使用した。するとクララの痣は、紙が剥がれるように呆気なく消えてしまった。
「なんで君達は傷なんて偽造してたのかな〜? ちなみにアリナ様の傷は僕がすぐ手当てしたよ〜 魔法使いなら普通そうするよね? そういえば、あの時のアリナ様の傷は突き落とされたような痕があったなぁ」
周囲は完全に私達と敵対するあっちの四人組へ疑惑と嫌悪の眼差しを向けていた。
「い、いや! 違う! 違うと言ったら違う! そもそもクララには、アリナに嫌がらせをする動機がないだろうっ!」
周囲の視線に汗を垂らしながらも、コンスタンティン王太子が主張する。ふん。待ってましたわ!
「では、私がクララさんをイジメる動機はなんですの?」
すかさず聞くと、コンスタンティン王太子はふんぞり返ってドヤ顔をした。
「そんなの決まっている! 貴様は私とクララの仲に嫉妬し、愚かにも排除しようとしたのだ!」
「殿下とクララさんの仲? それって……まあ! まさか、殿下! 私というものがありながら、クララさんとそのような関係を持っていらっしゃったのですか!? 王太子ともあろうお方が浮気ですかっ!?」
「うっ」
ドヤ顔から盛大にギクリと固まり、言葉を詰まらせたコンスタンティン王太子へ、私はハッとしたように目を見開いて告げた。
「待って下さいませ! これで謎が解けましたわ! クララさんが私をイジメたのは、殿下の婚約者である私が邪魔だったからに違いありません! 私を排除すれば殿下が手に入るとでも思ったのかしら。酷すぎるわ、なんて悪質なんでしょう!」
「それはっ」
「しかも、さっきからコンスタンティン殿下はクララさんの主張を信じ込むどころか、まるで私に罪をなすりつけようとしているかのようですわ! キリル卿も、ゲオルギー卿も、偽造された証拠を持ってくるなんて! 皆さんで私の罪を捏造して私を貶めるつもりでしたの!?」
核心をついた私の発言で、周囲からザワザワと騒めきが上がる。
「ちょっと! さっきから何なのよ!? 虐められたのは私だって言ってるでしょう!? この三人はとっても偉いんだから、素直に信じなさいよっ! ヒロインは私なのよ!」
本性を現したのか、髪を振り乱しながら、クララが鬼の形相で叫ぶ。が、清楚さの欠片もない支離滅裂なこの絶叫が決定打となり、これまでの流れを見ていた聴衆は誰の主張が嘘で誰の主張が真実か確信したのだった。
「どうやら、勝負あったようだな」
そこへ響く、重々しい声。会場中が一斉に頭を下げた。
「ち、父上……!」
顔を真っ青にしたコンスタンティン王太子が、震えながら後ずさる。
「コンスタンティン。見せたいものがあると言うのでここまで来たのだが。そなたが私に見せたかったのは、自らの愚かさか?」
こめかみに青筋を浮かべた国王は、歩を進めると息子の前で立ち止まった。
「お前自身もお前の周りも、何もかもが呆れる程に低俗だ。コンスタンティン、こんな茶番を見せるために私を呼ぶとは。お前は能力も人柄も低級で、見る目さえない。廃嫡だ。」
「そんな、ち、ち、父上っ!!」
呆気なく息子を切り捨てた国王は、エフレムの前に立つ。
「第二王子エフレム。そなた、王位を継ぐ気はあるか?」
「はっ。父上のご下命であれば」
「では新たな王太子として後日正式に任命する。追って沙汰するので準備しておくように」
「承知いたしました」
「そんなっ! 父上!」
「少しは黙っていろ、この愚か者め」
コンスタンティンを足蹴にして、国王が私の元へやってくる。
「アリナ嬢。此度の件、そなたには申し訳ないことをした。愚かな息子の有責で婚約を破棄し、王室から補償を出すこととする。そなたの家門と、そなた自身へ。望みはあるか」
「お心遣いありがとうございます、陛下。それでは、我が家門には相応の領地と財産を。私には、何も要りませんので一つだけ、お約束して頂けませんか」
「なんだ?」
「今後、宰相や魔塔主も含めた官僚について。血縁ではなく、実力を重視した選定を行なって頂きたいのです」
「……ふむ」
私は約束したのだ。イヴァンとオレグに、実力に見合った評価を受けさせてあげると。その為の第一歩として、これは打ってつけのチャンス。
