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春に溶けない雪の花

作者: 九JACK

 四月三十日。世はゴールデンウィークである。

 暑かったり寒かったりと気温が忙しいのは地球温暖化とやらのせいなのだろうかと思う今日この頃、明朝にカーテンを開き、私は絶句した。

 雪が積もっている。

 思わずカーテンを締めた。今一度時計で日付を確認する。紛うことなく、四月三十日である。

 では再びご開帳。

 雪が積もっている。

 …………。

「は? 嘘だろ?」

 私はおかしくないはずだ。あと二日もすれば「夏も近づく八十八夜」と歌われる五月二日がやってくるのである。嘘すぎるだろう。

 というか、暦の上では五月は夏にカウントされることをお天道様はご存知なのだろうか。衣替えが六月なので、冬服で五月を過ごさなければならなかった高校時代を思い出す。あのときもう少し涼しければいいのに、と一回くらいは言っただろう。だが、窓の外、銀世界。違う、そうじゃない。

 確かに、夏になると冬が恋しくなることはある。だが、百歩譲って今は春ぞ。何故雪が積もるのか。

 まあ、でも、四月に雪が降るという現象がなかったわけではない。もう十年以上前の話になるが、かの大震災の影響か、その年は桜の開花と時を同じくして雪が降った。淡い色の桜の花びらと白い雪が同時に舞い落ちる様は、幻想的で、神秘的で、きっともう見られないだろうから、と胸に刻み込むくらいに美しい景色だった。そんな春に高校入学をしたので、私はより自然現象の流麗さに魅入られ、表現者として生きている。

 だが、現状。桜は散り、咲いていても遅咲きの八重だろう。ほとんどは葉桜どころか若葉を生やしていたはずだ。それはそれで見たいが、そういうことではない。

 私が今言いたいのはたった一言。

「さっむ!!」

 ……道理で、昨日の夜から寒かったのだと、そういうことだ。


 雪月花というのは確か、中国だかの美しいものの例えだっただろうか。雪に雅を感じる者もいるし、明朝の雪はなんだかんだいい、とかの清少納言も語っていた気がする。

 囲炉裏でもあったならいとをかしなのだろうが、家には電気ストーブや炬燵くらいしかない。しかも両方四月上旬に仕舞った。ホットカーペットもあるが、効果は雀の涙ほどもない。というかこれだと床にへばりついて生活する人間になる。果たしてそれを人間と呼ぶのだろうか。

 なんだかんだと頭の中で文句を垂れるが、外の景色は綺麗だ。春の花は桜のみにあらず。図太く咲き誇るは薔薇の仲間だったか、とにかく精の強いピンクの花。桜と違い、全然儚く見えないが、もっさりと頭に雪を被りながらも逞しく咲く姿は威風堂々としていて、羨ましくすらある。毛布にくるまり始めた自分がみっともなく思えてくる。

 ムスカリ、オオイヌノフグリ、ヒメオドリコソウなど、春お馴染みの雑草たちも、分厚い雪の下から顔を覗かせている。春は桜のイメージが強くて花の儚い姿を思い描きがちだが、花って私たちが思うよりずっとしっかり自分で立って生きている。そう感じられた。まさしく雨にも負けずである。

 まあ厳しい自然の中で太陽の光と恵みの雨のみを頼りに生きている猛者たちだ。彼らからしたら、人間なんて地球初心者のぺーぺーなのだろう。

 そんな地球初心者のぺーぺーの一人の私は毛布を被り直して身震いする。寒いものは寒い。

 日課のSNSチェックを始める。そこで衝撃の事実に気づいた。

「雪積もったって呟いてる人、おらん……!」

 むしろ「今日は少し暑いくらいだ」と呟いている人がいる。道民に探りを入れたが、よくわからなかった。この雪は局所的なものなのだろうか。

 ただ、気象庁によると、雪がこれだけ遅い時期に降るのは史上二番目くらいの例だそう。ちなみに一番は五十年ほど前の五月三日らしい。

 暦とか季節とか、人間の感覚で縛る方が烏滸がましいのかもしれない。地球からすれば、素人が何言ってんだって話だろう。

 それなら、素人は素人らしく、毛布にくるまって身の丈に合った生活をしましょうかね、と考えていると、屋根を叩く音が聞こえた。少し柔い、雨音。

 空が暗く、カーテンを開けておく意味もない。そう思った私は、再びカーテンの方へと向かった。

 カーテンを締めかけて、ふと気づく。小さくて気づかなかったが、雪が頭を垂れたように、白い花が咲いていた。

「へえ、鈴蘭、咲いてたんだ」

 雨が止んだら、庭に出てみようか。

 雪はそのうち溶けるだろうけれど、花は溶けたりしないから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みました。すごく素敵です! 雪を日常生活のなかに受け入れている人々ならではの感性。雪と言う存在を心のどこかで安らぎのひとつとして受け入れている。その心は言葉遣いのあちらこちらの美しさに現…
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