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1-9 世界の常識

9章 世界の常識




夜が明けて間もない頃。

「痛い・・・」

目を覚ますとケルトは両頬をつねられていた。とても爽やかとは程遠い目覚めであった。

「おい、起きてんだからいい加減手を離せ」

「あっ、本当だ」

(本当だ、じゃねぇよ。ったく。この鬼畜娘。こんな危険物は早くお届け先に届けなければ。)

ケルトが立ち上がるのを見て、ミリも立ち上がった。

「行くか」

「うん」

歩き始めてすぐ、ミリがケルトに対し喋りかけた。

「もうすぐランプに着くし、ケルトといれば襲われることもなさそうだから、どうしてこんなことをしたのか、訳を話すね」

ミリの笑顔を見て、・・・俺、昨日襲われたんですけどね。何てことは口が裂けても言えない。

「あぁ」

ポーカーフェイスを決め込み、ケルトはそう答える。

「今から丁度2年前かな。母と私はランプで買い物をして、帰る途中だったの。その時たまたま私が余所見をして、・・・たまたま余所見をして・・・」

そのままミリは言葉を詰まらせた。正面を向くミリの顔を覗くと、ミリの目からは涙がこぼれていた。ケルトは何も言わずにミリのタイミングに任せることにした。

「余所見してて、人にぶつかったの。ただそれだけなのに、あの人からすれば絶対に許されないことだった」

「あの人?」

ケルトはミリの話に首を傾げる。


「あの人。そう、確か、ケルトと同じくらいの身長だったと思う。それで、謝っていた母は私の代わりに呪文を掛けられたの。それからずっと、人形になったように少しも動かなくなったの」

その言葉にケルトは言葉を失う。こいつ・・・母ちゃんのために。母ちゃんのために山賊の手下になってたってのかよ。

「どうしても薬が必要だった。騙し、盗み、何でもやった。私には力がないから、そんなことしかできなかった。でも、2年で3000万e貯めたの」

「1人で貯めたのか?」

「うん。山賊はローゼルピスニカには送ってくれるが、金を貯める手助けはしないって言ってたから。でも、それでお母さんが元に戻るならって思えば、何も辛くなかったよ」

ミリは泣きながらケルトに今まで溜めていた自分の内なる思いを吐き出した。

「そうか。もうランプの入口だ。くよくよすんじゃねぇよ。薬で母ちゃん治してやんだろ」

「う゛ん」

ミリは手で涙を拭いながら走り出した。

「ここが私の家」

ミリは一軒の建物の前で立ち止まった。ミリは玄関の横にある鉢の下から鍵を掘り起こすと、それを鍵穴に指し家の扉を開けた。中は生活観などまるでなく、空気もどんよりとしていた。玄関で靴を脱ぎ、部屋の中へと入っていくミリ。お世辞にも靴を脱いで歩けるような清潔感はまるでない。そんな部屋を、ケルトだけ土足で歩くという訳にもいかず、ここは我慢だと大人の対応に徹する。ケルトが部屋の奥へ差し掛かったときだった。ここは寝室なのか?そう思ってしまうような部屋であった。殺風景であったからだ。家自体には部屋は2つしかなく、キッチン部屋とその奥の部屋。順当に考えるなら寝室ととらえるべきであろう。


その寝室であろう部屋の中でミリは押入れからごそごそと布団を取り出していた。その布団は既に敷かれた状態で収納してあり、ミリがそれを引っ張り出している状況だった。ケルトはとりあえずミリの行うことを見守ることにした。すると、ミリはその布団を勢いよくめくった。

(これが、呪文・・・。うそだろ・・・。)

目の前の光景にケルトはただただ唖然とする他なかった。元々布団には膨らみがあったため、その中に母を隠しているんだろうなという推察は、先ほどのミリとの会話の中で分かっていた。だが、ミリの言葉を全部が全部信じていた訳でもなかったのだ。目の前にいるのは母というよりは本物の人形だった。呪文を掛けられた対象の顛末を見たケルトはゴクリと息を呑み、この世界に蔓延する魔法の恐ろしさに寒気が走った。

人形のようにピクリとも動かないその女性に、ミリはお母さんと呼びかけている。

(これはカオスだ。俺なんかじゃ絶対に耐え切れない・・・。)