私の後ろにいるイヴァンとオレグに目を向けた国王は、鷹揚に頷いた。
「確かに、気位ばかり高く実力の無い愚か者を登用するより、確実に能力のある者を評価すべきだ。例え現宰相、現魔塔主の子息だとて、無能なものは切り捨てて然るべき。エフレムが王位を継いだ暁には、真に実力のある者達が活躍する時代となるのであろうな。アリナ嬢の提案を採用しよう」
これでミッションは全て達成。私達は静かに目線を合わせ、頷き合ったのだった。
「皆! お疲れ様!」
全てが思い通りに終わり、私はいつものサロンでエフレムとイヴァンとオレグに満面の笑みで告げた。
「上手くいったな」
「予想以上の間抜け具合でしたね」
「ぜーんぶアリナ様の計画通りだった!」
仕事をやり切った充足感を感じつつ、いつものメンバーに囲まれて目的を達成して、とてもいい気分だった。コンスタンティンはさることながら、キリルとゲオルギーは厳重処分となり、アカデミーを退学。アカデミーを卒業できなかった上に能力も並みの二人は今後出世が絶望的。クララは王太子やその側近を誑かした悪女としての悪評が広がり、修道院送りが決まった。
「今まで今日のために頑張ってきたけれど、皆はこれからどうするの?」
そう問えば、三者三様の反応が帰ってきた。
「私は婚約者のアマリリスと結婚に向け調整中だ。王太子になる準備もあるし、忙しくなりそうだ」
婚約者のアマリリスとラブラブなエフレムは、爽やかな笑顔を浮かべていた。
「私はこれが終わったら意中の女性に告白するつもりでした」
クールなイヴァンには前から想い人がいるらしくて、心なしかソワソワして見える。
「僕は恋人にプロポーズする!」
大胆なオレグは、可愛い恋人ちゃんに求婚するため前々から指輪を用意していた。四人で選び抜いたあの指輪、やっと日の目を見るのね!
「そう。皆それぞれあるのね。応援しているわ。私にできることがあれば、何でも言って頂戴。私達の仲ですもの、何だってするわ」
微笑みながらも、私は何処となく寂しさを感じた。皆それぞれ相手がいて、私だけ独りぼっち。小説とかで転生した悪役令嬢はどうなっていたかしら。どれもこれも、いい相手を見つけて幸せになっていたわ。
なのに、ヒロインと王太子へのざまぁばかりを優先してきた私には、恋人はおろか恋する相手すらいない。
これまでは四人で集まって、計画を立てるのに話し合ったりお茶したり楽しかった。あの時間はもう必要ないのだと思ったら、心にポッカリ穴が開いたようだった。
「ねえ、これから皆で打ち上げでもしない?」
寂しさを埋めるように言ってみる。しかし、三人の反応はイマイチだった。顔を見合わせて、チラチラと目線を送り合ったかと思うと首を横に振られてしまう。
「あー、申し訳ないが、私はアマリリスと約束があってな」
「私も告白の準備がありますので」
「僕も! 恋人のとこにいかなきゃ!」
「あ、……そうよね。みんな忙しいわよね」
忙しいのは分かるけど。これが四人で集まる最後かもしれないのに……とは、言えなかった。私の我儘にここまで付き合ってくれた大事な仲間達ですもの。
皆の足を引っ張るようなことは、絶対にしたくない。一人ずつ去って行くのを見送り、独りになったサロンで私は途方もない喪失感を味わった。
この日が来るのを待ち侘びていたはずなのに。こんなに虚しいだなんて。ヒロインの真似事なんて、するんじゃなかった。
涙さえ出そうになってきたところで、サロンの扉が再び開く。そこに居たのは……
「イヴァン? どうしたの?」
出て行ったはずのイヴァンが、花束を抱えて立っていた。よく見ればとても可愛らしい花束だった。クールなイヴァンには不釣り合いで。だからこそイヴァンが相手のことを思って選んだ花なのだとよく分かった。
「告白用のお花? 意中のお相手に渡すのね?」
「はい。どうでしょうか?」
「綺麗な花束ね。チューリップにフリージアにスィートピー。どれも私の好きな春の花よ。あなたの告白、きっと上手くいくわ!」
私がそう言うと、イヴァンは普段滅多に見せないような、優しい笑みを浮かべた。
「アリナ様は、聡明で正義感が強く、かと思えば策略家で腹黒く先見の明がお有りですが、幾分か純粋で鈍感が過ぎますね」
「……それって、褒めてるの?」
「半々です」
イヴァンは時々、こんなふうに私をからかってくる。ちょっとだけムカつくけれど、それ以上にこの空気が心地好かったりするから不思議。……でも、それも今日までね。
「もう。私をからかってる暇があったら、早く告白に行ってきなさいよ。お相手を待たせてはいけないわ」
「ええ。だからここに居るんですよ」
「ん?」
柔らかいその言い回しのせいか、彼の言葉を理解できないでいると。イヴァンは、私の目の前に跪いた。
「あなたが好きです」
「…………え?」
「あなたを愛しています。もし宜しければ、結婚を前提にお付き合い頂けませんでしょうか」
花束が、私に差し出される。
「…………うそ」
あまりの事態に数秒固まって、私は漸く理解した。
「…………もしかして、イヴァンの好きな人って、」
「今さら気付かれるなんて、本当に鋭い人ですね」
嫌味を言いながらも優しい声音のイヴァン。涙でボヤける視界に、イヴァンの持つ花束の眩しいくらいに柔らかな春色が滲んでいく。クールで頭が良くて、無駄なことなんてしないイヴァン。それが、こんなふうに温かく想いを寄せてもらっていたことが嬉しくて恥ずかしくて、心がキュンとする。
「そんなところも好きです。あと、自分を"あくどい"と思っているところも好きですね。あなたがあくどいのなら、大抵の者はあくどいですよ。あなたは優しく清らかな人です」
「っ、何よ、もう……泣かせないでよ」
「アリナ様。お返事を、頂けますか」
「本当に、私でいいの?」
「ここまでしても分かりませんか? 私が今日の日を待ち侘びていたのは、あなたの婚約が破棄されるのを待っていたからです。私にお声を掛けて下さるずっと前から、私はあなたに心を寄せておりました」
「……本当に?」
「私が、あなたに嘘を吐くとでも?」
イヴァンの瞳はどこか切実で、そんな彼の姿を見たのは初めてだった。自分の中に在った想いに今更気付いた私は、彼へと手を伸ばす。
「その……わ、私でよければ、宜しくお願いします」
花束を受け取った瞬間。
パンッという音と共に、紙吹雪が舞う。
「おめでとう!」
「ジレったかったぁ〜」
「エフレム!? オレグ!? あなた達、帰ったんじゃなかったの!?」
「アリナ様、二人は私に気を遣ってくれただけですよ」
イヴァンのその言葉で、私は悟った。この二人にはバレバレだったのだ。イヴァンの想いにずっと気付いていなかったのは、私だけだったのね……
「当たり前だ。こんなにいい日に打ち上げ無しはないだろう! 憎いアイツらを蹴り落とし、何よりイヴァンの切な過ぎる片想いが叶ったんだ! さあ、皆で楽しもう!」
「パーティーだぁ〜」
お祝いに二人が持って来てくれた食事やお菓子、お茶で乾杯する。
「さあ、これからは私の立太子、王位継承に向けて作戦会議だな」
「え? じゃあ、またこんなふうに皆で集まれるの?」
「当たり前でしょう。アリナ様、私達は四人で一つのチームなのですから」
「そうだよ〜 皆ともっとすごいことするの楽しみだね!」
私は思わず声を上げて泣いてしまった。そんな私をイヴァンが慰め、エフレムとオレグが優しい目で見守ってくれる。
ヒロインの真似事をして皆を取り巻きにしたあくどい私だったけれど、恋も友情も幸せも手に入れてしまった。
その後、無事にアカデミーを卒業した私達。王太子を経て王位を継承したエフレムと、彼の側近として宰相になったイヴァン、平民初の魔塔主となったオレグ。そして、何故か三人の会議に必ずお呼ばれして意見を求められた、イヴァンの妻となった私。
この四人で成し遂げた偉業の数々が伝説のように語り継がれるのは、ずっと先の世のことだった。
本当にあくどい悪役令嬢は、ヒロインの真似事をする。 完
読んで頂きありがとうございました!
アリナとイヴァン、二人のひ孫が活躍するお話を連載中です。
『国宝級令息の求婚』こちらもぜひよろしくお願いいたします。