ケルトは部屋の端からミリを見ながら呆然とした。

ミリは母にかかった呪文を解くために今まで生きてきたのだ。そう、そのためだけに。唯一愛する肉親を救うためだけに。どれだけその身を犠牲にしてきたことか。ケルトが見たのはほんのワンシーンでしかなく、たまたまケルトがいたときだけひどい仕打ちを受けていたとは考えにくい。どれだけの非道に耐え、生きてきたと言うのか。考えるだけでケルトは身震いがする。こんな年端もいかない子が・・・。自身の過去にも相応の非道の経験はある。だが、ミリのそれは自身の過去なんかとは比べ物にならなかった。経験値が振り切りすぎていて、もはや比べようとも思わなかった。

(もし、俺なら・・・。)


ケルトはミリの経験を自分に置き換えてみようとする。だが、どう考えようとも答えは1つにしかたどり着かなかった。それは、シンプルに自殺であった。生きる希望もなく、生きる術もない。それが答えであり、受け入れる以外の選択肢を持ち合わせようとはしないだろう。だが、目の前にいる少女は違う。その全てに抗い、この世界を生き抜いたのだ。ケルトよりも何十倍をも強い存在を目の前に、ケルトは悪魔だからとか、そんなちっぽけなことしか言っていなかった自分を蔑んだ。これは、もう種族が違うからとかの域ではない。純粋に尊敬する。そういうものであった。

と、ミリは聖水を片手にチラリとケルトを見る。

(あわわ。俺ってここにいちゃまずい感じですか。)

慌てて外に出ようとしたケルトにミリは声を掛ける。

「そこにいて大丈夫。そのままかけちゃうから」

(だよな。魔法のアイテムだもんな。脱がなきゃって・・・、何だよ。紛らわしい素振り見せてんじゃねぇよ。)

ケルトは少し恥ずかしくなり、頭を振った。そして、遅まきながらミリへ返答する。あぁ、と。

ミリは手に持つ聖水をそのまま母に掛けだした。すると、母の体が淡い光に包まれる。どうやら、聖水の力が発動したようだ。その光は見る見る消えていく。そして、ミリは待ち望んだかのような顔をしながら、母の顔を覗きこんだ。ケルトは安堵に包まれる。ミリの願いが叶った瞬間だった。ずっと耐え忍んだ生活が終わる瞬間。ミリの笑顔する姿を思い浮かべたケルトは何故か自身のことのようにも思え自然と顔が穏やかになっていった。そして、ケルトはミリを見つめた。



だが、布団に横たわったミリの母は動かない。そして、笑顔になりかけたミリの顔も次第に曇った表情へと変わっていく。ミリはそのまま一向に動き出さない母を見つめたままであった。何が起きたのだろうか。それはケルトにも分からない。もしかすれば、呪文の効力が発揮されるまでには多少時間がかかるのかもしれない。現にケルトもその聖水を使ったことはなかった。そういうものがあるという知識があるだけで、実際に使うとどうなるのか、までのことは知らない。ただただ、見つめるだけであった。だが、それは時が結果を教えてくれる。客観的な立場にいたケルトだから分かること。それは、聖水の効力では打ち消せなかったという事実。聖水の効力は恐らくだが、あの淡い光が発生していた時だけだったのだろう。光が消えてからもうかなりの時間が経つ。それでもいっこうに目覚めないとなれば、そういうことと受け止めるしかない。だが、その結果は少女にとっては残酷なものであり、事実を受け入れようとする素振りは全く見受けられなかった。ずっと、母の傍らに座り、目覚めるのを今か今かと待っている。何もできない。どう声を掛けていいのかも分からない。そんなケルトは座ったままその場を動かない少女の後ろ姿を黙って見続けることしかできなかった。

(何でだ。呪文を解く聖水じゃなかったのかよ。まさか、騙されたのか?)

ケルトの胸には嫌な予感がよぎる。

「おい、ミリ。それは本物か?」

「・・・」

ミリは無言のままケルトへの返答はない。現在の状況を呑みこむ事ができずに混乱しているのだろう。



(でも、あの水をかけたら光りだしたんだ。恐らくは・・・本物。なら、何故?)

ケルトは頬に手を当て、考える。現在の状況、何がダメだったのか。と、ケルトはふと爺さんとの会話を思い出す。

(そういや、爺さんに教えて貰ったことがあったっけ。聖水でも解けない難解な呪文もあるって。それは術者でなければ解くことができない。だが、今からその術者を捜すとなれば、更に時間がかかる。もう、ミリに辛い思いはさせたくない。)

どうすることもできないケルトは歯がゆい思いからか、唇をかみ締める。

「お母さん、ねぇお母さん」

痺れを切らしたミリはそう母に声を掛け始める。だが、その声掛けに対する返答はない。次第に母の体を揺すり始め、お母さんと呼ぶ声も大きくなっていった。だが、それをもってしても母からの返答はない。本当に生きていたのかと思わせるようなそんな姿を見せるその体は、そう、ケルトには本物だったのかさえ疑わせるものだった。知るのは唯一ここにいるミリだけなのだから。だが、既に現状を理解したのだろう。ミリは母の胸に顔をうずめ、泣き始めたのだった。母は戻らないと。

「ミ、ミリ・・・」

何か声を掛けなければと、ケルトはそう声を発する。すると、ミリにはその声が届いたのだろう。泣くことをやめ、こちらに向き直った。ミリと目が合うケルト。彼女はもう涙を見せてはいない。涙の後が残るその顔は真剣そのものだった。そんな少女に対し何と声をかけたらいいのか分からないケルトは困惑する。と、最初に言葉を発したのはミリの方からだった。



「ありがとうございました」

そう告げられる。母は元には戻っていない。だが、ミリはケルトに対しそうお礼の言葉を述べる。どう返せばいいのかなんて絶対に分からないケルトは何とも反応しない。ただ、ミリを見つめるだけ。

「ケルト様のおかげで私は念願である聖水を買うことができました。もう私には思い残すことはありません。どうぞ後は私を煮るなり焼くなり殺すなり、好きにしてください」

ミリは頭を下げ、ケルトに礼を尽くす。(何言ってんだ、こいつ・・・。)ミリの態度は先ほどまでの泣きじゃくっていたものとは180度変わっていた。ケルトはミリの言葉に背筋が凍った。だってそうだろ。こいつの目的は母を元に戻すことであって、その目的のために聖水が必要だったってだけのこと。それを・・・、聖水が買えて満足だなんて。

ミリは頭を下げたままいっこうに上げようとはしない。恐らくはケルトの指示を待っているのであろう。だが、そんなことを思う余裕はケルトにはなかった。

「おい」

頭を下げたままのミリにケルトは少々怒り気味に声を掛ける。

「何でしょうか」

年端もいかない子供が、ケルトの前で奴隷のような行動をとっている。痛々しい思いはケルトから全く離れない。

「やめろ」

そう言ってケルトはミリを強く抱きしめる。次第に溢れる涙は止めようがなかった。

「私はそのまま受けに回ればよろしいのでしょうか」

ケルトは抱きしめていたミリに威烈な感情が湧き出してくる。何を言っているんだ、こいつ。と、ケルトはミリを抱きしめるのを止め、正面からミリの顔を見据える。



ミリの顔にもはや精気はなかった。・・・。そういうことか。ケルトは以前、ミリの話を爺さんにして怒られたことを思い出していた。『悪魔とは人間を蔑む傾向にあるからの』そう、これは悪魔だけに言えることではないのだ。人間だって、悪魔を差別的な目で見ているのだ。そんな人間に救われたのだ。これは世の常である。弱者は弱者らしく生きるということ。それは人間以上であった悪魔という階級を捨てた、人間以下というレッテルを受け入れた悪魔の姿だった。そして、ケルトは更に思う。そう、普通ならそれは絶対に嫌なことでありそこにこそ抗おうとする。だが、ミリは違う。それは恐らく山賊との生活という境遇がそうさせたのであろう。『教えられたことしか知らない。言われたことを正しいと認識するしかないような未熟者だ』と、爺さんは言っていた。確かにそうだった。今、目の前にいるミリはまさにその通りの行動をしている。山賊にそう教えられたってのか。恐らくはこういうことだろう。世界は等価交換だと。願いを叶えるためにはその対価を払わなければならない。ケルトはミリをローゼルピスニカまで護衛した。その対価がこれだってことか。ケルトは目の前にいるミリに怒りを覚える。だが、その矛先はミリではない。それを教えたであろう山賊たちであった。だが、そんなことはどうでもいい。何故、何故少女はこんなになってまで耐えることができたんだよ。次第にケルトの体からは力が抜けていく。何なんだよ、いったい・・・。ケルトの目からは更に涙が込み上げてくる。



今の状況、一番不幸なのはお前だろうが。ケルトは顔をしわくちゃにさせながらミリを見つめた。それしか知らず、それを正しいと思い生きるミリ。だが、ケルトの知るミリの年代は皆がわがまま放題である。母さんに甘え、怒られれば泣いて。それでも母から離れず、それが自分の世界だと言わんばかりに。もう、正面からミリを見ることができなくなったケルトは再びミリを強く抱きしめた。

「お前は俺が嫌いか?」

「いえ、私はケルト様の奴隷となる身ですので」

その言葉にケルトは唇を強くかみ締める。少女をこうなるまで痛めつけた山賊に対する怒りは頂点を貫いた。

「お前は奴隷なんかじゃない。ただの子供だ。やめろ、そんなことを言うのは。もっと素直になれ。お前は今悔しいだろ、母は生き返らなかったんだ。なぁそうだろ」

ケルトの言葉にミリは何も反応しない。ただ、人形になったかのように動かず全ての現実を破棄しようとしていたのだ。

「認めろよ。お前はこれまで努力しただろ。母を救うため、そのためだけに生きてきたんだろ。それでも結果はこのザマだ。悔しくて悔しくて仕方ないだろ。お前はただの子供なんだよ。大人ぶんじゃねぇ。強がって何になるってんだよ、お前はもう十分にやったんだよ」

糸の切れた人形のようなミリにケルトの言葉は届かない。聞こえてはいるのだろうが、反応はまったくない。無表情そのものだった。そんな現実を逃避したミリの頭をケルトは優しく撫でる。俺は太陽に・・・、この子の太陽に・・・。どうすればなれるのであろうか。ケルトは思いのたけを言葉にする他無かった。



「お前は俺の奴隷じゃない。対等な者として答えろ。俺は、人間である俺は嫌いか?」

その言葉にミリはケルトを見つめる。少し困ったような表情を浮かべた後、言葉を考えきったのか、恐る恐るではあるが口を開く。

「ケ、ケルトは・・・いい人だと思う。人間は忌むべき存在だと言われてきたけど、ケルトは違うと思った」

そんな言葉にケルトは多少の安堵を見せる。

「そうか・・・。それは良かった」

思わず、またもや涙が溢れてくる。そして、優しく声を掛ける。

「俺もお前が好きだ。俺はな、悪魔が嫌いだったんだよ。俺も昔、悪魔に襲われたんだ。だが、その後、俺を救ってくれたのは年老いた悪魔だったんだ。それでも、悪魔に対する嫌悪感は払拭されなかったんだ。それから、そのまま時は過ぎた。そして今、俺はお前と出会った。最初はこんな感情はなかったよ。悪魔だから・・・、そうとしか思わずできれば関わりなく過ごそうと。でも、爺さんに怒られたんだよ。悪魔の全てが悪いのかって。実際にお前と共に行動して分かったんだよ。悪魔も人間も根底は一緒だって。人間の中にだって悪い奴はいるんだ。それと一緒。だから、俺は人間でお前は悪魔だからとか、そんなことは関係ないんだよ。同じ生きるものとして、それだけでいいんだよ。俺もまたお前に救われたんだよ、ミリ。だからな、今度は俺の番だ。俺がお前の願いを叶えてやる。お前の母ちゃんは俺が生き返らせてやる。だから、もうそんなこと言うな。私は奴隷なんて・・・。未来を捨てるな。もっと我儘に生きていいんだ。笑いたいときは笑って、泣きたいときは、気の済むまで泣いたらいいんだよ」



そう言って、ケルトは鼻を啜りながら、ミリの頭を優しく撫でる。先ほどまでのミリとは表情が変わっていた。目には大粒の涙を溜め、それは今にも零れ落ちそうなほどだった。

「ケルト、本当に・・・、本当にいいの・・・」

その表情にケルトは大の大人にはあるまじき程の涙を見せる。

「いいんだって。全て俺に任せろ」

そう言って再び強く抱きしめる。と、ケルトは少しホッとする。先ほどとは違うことが起きているからだ。ミリの小さな手がケルトの背中に回り、服を強く握っていたのだった。

それから2人は暫く泣き続けた。ケルトが泣き止んだ後も、ミリが泣き止むことはなかった。ただひたすらに、1日中泣いたのではと思うくらいに泣いていた。ミリの背負っていたものが全て肩から下りたのだろう。そう思ったケルトは優しくそんなミリを見つめたのだった。それから、ミリは泣きつかれたのだろか、そのまま寝てしまった。布団は1つしかなかったため、ケルトは母の横にミリを寝かせると、横に座り、ミリが寝ている姿をそのまま眺めた。

俺が、何とかしなければ。ミリとそう約束したのだ。ケルトは燃え上がる気持ちを今は抑えつつ、ミリが起きるのを待つことにした。


(山賊なんてもうどうでもいい。ミリは山賊と協力していたのだ。ってことは、ミリの母に呪文をかけた奴は山賊の中にはいないってことだ。だが、術者には手がかりがなさすぎる。いったいどうすれば・・・。)

考えても考えても名案の浮かばないケルトは、悔しいがとりあえずここは寝て、明日また考えることにした。名案が浮かぶことを期待して。と、意識を手放そうとした瞬間、ケルトはくわっと目を見開いた。



(あっ、ラクトス・・・。)

意識を手放すという類似することをしたことで昨晩のラクトスとの話を思い出したのだった。そう、ラクトスとは獣王の杖の話のことだ。何でも願いの叶う杖。それしかないと確信したケルトは、明日より行動を開始することを前提とし、今日は英気を養うためにしっかりと寝ることにする。

そして、夜が明ける。目覚めたケルトは体を起こす。すると、横にはすでに起きているミリがじっとこちらを見ていた。

(おい、今日はつねらんのかい。)

だが、それはないよな、と、冷静さを取り戻すケルトであった。昨日あんなことがあって、今日はもう吹っ切れましたなんていうデンパちゃんでなかったことにケルトは少しの安堵を覚えた。

ミリにこのランプでの武闘大会の話を聞いてみた。すると、結構有名らしく、前にミリも母と見に行ったことがあるとのことだった。大会は毎年あるらしく、獣王の杖を狙って毎年出場している者もいるのだとか。

「ケルト・・・」

不意にミリは呟いた。

「なんだ?」

「私も出る」

ミリの発言にケルトは目玉が飛び出すかと思った。

(えっ・・・!?バカですか。遊びに行くのとは違うんですが。)

「お前は家で大人しく待ってろ。大会は危ないんだからな」

「そんなことは知ってる」

「なら、我儘言うんじゃない」

「我儘じゃないもん。昨日、ケルトが寝言で『サリファ・・・』って呼びながらうなされてたから」

「なに!?」

ケルトは急に顔が真っ赤になる。



(寝言とは・・・、何たる不覚。寝言で名前呼ぶとか・・・俺キモス。)

ケルトは頭の上を手で仰ぎながら邪念が消えるように振り払う素振りを見せる。

「ケルトは1位取ったときの願いが決まってそうだから、私も出ないと・・・」

ミリは残念そうな顔をしながらケルトに呟く。

「気ぃ使わんでよろしい。ミリは自分のことだけを考えてりゃいいの。言ってんだろ、もう十分だって。お前の苦労は俺が全部背負う。お前の願いは俺が叶える」

ビシッと決めたケルトにミリの顔が次第に綻んでいった。

「任しとけ」

「うん」

(絶対に優勝せねば。そのためにも下見なんかは重要だな。どんな相手がいるかとか。さっさと行くべし。)

「金はあるんだろ。じゃあ、飯の心配はしなくてよさそうだな。俺が戻るまで変な行動はせずに、自宅警備に専念しなさい。ミリ隊長、分かりましたか」

「はい!」

ミリはケルトに敬礼し、ケルトを見送った。


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